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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第九章 ロードゼロ:線の外の証明

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第51話 途切れた線の先へ

 翌朝の通信室は、夜の緊張がそのまま残っていた。


 壁一面のスクリーンに、この一帯の白帯ネットワークが浮かぶ。駐屯地から北へ伸びる線の途中、《UDF北部中継基地》だけが黒く抜けていた。


「定時信号、午前3時と5時。どちらも応答なし。」

「予備回線、沈黙。受信はノイズのみ」

「地下ケーブル監視も同区画から断絶。自動切替の痕跡、なし」


 報告はどれも同じ結論へ収束する。切れている。しかも、切れ方がきれいすぎた。


 セーブルが黒抜けを見たまま言う。


「一本でも生きてりゃ、ゴミでも残る。ここまで何も出ないのは、自然な故障じゃない」


「放っておける話じゃないな」


 奥の扉が開き、駐屯地司令がカップを片手に入ってきた。司令――カストナー大佐はスクリーンの前に立つ。


「北部中継基地は、このエリアの喉だ」


 指先が数本の白帯をなぞる。


「ここから北側の白帯は、起動も停止も切り替えも、全部あそこ経由で回している。避難も補給も、中継を前提に組んである」

「中継が死んだままだと、白帯は光ってるだけの線になる。線は残るが、線を動かせない」


 視線が地下ケーブル図へ落ちる。


「止められない線の上に避難列が溜まる。切り替えられないから、詰まっても分散できない。拠点は自分の足元だけで持ちこたえるしかなくなる。そこで線が折れれば、次は事故じゃ済まない」


 ヒロは、黒抜けの一点から目を離せない。線が描かれているのに途中だけ芯が抜け落ちている。その見た目が、橋の記憶に重なる。


「無人機は」


 セーブルが訊く。


「昨夜、1機飛ばした」


 カストナーが顎で合図し、別の映像が再生された。灰膜越しのぼやけた地表が数秒続き、境界に差しかかったところで画が潰れる。真っ黒。ログも同じ地点で途切れていた。


「ここまでだ。以降は映像も記録もない」

「灰膜だけの揺らぎじゃない。外から切られた可能性が高い、という解析だ」


 セーブルがまとめる。


「ドローン任せで済む状況じゃない。現場で見て、判断できる奴を出すしかない」


「出したい人員は山ほどいるが——」


 カストナーはハンガー側のステータス表示へ目をやった。


「今、動けるRFは2機だけだ。RF-06A《バッファロー》1機。RF-17C《ヴァルケンストーム》1機。他は昨日の護衛任務で脚をやられている。修理待ちだらけだ。修理用の予備ユニットも限りがある。」


