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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第二章 守る者たち

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第5話 後編 VOLK隊の帰艦

 食堂の扉が開いた。


 さきほどハンガーから上がってきた男が入ってくる。通路を歩いてきた足音が、やわらかい床に吸い込まれて小さくなり、入口あたりで止まった。


 サキは、外から戻ってきた人だとすぐに分かった。まだ外の空気をまとっているような、そんな冷たさが雰囲気に残っている。


 男は一歩だけ中へ入り、静かに視線を巡らせた。増設された簡易テーブル。紙椀を抱えた人々。大人の列と、子どもの小さな背中。いつもの食堂とは、配置も音も違う。


 足もとで使用済みの紙コップがひとつ転がった。男が反射的に拾い上げ、持ち主に渡そうとして顔を上げる。


 目が合った。


 サキは一度瞬きをしてから、小さく笑って会釈した。


「あ、ありがとうございます」


 差し出された紙コップを受け取ろうとして、サキの指先が男の手に触れた。触れた手は冷たくて、外の冷気をまだそのまま連れてきているような温度だった。


 近くで見ると、戦闘服の袖口には灰が残り、手の甲には細かい傷が走っている。男は何も言わず、片手で親指を立ててみせた。


 大丈夫、の代わりみたいな合図。


 サキの頭に、白帯の外側で見上げた機体の影がよぎる。


(この人の手が、あれを動かす)


 考えが浮いたところで、サキは慌てて視線を子どもへ戻した。抱えた子どもに、腕の力を少しだけ込めて、呼吸が乱れていないことを確かめる。医務室で見た数字と看護師の表情が、まだ片隅に残っている。


 それでも、受け取ったコップの温度が指先に残ったままだった。



 紙コップを拾った手を下ろし、ヒロは食堂の中を見渡す。簡易テーブルの増設。紙椀を抱えた小さな影。通路の向こうに見える、積み上げられた毛布の山。


 別任務から戻ったら、艦が避難所になっている。整備確認も報告書もこれからなのに、艦内だけが先に切り替わっていた。


 天井のスピーカーが小さく鳴り、観測席の声が流れる。


〈観測〉『手すり灯、照度プラス1』


 白帯沿いの灯りの明るさを、ほんの少し上げたという報告だ。グレイランスの低い唸りは変わらないが、遠くの白い道が見えやすくなる。


 ヒロは戦闘服の内側に下げた小さな金属片――かつてホイッスルだった「鳴らさない記念品」に指を滑らせ、縁をなぞった。


 それから食堂を出て、通路へ向かう。



 通路の突き当たりで、ジルが端末を確認していた。グレイランスの通信長であり主計長でもある、ジル・ハートマンだ。仕事用の無表情のままだが、目だけは忙しく動いている。


 ヒロの足音に気づき、ジルが顔を上げる。


「FDCから通達。避難ハブNo.7は、今夜ぶんで満杯だ」


 ジルは端末を掲げ、画面を全員にも見える角度に傾けた。


「UDFの軍用トラックも、カルディアの列車も到着は明朝。それまでの間はグレイランスで民間人を一時収容。子ども優先の専用区画も作れ、ってさ」


 空気が、いったん静かになる。


「はい出たよ、思いつきの丸投げ」


 ガンモが背もたれに体を預け、わざとらしく椅子をきしませた。


「こっちはさっきまで外で命張ってたってのに、今度は保育所ごっこか? 整備も当直も組み直しだろ。どこにそんな余裕が――」


「余裕がないから、うちに飛んでくるんだろ」


 ポチが腕を組んだまま、端末を睨む。


「で、そのぶんのお代は? 追加契約、ちゃんと取るんだろーな? スープもベッドもタダじゃない」


「だから腹が立ってる」


 ジルは肩をすくめる。


「契約書のどこを見ても、今夜の避難民保護の料金なんて項目はない。こっちで計上はするが、実際に払わせるまでが仕事だ。……その間、艦内の運用は丸ごと組み替え」


 ガンモが鼻で笑う。


「子ども専用の区画? なんでそんな面倒くせぇことするんだよ」


「子どもはもう、"資源"として数えられてる。だから最優先だ」


 冗談が切れて、ガンモは天井を見上げた。


「へっ……金と契約で守られる命ってのも、妙な話だな」


 ヒロは黙ったまま全員の顔を順に見て、椅子から立つ。


「だが、その命があるから"次"が続く」


 疲れていても、その一言だけは揺れない。


「決まったことなら、やるしかない。白帯に子どもを置いたまま夜を越せない」


 ヒロは端末に目を落とし、スケジュール画面を開いた。


「専用区画は生活区と一緒に詰めろ。警備はVOLKで持ち回り。……整備の予定を6時間ずらす」


「6時間?」


 ジルの声が一瞬だけ硬くなる。


「明日の出撃準備が間に合わなくなるぞ」


 ヒロは即答した。


「間に合わせる。やるしかない」


「今夜、子どもを寝かせてからでも整備はできる。明日の戦闘は、そのときに考える」


 ジルはヒロの顔を見て、端末へ視線を戻した。


「……了解。整備班に伝えておく」


「お前らはローテの一枠だ。文句は、朝になって全員生きてたら言え」


「……はいはい。生きてから文句、ね」


 ガンモが頭をかきながら苦笑する。ポチは肩をすくめ、口元を少しだけゆがめた。


「ま、せめて"保育料"は請求しといてくれよ。俺たちの弾と飯がかかってんだからな」


「わかってる」


 ジルは端末に指を滑らせ、作業フラグを立てる。


「今夜の分は全部、"FDC要請による契約外作業"にまとめる。スープ1杯の粉まで明細に乗せる」


 ヒロはうなずき、扉のほうへ体を向けた。


「じゃあ決まりだ。ザクレロ兄弟は、まず整備と飯。そのあと避難区画の見回り。……子どもの前では、いつもの3割増しで優しくしろよ」


「え、割増請求は?」


 ポチのぼやきに、ガンモの笑い声が重なる。ジルは小さく肩を揺らしながら、主計用の画面を開いた。


 払うのは向こうで、回すのはこっち。ジルは無表情のまま、入力すべき項目をひとつずつ埋めていく。



 ヒロは生活区の廊下を歩き、簡易ベッドが並ぶ区画の前で足を止めた。


 扉の隙間から、子どもたちの寝息が聞こえる。予定外だが、今夜はここを守る。


 戦闘服の内側の金属片を、掌で軽く押さえる。確かめるように、短く。


 ヒロは廊下の灯りを背に、静かに扉を閉めた。



――次回、第6話「守られるもの」へ続く


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