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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第九章 ロードゼロ:線の外の証明

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第53話 北の中継基地:再起動

 地下ケーブルから電気を噛ませ、2機はそのまま北へ向かった。


 先頭は、角張った盾を構えたRF-06A《バッファロー》。少し間を空け、斜め後ろにヴァルケンストームが続く。


〈ヒロ〉『残量は』

〈セーブル〉『さっきの拾い食いで、しばらくはもつ』


 ヒロはメインモニター隅の出力バーを一度だけ確認し、視線を前へ戻す。白帯の誘導灯はない。灰と旧舗装の境目、崩れた構造物の角、風の抜け方をまとめて拾い、脚の置き場を決めて進んだ。


 道すがら小さなミュータントが何度か寄ってくるが、セーブルが盾で軌道を崩し、ヒロがトンファーで叩き落として終わる。交わすのは必要な短文だけで、2機は淡々と距離を詰めた。


 やがて、灰の向こうに目的の影が浮く。


 灰に半分埋もれた小さなコンクリート塊。上には折れたアンテナ塔の残骸がいくつも突き立っている。


〈セーブル〉『ノース・ハブか』


 ヒロはヴァルケンストームの視界を最大ズームに切り替えた。フェンスはところどころ食い破られ、外壁には焦げ跡と、こじ開けられたような亀裂が走っている。


〈ヒロ〉『ミュータントだけの仕事じゃなさそうだな』

〈セーブル〉『近づく。外周を分けるぞ』


 セーブルのバッファローが大きく回り、基地外周をなぞる。ヒロは正面ゲート側に脚を据えた。開きっぱなしで固着した鉄製シャッター、その前に潰れた監視ポッドが転がっている。


 視界を切り替えて熱源を探すが、生体反応は拾えない。



 コクピットから降りると、冷えた空気に焦げた樹脂の匂いが混じっていた。


 金属通路には工具と潰れた端末が散り、廊下の角には防弾ベスト姿の男が崩れるように座り込んでいる。触れるまでもなく冷たい。首元から胸にかけての一撃で、噛み跡ではない。刃か弾の痕だ。


