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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第九章 ロードゼロ:線の外の証明

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第46話 ロード・ゼロ

 医務区画の白い光が、今日は少し眩しい。ヒロは仰向けのまま、頭上モニターの心電図とLSLリンクのグラフを眺めていた。規則正しい波形だけが、現状を淡々と告げてくる。


 ベッド脇のスツールに、軍医マティアス・アサクラが腰を下ろしている。タブレットを送り、必要なところだけ目を上げた。


「LSLの結合は安定。脳波も戦闘時の山から降りてきてる。右膝と頭の打ち身、脇腹の打撲。前にやったところも治り方に文句はない。痛みは残るが、仕事にはなる」


「つまり、もう走って殴ってもいいってことか」


 マティアスは眉をわずかに動かしただけで、端末に署名する。


「歩くところからにしろ。走るのは、止めてもやる顔だ。現場復帰は許可する。無茶して壊したら、今度はちゃんと怒るからな、隊長」


 それだけ言い残し、白衣の裾を揺らして出ていった。


「聞いたか、ポチ。医者の“ほどほどに”は信用するなって、じいちゃんが言ってた」


 隣の簡易ベッドにもたれていたポチが肩をすくめる。


「じいちゃん、多分もういないでしょ。しかも医者側だった可能性あるし」


「だったらなおさら、だ」


 ヒロはゆっくり上体を起こし、ストレッチ用の簡易ハーネスを外して立ち上がる。右膝の奥に鈍い違和感は残るが、体は言うことを聞いた。


 医務区画の奥からガンモが顔を出す。


「隊長、診断終わりか」


「ああ。晴れて“現場復帰可”だ」


「じゃあ、さっさとブリーフィング行くぞ。ヴァイスが『時間きっちり守れ』ってうるせえ」


 三人で医務区画を出る。通路の揺れが足裏に伝わり、陸上戦艦グレイランスが灰の海を重く進んでいるのが分かった。


 *


 ブリーフィングルームには、すでに地図パネルが展開されていた。灰色の地形図に《白帯》の細い白線、そして白から外れて崩壊地帯を貫く太い赤線。


「来たな」


 端末の前で腕を組んだヴァイスが顎で合図する。横にジル、さらにUDFの階級章を付けた中年の少佐。


「VOLK-6、3機揃いました」


 ヒロが言うと、少佐が短く頷いた。


「では始めよう」


 ジルが操作し、地図の一部が拡大される。前線E-17拠点、後方補給基地D-3、白帯ルートに赤いラインが重ねられていた。


「今回の任務は、UDF補給車列の護衛だ。E-17からD-3まで。通常は白帯B4を経由するが……」


 白線の一部が黄色に変わり、「通行制限」が表示される。


「先日の橋崩落と、その後の灰膜変動で、B3〜B5区画の一部は運用が不安定だ。通れないわけではないが、遠回りになる」


「そこで、こいつが出てくる」


 ヴァイスが赤いラインをなぞる。


「旧高速道路跡と古い工業地帯を抜ける最短ルート。白から外れるが、距離は3分の2で済む」


「白帯を使わない、ってことか」


 ポチが眉を上げる。


「そうだ」


 少佐が引き取った。


「本来なら避けたい手段だが、最近このエリアで補給路を狙う連中がいる。前線はどこも弾と食料がギリギリだ。少しでも回転を上げたい」


「その連中ってのは?」


 ガンモが腕を組み直す。


「所属不明。RFと地上兵器を混ぜた小規模な襲撃が数回。どこかの企業が我々の足を削りたいんだろうが、決定的な証拠は掴めていない」


 少佐は、言いにくさを隠さず肩をすくめた。


「名指しはできない。察してくれ。だからこそ民間傭兵の力を借りる。君らクレイヴ・アクトは、この辺りの地形と“灰”に慣れていると聞いている」


「買いかぶりだな」


 ヴァイスが鼻で笑う。


「うちは“白の外”はおまけみたいなもんだ」


 ヒロの視線が赤いラインへ落ちる。白から外れて伸びる線に、自分の機体アイコンが置かれる光景が、勝手に頭に浮かんだ。


 ——白帯の上でしか世界を見ないなら、お前は一生このままだ。


 耳の奥で、その声が引っかかる。右膝の奥が痛んだ、痛みが記憶に手を伸ばした。


(うるさい)


