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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第十一章 灰の線を引く者たち

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第61話(後編)赤ゾーンの灯り

 太陽が傾き、灰の地面に影が伸びていく。砲声とミサイルの光は途切れはじめたが、終わりではない。互いに態勢を整え、次の押し込みに備える「間」だけが戦場を満たしていた。


 ストレイの警告灯が点滅する。弾薬残量とバッテリー残量は、どちらも余裕がない。温度表示は黄色へ落ち、背部の冷却フィンから抜けた熱が白く揺れた。


〈ポチ〉「アキヒト、ストレイ赤ゾーン。弾もバッテリーも、次の押し返しは無理」


〈リュウ〉「こっちも残弾が心細い。無理に撃てば、白帯の内側に流れ弾が増える」


 視界の先で、カルディアのリミネタイとエクイテスがじりじり位置を変える。下がるのではなく、踏み込みの距離を作り直し、盾の角度と射線の穴を測り直している。背後では攻撃ヘリが大きく旋回して軸を取り直す。高度は落とさない。ミサイルも減っただけで、止まってはいない。


〈ヒロ〉「間を取ってるだけだ。次が来る」


〈アキヒト〉「俺が落ちる。ヒロ、前を残せ」


〈ヒロ〉「了解。楔は切らない。ゴーシュ、ガンモ。前面、維持できるか」


〈ゴーシュ〉「盾と厚いとこだけ残す。早よ戻れ」


〈ガンモ〉「左は俺が噛む。穴開けんなよ」


〈ポチ〉「煙、撒く。抜ける道だけ作る」


 薄い煙幕が、楔の先端から補給帯へ伸びる退路だけを短く隠す。


 ストレイはヴァルケンストームの盾の影へ入った。正面を捨てず、角度だけを変えて抜ける。ヴァルケンストームは前に残り、盾の角度を刻んで弾を散らし、足首のバーニアで姿勢を微調整した。


〈カルディア回線〉「右の17系、位置替え。追うな。煙の裏は抜かれる。射角だけ残せ」


 リミネタイの胸部機銃が煙の縁をなめる。土と砂と破片が舞い、塹壕の縁に伏せていた人影がひとつ崩れ落ちた。


〈ヒロ〉「くそ。前は俺が持つ。アキヒト、戻れ」


〈アキヒト〉「了解」


 ストレイが二度踏みで抜ける。補助スラスターが唸り、熱い排気が地表の灰を押し流した。



 補給帯の灯りは、夕方の灰空の下で白く浮いていた。コンテナと搬送車が寄せ集めに並び、地面にはケーブルが這う。整備兵が走り、弾薬箱の蓋が開き、油と冷却剤の匂いが混じっていた。


「ストレイ! また焼いてきたな、背中が真っ赤だ!」

「今日何回目だ。手順は分かってるだろ。パック外して先に冷やす。触んな、火傷するぞ」


 背面にクレーンのフックがかかり、ロックが外れる。バッテリーパックが少し浮いた瞬間、熱で空気が揺れた。


「残量1%だ。よく帰ってきた。次、行くぞ」


 交換用パックが搬送車から滑り出し、ガイドレールに沿って押し込まれる。カチリ、と鈍い音。固定。通電。


 隣の作業台では、ブレードのロックピンが抜かれ、刃の根元だけが素早く交換されていく。焼けた金属の匂いに冷却剤が重なった。


〈ヒロ〉「来るぞ。撤退前に、もう一度だけ押し込んでくる。ゴーシュ右、ガンモ左。俺の前だけは空けるな」


〈ゴーシュ〉「分かってる!」


〈ガンモ〉「うるせぇ、盾が溶ける!」


〈リュウ〉「指揮機、また出た。落とす」


 遠くで砲が鳴り、遅れて地面が揺れた。途切れかけた砲声が、また詰まり始める。


「よし、通電。冷却回った。弾、積んだ。行けるぞ!」


〈アキヒト〉「戻る」


 ストレイが立ち上がり、背中から抜ける熱が白く尾を引いた。



 前線へ戻ると、匂いが変わっていた。焦げた金属と灰に油が混じる。戻ったというより、同じ場所へ再び押し込まれる感覚だった。


 ヴァルケンストームはまだ楔の先にいた。盾の縁は焼け、装甲の弾痕が増えている。それでも動きは落ちない。


〈ヒロ〉「遅い」


〈アキヒト〉「必要だった」


〈ヒロ〉「分かった。今度はお前が前に出ろ。俺は一段落とす」


〈アキヒト〉「了解。前、受ける」


 ストレイが前へ出て、ヴァルケンストームの防御角をなぞるように盾とブレードを据える。ヴァルケンストームは半歩下がり、その隙間でUDFのバッファローが砲身を立て直した。楔の前面は途切れず、先頭だけが静かに入れ替わる。


 敵の押し込みは短く、重い。ヘリの機首が一瞬こちらへ向き、ミサイルの光が上空を切る。盾に叩きつけられた破片が白い粉を散らし、灰の地面が薄く跳ねた。だが前は割れない。割らせない。



 さらに時間が落ち、灰空が沈む。砲声の密度もまたひとつ落ちた。


〈ポチ〉「カルディア、引き始めた。これは本当に下がる」


〈ヒロ〉「やっとだな」


〈アキヒト〉「向こうも余力がない。追わない」


〈カルディア回線〉「引くぞ。追うな。今日はここまでだ」


〈カルディア回線〉「了解。VOLKが前にいる限り、無理に噛むとこっちが欠ける」


〈ヒロ〉「VOLK、撤退用回線に切り替える。交代じゃない。全機、後ろへ」


〈ゴーシュ〉「了解。盾残したまま下がる」


〈ガンモ〉「右側、俺が押さえる。最後まで穴開けんなよ」


〈リュウ〉「後退路、監視中。味方後方に回り込む影はなし」


〈ポチ〉「通信帯域は生きてる。撤退中のUDF主力に回線つなぐ」


 VOLKがじわりと下がる。盾を前に残したまま後退し、後方のバッファローラインに重なる位置へ移る。背中のスラスターが短く噴き、夕方の灰空へ白い霧が溶けた。


 戦線が一斉に緩む。追い打ちをかける余力は、どちらにも残っていない。砲声が減り、ミサイルの光が消えていく代わりに、黒煙と排気の匂いだけがしばらく残った。


 その日も勝ち負けという言葉からは遠い終わり方だった。ただ、冷却しきらない機体と動かない人間だけが、灰の上にまた少し増えた。


――次回、第62話「線を引く者たちの夜」へ続く

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