第32話 白のない通路で
アキヒトは窪地の中央に口を開けた半壊施設の入り口で、VOLKの機体列を止めた。崩れた外壁には扉枠だけがひしゃげて残り、奥は暗く、内部の様子は外から拾いにくい。
※VOLK各機には機体標準の「戦術AI」が搭載されている。ノルンだけは例外で、アキヒトの端末にしか応答しない。
〈ヒロ〉「ここから先は徒歩で入る。VOLK-3、VOLK-5はRFごと外周の警戒ラインを押さえろ」
〈リュウ〉「また置いてかれるのか、俺」
右側の斜面に陣取ったリュウ機が、肩のライフルを軽く持ち上げる。
〈ポチ〉「外を押さえるやつがいないと、帰り道が消える。ここから先は、逆にそっちのほうが大事」
〈リュウ〉「はいはい。分かってますよ、先生」
ため息まじりの返事に、ポチが短く笑った。
〈ヒロ〉「何かあったら、すぐに中に知らせろ。戦術AI、外周と内部を同時に監視。異常が出たらVOLK全機に回せ」
〈戦術AI〉『了解。外周センサー監視と内部マッピングを並行で実行する』
ヒロ、アキヒト、ゴーシュ、ガンモの4人はそれぞれのRFから降り、携行火器とライトを確認して入口へ入った。
中は細い廊下がまっすぐ伸び、両脇に小部屋が並ぶ。照明は点いていても弱く、床には薄く灰と砂が溜まっていた。踏むたびに靴裏がざらつく。
「人の気配はないな」
ガンモが声を落とす。
壁際には古い端末が列になり、画面は暗い。割れているものも多く、かすれた案内板には読める範囲で「管制」「資材」「コア」といった単語が残っていた。
〈戦術AI〉『内部空間のスキャンを開始。構造は多層。上層に管制区画、下層にコア区画らしきエリアを確認』
「普通の軍事施設って感じじゃねえな」
ゴーシュが、壁に埋め込まれた奇妙な機器を見て言う。丸いパネルが何枚も並び、中心に細い溝が刻まれている。監視カメラや砲座の類とは形が違った。
〈戦術AI〉『付近から微弱な信号を検出』
〈ヒロ〉「信号?」
〈戦術AI〉『通常の無線帯ではない。LSLの帯域とも違う。波形が一定の周期で揺れている。共振に近いパターン』
「レゾナンス系ってやつか」
アキヒトが小さく言う。
〈戦術AI〉『旧レゾナンス軍事研究所のログに残っている通信パターンと類似。ただし現在も発信されているのか、残響なのかは判断不能』
一瞬だけ、耳鳴りに似た感覚が頭の奥をかすめた。気のせいと言い切るには、施設の空気が妙に整いすぎている。
〈ヒロ〉「先を急ぐ。グレイランスとの距離もある。長居はできない」
一行は角ごとに武器を構え、部屋を手早く覗き込みながら進む。人影も稼働端末もない代わりに、回線のノイズが少しずつ増えていった。
〈リュウ〉『こちら外周。特に変化なし。VOLK-6、内部の映像が……いや、いまちょっと』
リュウの声が途中からざらつき、耳障りなノイズが走る。
〈ヒロ〉「VOLK-3? 聞こえるか」
返事が遅れた。
〈リュウ〉『おいAI、これ回線落ちてねえか?』
〈戦術AI〉『施設内部に入ってから、外部回線の品質が段階的に低下している。壁面構造と内部の共振パターンが影響していると推定』
〈ヒロ〉「どのくらい持つ」
〈戦術AI〉『このまま奥に進めば、長距離回線は遮断される可能性が高い』
外の気配が急に遠のいた。さっきまで隣にあったはずの声が、壁の向こうへ押しやられていく。
そのとき、アキヒトの端末だけが小さく鳴った。
〈ノルン〉『補足。近距離用の補助リンクを試験運用中だ』
ノルンの声は、いつもの無機質さよりわずかに人間寄りだった。
〈ノルン〉『この施設内では、アキヒト端末との接続が最も安定している。共振パターンに対して、わずかだが同期が取れている可能性がある』
「なんだそれは。褒められてるのか」
〈ノルン〉『評価は保留だ』
冗談とも本気ともつかない返しに、アキヒトは口だけで息を逃がした。孤立だけは避けられそうだ、と判断を切り替える。
やがて広めのホールに出た。床の中央に簡易的な立体図面が埋め込まれ、上層と下層を示す線と区画名が重なっている。
「ここが分かれ目だな」
ヒロがライトを図面に落とす。
「上が管制区画。施設全体の制御と防衛システムの中枢。下がコア区画。“データバンク”と“中枢コア”は、おそらくこっちだ」
「順番としては、管制を抑えるのが先じゃないか?」
ガンモが腕を組む。
「上を押さえれば、防衛装置もドローンも止められるかもしれない。下に降りてから上から何かされるのが一番きつい」
「だから二手に分かれる」
ヒロが短く区切った。
「俺とガンモで上層の管制室へ。図面、セキュリティ、ドローン制御系を押さえる。アキヒトとゴーシュは下層のコア区画へ行け。カルディアが欲しがってる“中身”を確認する」
