第56話 レゾナンス臨時防衛軍、開戦
この戦いには、はっきりした理由があった。
灰災の前に造られ、そのまま灰の地面に埋もれていた地下施設──レゾナンス関連と思しきその施設を、UDFは偶然拾い上げてしまった。
内部には、この先の戦いのかたちを一変させかねないデータと機材が眠っている。だから彼らは、周辺一帯を封鎖し、企業勢力の手から遠ざけると同時に、自分たちの切り札として確保しようとした。
だが、それはカルディアにとっても同じだった。
傍受された通信と偵察機のログは、「カルディア第3強襲打撃群」の姿を映し出す。
旗艦はコムネノス級陸上戦艦「パレオロゴス」。その左右をレムノス級陸上巡洋艦が固め、その下にRF-17K《エクイテス》とRF-07K《リミネタイ》を中核としたRF2個大隊、さらにAH-15K《アロゴ》攻撃ヘリ中隊まで揃っていた。カルディアもまた、この施設を奪い取りに来ていた。
UDFは、施設を明け渡す気はなかった。
各方面司令部から、出せる戦力をかき集める。RF-06《バッファロー》、簡易型RFのST-09《スケルトン》、古参の主力戦車M6A1《ライオン》、そして第三世代RF-21《ファルコン》。
それらに、旧式のトライデント級陸上戦艦「ポートランス」をはじめとする残存の陸上艦を組み合わせ、急ごしらえの混成部隊を編成する。部隊には「レゾナンス臨時防衛軍」の名が与えられた。
数でも質でも、相手に劣る。それでも、施設の手前だけは死守する──その一点だけを目的とした防衛線だった。
開戦の数時間前、カルディアから正式な通告が届く。
──施設および周辺区画を、直ちに引き渡せ。
ベルナドット准将の返答は、短かった。
UDFには封鎖する権限があり、理由もある。ゆずるつもりはない──それだけを、事務的な文面の奥に押し込んで送り返した。
こうして両軍は、灰に沈んだ平野を挟んで向き合うことになる。
地下施設は、その平野の北端にある低い高地の上で口を開けていた。入口(正面)は南を向き、UDFはそこへ続く斜面に塹壕線を段々に掘った。
塹壕線の背後、同じ高地の稜線にはトライデント級《ポートランス》が車体を据える。前線を見下ろしつつ、上空の迎撃もまとめて担える位置だ。
施設のある高地の手前にUDFの防衛線、そのさらに平野側で、第3強襲打撃群の陣形がゆっくりと広がっていく。
陸上戦艦の砲門が回り、RFと戦車の列が互いの影を測るように静止したまま、重い時間だけが過ぎていった。
沈黙を破ったのは、カルディア側だった。
パレオロゴスの甲板でミサイル発射筒の蓋が一斉に開き、最初の光が灰色の空を切り裂く。
こうして、レゾナンス臨時防衛軍とカルディア第3強襲打撃群による、数日にわたる消耗戦が始まった。
*
灰の平原の向こうで、カルディアの巨体がゆっくりと速度を落とす。
陸上戦艦コムネノス級《パレオロゴス》が、施設正面から数km平野側で完全に停止した。
次の瞬間、甲板にずらりと並んだ長方形のふたが、一斉に持ち上がる。
前から後ろへ、白い蒸気の帯が走った。
36基の発射筒から、対地ミサイルが立て続けに飛び出す。
灰をはじいて浮き上がった弾頭が、光の尾を引きながら空へと昇った。
すぐに空の一角が、その尾でまとめて白く塗りつぶされる。
《パレオロゴス》の左右では、レムノス級の陸上巡洋艦が4隻、停止線に横一列で並んでいる。
その甲板でも、少し遅れて発射筒のふたが次々と開いた。
二段目のミサイル群が立ち上がる。
旗艦の一斉射に、巡洋艦の連射が重なり、空の白さはさらに濃くなっていった。
