第53話 北の中継基地:再起動
地下ケーブルから電気を噛ませ、2機はそのまま北へ向かった。
先頭は、角張った盾を構えたRF-06A《バッファロー》。少し間を空け、斜め後ろにヴァルケンストームが続く。
〈ヒロ〉『残量は』
〈セーブル〉『さっきの拾い食いで、しばらくはもつ』
ヒロはメインモニター隅の出力バーを一度だけ確認し、視線を前へ戻す。白帯の誘導灯はない。灰と旧舗装の境目、崩れた構造物の角、風の抜け方をまとめて拾い、脚の置き場を決めて進んだ。
道すがら小さなミュータントが何度か寄ってくるが、セーブルが盾で軌道を崩し、ヒロがトンファーで叩き落として終わる。交わすのは必要な短文だけで、2機は淡々と距離を詰めた。
やがて、灰の向こうに目的の影が浮く。
灰に半分埋もれた小さなコンクリート塊。上には折れたアンテナ塔の残骸がいくつも突き立っている。
〈セーブル〉『ノース・ハブか』
ヒロはヴァルケンストームの視界を最大ズームに切り替えた。フェンスはところどころ食い破られ、外壁には焦げ跡と、こじ開けられたような亀裂が走っている。
〈ヒロ〉『ミュータントだけの仕事じゃなさそうだな』
〈セーブル〉『近づく。外周を分けるぞ』
セーブルのバッファローが大きく回り、基地外周をなぞる。ヒロは正面ゲート側に脚を据えた。開きっぱなしで固着した鉄製シャッター、その前に潰れた監視ポッドが転がっている。
視界を切り替えて熱源を探すが、生体反応は拾えない。
*
コクピットから降りると、冷えた空気に焦げた樹脂の匂いが混じっていた。
金属通路には工具と潰れた端末が散り、廊下の角には防弾ベスト姿の男が崩れるように座り込んでいる。触れるまでもなく冷たい。首元から胸にかけての一撃で、噛み跡ではない。刃か弾の痕だ。
「ここまで踏ん張って、ここで止まったか」
ヒロの声に、セーブルが短くうなずく。
「全部拾ってやる時間はない。生きてるやつはいない前提で動く。まずは、何が止まってるかだ」
「電源系統から見る」
二人は手早く役割を分けた。
「外の線と周りは俺が見る。中身はお前だ」
「了解」
*
中継室に入ると、メインラックのランプはほとんど沈み、予備電源も落ちていた。だが壁際の手動切替盤だけ、物理レバーが倒されている。
「ミュータントが勝手にやる仕事じゃないな」
ヒロはレバー根元の工具痕を指でなぞり、表示を読む。「外部ルート遮断」。その先のケーブルは天井ダクトへ入り、外へ抜けていた。
外に回ると、セーブルがダクト出口近くでしゃがみ込んでいる。灰をどけると、地中へ続くケーブル束が露出した。
爆薬の跡。小さな破片と焼けた樹脂。中心の線――通信ラインだけが、狙って切られている。
「きれいに落としてある」
セーブルが言う。
「ミュータントなら周りごと噛みちぎる。これは違う。『ここを切れば黙る』って分かってる手だ」
「補給路を叩いた連中の続き、って見ていいか」
「決め付けるには早いが、同じ匂いはする」
ヒロは切断面と焼け跡を追う。幸い電力ラインは完全には死んでいない。過電圧で何本か焼けているが、地下の主幹は生きている。
「電源は拾える。通信は迂回してつなぎ直す必要がある」
「やれそうか」
「時間はかかる」
ヒロは即答し、一拍置いて言い切った。
「それでも、やる」
セーブルは目だけでうなずき、灰地と外周へ視線を配る。
「外周と空は俺が見る。ミュータントが寄ったら時間を稼ぐ。電気と線は任せる」
*
基地脇の主幹取り出し口に、簡易の分岐ボックスを噛ませる。ヒロは電圧を一度だけ測って許容範囲を確認し、そのまま作業を続けた。
入口側で見張るセーブルが声を飛ばす。
「行けるか」
「電気は回せる。あとは中身だ」
ヒロはヴァルケンストーム胴体から補助ケーブルを1本引き出して分岐へつなぎ、反対側を中継室の配電盤へ通す。
「お前、現場での拾い食いには慣れてるな」
「前線で、正規の設備が揃ってるほうが珍しい。外で食ってる連中は、どこも似たようなやり方だ」
「そういう意味じゃ、お前は『内側だけ』の男じゃない」
「褒め言葉として受け取っていいのか」
ヒロは軽く鼻を鳴らし、配電盤の前にしゃがみ込んだ。
*
中継室へ戻る。
床に這わせた仮設ケーブルを手動切替盤裏へ通し直し、焼けた通信モジュールは予備に差し替える。短い接続線で生きているルートへ迂回させ、最後のコネクタを押し込んだ。
「ここを繋げば、最低限の通信は戻るはずだ」
ドア側からセーブルの声が返る。
「やれ」
ヒロは仮設電源のブレーカーを押し上げた。
沈んでいたランプが順に灯り、赤、橙、そしていくつかが緑へ変わる。壁の旧型コンソールが低い起動音を上げた。