 ヒロは内側でだけ言い捨て、端末に視線を戻す。


「ルート上の危険度評価は?」


 意識して声を整える。


「崩落地帯と灰霧による視界不良。ミュータント出現報告が2件、所属不明武装勢力の反応記録が1件」


 ジルが淡々と読み上げた。


「ただし、ここ3ヶ月は静かだ。襲撃も起きていない」


「静かすぎるってやつか」


 ガンモがぼそりと呟く。


「そうとも言えるな」


 少佐が頷く。


「だが、我々には時間がない。白を遠回りしている余裕は薄い。ここで一度、最短ルートを試したい」


 言い終えて、少佐はヒロを見た。


「VOLK隊長。君の判断を聞かせてくれ」


 視線が重い。ヒロは白いラインと赤いラインを見比べる。


 橋が崩れたときの光景が、まだ薄れない。ヘルマーチの砲口が橋に向いた瞬間、自分は「止めろ」と叫んだ。止められなかった事実だけが残った。


 ——安全地帯にしがみつくな。


 同じ言い方が、また刺さる。


(白帯だけを見たまま、否定されっぱなしでいるつもりはない)


 ヒロは呼吸を落ち着け、顔を上げた。


「条件付きで、最短ルートを使うべきだと思います」


 ヴァイスが片眉を上げる。


「条件?」


「偵察ドローンと、RFの前衛を厚めに出させてほしい。崖上や灰膜の濃いポイントは、必ず一度目で“見て”から通る。できない場所は、潔く小さく迂回する」


 言いながら、足りないかもしれない、という懸念が残る


「時間は削る。でも闇雲には突っ込まない。それが、今できる落とし所です」


 少佐はしばらくヒロを見て、やがて頷いた。


「了解した。偵察と前衛の運用は、VOLK隊長の裁量に任せる。ただし、到着予定時刻を大きく超えるようなら、ルートの再検討を求める」


「こっちの腹も、少しは満たさないとな」


 ヴァイスが口を挟む。


「この仕事一本で、当分の補給と整備費は出る。グレイランスの炉を止めないためにも、外回りもやるしかない」


「金の話ばっかりだな、艦長」


 ポチが苦笑すると、ヴァイスは肩をすくめた。


「金がなきゃ白も灯せん。理想だけで陸上戦艦は走らんさ」


 そしてVOLKの3人を順に見回す。


「ヒロ。お前が決めたルートだ。引き返すにしても突っ切るにしても、その都度判断しろ。橋のときの判断は間違ってなかった。だから今度も、結果を怖がって足を鈍らせるな」


「分かってます」


 喉の奥が少しだけ詰まる。ヒロは姿勢を正した。


「VOLK-6、任務了解。3機で補給車列を護衛し、D-3まで送り届けます」


 ジルが最後の確認に入る。


「RF編成は、ヒロ機+ガンモ機+ポチ機。出撃時刻はT+120分。補給車列と現地UDF部隊との合流ポイントはここ」


 地図上に点滅マーカーが追加された。


「作戦コードは、《ロード・ゼロ》。白帯の外を通る補給路を、一度“ゼロから引き直す”任務だ」


「積み荷ゼロになったらシャレにならないな」


 ポチがぼそりと呟く。


「だから護衛がいるんだろ。ロード・ゼロで積載ゼロは、さすがに笑えねえ」


 ガンモが苦笑混じりに返す。


 ヒロはもう一度、赤いラインを見つめた。白の外へ伸びる線の先に何が待つのか、考えだすときりがない。


(それでも、俺は白帯を守る側だ)


 内側で言い切り、端末から目を離す。


「それじゃあ、各機、出撃準備に入れ」


 ヴァイスの号令で、椅子のきしむ音とブーツの足音が重なった。ヒロも立ち上がり、通路へ向かう。モニターの上では、白の外へ向かう新しい線が静かに光っていた。


――次回、第47話「自分が選んだ狭間」へ続く

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