第48話 白帯の外で遅れた一歩
最初の1発は、警告もなく落ちてきた。
崖の上から、くぐもった発射音。輪郭は曖昧なのに、距離だけが近い。次の瞬間、前方映像が白く弾け、モニターの補正が追いつく前に灰の粒が光を散らして画面が一瞬だけ“昼”になる。
轟音。衝撃。座席が押され、遅れて揺れが来た。
補給車列の先頭車両が横に押し出され、道路を塞ぐ形で止まる。タイヤは路面を噛み損ねて灰を巻き上げ、粉がブレーキランプを鈍く曇らせた。
〈ヒロ〉「被弾!」
ヒロのRF-17C《ヴァルケンストーム》のモニターには、傾いた車体と割れて走る舗装の亀裂。後続車が一斉に踏んだブレーキ音が、回線越しにも響く。
〈ヒロ〉「全車、急停止! 隊列は崩すな! その場で止まれ!」
叫びながら、ヒロは機体を前へ踏み出す。崖と崩れた構造物に挟まれた狭い区間で、前も後ろも逃がす余地が薄い。
遅れて、崖上と瓦礫帯の奥で断続的な閃光が走った。砲口炎。撃点が複数ある。崖が音を返し、発射音が重なって聞こえた。
〈ポチ〉「上だ。崖の上と、左の瓦礫の中! 撃ってきてる!」
後方のポチ、RF-12AP《ブレイン・モール》が叫ぶ。軽量機のセンサーが拾った影が共有され、ヒロのモニター端に輪郭だけが残った。
古い型のRFが数機、縁から身を出して撃ち下ろしている。その後ろに自走砲らしき車両の輪郭。砲撃の間合いとタイミングが、補給車列の動きに噛み合っていた。
(古いフレームだ。だが、動きがいい)
〈ガンモ〉「ヒロ、どうする!」
右の崖沿いにいたガンモのRF-08GD《バッド・バンカー》が道の中央へ踏み出し、重い盾を前へ出す。盾の装甲に火花が散り、短い光だけ残して消えた。
〈ガンモ〉「先頭の車、完全に動けねえ! このままじゃ詰まる!」
〈ヒロ〉「先頭はその場で固めろ。列は広げるな」
ヒロは即答し、続けて指示を投げる。
〈ヒロ〉「ガンモ、車列の前面を絶対に抜かれるな。同時に上を押さえろ。崖上を押さえないと、ここで削られる!」
〈ガンモ〉「両方かよ!」
短い悪態。それでもバッド・バンカーは盾を斜めに立て、下縁から18mmガトリングを回して崖上へ弾幕を叩き上げた。反動の低い振動が続き、崖の音が返ってくる。
〈ヒロ〉「ポチ、ジャマー展開。敵の照準を少しでもずらせ!」
〈ポチ〉「やってる! でも、こっちの無線も削られてる!」
ブレイン・モールの肩から小型ドローンが数機、崖の縁へ向けて飛ぶ。だが2機が途中で撃ち抜かれ、灰の中へ落ちた。
崖上から、また1発。
今度はガンモ機の脚元。避け切れず、膝まわりで装甲が割れて関節が大きく揺れる。バッド・バンカーは片膝をついたが、盾だけは落とさず前へ突き出したまま止まった。
〈ガンモ〉「くそっ、脚やられた! 右脚の動きが死ぬ!」
(高所を取られたら、こうなる。分かっていたのに、遅れた)
ヒロは崖上の位置を頭の中で並べ直す。その作業に、橋の下で撃ち合った感覚が割り込んだ。ねじ込んだ機体、白がちぎれた映像、最後に残った「0分」。
(あのときは間に合わなかった。それでも前に出たから、救えた列もあった)
今は違う。前に出れば盾が折れ、隊列の前が持っていかれる。後ろを下げれば、崖の真下で車両が固まり、逃げ切れない列を自分で並べることになる。
〈ポチ〉「ヒロ。ジャマー、このまま行くか? 上げるなら、今合わせる」
ポチの問い。出力を上げれば敵の照準は乱せるが、味方の回線もさらに死ぬ。
〈ヒロ〉「維持。上げるな。敵の照準だけ削れればいい。味方回線は殺すな」