続けて、一部のレムノス級では艦砲が火を吹く。
砲口から吐き出された炎と煙が、停止した車体を一瞬だけ逆光に染めた。
砲弾は低い軌道で飛び、施設前面の一帯へばらまかれるように降り注ぐ――開戦の合図には、十分すぎる火力だった。
警報が鳴りはじめたのは、その数秒後だ。
UDF陸上戦艦トライデント級《ポートランス》の上部構造物に、赤い警告灯が連なって点る。
レーダーが目標を補足し、艦側面の対空ミサイルランチャーが空を向いた。
短い起動音のあと、迎撃用ミサイルが連続して射出される。
白い尾を引く弾が、上から降ってくる対地ミサイルの群れへと飛び込んでいった。
少し遅れて、対空砲が吠える。
砲塔が高角度で仰角を取り、ミサイルの進路に合わせて砲弾をばらまく。
さらに、艦の縁に並ぶ対空機関砲が細かく火花を散らし、空中に破片の雲を作り出した。
いくつものミサイルが、その雲の中で爆ぜた。
空に火の塊がいくつも咲き、灰色の煙と金属片を四方へ散らす。
迎撃は確かに機能していた。だが、迎撃しきれないものも存在していた。
取りこぼされた弾頭が、なおも一定のリズムで降りてくる。
狙いは施設の前面に築かれた塹壕線と、そこに張りつくUDFの前衛部隊だ。
前線近くの地面が、ひとつ、またひとつと盛り上がり、内側から破裂する。
薄い土嚢と簡易シェルターは、爆風に押しつぶされて形を失った。
スケルトンの列も、そこに混じっていた。
簡易装甲の機体が、一発をもらった瞬間、胸から上をまとめて吹き飛ばされる。
直撃を免れた機体も、すぐ横で爆発が起きるだけで、関節が折れ、腰から崩れ落ちた。
ひと息のあいだに、前線のスケルトンが十数機、立てなくなる。
さっきまでぎこちなくも前へ銃口を向けていた簡易RFが、いまは脚を投げ出したまま動かない鉄くずに変わっていた。
それは、安さの代わりに生存性を切り捨てた機体にとって、あまりにも分かりやすい開戦の洗礼だった。
*
ミサイルの煙が、まだ地表から立ちのぼっていた。
灰と爆煙がまじり合うその向こうで、レーダーの表示がにわかに騒がしくなる。
「南側、反応多数――敵RFを確認。こっちへ突撃してくる」
UDF司令部の作戦室で、オペレーターが声を上げた。
灰の平原に、南から北へ一本の帯が描かれていく。南の平原側から、高地の施設へ向けて真っすぐに伸びる突撃線だ。そのデータが、防衛線背後の稜線に据えたトライデント級陸上戦艦「ポートランス」へ送られる。
『こちらポートランス管制。……先頭はリミネタイ。後ろにエクイテスが続いてます』
前線の塹壕でも、同じ情報がほぼ同時に届く。
「聞いたか、スケルトン前列。正面、リミネタイだ。後ろに第三世代」
誰かの声が耳の中でひしゃげる。
塹壕線のいちばん外側で、ST-09《スケルトン》のパイロットたちが、モニターの端に映る影を見つめていた。
灰煙の帳から、ずんぐりしたシルエットが姿を現す。
肩と胸の装甲を厚くし、両腕に実体ライフルとロケットランチャーを構えたRF-07Kが、列を組んで灰の上を踏みしめてくる。
その後ろ、煙の切れ間からは、ひと回り細く引き締まったRF-17K《エクイテス》の影が続いていた。滑らかな外装と背部の推進器。腰の左右には、近接戦用の高周波ブレードが固定されている。
共有回線の端で、誰かがぼそっと漏らした。
「話が違うだろ。リミネタイなんて、バッファローと正面からやり合ってトントンって話じゃなかったのか」
「トントンなのは“バッファロー同士がきちんと陣地組んだ場合”の話だ」
「こっちはスケルトンを壁にして時間稼ぎしてるだけだぞ。それに、後ろには第三世代のエクイテスまで控えてる」
