第44話 番号じゃなく、名前で
HUDの端が赤く点滅していた。
《MAIN 48V 残量 3%》
《外部パック 0%/0%/0%》
《推定稼働時間 約2分》
【ノルン:このままでは機体停止まで120秒です】
「分かってる」
白帯本線から外れた荒野に、放棄されたトラックや工業機械が灰の上で転がっている。そのうちの1台、横倒しになった輸送トラックの腹へ、RFのアームが食い込んでいた。
アキヒトはコクピットから降りないまま、右腕のアームを伸ばして装甲をこじ開け、むき出しになったバッテリーユニットへ太いケーブルを突き立てる。変換器のスイッチを入れた。
《外部入力 接続確認》
《入力電圧 40V→出力 48V》
《効率 29%》
接続部で火花が跳ね、焦げた臭いが外装を伝ってくる。
【ノルン:入力電圧不安定。変換器温度上昇中。出力をさらに落とすことを推奨】
「ここで止めたら終わりだ」
ケーブルの固定を確かめ、抜け止めのラッチを叩き、もう一度だけ力を込める。
「せめて次の残骸くらいまでは持たせる」
【ノルン:了解。現在の設定で継続します】
わずかな電流が48Vラインへ流れ込み、HUDの表示が少しだけ持ち上がった。
《MAIN 48V 残量 5%》
《推定稼働時間 約3分》
「延命だな」
ノルンは返さなかった。
*
そのとき、センサーが別の反応を拾う。
【ノルン:方位 40度、距離 3.2km。白帯本線上に複数の48V反応。RFおよび車列と推定】
画面の端に、導光ラインの白い筋――白帯本線がかすかに映る。その上を数機のRFと補給車両が列で進んでいた。歩調が揃いすぎているのに、軍の匂いが薄い。
【ノルン:識別信号照合……クレイヴアクト所属ユニットと一致】
クレイヴアクト。最近、名前が広まり始めた傭兵組織の1つだ。
*
同じ頃。
白帯本線上を進む隊列の中で、別のHUDにも警告が出ていた。
〈オペ〉『クレイヴアクト01、ルート外で電力異常を確認。方位 40度、距離 3km。48Vラインの吸い上げ反応あり。武装RFの可能性』
〈ヴァイス〉『位置は白からどれくらい外れている』
〈オペ〉『白帯本線から1.5km外側。現行ルートには影響なし』
〈ヴァイス〉『了解。列は予定通り進め。ヒロ、白から離れすぎるな』
〈ヒロ〉『了解。隊長、そっちはどうする』
〈ヴァイス〉『確認する。すぐ戻る』
先頭を歩いていた1機が白帯から外れた。RF-06A――重いはずの機体なのに、脚運びが沈まない。指揮官向けの調整がそのまま動きに出ている。
左腕の半身盾と、胴体の厚い装甲。進路だけは、まっすぐ荒野へ向いていた。
*
【ノルン:接近中のRF反応。クレイヴアクト01と識別】
「こっちに来るか」
アキヒトはケーブルをすぐには外さなかった。今抜けば、残量が落ちる。次はもう持たないかもしれない。
見えてきた機体は、装備も整った現役のRFだった。肩に載せた武装、装甲の状態、脚の動き。まともな整備を受けている。
対してこちらは、残骸にケーブルで繋がれた半死状態のRFだ。装甲の一部に、ヘルマーチ時代の濃緑と赤い斜線の塗装が残っている。
相手はそれを一目で見分けたようだった。通信は切っている。開けば、そのぶん残り時間が削れる。
外部スピーカーが開いた。
「そこの機体。48V拾ってる奴。聞こえるか」
男の声は落ち着いているが、気は抜いていない。
アキヒトは迷った。黙っていれば通り過ぎるかもしれない。開けば、余計なものまで拾う。結局、最低限の回線だけを開いた。
「聞こえてる」
「コールサイン、所属」
「フリーの傭兵だ。所属なし」
「そのフレーム。ヘルマーチ上がりだな」
クレイヴアクトの機体が角度を変え、古い塗装と傷へ視線を滑らせる。
「脱走か、生き残りか」
「どっちでもない」
「死に損なったまま、東まで流れてきただけだ」
一瞬、相手は言葉を止めた。