「2機で足りる」


 セーブルはあっさり言った。


「やるのは偵察と現地判断。正面から戦線を広げる仕事じゃない」


 カストナーの視線がヒロへ移る。


「VOLK-6。昨日の任務報告は読んだ。お前の読み違いと判断の遅れで、隊は袋小路に入り込んだ」

「仲間の機体と物資を落としている。事実は変わらん」


「分かってる」


 言い切るほど、昨日の場面が並ぶ。崖に挟まれた狭い道。動けなくなった車列。脚をやられたバッド・バンカー。そこへ降ってきた砲撃と銃声。


「あのあと、セーブルの援護がなければ全滅もあり得た」


 カストナーは一拍置いた。


「そういう状態で、また外に出すかどうか。正直、迷っている」


「司令」


 セーブルが短く口を挟み、スクリーンの黒抜けを指で一度だけ叩いた。乾いた音が響く。


「昨日の袋小路は、こいつの読み違いだ。そこは認める」

「だが、そこで頭も脚も止めなかった。逃げるにしろ殴り返すにしろ、次に何をするかを考え続けてた」


 セーブルは目線を動かさない。


「ああいう盤面で、本気で固まる奴は外に出すな。こいつは固まらなかった。それだけは保証する」


 カストナーがわずかに目を細めた。


「甘い評価じゃないな」


「甘くする理由がない。動かす価値があるかないかだけだ」


 カストナーは二人を見比べ、ヒロに向き直った。


「お前はどう考えてる」


「行かせてくれ」


 ヒロは即答した。


「昨日の判断で、隊を危険に晒したのは事実だ。橋でも崖でも、いい終わり方じゃなかった。それでも途中で投げてはいない。崩れた後始末も、自分で見てきた」


 黒抜けのポイントを見る。


「ここを放っといたら、昨日みたいなことがもっと普通になる。知ってて中にいるほうが、俺にはきつい」


 短い沈黙。


「今のが、こいつの本音だ」


 セーブルが一言だけ足した。


 カストナーは息を吐き、肩の力を少し抜く。


「分かった」


 スクリーンの下に、中継基地までの距離と地形データが呼び出された。


「北部中継基地まで、およそ60キロ。灰の荒野だ。旧メンテ路と保守路をつなぎながら行くしかない。灰膜の濃いエリアを避けると、往復で丸1日ってところだな」


 通信士の一人が補足する。


「日が暮れる前に、白帯の外周に入るのが現実的です」


「任務は三つ」


 カストナーの声が一段低くなる。


「一つ、北部中継基地の現状確認」

「二つ、持っていく予備ユニットと工具で、可能な範囲の暫定復旧」

「三つ、無理でも“何が起きているか”だけは必ず持ち帰る」


 ヒロは頷く。


「現場指揮はセーブル。VOLK-6はサブ。意見が割れたときの最終判断はセーブル優先。それでいいな」


「ああ」

「了解」


 二人の返事が重なる。


「予備ユニットとツールは整備班が積む。現地でいじれる範囲は限られるが、手はある。弾薬とバッテリー積み次第、出ろ」


 カストナーはスクリーンへ視線を戻した。


「作戦コード《ロード・ゼロ》を継続する。今度は線の根元を見てこい」


 セーブルが短く「了解」と返し、ヒロもそれにならった。


 *


 通信室を出てハンガーへ向かう通路は、昨夜より静かだった。窓の向こうで、整備班が壊れたRFの脚部を吊り下ろしている。チェーンブロックの音だけが鈍く響いた。


「昨日の失敗を気にして、無茶して取り返しに行くつもりかと思ったが——違うな」


 並んで歩きながら、セーブルが言う。


「そういう真似をするなら、止めるつもりだったが」


「そんな簡単に取り返せるなら、とっくにやってる」


 ヒロは短く笑った。


「橋も崖も消えない。ただ、そこで折れたまま白帯の中に留まるのか、外へ出るのかの違いだ」


「なら外だろ。中で固まってると、余計に腐る」


「経験談か」


「まあな」


 それ以上は掘り下げない言い方だった。


「昨日の判断が、全部間違いだったとは思ってない」


 セーブルが続ける。


「条件の悪い状況で、被害を抑えようとして、結果として遅れた。そういうことはある」


「フォローには聞こえないな」


「フォローじゃない。間違いは間違いだ。ただ、そのあと“どっち側に立つか”だ」

「白帯の内側だけ見て戦う奴と、外で何が削られてるか知った上で内側を選ぶ奴じゃ、同じ守り方はできない」


 ヒロは横顔をちらりと見た。


「コンラートのことか」


「半分はな」


 ハンガーの扉が開き、灰色の光の中に2機のRFが立っていた。ヴァルケンストームと、バッファロー。


 整備兵たちが最後のチェックを進め、工具と予備ユニットのパレットが搬送車で静かに押し込まれていく。側面装甲には、昨日の戦闘痕がそのまま残っていた。


「行くぞ、VOLK-6」


 セーブルが短く言う。


「今度は、線の根元で何が起きてるか見に行く」


「了解。《ロード・ゼロ》続行だ」


 ヒロは見上げた。白帯の誘導灯もパルスラインもない空の下で、進む先だけを定める。


 自分は白帯を守るために、外側の任務もできるかぎり引き受けてきた。結局は全部、白帯のためだ。

 その根元で何を見るのか。答えは、灰の向こうにしかない。


――次回、第52話「撃つ理由、撃たない理由」へ続く

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