軽口を飛ばしながらも、前列のパイロットはモニターの端をにらみつけていた。
そのすぐ後ろにはRF-06《バッファロー》の主力列と、M6A1《ライオン》の戦車隊が並ぶ。さらにその陰で、歩兵小隊が塹壕で待機している。
「全部隊、防衛ラインを維持せよ。バッファローとスケルトンはその場で敵の足を止めろ。戦車隊と歩兵は一段下がって射撃位置を確保しろ」
UDF司令部からの指示が共有回線に流れ、各部隊の返答が重なった。
「了解」
次の瞬間、灰煙の帳を抜けてきたリミネタイが先に撃った。
「来るぞ――!」
先頭のスケルトンの胸部と肩に、ライフル弾がまとまって突き刺さる。
カメラとセンサーを詰め込んだ小柄な上半身が、一拍の猶予もなく弾け飛び、機体は糸を切られた人形みたいに前のめりに崩れた。
「視界が……っ——」
悲鳴は途中で途切れる。
その向こうで、灰煙を割って飛んできたロケット弾が、次の列をかすめて後ろの《バッファロー》に当たった。
半身盾の縁に命中した弾頭が、装甲ごと肩口をもぎ取り、黒い煙と共に関節部が吹き飛ぶ。
「バッファロー三番機、肩やられた!」
前列のスケルトンも、横合いから飛び込んできた別のロケット弾を受けて胴を一撃で割られた。
簡易装甲ごと内側まで抉られ、コックピットの部品が灰の上にばら撒かれる。
「スケルトンがやられた!」
「三番機もだ、穴を埋めろ!」
スケルトンが次々と倒れ、前列はあっという間に薄くなる。
すぐ後ろからバッファローの足音が迫り出てきて、空いた隙間に砲口を押し込んだ。
「バッファローが前に出る。スケルトンは撃てるやつだけでいい、援護しろ!」
「了解、援護する!」
まだ被弾していない機体だけが、足元の灰を蹴り上げながら銃を振る。
「当たってんのか、これ……」
「構わん、制圧射撃を怠るな! 敵に頭を出させないだけでも効果はある!」
前で潰れた機体と、灰をかすめる火線が、次に撃つべき場所を《バッファロー》と戦車に示していた。
UDF司令部に、短い報告が上がってくる。
「前衛部隊、被害拡大。交戦から40分で——前衛RFの約2割沈黙。大半がスケルトンです」
「第三世代機相手に良く持っている方か」
スケルトンの細いフレームが、バッファローの肩越しに炎の柱になって立っている。
片膝をついたまま、二度と起き上がらないバッファローもいる。
M6A1《ライオン》の砲塔だけが斜めを向いたまま、灰をかぶって動かない車体も混ざっていた。
「突破させるな! RF部隊、前へ!」
前面に穴が空くたび、その隙間を埋めるように、後列のバッファローとスケルトンが肩を並べて一歩前に出る。
「おい、本気で行くのかよ」
「行かないと、前線が突破される」
灰と油に汚れた警告灯が、コクピットの隅でしつこく点きっぱなしになっている。
「なあ、俺たちに期待されてんの、敵倒すことじゃないよな」
「前線の兵士なんて、いつの時代も安い消耗品だ」
「安物でも、人は入ってる。行くぞ」
自分たちに期待されているのは、単独で敵を倒し切ることじゃない。
南から迫る敵の集団を出来るだけ足止めする事。
そのあいだに、後ろの重い砲身が仕事を終える時間を稼ぐことだと、全員が分かっていた。
――次回、第57話「第8歩兵連隊」へ続く
■エピソード解説
偶然拾ってしまった地下施設が、両軍にとっての「譲れない理由」になった。
カルディアの先制火力で前衛は削られ、UDFは勝ち筋ではなく、防衛線を保つための時間稼ぎを選ぶ。
ここから戦いは、短期決戦ではなく消耗戦として転がり始める。




