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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第八章 名前のない兵士

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第39話 線に縛られた死 

 エアハルト隊長の声は、無線越しでも落ち着いていた。


〈エアハルト〉『ファルコン隊、白に寄りすぎるな。撃つなら外側からだ』


 前方の地面に、白い導光がまっすぐ伸びている。避難用のライン――《白帯》。その脇を、RF-21《ファルコン》の編隊と、RF-06《バッファロー》の重い足取りが並んで進む。


 白の上には避難民が連なっていた。布を頭に巻いた老人、荷車を引く女、子どもを抱えた男。列は途切れず、ただ前へ流れていく。


 敵は白の外側に拠点を作り、ときどき砲弾を撃ち込んでくる。白をかすめる弾もある。それでもエアハルトは「白の上」を撃たせない。


〈エアハルト〉『白の上にいるのは民間人だ。避難列を通してから潰せるなら、それでいい』


 そう言って、自分の機体を一歩だけ前に出した。遮蔽物の薄い位置だ。敵の射線を自分に寄せる立ち方だった。


 アキヒトは、その背中を見ていた。HUDの識別は「E-01」。ヘルマーチの隊長機。


 白の近くでは撃つ角度を変え、通行を止めない。その代わり、白から離れた小さな集落は「危険区域」として切り捨てられることがある。遠回りになっても、時間が延びても、白の上に人がいる限りはそちらを優先する。それがエアハルトのやり方だった。



 そのやり方が、いつまでも続くことはなかった。


 別の日。白帯B4支線の分岐点――高架の柱が密に並ぶ合流部で、待ち伏せに巻き込まれた。


〈オペレーター〉『B4支線で敵火力確認! 榴弾多数!』


 柱の間から砲弾が雨のように落ちる。白のすぐ脇で爆ぜ、誘導灯がいくつも吹き飛んだ。避難列が止まりかけ、誘導員の怒鳴り声と子どもの泣き声が重なる。白の上で、誘導員が子どもを抱えて伏せた。爆炎の縁で、その姿が一瞬だけ見えた。


〈エアハルト〉『ファルコン3、4、白に出るな! バッファロー隊、支線上に盾を張れ!』


 RF-06《バッファロー》が白にかぶさるように位置を取る。厚い肩装甲に榴弾が当たり、火花が散った。衝撃で機体が一瞬沈む。


 エアハルト機も白に近い位置まで前に出る。敵陣に正確に反撃しながら、こちらへの射線を切ろうとしていた。


〈若い隊員〉『隊長、前に出すぎです!』


〈エアハルト〉『ここで止めなきゃ、あっちがまとめて死ぬ』


 短い返事だった。迷いはない。


 次の瞬間、側面から飛んできた徹甲弾が、エアハルト機の胸部装甲を抜いた。


〈エアハルト〉『……っ』


 通信が途切れる。モニター上の識別マークが短く点滅し、それから音もなく消えた。


〈オペレーター〉『E-01とのリンク喪失!』


〈隊員〉『隊長!』


 アキヒトの口の中が乾く。照準を戻し、反撃を続けるしかない。砲撃が止まらなければ、白の上の数が減っていく。


 エアハルト機は白のすぐ脇に膝をついた。倒れ込む直前まで、その巨体は白の上へ影を落としていた。


 引き金を絞るたび、指の関節がきしむような感覚が残っていく。


 戦闘が終わったあと、E-01の残骸から遺体が運び出された。その日は、冗談を言うやつがいなかった。


 収容の前で、誰かが小さく言った。


「隊長は、最後まで白を庇って死んだってことか」


 アキヒトは視線を落とす。


(庇って死んだのか)

(無理をして死んだのか)