「了解」
ゴーシュがあっさりうなずく。
「こっちはこっちで、欲深い連中が何を隠してるか見てきてやる」
〈戦術AI〉『注意。上下階層に分かれた場合、互いの位置情報は断続的になる可能性が高い』
〈ヒロ〉「つながるうちは最低限の報告を続ける。完全に切れたら、自分の判断を優先しろ」
ヒロとガンモは上層へ続く階段へ向かい、アキヒトとゴーシュは下層へ降りるスロープを選んだ。
下へ行くほど、ノイズの密度が上がる。空気が重いというより、耳の奥に膜が張る感覚が増していった。
〈戦術AI〉『共振パターンの強度が上昇。ノイズ増大。ヒロ隊長との回線、途切れがちです』
〈ヒロ〉『こちら上層。管制区画へ——(ノイズ)——ドアは——』
声が白いざらつきに飲み込まれ、標準の戦術AIの報告もそこで途切れた。
代わりに、アキヒトの端末だけにノルンが残る。
〈ノルン〉『上層との回線、完全に途絶。復旧を試みるが、見込みは薄い』
アキヒトはゴーシュに目線だけで合図し、要点を短く言った。
「上の回線が切れた。ノルンは生きてる。ただ、お前の端末が不安定だ」
「どのくらい不安定だ」
〈ノルン〉『数十秒〜数分単位で変動。完全な保証はできない』
「数十秒〜数分で揺れる。保証なし」
「上等だ」
ゴーシュが肩をすくめる。
「どうせ現場じゃ、何も保証されねえ」
スロープを降りきるとT字路にぶつかった。右と左に通路が伸び、壁の矢印マークがかろうじて残っている。
「ノルン、コア区画はどっちだ」
〈ノルン〉『右側の奥に大きな空間。コア区画と思われる。左側は補助設備、または別の実験区画』
「右だな」
右へ踏み出そうとした、その瞬間。
頭上で鈍い音がし、通路の天井から重いシャッターが勢いよく降りてきた。
「っ――!」
アキヒトは反射的に前へ飛び込む。背中をゴーシュの腕が押し、金属が擦れる音とともに分厚い板が床へ叩きつけられた。衝撃で足元が揺れる。
「ゴーシュ!」
振り向くと、閉じたシャッターが通路を真っ二つにしていた。隙間はない。
「おいおい、マジかよ!」
向こう側からゴーシュの声が返り、すぐに金属を叩く音が重なる。
「大丈夫か、アキヒト!」
「生きてる。そっちは」
「押しつぶされかけただけだ。問題ねえ」
口調の軽さに反して、叩く音は本気だった。
「ノルン、いまのは勝手に落ちたか?」
〈ノルン〉『解析中。施設内部のセンサー系の一部が、さきほどまで停止状態だったのに、今だけ一瞬動いた形跡。内部トリガーだけでなく、外部からの指令が重なった可能性あり』
「つまり、誰かが遠隔で落とした可能性がある」
〈ノルン〉『断定はできないが、否定もできない』
背中に冷たい汗がにじむ。
「持ち上がりそうか?」
「やってる」
向こう側で、ゴーシュがシャッター下端に指をかける音がする。金属が軋むが、隙間はほとんど生まれない。
「ビクともしねえな、これ」
息を吐く気配のあと、ゴーシュが言った。
「アキヒト、そっちはどうなってる」
「短い通路が続いてる。奥に部屋が1つありそうだ」
「なら、お前はそっちを確認しろ。俺はここでシャッターの周りを探る。迂回路がないか見る」
〈ノルン〉『このシャッター、構造上力ずくでの開放は非現実的。迂回路探索を推奨』
「力ずくは無理。迂回探れって」
伝えると、ゴーシュの声が少しだけ低くなる。
「いいか、アキヒト。お互い一人だ。慎重に動け。変だと思ったら、すぐ引き返せ」
「分かってる」
〈ノルン〉『補足。先に進めば、ゴーシュとの回線はさらに不安定になる。だが、アキヒト端末との接続は維持できる見込みが高い』
「ノルン。繋げ。状況を拾え」
〈ノルン〉『了解。状況を記録し、解析する』
アキヒトはシャッターに手を当て、冷たい金属越しに向こうの気配を測ってから拳で一度だけ叩いた。
「片付けたら合流する。そこで待て」
「その言い方、嫌な予感するんだけどな」
苦笑まじりの声が返る。
「帰ってこいよ。後で文句を言う相手が消えると困る」
「お前もな」
短いやり取りを切り、アキヒトは前を向いた。薄暗い通路がまっすぐ続き、床の灰はさっきより薄い代わりに、床そのものへ細い線が刻まれている。意味の分からない記号のようなものが一定間隔で並んでいた。
〈ノルン〉『この先の共振パターン、さらに強度が増加。身体に影響が出る可能性あり。自覚症状があれば即時申告』
「了解」
一歩を踏み出す。白帯も導光の線もない。背中に味方はつかない――それでも、進む理由だけは消えなかった。
――次回、第33話「番号と名前のあいだで」へ続く