セーブルが中へ入ってくる。
「行けるか」
「試す」
ヒロは端末の周波数を合わせ、送信キーを叩く。
〈ヒロ〉『こちら、中継基地ノース・ハブ。暫定復旧。聞こえる局は応答しろ』
しばらくはノイズだけが続いたが、やがて人の声が割り込んだ。
〈前線駐屯地C-2〉『ノース・ハブ? こちら前線駐屯地C-2。ずっと死んでたぞ、そこ』
〈ヒロ〉『こちらノース・ハブ。ミュータントと人為的破壊の痕跡あり。詳細は後送する。とりあえず通信経路を1本、こっちでこじ開けた』
〈前線駐屯地C-2〉『助かる。北側白帯の誘導が、ずっと現地運用のままだった。そっちが戻れば、制御を本隊側に返せる』
別回線が割り込む。
〈グレイランス・ブリッジ〉『ノース・ハブの信号、確認。ヒロか?』
ジルの声だった。返せる回線がある、それだけで状況が変わる。
〈ヒロ〉『ヒロだ。セーブルと2機で来てる。基地は壊滅。通信系統は暫定復旧。電源は外部から直結』
〈グレイランス・ブリッジ〉『了解。状況ログを送れ。よくやった』
短いが、声には安堵が混じっている。
すぐ後で、別の声が入った。
〈ヴァイス〉『ヴァイスだ。生きて戻ってきたな、VOLK-6』
〈ヒロ〉『まだ戻れてない。今はその途中だ』
〈ヴァイス〉『帰り道で死ぬなよ。それと――』
わずかな間。
〈ヴァイス〉『補給任務の判断は、あとでまとめて出せ。褒めるところと殴るところ、両方ある』
〈ヒロ〉『了解』
ヒロが素直に返すと、セーブルが口元だけ緩めた。
「聞いたな」
「ああ」
コンソールから手を離し、室内の音を拾う。機械の駆動音と、回線の向こうの人声。遠くの白帯制御信号が、少しずつ戻ってくる。
ここでつなぎ直した線が、誰かの退路になる。今はそれで十分だった。
*
基地の外は静かで、修理を終えたアンテナ群が時々かすかに唸る。灰をかぶった鉄骨の向こうで送信灯が点き、途切れていた拠点が「生きている側」に戻っていく。
ヴァルケンストームとバッファローは基地外れの窪地に膝をつき、ヒロとセーブルが並んで立った。遠く、地平の向こうに細い白が1本だけ走っている。別区画の白帯だ。夜に沈みかけた世界で、そこだけがまっすぐ光って見える。
「ギリギリ繋いだ、ってとこか」
ヒロが言う。
「補給列も、中継も。どちらも全部は守りきれていない」
崩れた高架、補給任務、コンラート。いくつもの場面が重なって整理がつかないが、今回の手応えだけは明確だった。
「切られた線を1本、つなぎ直した。そこは動かない」
視線を白帯へ固定したまま、言葉を続ける。
「白の外まで、少しは見える気でいた。実際は違ったな」
ヒロは小さく笑う。
「前より、分からないことが増えた」
セーブルは腕を組んだまま白帯を眺め、少し間を置いて答えた。
「分からなくなったなら、上等だ」
短く言い切ってから続ける。
「分かったつもりで内側から眺めているほうが危ない。外から見て形が変わって見えたなら、そこがスタートだ」
ヒロは横目でセーブルを見る。
「説教の割に、聞こえは悪くないな」
「説教する歳でも立場でもない」
セーブルが肩をすくめる。
「ただ、お前はあの男と同じ線を引く必要はないってだけだ」
「あの男……」
父の顔が一瞬よぎる。コアホールで見た横顔と、遠い昔に見たきりの顔が、まだ重ならない。
セーブルは続けた。
「コンラートは、白を壊すほうを選んだ。理由があろうがなかろうが、結果はそうだ」
そこで言葉を切り、次を落とす。
「お前は、お前の線を引け。白帯を守るにせよ、外に出て何かを変えるにせよ、どっちでもいい。守るものと捨てるもの。その順番だけは、自分で決めろ」
“線”は地図ではなく判断だと、ヒロはようやく腹落ちした。
風が強まり、灰が足もとを流れる。コンラートの「外側から見ろ」が、別の意味で反響する。
(今のままでは、親父の基準にも、自分が守りたい順番にも届かない)
崖でも、コアホールでも、自分は半歩遅れていた。
「次は、鍛え直してからだな」
ヒロは白帯から目を離さずに言う。
「隊長として、だ。外でも白の上でも、簡単には潰れない隊を作る」
誰に向けた言葉かは、自分でも決めきれない。遠い白帯か、まだ手の届かない父親か、グレイランスに残した子どもたちか。
セーブルが鼻を鳴らす。
「なら、さっさと戻って整備班に仕事を押し付けてやれ。隊長が迷ってると、隊も機体も鈍る」
それだけ言って基地へ歩き出し、返事は待たない。
ヒロはもう一度だけ白帯を見た。まっすぐ伸びる光は同じ形のまま、見え方だけが変わっている。
「次は遅れない」
小さく言い、ヒロも基地へ向かった。
――次回、
第十章 動き出す世界
第54話「肩車の高さ」へ続く




