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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第九章 ロードゼロ:線の外の証明

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第47話 自分が選んだ狭間

 白帯の灯りは、もう見えなかった。


 灰をかぶった古い舗装路が、ゆるくうねって続く。右は切り立った崖で、折れた古い橋脚が道路側へ倒れ込み、路肩を削っていた。左には崩れた欠片と、骨だけになった建物の躯体が灰に半分埋もれている。


 風はない。それでも灰だけが薄く動き、タイヤ痕をすぐ鈍くならしていく。アスファルトは沈んで割れ、隙間は灰で埋まっていた。


 その上を、補給車列が一本の線になって進む。燃料タンクのトレーラーやコンテナ車で、おおよそ10数台。先頭と最後尾を小型装甲車が固め、その間を荷台付きのトラックが埋めている。


 エンジン音は崖に返るが、速度は上がらない。車間を含めれば列は数百メートルになり、白帯の外では短い編成に見える。


 外側を3機のRFが囲む。先頭の少し前に出たヒロ機、右の崖沿いにガンモの重盾機、最後尾でポチの軽量機がドローンを飛ばしながら隊列全体をなぞっていた。


 ヒロのモニターは、前方映像の輪郭が細部から削られていくように見える。センサーの不調ではない。ここでは、世界のほうが情報を落としてくる。


〈車列先頭〉『こちらD-3行き補給車列先頭車。《ロード・ゼロ》フェーズ2。白帯外ルートに入った。車列速度、時速22。灰膜濃度、現時点問題なし』


〈ヒロ〉「“問題なし”は額面で受け取れない」


 ヒロは前方映像を切り替える。B3高架の崩落が、一瞬だけ視界の隅に重なった。導光ラインが空中で途切れ、人と機体が落ちていく光景。事件ログに残っていたのは「救出猶予時間、0分」という記録だけだった。


 守れなかった事実が先に来る。だから、意識して切り離す。


〈ガンモ〉「隊長、前方800メートル。右の崖から古い橋脚が倒れ込んでる。路幅、トレーラー2台ぶんくらいしかねえ」


〈ヒロ〉「左は?」


〈ポチ〉「灰に埋まってる残骸、横ギリギリだ。寄りすぎたら側面を持っていかれる」


 HUDの簡易地図が、その区間を赤で縁取った。狭窄部の先には一度だけ視界が開ける高台があり、その手前が崖と瓦礫に挟まれた最短の難所になっている。


 ヒロは、ここで止めて索敵を組み直したい。だが車列はすでに慎重で、ブレーキランプが断続し、車間が詰まり始めている。後方は灰膜濃度が上がりつつあり、迂回は距離を伸ばす。日没までの時間と燃料残量を考えれば、余裕はなかった。


 ここで固めれば、逃げ場が消える。橋で痛いほど覚えた。


〈ヒロ〉「崖区間だけ抜ける。抜けた先の高台で全停止。そこで索敵と通信をやり直す」


〈ガンモ〉「戻る時間は、もうねえってことだな」


〈ポチ〉「戻っても灰が濃い。行くなら前で押さえたほうが早い」


 ポチの言い方は軽いが、結論は硬い。


〈ヒロ〉「VOLK隊、崖区間に入る。車列、速度維持。ただしRFは防御重視。ガンモ、右で盾を上げて崖上からの射線を切れ。ポチは後ろと上、両方。怪しい動きは即報告」


〈車列先頭〉『了解。車列、そのまま進行』


 舗装路の両側が、さらに狭くなる。トレーラーの荷台と崖の距離は目で見ても足りない。岩肌が近い。


 ガンモの重盾機が右へ回り込み、盾を斜めに立てる。後方ではポチのドローンが高度を変えながら、崖縁と瓦礫帯をなぞるように飛ぶ。映像は灰で霞み、影の境界だけが残る。


〈ポチ〉「隊長、上から反応。崖の中腹に金属反応がいくつかある」


〈ヒロ〉「RFか」


〈ポチ〉「サイズが違う。昔の車両か工事機材の残骸だと思う」


 HUDにも「過去戦闘残存物多数」の注記が出ている。理屈ではそう整理できる。それでも、崖の中腹に並ぶ反応は視界から外れない。


 止めるか。だが、ここで止めれば隊列の腹が狭窄部に噛む。前にも後ろにも展開できない。


〈ヒロ〉「ポチ、上の監視続行。動きが出たら距離と位置を即報告」


〈ポチ〉「了解。ドローン増やす」


〈ヒロ〉「車列、速度を少し落とせ。ただし前進は続ける。受けられるものは、こっちで受ける」


 無視はできない。だが、この時点で「全停止」は切れなかった。


 進むにつれて、回線に細いノイズが混じり始める。


〈車列指揮〉『こちらD-3行き補給車列、ロード・ゼロ。進行状況に、ノイズが——』


 声が欠ける。ヒロのHUD隅で「回線品質:低下」「灰膜・地形反射の影響推定」が小さく点滅した。橋のときも見た表示だ。


〈ヒロ〉「ガンモ、くびれ出口までの距離」


〈ガンモ〉「あと数百メートル。だが詰まってきてる。止めるなら今だ。抜けるなら、そのまま行くしかねえ」


 ヒロは前方映像と地図のマーカーを重ねる。出口まであと少し。高台に出れば横に広げて止められる。


 止めるなら今。だが今止めれば、腹を狭窄部に置いたまま固まる。


〈ヒロ〉「崖区間の終わりまで、あとどれくらいだ」


〈ポチ〉「レーザー測距の読みで、だいたい250メートル。今の速度なら40秒ちょい」


 40秒。


 本来なら、この段階で止めて上を叩くべきだった。だがヒロは「抜けてから」に寄せた。橋の記憶が、止まる判断を押し戻す。


〈ヒロ〉「このまま抜ける。崖区間を出た高台まで行って、そこで全停止。そこで全部、やり直す」


〈ガンモ〉「了解」


〈ポチ〉「了解。高台に出たら、すぐドローンを展開する」


 左右がさらに迫る。車列のどこかで軽くブレーキが入り、赤い点が一斉に瞬いた。隊列の腹が詰まる。


 ガンモの盾が右側を覆い、ポチのドローンが崖縁と瓦礫帯を交互に映す。


〈ポチ〉「上の金属反応、動きなし。影の中までは——」


 ノイズがもう一段増す。


〈車列指揮〉『ロード・ゼロ、こちら。左側、通信妨——』


 HUDの診断表示が「干渉源の可能性」「灰膜由来と断定不能」に切り替わる。


 遅い。


 ヒロは反射的に声を上げた。


〈ヒロ〉「全車——」


〈ヒロ〉「停止準備。後退ルートの——」


 そこで回線が割れた。


 次の瞬間、右の崖上から複数の閃光。ほぼ同時に、左の瓦礫帯の影からも発射光が走る。


 刹那、先頭の補給車両前方で路面が爆ぜた。衝撃と破片が、隊列の中へ一気に流れ込む。


 崖と崩れた構造物に挟まれた、逃げ場の少ない区間で。


 今回は「どうにもならなかった橋」ではない。自分が「抜けてから」と先送りしたせいで、隊列の腹を狭窄部に置いたまま撃たれた。


 ヒロは、その事実を即座に理解した。


――次回、第48話「白帯の外で遅れた一歩」へ続く

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