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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第十一章 灰の線を引く者たち

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第62話 線を引く者たちの夜

 夜になっても、甲板の熱はなかなか冷めなかった。


 グレイランスの上には、さっきまで前線に出ていたRFが列を作って立っている。装甲の継ぎ目から白い蒸気が抜け、背中の冷却フィンからぬるい排気がゆっくり吐き出されていた。鉄板は昼の陽と砲撃の熱を吸い込んだまま、体温より少し高い温度を執拗に残している。



 同じ夜の少し前。


 《グレイランス》の艦橋は照明を一段落としてあった。前方スクリーンには、灰の平原と、燃え続ける残骸の炎がまだ映っている。報告は一通り終わり、当直だけが最低限の操作を続けていた。


 背後の自動ドアが開く。


「入るぞ」


 短い声とともに、セーブルが姿を見せた。防弾ベストを外し、戦闘服の前だけを雑に開けている。


「久しぶりだな、ヴァイス」


「そうでもないさ」


 ヴァイスは腕を組んだまま、口元だけ動かす。


「灰風の連中が顔を出すときは、たいていろくでもない用件だ」


「今回は、そっちの艦を駆り出した話か」


 セーブルは窓際まで歩き、甲板を一度見下ろした。並んだRFの影が小さく見える。


「UDFの懐も、たいがい痩せたもんだな。灰風中隊まで解いて、今度は傭兵まで借りる羽目になるとは」


「痩せてるのは、どこも同じだ。それでも、ここだけは落とせないと判断した。それだけのことだ」


「本当に、そこまでの代物なんだろうな」


 セーブルの視線が床へ落ちる。


「前線には詳しい説明は降りてこない。守れと言われりゃ、守るだけだ」


「お前がそれを言うか」


 ヴァイスがようやくセーブルを見る。


「灰風の頃から、命令だけで動いた覚えはないぞ」


「灰風の頃は、目の前の線しか見てなかった」


 セーブルが肩をすくめる。


「今はもう少し先まで見える。カルディアに渡したら世界がどう塗り替えられるか、そのくらいはな」


 ヴァイスは前方スクリーンを顎でしゃくる。


「さっきの戦い、見ていた」


「評価は?」


「お前は相変わらず前を選ぶ」


 それだけ言って口の端を少し上げる。


「隊長も悪くない」


 セーブルが目を細めた。


「ヒロのことか」


「ああ。見えている範囲を全部抱えようとしてた。ああいう顔は、長く隊を率いた者しかできない」


「抱え込みすぎて、折れそうになってるがな」


「だから口を出すのか」


「どこまで守るかだけは、先に釘を刺しておく」


 ヴァイスが軽く首を振る。


「俺の真似なら、あまり役に立たんぞ」


「そうか? 灰風で、何度も無茶な前進を止められた覚えはある」


「止めきれなかった分が、今の顔だ」


 ヴァイスはこめかみを軽く押さえ、視線を戻す。


「で、お前はどうする。この先の線だ」


 短い沈黙が落ちる。


 セーブルは窓の外の排熱を眺めながら言った。


「俺は前に立つしかない。立場が変わっても、そこは変わらん」


「死ぬなよ、セーブル」


 ヴァイスの声は低いが、はっきりしていた。


「灰風の名簿は、まだ1行も黒く塗っていない」


「そうだったな」


 セーブルは苦笑とも自嘲ともつかない顔をする。


「汚すなら、まず俺みたいな古株からだと思ってたが」


「そんな順番はいらない。最後まで真っ白でいい」


「相変わらずだな」


 セーブルは背を向ける。


「明日も同じ顔ぶれで線を引けるように、努力はしてみるさ」


「努力じゃなくて約束にしろ」


「できればそうする」


 返事は曖昧なのに、背中には迷いがなかった。


 その返事は曖昧なのに、背中は妙に揺れていなかった。


 ドアの前で、セーブルが一度だけ振り返る。


「ヴァイス」


「何だ」


「グレイランスの子どもたちには、また今度顔を出す」


「歓迎しよう」


 ヴァイスは僅かに目を細め、言い方を選び直す。


「まだ戻ってこい」


「了解」


 セーブルは簡潔に返し、艦橋から出ていった。


 少しして、甲板のほうから排熱と工具の音が上がり始める。ヴァイスは椅子にもたれ、灰風の頃から変わらない背中と、その先で待っている若い隊長たちを静かに思い浮かべた。



 甲板の端で、3人が腰を下ろしていた。


 UDFの戦闘服を着たセーブル。VOLK隊長のヒロ。少し離れてアキヒト。


