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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第十一章 灰の線を引く者たち

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第59話 灰平原、終わらない消耗戦

 昼を過ぎても、砲とミサイルとRFの撃ち合いは止まらず、第8歩兵連隊の塹壕がその足元で踏みとどまっていた。


 前線は数百メートル単位で押され、押し返され、灰の平原に引かれた線はギザギザのまま削れていく。


 バッファローは半身盾と掩体壕えんたいごうを頼りに、射撃と退避を繰り返した。盾から身を乗り出しすぎた1機が胸を撃ち抜かれて倒れると、代わりの機体が、すぐにその穴へ入る。


 ライオン戦車も土盛りに車体を隠したまま撃ち続け、砲弾が限界に近づいていると報告しながらも、「止めたら前が持たない」とトリガーを離さなかった。


 夕方が近づくころ、灰の空がわずかに暗くなる。


「弾薬、残り2割。バッテリーも3割を切りそうだ」


「ファルコン隊へ。順次、補給地点まで下がれ。これ以上は前に出るな」


「押し返せなくなるぞ」


「構わん。今日は踏み止まるだけでいい」


 ファルコンが列から抜け、前線は目に見えて薄くなる。穴を埋めるようにバッファローとライオン、第8歩兵連隊が防衛線を維持していたが、押し返す余力は残っていなかった。


 ――カルディア側も、それを見ていた。


 コムネノス級《パレオロゴス》のブリッジで、戦況が淡々と読み上げられる。


「UDFの前衛にかなりの損害を与えましたが、UDFはなおも戦線を維持。こちらはリミネタイ12機損失、エクイテス5機撃破、攻撃ヘリ3機撃墜」


「日没まで1時間。これ以上は視界も悪化します。夜戦になれば、こちらの損害が増すだけかと」


 ラムゼイはスクリーンを見据えたまま言い切った。


「本日はここまでとする。全RFは後退。攻撃ヘリも下がらせろ。艦砲射撃は継続して、UDFに追撃の余裕を与えるな」


 命令が流れ、南側のリミネタイとエクイテスが撃ち返しながら後退を始める。黒い残骸のあいだを踏み、灰の平原の奥へ退いていった。


「退いてるな」


 バッファローのコクピットで、パイロットが照準越しに目を細める。


「追えそうか?」


「正直、無理です。ファルコンは再武装中。バッファローもライオンも弾が心許ない状態です」


「深追いはするな。砲兵とポートランスの艦砲だけで後方を牽制しろ。それ以上はいい」


 UDFの砲声が、退く敵列の端をかすめる。


 やがて、カルディアの砲声とローター音が、灰の向こうで細くなっていった。


 第8歩兵連隊の塹壕で、ロケット筒を抱えた兵が空を見上げる。さっきまで地面を揺らしていた音は、もうない。


「勝ったのか、俺たち」


「さあな。少なくとも、今日は生き残った」


 ハンセン軍曹が土壁に背を預ける。勝利の実感ではなく、今日が終わったという区切りだけが残っていた。



 その日だけでは、戦いは終わらなかった。


 翌日も、そのまた翌日も、戦場の中身と手順はほとんど変わらない。朝のうちにカルディアの艦隊がミサイルを撃ち込み、灰と爆炎が晴れきらないうちにリミネタイとエクイテスが南から突入する。


 バッファローとライオンが掩体壕と半身盾に身を沈めて迎え撃ち、歩兵とスケルトンがその隙間からロケットと弾をばらまく。やがて上空に攻撃ヘリが現れ、戦車と砲兵と軽RFを上から削り、夕暮れが近づくとカルディアが損耗を見計らって後退する――その流れが、毎日同じように続いた。


 一日が過ぎるたび、平原の上に残るものが増える。焦げた装甲片、車体だけになったライオン、半分土に埋まったスケルトンの胴体。陰には、急ごしらえのシートで覆われただけの遺体が並び、収容に間に合わないものはそのまま灰に沈んでいった。


 RFや戦車は、部品を替えればまた前線に戻せる。けれど、人間だけは、一度死ねば二度と戻らない。


 UDF側は、毎日少しずつ防衛線を削られながらも、肝心の施設周辺だけは死守し続けた。カルディア側は、第三世代機とヘリの損害を抑えつつ、砲兵とミサイルの配分を変え、じわじわと攻撃の密度を上げていく。


 前線は大きくは動かないが、削られているのがどちらの体力なのかは、前にいる者ほどよく分かっていた。


 塹壕や壕の中から見えるのは、ミサイルと灰と爆炎で、そのあいだに「昨日まで一緒にいた誰か」が少しずつ抜けていく日々だった。


 そのあいだ、グラウバッハとアストレイアの動きは、目に見える形ではほとんど現れない。遠距離でのレーダー照射や、RFらしき反応が一瞬だけ現れては消え、どこかで誰かが戦況を覗き込んでいる気配だけが残る。


 どちらかに肩入れするつもりなのか、それとも両方が消耗しきるのを待って漁夫の利を狙っているのか。UDFにもカルディアにも読めないまま、数日分の血と弾丸と遺体だけが、この一帯に積み重なっていった。



 数日間の戦闘がようやく途切れたとき、参謀机の上に残ったのは数字だけだった。


 死傷者350名。

 そのうち、戦死・行方不明、または重傷で部隊復帰不能となった者が230名。大半は塹壕や前線陣地で踏ん張っていた歩兵と、スケルトンのパイロットだった。


 薄い装甲と低い生存性を承知で「主力RFの穴埋め」に出した機体が、第二世代や第三世代の正面火力を受け続けた結果だった。


 機体損失は、スケルトン42機、バッファロー18機。

 スケルトンは数を頼りに前に出したぶんだけ壊れ、バッファローも盾と掩体壕に助けられながら持ちこたえたが、カルディアの第三世代機エクイテスの前では旧式であることを隠し切れず、中破・大破が積み重なっていった。


 一方、カルディア側の損害は推定でしか語れない。遠目に撃破されたリミネタイの残骸や、炎上しながら墜ちていったエクイテスや攻撃ヘリをいくつも見ているが、それがどこまで「全損」なのか、正確な数は誰にも分からない。カルディアもまた、UDFの実際の損失を掴めていないだろう。


 ただ、どちらも決定打を与えられないまま、膠着した線の両側で消耗だけが積み上がっていったことだけは、誰の目にも明らかだった。


 平原に残るのは、壊れた機体と、埋まらない欠員の欄、それから土をかぶせられていく人間の遺体だ。


 RFや戦車が前に出て撃ち合っても、最後に地面に埋められるのは、いつも人間のほうだった。


――次回、第60話「傭兵契約、レゾナンス防衛線へ」へ続く

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