「ここまで踏ん張って、ここで止まったか」


 ヒロの声に、セーブルが短くうなずく。


「全部拾ってやる時間はない。生きてるやつはいない前提で動く。まずは、何が止まってるかだ」


「電源系統から見る」


 二人は手早く役割を分けた。


「外の線と周りは俺が見る。中身はお前だ」


「了解」



 中継室に入ると、メインラックのランプはほとんど沈み、予備電源も落ちていた。だが壁際の手動切替盤だけ、物理レバーが倒されている。


「ミュータントが勝手にやる仕事じゃないな」


 ヒロはレバー根元の工具痕を指でなぞり、表示を読む。「外部ルート遮断」。その先のケーブルは天井ダクトへ入り、外へ抜けていた。


 外に回ると、セーブルがダクト出口近くでしゃがみ込んでいる。灰をどけると、地中へ続くケーブル束が露出した。


 爆薬の跡。小さな破片と焼けた樹脂。中心の線――通信ラインだけが、狙って切られている。


「きれいに落としてある」


 セーブルが言う。


「ミュータントなら周りごと噛みちぎる。これは違う。『ここを切れば黙る』って分かってる手だ」


「補給路を叩いた連中の続き、って見ていいか」


「決め付けるには早いが、同じ匂いはする」


 ヒロは切断面と焼け跡を追う。幸い電力ラインは完全には死んでいない。過電圧で何本か焼けているが、地下の主幹は生きている。


「電源は拾える。通信は迂回してつなぎ直す必要がある」


「やれそうか」


「時間はかかる」


 ヒロは即答し、一拍置いて言い切った。


「それでも、やる」


 セーブルは目だけでうなずき、灰地と外周へ視線を配る。


「外周と空は俺が見る。ミュータントが寄ったら時間を稼ぐ。電気と線は任せる」



 基地脇の主幹取り出し口に、簡易の分岐ボックスを噛ませる。ヒロは電圧を一度だけ測って許容範囲を確認し、そのまま作業を続けた。


 入口側で見張るセーブルが声を飛ばす。


「行けるか」


「電気は回せる。あとは中身だ」


 ヒロはヴァルケンストーム胴体から補助ケーブルを1本引き出して分岐へつなぎ、反対側を中継室の配電盤へ通す。


「お前、現場での拾い食いには慣れてるな」


「前線で、正規の設備が揃ってるほうが珍しい。外で食ってる連中は、どこも似たようなやり方だ」


「そういう意味じゃ、お前は『内側だけ』の男じゃない」


「褒め言葉として受け取っていいのか」


 ヒロは軽く鼻を鳴らし、配電盤の前にしゃがみ込んだ。



 中継室へ戻る。


 床に這わせた仮設ケーブルを手動切替盤裏へ通し直し、焼けた通信モジュールは予備に差し替える。短い接続線で生きているルートへ迂回させ、最後のコネクタを押し込んだ。


「ここを繋げば、最低限の通信は戻るはずだ」


 ドア側からセーブルの声が返る。


「やれ」


 ヒロは仮設電源のブレーカーを押し上げた。


 沈んでいたランプが順に灯り、赤、橙、そしていくつかが緑へ変わる。壁の旧型コンソールが低い起動音を上げた。


 セーブルが中へ入ってくる。


「行けるか」


「試す」


 ヒロは端末の周波数を合わせ、送信キーを叩く。


〈ヒロ〉『こちら、中継基地ノース・ハブ。暫定復旧。聞こえる局は応答しろ』


 しばらくはノイズだけが続いたが、やがて人の声が割り込んだ。


〈前線駐屯地C-2〉『ノース・ハブ? こちら前線駐屯地C-2。ずっと死んでたぞ、そこ』


〈ヒロ〉『こちらノース・ハブ。ミュータントと人為的破壊の痕跡あり。詳細は後送する。とりあえず通信経路を1本、こっちでこじ開けた』


〈前線駐屯地C-2〉『助かる。北側白帯の誘導が、ずっと現地運用のままだった。そっちが戻れば、制御を本隊側に返せる』


 別回線が割り込む。


〈グレイランス・ブリッジ〉『ノース・ハブの信号、確認。ヒロか?』


 ジルの声だった。返せる回線がある、それだけで状況が変わる。


〈ヒロ〉『ヒロだ。セーブルと2機で来てる。基地は壊滅。通信系統は暫定復旧。電源は外部から直結』


〈グレイランス・ブリッジ〉『了解。状況ログを送れ。よくやった』


 短いが、声には安堵が混じっている。


 すぐ後で、別の声が入った。


〈ヴァイス〉『ヴァイスだ。生きて戻ってきたな、VOLK-6』


〈ヒロ〉『まだ戻れてない。今はその途中だ』


〈ヴァイス〉『帰り道で死ぬなよ。それと――』


 わずかな間。


〈ヴァイス〉『補給任務の判断は、あとでまとめて出せ。褒めるところと殴るところ、両方ある』


〈ヒロ〉『了解』


 ヒロが素直に返すと、セーブルが口元だけ緩めた。


「聞いたな」


「ああ」


 コンソールから手を離し、室内の音を拾う。機械の駆動音と、回線の向こうの人声。遠くの白帯制御信号が、少しずつ戻ってくる。


 ここでつなぎ直した線が、誰かの退路になる。今はそれで十分だった。



 基地の外は静かで、修理を終えたアンテナ群が時々かすかに唸る。灰をかぶった鉄骨の向こうで送信灯が点き、途切れていた拠点が「生きている側」に戻っていく。


 ヴァルケンストームとバッファローは基地外れの窪地に膝をつき、ヒロとセーブルが並んで立った。遠く、地平の向こうに細い白が1本だけ走っている。別区画の白帯だ。夜に沈みかけた世界で、そこだけがまっすぐ光って見える。


「ギリギリ繋いだ、ってとこか」


 ヒロが言う。


「補給列も、中継も。どちらも全部は守りきれていない」


 崩れた高架、補給任務、コンラート。いくつもの場面が重なって整理がつかないが、今回の手応えだけは明確だった。


「切られた線を1本、つなぎ直した。そこは動かない」


 視線を白帯へ固定したまま、言葉を続ける。


「白の外まで、少しは見える気でいた。実際は違ったな」


 ヒロは小さく笑う。


「前より、分からないことが増えた」


 セーブルは腕を組んだまま白帯を眺め、少し間を置いて答えた。


「分からなくなったなら、上等だ」


 短く言い切ってから続ける。


「分かったつもりで内側から眺めているほうが危ない。外から見て形が変わって見えたなら、そこがスタートだ」


 ヒロは横目でセーブルを見る。


「説教の割に、聞こえは悪くないな」


「説教する歳でも立場でもない」


 セーブルが肩をすくめる。


「ただ、お前はあの男と同じ線を引く必要はないってだけだ」


「あの男……」


 父の顔が一瞬よぎる。コアホールで見た横顔と、遠い昔に見たきりの顔が、まだ重ならない。


 セーブルは続けた。


「コンラートは、白を壊すほうを選んだ。理由があろうがなかろうが、結果はそうだ」


 そこで言葉を切り、次を落とす。


「お前は、お前の線を引け。白帯を守るにせよ、外に出て何かを変えるにせよ、どっちでもいい。守るものと捨てるもの。その順番だけは、自分で決めろ」


 “線”は地図ではなく判断だと、ヒロはようやく腹落ちした。


 風が強まり、灰が足もとを流れる。コンラートの「外側から見ろ」が、別の意味で反響する。


(今のままでは、親父の基準にも、自分が守りたい順番にも届かない)


 崖でも、コアホールでも、自分は半歩遅れていた。


「次は、鍛え直してからだな」


 ヒロは白帯から目を離さずに言う。


「隊長として、だ。外でも白の上でも、簡単には潰れない隊を作る」


 誰に向けた言葉かは、自分でも決めきれない。遠い白帯か、まだ手の届かない父親か、グレイランスに残した子どもたちか。


 セーブルが鼻を鳴らす。


「なら、さっさと戻って整備班に仕事を押し付けてやれ。隊長が迷ってると、隊も機体も鈍る」


 それだけ言って基地へ歩き出し、返事は待たない。


 ヒロはもう一度だけ白帯を見た。まっすぐ伸びる光は同じ形のまま、見え方だけが変わっている。


「次は遅れない」


 小さく言い、ヒロも基地へ向かった。


――次回、

第十章 動き出す世界

第54話「肩車の高さ」へ続く

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