 背中側では整備班が黙々とレンチを回し、焼けたパーツを外している。火花がときどき暗い空気を裂き、工具の叩く音が遠くの砲声の残りを薄くなぞった。


 セーブルは紙コップのコーヒーを片手に、もう片方で煙草をつまむ。火をつけて一口吸い、吐いた煙が排熱に混じって流れた。


「これが、傭兵まで前に出さなきゃ守れない施設か」


 ヒロは足を投げ出したまま、横目でセーブルを見る。


「そこまでして守るほどのものなのか」


「そこまでしてでも、手放せない代物ってことだ」


 セーブルは淡々と続ける。


「ここを落とせば、世界はカルディアの色で塗り替えられるかもしれん。少なくとも連中はそう考えるだけのものを、この下に見てる」


 アキヒトは会話に割り込まず、耳だけを開けていた。


「俺たちが何を守ってるのか、ちゃんとは教えてもらえないがな」


 セーブルが紙コップを傾ける。


「前線の仕事なんて、大体そんなものだ」



「いいか、隊長」


 セーブルがヒロを呼ぶ。ヒロが顔を上げる。


「傭兵だろうが軍人だろうが、自分の線は自分で引け」


 煙草を持っていない手で、空中に細い線をなぞる。


「どこまで守るか。どこで切るか。誰のために引くか。人任せにすると、いずれ全部持っていかれる」


「言うのは簡単だな」


 ヒロが口元を歪める。


「そんなに器用に線なんて引けない。戦ってると、見えているものを全部守りたくなる」


「簡単じゃないから、腹を括るしかない」


 セーブルは即座に返す。


「その場でベストを尽くしても、あとで後悔は残る。正しい線なんて答えは、どこにも落ちてない」


 煙草の灰が、ぽとりと鉄板に落ちた。


「救った命も、救えなかったものも、最後は全部お前の数字になる」


 ヒロは黙り、夜風の向こうで鉄板が鳴る音を聞いた。


「一人で全部か」


「抱えきれなくていい。こぼれるし、忘れるし、勝手に思い出す」


 セーブルの声が少しだけ落ちる。


「それでも隊長の立場だけは手を離すな。誰も代わりにはなれん」


 短い間を置いて、言い切った。


「俺も一回、線を引き損ねたことがある」


 そこで話を締めにいく。


「だから、お前は同じのを増やしすぎるな。それだけだ」


 ヒロはセーブルの横顔を見て、聞き返すのをやめた。


「俺は――」


 言いかけて止まる。


「隊長の仕事だ」


 セーブルが先に切る。


「ああ。分かってる」


 ヒロは視線をそらしたまま答えた。


「ただ1つだけ」


 セーブルが煙草を指で挟み直す。


「白に縛られるな。白を守るを言い訳にするな」


「言い訳、か」


「白があるから撃つ。白があるから見捨てる。そういう理屈で動き始めると、いつの間にか誰のための白かが抜け落ちる」


 声は淡々としているのに、言葉は重い。


「白が敷かれている世界ごと見ろ。白の内側も外側もまとめて見る。その視野がない線は、いずれ曲がる」


 ヒロは返す言葉を探して、黙った。


 セーブルはアキヒトへ視線を向ける。


「前衛はお前らだ。俺たちは、お前らが押さえてくれた分しか守れない」


「了解」


 アキヒトは余計な言葉を足さない。


「欲張らなくていい」


 セーブルが続ける。


「一歩でいい。前に線を出せ。その一歩分が後ろの誰かの命になる」


 アキヒトが小さく眉を寄せる。


「一歩だけ、か」


「そうだ。二歩三歩出そうとして、まとめて持っていかれるのが一番まずい」



 コーヒーが底を見せたころ、セーブルが思い出したように口を開いた。


「ヒロ」


「なんだ」


「今度、正式にグレイランスに招待しろ。にぎやかな艦だって聞いてる」


「誰に聞いたんだ、それ」


「お前のところの連中だよ。筋肉を見せ合うやつがいるとか、カードで本気で喧嘩するやつがいるとか」


「だいたい合ってるな」


 ヒロの口元がわずかに緩む。


「前線ばかりじゃ、こっちが消耗する。一度くらい、そういう空気に混ざっても罰は当たらんだろ」


「じゃあ、その前に死ぬな」


 ヒロは冗談とも本気ともつかない声で言った。


「そのうち乗艦の段取りをつける。だから生きて帰ってこい」


「当然だ」


 セーブルはあっさり言い切る。


「勝手に死んだら、お前の隊に合わせる顔がない」


 アキヒトは黙って夜空を一度だけ見上げた。灰を含んだ雲の切れ間に、星がいくつか残っている。排熱の蒸気も、焼けた金属の匂いも消えてはいない。


 明日もまた、ここで線を引き直す。3人ともそれだけは分かっていた。


――次回、

第十二章 線を奪う者、線を継ぐ者

第63話「灰を裂く第三の影」へ続く

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