 どちらでも、本人にはもう聞けない。白い線だけが、何事もなかったように地面に残っていた。やけに眩しく見えて、耳に入る音が大きく感じた。



 数日後。簡素な会議室に隊員たちが集められた。壁の地図には、白帯と支線、ハブ、主要都市が線で結ばれている。


 前に立ったのはコンラート中佐だった。数日前まで大尉だった男――ヘルマーチの新しい隊長に任命された。


「今日から俺が、この隊を預かる」


 声はよく通る。余計な熱はない。


「エアハルトのやり方を全否定するつもりはない」


 一拍置いて続ける。


「だが、俺はやり方を変える。任務の目的を最優先する。守るべきなら守る。そうでないなら、線は手段だ」


 椅子が小さく鳴った。ざわつきは出ない。ただ空気だけが重くなる。


「ここは救助隊ではない。特殊部隊だ」


 コンラートは地図を指した。


「線に縛られて、悪い位置に出て撃たれたやつがいる。避難路を塞がないために、死ぬ順番を前にしたやつがいる」


 そこで言葉を切る。


「白は大事だ。それは否定しない」


 言い方だけなら同じにも聞こえる。だが次の一文が、刃だった。


「だが、大事なものは他にもある。拠点、資源、指揮。ここが折れたら、線も維持できない」


 言い切る途中で、コンラートの指が胸のポケットに触れた。硬い角を確かめるような仕草で、すぐに手が下がる。


 アキヒトは、それを見た。なぜかそこだけ、妙に目に刺さる。


「俺は無駄な死を嫌う。隊の損失も、民間の死も、全部だ」


 優しい言葉に聞こえた。だからこそ、背中が冷える。


「優先順位を間違えない。守るべきものを間違えない。そのために、線にこだわりすぎない」


 沈黙が落ちる。


「以上だ。文句があるやつは、今言え」


 誰も手を挙げなかった。挙げられる空気ではない。アキヒトも黙っていた。


(間違っている、とまでは言えない)


 自分の手はきれいじゃない。そう思うほうが早かった。そう思ってしまえば、立っていられる。



 コンラートが隊長になってからの任務は、少しずつ変わっていった。


 別の任務では、敵が民家を盾にして拠点を構えていた。白帯の支線からは外れている。だが灰の風向き1つで、危険はどこへでも寄る。


〈オペレーター〉『区域内に民間反応あり。熱源、複数。逃げ遅れの可能性』


 回線が一瞬だけ静まった。誰も「どうする」とは言わない。聞く形にしても、返る答えは決まっている。


 アキヒトは照準を合わせた。HUDに座標が固定され、建物の輪郭が線で縁取られる。赤い点が壁の内側でゆっくり動いていた。


 ――敵か、民間か。区別はつかない。区別している時間もない。そういう任務だ。


〈コンラート〉『時間をかけるな。指定座標に集中射撃。そこに残っているのは避難に失敗した者だ。それ以上の判断は俺たちの仕事じゃない』


 淡々とした声だった。正しい、というより、“正しいことにして進める”ための声。


 トリガーに指を掛けた瞬間、指先がわずかに硬くなる。


(俺が撃たなくても、誰かが撃つ)


 そう思ったはずなのに、次の呼吸が浅くなる。


 発砲。


 コクピットの中に鈍い衝撃が返ってくる。反動が座席を通って背骨に残り、視界がほんの少し揺れた。外の映像は窓ではなくモニターだ。だからなおさら、現実味が薄い。


 建物の外壁が崩れ、灰と土煙が膨らむ。煙の中で、赤い点が――


 最初に1つ消え、遅れてもう1つ、最後の1つは少しだけ残って動き、止まって、消えた。


 戻らない。


 戻らないという事実だけが、煙の向こうから遅れて届く。


〈オペレーター〉『熱源、減少。残存反応、低下。停止に近い』


 それは「敵が止まった」とも「人が止まった」とも言える言い方で、どちらでもいいという報告でもあった。


 アキヒトは次弾を装填し、同じ座標にもう1度撃つ。指が動く。止める理由を、もう持っていない。


 煙の向こうで屋根が落ちる。赤い点は戻らない。戻らないことだけが、確定していく。


 視界の端に白い線が細く残っている。あの線の上を、今も誰かが歩いているかもしれない。


 ――考えるな。整えるのは呼吸だけだ。


 任務が終われば、別の部隊が白帯の上を通る。自分たちは、その前に“通れる形”にしておくだけ。


 アキヒトは、端の白い線をただの線として見ようとした。そうしないと、次のトリガーで指が止まる気がした。



――次回、第40話「脊髄に刻むリンク」へ続く

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