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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第八章 名前のない兵士

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第43話 036を捨てた夜

 南の旧市街から戻ったあと、アキヒトは一晩だけ基地にいた。


 隊舎は静かで、廊下の灯りはところどころ切れたまま、昨夜の酒の匂いだけが残っている。ベッドは空いていたが、横になる気にはならなかった。


 シャワー室の鏡に映る顔は見慣れているはずなのに、どこか距離がある。


(ここにいても、また同じことをやる)


 そう思った時点で、答えは決まった。


 *


 深夜。


 補給区画の端で、整備兵が居眠りしている。照明は落とされ、常夜灯が機体の輪郭だけを拾っていた。


 アキヒトは端末に「廃棄予定機の移送」を開き、自分のRFの識別コードを見つける。指を滑らせると、搬出先と時刻が並んだ。


〈搬出先:東部解体ヤード〉

〈搬出時刻:03:20〉


 エラー表示は出ない。誰も止めない。


 格納庫の扉が静かに開き、RFが一機、ゆっくり外へ歩き出した。背中には標準の内部電源に加えて、48V系統の外部パックが最低限だけ積まれている。実戦なら40〜60分、移送ならぎりぎりヤードまで届く計算だ。


(行き先なんて、決めてない)


 それでも足は東を選んだ。


 *


 基地から数十キロ離れた灰の荒野で、HUDに警告が出た。


《MAIN 48V 残量 22%》

《外部パック残量 15%/9%/0%》

《推定稼働時間 残り 11分》


 外部パックのうち1つは空で、補給線も追ってくる車列もない。


「拾い食いしかないか」


 小さく言って、少し先の残骸へ向けた。錆びついた輸送トラックが横倒しになり、灰に半分埋もれている。タイヤは裂け、荷台の下にバッテリーユニットらしき箱が並んでいた。


 RFを寄せ、アームでボディをこじ開ける。太いケーブルを伸ばし、剥き出しの端子へ無理やり押し当ててロックし、RF側の変換器をONにした。


《外部入力 接続確認》

《入力電圧 42V→38V》

《効率 37%》


 ケーブルの付け根から火花が数回弾け、焦げた匂いがフィルター越しに薄く届く。


「悪いな」


 誰に向けた言葉かは自分でも分からない。数分待つと、HUDの表示がわずかに変わった。


《MAIN 48V 残量 26%》

《推定稼働時間 残り 17分》


「あと5分、伸びたくらいか」


 それでできるのは、次の残骸を探しに行くことくらいだった。


 *


 東へ進むほど街は途切れ、白帯の本線から離れていく。導光ラインも、途中で切れたまま放置されていた。


 廃工場を見つけて入り込む。天井の古いクレーン、床の端に倒れた小型フォークリフト。パネルを開けて48Vラインを探し、錆びたカバーを外してケーブルを直接かませる。RF側で電圧を監視しながら、変換器の出力を調整した。


《外部入力 接続確認》

《入力電圧 51V→48V》

《効率 62%》


「さっきよりマシだ」


 直後、HUDに赤い警告が並ぶ。


《電圧スパイク検出》

《MAIN系統 温度上昇》


 機体の腹の奥で、配線がきしむような音がして、フレームが微かに震えた。


「やばい」


 ケーブルを引き抜き、外部入力の遮断を落とす。接続が切れると、警告灯は数秒遅れて沈黙した。


 静かになる。残ったのは指先の痺れだけだった。


「こんなこと続けてりゃ、どこかで燃えるな」


 それでも止めるという選択肢はない。


 *


 別の廃工場の奥に、RFの残骸が寄せ集まった一角があった。型落ちの機体が横倒しになり、部品を剥がされたもの、胴体だけのものが積み上がっている。企業ロゴも識別番号も、錆と灰で読めない。


 アキヒトは使えそうなバッテリーブロックを探し、サブアームで胸部ハッチをこじ開けた。


 途中で、見慣れないユニットが目に入る。制御系の中心部分らしく、保護カバーが分厚い。内部の基板は比較的きれいだった。


(電源より、こっちのほうが残ってるか)