*
ヴァイスは内部回線へ切り替える。
〈ヴァイス〉『ヒロ』
〈ヒロ〉『隊長、敵性か』
〈ヴァイス〉『RFの残骸と、その中身だ。今は電欠寸前で、拾い食いに必死』
〈ヒロ〉『放っておけば勝手に止まる。危険なら、そのほうが楽だろ』
〈ヴァイス〉『白の外で止まった機体は、次に通る誰かの足場になる』
ヒロはすぐ返さなかった。
〈ヴァイス〉『それに、ここで腐らせた機体が、別の誰かに拾われて厄介なことになるかもしれん』
〈ヒロ〉『拾うのか、捨てるのか』
〈ヴァイス〉『判断は後でいい』
ヴァイスは、アキヒトの機体をもう一度見た。
〈ヴァイス〉『まず、こいつが自分で何て名乗るかだ』
*
外部スピーカーに戻る。
「お前、自分の番号は言えるか」
唐突だった。
「番号?」
「ヘルマーチなら、名前の代わりに振られていただろ。ゼロなんとかの、あれだ」
喉の奥で「ゼロサンロク」が引っかかった。長い間、その呼び方を聞いていない。逃げてからは自分でも口にしていないのに、反射で出そうになる。
アキヒトはそこで止めた。
「番号はいい」
ヴァイスが続ける。
「番号じゃなくて、名前はあるか」
名前。母親が最後に呼んだときの声と、番号だけが飛び交っていた年月が、同じ場所でぶつかった。
ノルンのHUDに小さな表示が出る。
【ノルン:パイロット名:アキヒト】
【ノルン:外部コールサイン:未設定】
自分で登録した名前だ。けれど、他人に名乗ったことはない。
出そうになったのは、いつもの理屈だった。今さら名乗っても、何が変わる。番号のままでも、やることは同じだ。
だが、その理屈は途中で折れた。
番号のままでいれば、ずっとあの隊のままだ。ヘルマーチの列、036番。それが嫌で東へ逃げてきたのは、自分がいちばん知っている。
言葉が詰まる。
【ノルン:外部コールサイン欄が空欄です。入力しますか】
「うるさい」
小さく呟いてから、マイクを開いた。
「アキヒト」
静かな声だったが、聞き取れるだけの強さで言った。
短い間。
【ノルン:外部コールサイン:AKIHITO(暫定)】
*
ヴァイスは内部回線で短く言う。
〈ヴァイス〉『聞いたか。名前はアキヒトだ』
〈ヒロ〉『ああ』
それだけで十分だった。
ヴァイス機がアキヒト機の前まで進み、腹部の牽引ユニットからケーブルが伸びる。
【ノルン:接近中の機体から牽引ライン。接続要求】
「繋げ」
【ノルン:了解。受け側ランチャー開放】
アキヒト機から簡易フックが伸び、バッファローのケーブルが噛み合う。ロック音がコクピットにも伝わった。
【ノルン:牽引開始に合わせ、外部入力を遮断します】
「やれ」
変換器のスイッチが落ちる。右腕が抜け止めを叩き返し、拾い食い用ケーブルを引き抜いた。先端のスパイクだけがトラックの腹に刺さったまま残る。
《外部入力 切断》
外部スピーカーがもう一度開く。
「了解した」
ヴァイスの声が、今度ははっきりとした調子で続いた。
「行くぞ、アキヒト」
その一言で、喉の奥が詰まった。数年ぶりに、人間の声で自分の名前を呼ばれたと気づく。番号じゃなく、「アキヒト」として扱われた。
返事を作ろうとしても喉が動かない。代わりに、LSLの向こうで心拍だけが跳ね上がった。
【ノルン:心拍数上昇。異常なし】
(まだ、名前で呼ばれる場所がある)
牽引ケーブルが張り、機体がゆっくり前へ引かれ始める。灰に埋もれたトラックや折れたアンテナが、足元の影と一緒に後ろへ流れていった。
少し離れた空には、白帯本線の導光が夕方の空気の中で細い線になって揺れている。
『行くぞ、アキヒト』
その声は、ノルンのログにも、LSLの奥にも残った。036ではなく、ひとりの名前として。この灰の上で自分を結び直すための、短い合図として。
――次回、
第九章 ロードゼロ:線の外の証明
第45話「捨てられた側」へ続く




