第65話 背骨を折る者
ヘル・ファルコンの群れに1機だけ違う影が混じっている。
深い緑に黒のラインを走らせた指揮官機が灰の稜線すれすれを滑るように走った。
前方、防衛線のさらに後ろ。ずんぐりした巨影が地面に座っている。
多段の砲塔、無数の対空砲、甲板に並ぶVLS。トライデント級陸上戦艦――七番艦ポートランス。UDF防衛線を後方から支える杭の一本だ。
「UDFのトライデント級か」
コンラートは息を吐き、次を決めた。
「戦艦は先にやらせてもらう」
杭が折れれば前線は崩れる。理屈は単純で、だから最初に狙う。
ブーストレバーをわずかに押し込み、機体をさらに低く沈める。固い稜線が膝の高さをかすめ、脚部スラスターが短く噴いた。白い灰が帯になって後方へ流れる。
ポートランスの側面装甲には、すでに複数の直撃痕がある。
それでも主砲と対空砲は黙らず、前方のカルディア艦隊と地上のRF戦線をつなぐ火線として、砲弾とミサイルを吐き続けていた。
その後方斜め下。対空砲の死角になる角度をなぞるように、ヘル・ファルコンが灰の斜面を駆け上がる。
「距離、十分」
視線だけで照準を合わせる。背中の大型バズーカが自動旋回し、艦橋ブロックを示すマーカーが静かに点灯した。
次の瞬間、機体は稜線から跳び出す。
巨大な影がポートランスの上空に躍り、腹部スラスターが噴いて姿勢が一瞬だけ前のめりに固定された。
バズーカの砲口が、艦橋正面の装甲ガラスとセンサー群を捉える。
引き金。
反動がフレームを叩き、ロケット弾が落ちるような角度で真下へ突き刺さった。
*
その瞬間まで、ポートランスの艦橋は騒音で埋まっていた。
「右舷対空、射角維持! ヘリを優先しろ!」
「前方VLS、次弾装填完了!」
「グレイランスよりリンク更新。前面、味方RFが――」
報告が途中で切れる。
正面モニタの視界が、不自然に暗くなった。
画面いっぱいに、深緑と黒の人型が現れる。肩と胸の装甲に、見覚えのない部隊章。艦橋の声が一拍止まった。
「RF? 距離が近すぎ──」
艦長が見上げる。瞳の中に、バズーカの砲口が映った。黒い円がひとつだけ、こちらを覗き込むように。
閃光が艦橋を塗りつぶす。
装甲ガラスごと前面がはじけ、衝撃波と熱風がコンソールを薙ぎ払った。椅子ごと吹き飛ばされる要員。崩れ落ちる天井。通信士が伸ばした手は届く前に光に消えた。
*
艦橋ブロックが砕け散っても、ポートランスの砲はすぐには黙らない。
自動制御に切り替わった砲塔が慣性のまま数発を前方へ吐き出す。
その横を、ヘル・ファルコンが滑るように通り抜けた。
コンラートは姿勢制御用スラスターを連続で噴かし、艦の後部へ回り込む。灰混じりの熱風が装甲を叩き、センサーの端で歪んだ熱源が跳ねた。
「動力区画。ここだな」
側面装甲の厚みと構造線を視線でなぞる。戦艦としての設計は古い。弱点が隠れきらずに浮く。
バズーカが二射目準備完了の短音を送ってきた。
手首のわずかな動きで照準を詰め、タイミングだけを合わせる。
「二射目」
炎と煙を引いた弾頭が、側面装甲の継ぎ目に吸い込まれる。
刹那の静寂のあと、艦の後半分が大きく震えた。
エンジンブロックの外殻が裂け、白い蒸気と黒煙が噴き上がる。配管が破れ、圧力が逃げ、二次爆発の光が点々と瞬く。
ポートランスの後部がわずかに沈む。
走行ユニットのトルクが乱れ、巨体が片側へ寄りかかる姿勢になった。
*
「まだ足りん」
独り言のように言い捨ててヘル・ファルコンが再び跳び上がる。
今度は艦の側面をなめるように斜め上へ。腰部と肩のスラスターが交互に噴き、巨体を軽い軌道で巡らせていった。
眼下で装甲板の層が流れる。動力区画の前。弾薬庫につながる補強リブ。装甲の重なり方がわずかに変わる部分。
「ここだ」
三射目の照準マーカーが重なる。
引き金。
弾頭が装甲を貫き、内側で硬いものを叩いた。遅れて艦内から膨らむ衝撃波が押し返してくる。
次いでトライデント級の腹のあたりが内側から押し広げられた。
弾薬庫の壁が破れ、砲弾とミサイルが連鎖的に誘爆する。甲板上の砲塔が根元から吹き飛び、側面装甲が巨大な板ごと千切れて空へ舞った。
コンラートは爆炎の輪を外すように機体を傾け、背面スラスターを噴かす。熱と破片が背面装甲をかすめ、警告ランプが一瞬だけ赤く灯る。動きは変えない。
ポートランスは大きく傾いた。
片側の走行ユニットを失ってバランスを崩し、巨体が横滑りを始める。防衛線のさらに後方の地面を削りながら、ゆっくり横倒しになっていった。
倒れ込みの途中、残っていた砲塔がひとつ空へ向かって最後の一発を放つ。
弾道は灰霧に吸われ、どこにも届かない。
次の瞬間、艦体中央部が大きく裂けた。
内部の弾薬と燃料がまとめて火を噴き、トライデント級七番艦ポートランスは、巨大な炎と黒煙の柱になった。
*
その炎柱は前線で踏ん張っていたUDFのコクピットからも見えた。
灰霧の向こうに立ち上がる光が、戦場の支えを一本、無言で奪っていく。
〈ヒロ〉『ポートランスがやられた』
遠く背後の光の柱を、ヒロ機のモニタが捉える。後ろの砲が消えた。その事実だけが残った。
〈アキヒト〉『後ろの火線が折れた。このままだと、前も持たない』
アキヒトの声は低い。揺れはない。
グレイランスのブリッジでも、同じ炎がモニタに映っている。
「ポートランスの反応、消失――」
ジルが言い切れず、声が落ちる。
艦長席のヴァイスは短く目を閉じた。
「七番艦まで落ちたか。前線の負担がまた一段増えるな」
悼む余裕をつくらせないまま、戦場は動き続ける。
少し後方で倒れた戦艦が燃え続けている。その光景だけが、防衛線を守ろうとする者たちに静かな重さを残した。
――次回、第66話「首を狩りに来る者」へ続く




