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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第九章 ロードゼロ:線の外の証明

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第52話 撃つ理由、撃たない理由

 灰をかぶった舗装の筋が、北へ細く続いていた。白帯じゃない。旧時代の補修路で、導光も光の線もない。


 先頭を行くRF-17C《ヴァルケンストーム》の足跡を、少し離れてRF-06Aバッファローがなぞる。計器の隅で、バッテリー残量と脚部負荷がゆっくり動いていく。


〈ヒロ〉「残量、悪くない」


 ヒロはモニターを一周させた。正面、左右、上空。灰膜は薄く、視界はまだ利く。


〈セーブル〉「文句言うほどじゃない。今日中に中継の外周までは届く」


 ヒロは前方の地形データを呼び出し、進路の線を確かめた。


(白の外で、やれるところを見せる)


 そのとき、サブモニターの端が黄色く点いた。


〈戦術AI〉『背後方、距離2,400メートル。RF反応2。IFF不明/民間コード類似パターン検出』


〈ヒロ〉「背後に2機。IFFは曖昧だが民間寄り。スカベンジャーか」


〈セーブル〉「映像を回せ」


 背面カメラの映像を共有に送る。灰の向こうに小さく2つの影。細身の第二世代機で、背中に大きなラックを背負っている。


〈ヒロ〉「距離は保ってる。武装は、ラックに積み物がある程度だな」


〈セーブル〉「声はかけたのか」


〈ヒロ〉「まだ。この距離なら、近づいてこなきゃ撃つ理由はない」


 短い電子音。セーブル側のセンサー値が共有された。測距波のログと出力の癖まで見える。


〈セーブル〉「距離を取るわりに、こっちの進路にはきっちり乗せてきてる。詰めもせず、開きもしない」


〈ヒロ〉「尾行ってほどでもない。同じ方向にスクラップ場があるだけかもしれない」


〈セーブル〉「そうならいい」


 2機は進み続け、背後の影も一定の距離でついてくる。


 やがて起伏がきつくなり、メインモニターに緩い丘が映る。ヒロは脚部負荷を見て歩調を落とした。


〈ヒロ〉「速度を落とす。脚がもたない」


〈セーブル〉「了解」


 速度を落とすと、背後の2機も同じタイミングで遅くなった。ヒロは言葉にせず、背面映像の情報だけを増やす。


 丘を1つ越えたところで、セーブルの声が沈む。


〈セーブル〉「ヒロ」


〈ヒロ〉「なんだ」


〈セーブル〉「さっきから、あいつらの頭。時々光ってるのが見えるか」


 ヒロは背面映像をズームした。頭部が一定間隔でかすかに瞬く。


〈ヒロ〉「照射か。測距か。こっちを測ってる?」


〈セーブル〉「距離と歩幅と出力。測定用の照射だ。漁りには要らない」


〈ヒロ〉「だからって、いきなり撃ったら撃ち逃げになる。呼びかけて進路を変えさせる。それでも付いてくるなら——」


〈セーブル〉「橋の件で迷ったことを、今の判断に混ぜるな」


 返す言葉が止まる。セーブルは続けた。


〈セーブル〉「照合した。あいつらの信号、民間スカベンジャーコード“L-13・ルーカス隊”に一致率が高い。だがルーカス隊は去年この区画で全滅。登録から外れてる」


〈ヒロ〉「生き残りか?」


〈セーブル〉「一覧を送る」


 新しいウィンドウが開いた。日付と座標、「回収済み:L-13ルーカス」。民間救助隊の遺体回収報告だ。


〈セーブル〉「偽装か、コード泥棒だ」


 映像の中で後方の1機が体勢を変え、ラックから棒状の何かが覗く。


〈セーブル〉「地下の電力ケーブル幹線に沿って歩いてる。さっき中継の話をしたろ」


 ヒロは地図の層を思い出す。この補修路の地下には、北の中継基地につながる幹線が走っている。


〈ヒロ〉「幹線に、目印を打ってるってことか」


〈セーブル〉「ああ。幹線沿いは立ち入り禁止。通達は民間にも出てる。知ってて踏み込んでる」


〈セーブル〉「"ただのスカベンジャー"なら、何でこの距離を保つ。何でこっちに照射を当て続ける」


 一拍。


〈セーブル〉「ヒロ。撃てないなら、俺が撃つ。記録は残す。あとで何度でも見返せ」


 判断は重い。だが重いままでも線は引く。


〈ヒロ〉「待て。せめて一度——」


〈セーブル〉「警告はもう出てる。“この幹線に近寄るな”ってな」


 バッファローの右肩砲塔が静かに角度を変えた。発射音が遅れて届き、遠くの影の1機が胸部から崩れる。灰が跳ね、ラックから金属棒がいくつも転げ落ちた。


 残った1機が横に跳ぶ。頭部から、さっきより強い照射光が走る。


〈ヒロ〉「ちっ」


 ヒロも反射でトリガーを引く。AC-22短制圧が脚部とラックを叩き、機体の動きを止めた。照射がぶれ、次の一撃が遅れる。


 続くセーブルの一撃が頭部センサーを抜き、2機目も沈黙した。


 警告音が落ち着き、舞った灰膜がゆっくり沈む。ヒロは距離を詰め、外部カメラのズームを最大にして倒れたRFの背中を映した。


〈ヒロ〉「やっぱりだ」


 ラックから覗いていたのは、ただのスクラップじゃない。細い棒状の磁気ビーコン。企業規格の刻印——英数字のロットと、発光パターンの同期コードが残っている。白帯や中継への搬送ルートを印づけするタグだ。