瓦礫帯の別方向から、新しい砲撃が割り込んだ。列の中ほどの燃料タンクを直撃し、炎が一気に立ち上る。光でモニターが潰れ、次の瞬間、黒い油煙が画面を舐めた。
〈護衛歩兵〉「中列3番、炎上! 消火が追いつかない!」
護衛歩兵の声はノイズ混じりで平板だった。悲鳴がないぶん、現場が限界に寄っている。
(先頭車を捨ててでも下げるか。俺たちが前に出て、一角をこじ開けるか)
どちらにしても、誰かは落ちる。橋崩落のログは「白帯内死傷:多数検知」とだけ残り、数字の中に顔が押し込まれていった。
(また、俺が引く線で、人が死ぬ)
〈ガンモ〉「ヒロ! 決めろ!」
ガンモが怒鳴る。脚を死なせたバッド・バンカーが盾1枚で砲撃を食い続け、前面装甲は浮き始めて縁が焼けていた。そろそろ抜かれる。
〈ヒロ〉「先頭車両は放棄する! 乗員は退避! 連結は切れ!」
言い切って、ヒロは即座に続ける。
〈ヒロ〉「3台目を新しい先頭にする。そこで盾線を作る。ガンモ、その位置で絶対に穴を開けるな!」
〈ガンモ〉「言うのが遅えよ!」
〈ヒロ〉「ポチ、後ろ半分を下げろ! 崖区間の外へ出せるだけ出せ!」
〈ポチ〉「了解。でも、前は持たないぞ!」
ブレイン・モールが列の外側へ回り込み、退避ルートにドローンで印を打っていく。その間も崖上からの射撃は途切れない。滑り込む弾がガンモの盾と車両装甲を叩き続け、敵RFは少しずつ位置を変えてくる。
車列の中央付近で、炎上車両の積み荷が弾けた。鈍い破裂音。飛んだ破片が装甲板を叩き、熱と灰が一度だけ大きく舞い直す。
ヒロは機体を一歩前へ出した。
〈ヒロ〉「ヴァルケンストーム、前に出る。ガンモの斜め前。盾の影から上を撃つ」
右腕のトンファーを収め、左腕の面盾を少し前へ。影から短銃身の制圧銃を叩き、崖上へ弾を撒く。
だが高さの差で角度が足りず、崖の縁が火線を遮った。敵の1機が火線を避け、すぐ別の位置へ移る。古い機体のはずなのに、動きだけは軽い。
〈ポチ〉「ヒロ、崖上の右端、増えた! 自走砲の照準、こっちに寄ってる!」
(このままじゃ、守りながら押し返せない。どっちかを切るしかない)
決め手になる一語が出ない。その短い遅れのあいだに、また1発が落ちた。
今度はヴァルケンストームの真横。爆風で映像が白くなり、警告音が鳴る。機体が横へ押され、姿勢制御が遅れて追従した。
〈戦術AI〉「側面装甲、損傷3割。姿勢制御に誤差」
乾いた報告が、橋のときの文言と重なる。
(違う。今は白帯じゃない。線の外だ)
〈ガンモ〉「ヒロ、これじゃ前に出られねえ! 後ろは半分も出せてねえぞ!」
〈ヒロ〉「分かってる!」
ヒロは最後の頼みを叩き込む。
〈ヒロ〉「こちらクレイヴ・アクト、VOLK小隊! 補給車列《ロード・ゼロ》護衛中、襲撃を受けている! 座標送信! 支援求む!」
UDF前線と《グレイランス》へ、同じ内容を続けて投げた。返ってきたのはノイズで、かろうじて混じった声も文になる前に妨害で切れた。
〈戦術AI〉「通信成功率、低下。応答、断続的」
援軍が来るかどうかも、いつ来るかも見えない。
(また、自分たちだけで持たせるしかないのか)
崖上と瓦礫帯からの火線が、ゆっくり、しかし確実に濃くなる。車列をかばうように立つ3機のRF。装甲の弾痕と焦げ跡が増え、盾の縁が赤く焼けていった。
動けば誰かを落とす。動かなければ全員が削られる。
頭の隅で、あの2文字が点いた。0分。
命令しろ。決めろ。そう思った瞬間、崖の上がまた光る。決め手になる一語が出る前に、砲撃の数だけが増えていった。
――次回、第49話「崖の上のバッファロー」へ続く