 バッテリーはどれも劣化していたが、この制御ユニットだけは通電すれば動きそうに見えた。アキヒトはそれをコアごと引き抜き、自分のRFの腹部パネルを開けて空きスペースへ押し込み、固定してケーブルをつなぐ。LSLと機体制御系の間に、中継を1つ挟む形だ。


「動くかどうかも分からないものを入れる。正気じゃないな」


 口ではそう言いながら、手は止まらない。


 接続を確認して電源を入れる。


《副制御ユニット 起動》

《プロトコル確認中》


 HUDの端に、見慣れない表示が出た。


《こちらノルン・ユニット7。接続先RF識別を確認》


 機械的な女声だった。抑揚は少ないが、完全な無機音とも違う。


「ノルン?」


《はい。機体統合戦術支援AIノルン。登録パイロット識別コードの入力を求めます》


 識別コード。


 反射的に「ゼロサンロク」と言いかけて、言葉が止まった。036はヘルマーチの番号で、隊列で呼ばれる符号だ。殺す側の名前。


 ここには、もうヘルマーチはいない。


「アキヒトでいい」


 短くそう答える。


《確認。パイロット名:アキヒト》

《新規登録しますか》


「登録しろ」


《承諾。パイロットプロファイルを作成》


 画面の端で進捗バーが伸び、終わると新しい表示が並んだ。


《ノルン:メイン48V残量 31%/推定稼働時間 22分》

《推奨ルート:南東方向 12km先廃ハブ/電源設備残存可能性 高》


「勝手にルートまで出すのか」


《残量と地形データから最適経路を計算しました》


 事務的な返答だ。それでも「一人で考える」負担が軽くなるのを、アキヒトは黙って受け取った。


 *


 それからの1年は、その繰り返しだった。


 灰の荒野を少しずつ東へ移動し、白帯の本線から距離を取り、誰も通らなくなった支線の近くを選んで進む。廃工場、放棄されたハブ、戦場跡で48Vラインを見つけては拾い食いをした。


 ノルンは無駄のない声で情報を出す。


【ノルン:右方向 3km、未使用のフォークリフト反応。推定48V系統】

【ノルン:接続電圧 上限近い。変換器温度 上昇中。出力を 20%落とすことを推奨】


 アキヒトは短く返すだけでいい。


「分かった」

「そこは後だ。先に水を探す」


 たまに、敵性勢力が使っていたらしい灰色の燃料セルを見つけることもあった。形は既知の電源ユニットに近いが、内部の液体がくすんだ色をしている。


「これも電気は出るか」


 接続しようとした瞬間、LSLの奥を何かが走った。耳の内側で細かいノイズが弾け、背中の傷痕が内側から引かれるような感覚が残る。


【ノルン:警告。波形異常。既知の48Vラインと一致せず】

【ノルン:このセルからの給電は推奨しません】


「やめる」


 すぐにケーブルを外した。


「こんなものまで喰わせ続けたら、本当にどこかで爆発する」


【ノルン:その判断は妥当です】


 淡々と返される。


 *


 電力だけでは生きていけない。


 途中から、闇ルートの商人の護衛もするようになった。白帯を使えない物資と人間が、灰に覆われた裏道を通る。相手はアキヒトの過去を聞かず、アキヒトも相手の素性を聞かない。


 報酬は現金と電力パックと、わずかな食糧。


【ノルン:今回の報酬で、次の1週間分の食料と予備パックが確保可能】


「それ以上は望めないな」


【ノルン:はい。この生活は、安定とは言えません】


「だろうな」


 戦場跡ではスカベンジャーの真似事もした。倒れたRFから、まだ使える部品とバッテリーを引きはがす。ときどき、昔の仲間と同じ型の機体も混じっている。


 そのたびにノルンは何も言わず、残量と温度とルートだけを管理し続けた。


 *


 白帯には戻らない。ヘルマーチにも戻らない。


 その日暮らしと拾い食いで、今日をしのぐだけの生活だった。それでも036と呼ばれていた頃よりは、まだ自分の名前でいられると、アキヒトは感じていた。



――次回、第44話「番号じゃなく、名前で」へ続く

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