〈ヒロ〉「完全に現役の仕事道具だな。スカベンジャーが拾って、そのまま使えるものじゃない」


〈セーブル〉「だろうな」


〈セーブル〉「撃たずに通したら、中継の幹線に全部打たれてた。そこから来る奴らが次に落とすのは、どこだ」


 ヒロは答えない。白い帯と、その上を歩く子どもたちの姿だけが浮かぶ。


〈ヒロ〉「だから、先に撃ったのか」


〈セーブル〉「先にじゃない。あいつらが撃たれる理由を並べた」


〈セーブル〉「撃たない理由はいつだっていくつかある。撃つ理由を見つけたとき、どっちを見るか決めるのが隊長だ」


 結果と責任だけが、自分に残る。


〈ヒロ〉「全部、俺の責任に乗るんだな」


〈セーブル〉「そうだ。だから、曇るのは歩きながらにしろ」


 短く言って、バッファローは背を向けた。


 *


 小競り合いのあと、ルートを少し外れて進むと、灰に埋もれた送電塔の残骸が見えてきた。鉄骨は途中で折れ、基部だけがコンクリートの塊として残っている。


 根元に伸びる古い補修路の筋を見て、ヒロは計器を確認する。


〈ヒロ〉「ここで1回、拾う。脚の負荷も上がってきた」


〈セーブル〉「幹線の下だ。だが、幹を触るな」


〈ヒロ〉「分かってる」


〈セーブル〉「あれは6,600V級だ。火花で済む話じゃない。拾うなら低圧側だけだ」


〈ヒロ〉「了解。点検箱を探す」


 ヒロはヴァルケンストームを路肩に寄せ、膝をつかせた。バッファローも数メートル後方で停止し、周囲監視のまま上体を落とす。


 コクピットを開いて降りた。灰の上に簡易測定器とアース棒、変換箱を並べる。送電塔の基部を回り込み、掘り返された跡を避けて別の地点にアース棒を打ち込む。棒が沈んだのを確認し、基部のコンクリートを叩いて反応の違いを拾う。


 軽い反応の縁に四角い継ぎ目があった。


(ここだ)


 工具を差し込む。固着した蓋が浮き、端子と遮断器、古い注意札が見えた。高圧側の封はまだ生きている。


 ヒロは手を入れず、測定器のリードだけを低圧側端子に当てる。針が跳ねた。


〈ヒロ〉「生きてる。低圧側だ」


〈セーブル〉「よし。急げ。長居すると寄ってくる」


 ヒロはアース線を先に噛ませ、変換箱の入力を確認してから、太い仮設ケーブルを自機の給電ポートへ引いた。外装の小ハッチを開け、ロック音を確かめる。


 次に、変換箱の出力をもう一度見てから、もう1本をバッファロー側へ回した。


〈ヒロ〉「そっちも繋げ。分けた方が早い。給電ポート、開けろ」


〈セーブル〉「了解」


 バッファローは搭乗したまま左腕を伸ばす。前腕のサービスパネルが開き、給電口のキャップが外れる。


 ヒロはケーブルの先端を腕元まで運び、接続端子を押し当てた。磁気ロックが「カチリ」と噛み合う。


 2機の残量バーがじわじわ持ち直し始めた。


〈セーブル〉「効率はいいな」


〈ヒロ〉「高圧に手を出さない分、無理がない。拾う場所さえ合ってればな」


 ヒロはケーブルの張りを確認し、工具をまとめて肩にかける。給電ポートを押さえ、ロック音をもう一度確かめた。


〈ヒロ〉「白帯の外で稼がなきゃならない時期も、そこそこ長かったからな」


 灰を払ってヴァルケンストームの脚部に手を掛け、よじ登る。半身をコクピットに滑り込ませながら、言う。


〈ヒロ〉「コンラートに会う前から、こういう真似はしてる」


〈セーブル〉「そうか」


〈セーブル〉「腕も頭も足りてる。あとは、どこまでを自分の責任にするかだけだ」


 ヒロはシートに深く座り、節電で照明の落ちた天井を見た。


(守る範囲はどこまでか。線を引くのは誰か)


 バッテリー残量のバーが少しずつ増えていく。その横で、撃ち抜かれた影と、地面に転がるビーコンの刻印が何度も視界に戻った。


――次回、第53話「北の中継基地:再起動」へ続く

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