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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第六章 ヴァイス艦長のひまつぶし

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第27話 前編 隊長は責任を、艦長は夜を歩く

 ブリッジを出たヴァイスは、廊下をゆっくり進んだ。当直の様子も、ジムや格納庫、食堂付近まで一通り見ている。あとは自室へ戻るだけ――そう思ったところで、右手のドア前で足が止まった。


 簡易ブリーフィングルーム。中から、押さえた声と端末操作の電子音が漏れてくる。


「ここだ。ヘルマーチが橋の縁を見た瞬間だ」


 ヒロの声だ。戦闘ログを巻き戻し、一時停止しているらしい。


「この時点で、B3にVOLK全機を回すって決めるべきだった」


 少し間を置いて、アキヒトが返す。


「その瞬間は、まだ“白を割るつもりだ”って読みだったろ。グレイランスにもまだB2の問い合わせが飛んできてた」


「言い訳に聞こえる」


 ヒロの声がわずかに荒くなる。


「ヘルマーチが白帯を無視して、橋脚のほうを見た。あれを見て『高架を落とす気だ』って言ったのは、お前だ」


「だからって、そこでVOLKを全部B3に集めたら、B2の白は外で丸裸になる」


 アキヒトは言い切った。


「今のログを見ながらなら、いくらでも言える。ヘルマーチがB3に来るって分かってたみたいな話し方は、後出しだ」


 ヴァイスはドア前で動かず、耳を傾けた。


「後出しだって分かってる。分かってるから、余計に腹が立つ!」


 机を叩く音、乾いた転がる音が廊下まで届く。


「俺はまだ『企業同士を撃ち合わせずに白を通す』ことばかり考えてた。先に脚を撃ち抜いて止める、って発想に踏み切れてない」


「先に撃ったら、カルディアもグラウバッハも黙ってない。白帯の上で撃ち合いになったら、避難民がもたない」


 アキヒトの低い声が続く。


「分かってる。でも結果として、橋ごと落ちてる。ヘルマーチの脚を撃つか、橋を撃たせるか。その選択をしたのは、俺たちだ」


 ヴァイスはノックせず、取っ手を少し押した。隙間から、室内が見える。


 大きなモニタには白帯B3区画の映像が停止している。ちぎれた高架の断面、途中で途切れた導光ラインの白。画面の端には《白帯内死傷:多数検知(避難民/ラインガード含む)》のログが小さく出ていた。


 ヒロは腕を組んで立ち、アキヒトは端末から別角度のログを送っている。


「配置から間違ってたのかもしれない」


 ヒロが初期配置の画面を呼び出す。B2、B3、外縁のマーカーが並ぶ。


「最初からB3側に厚く置いて、B2はラインガードに多めに出てもらう形にしておけば……」


「その案、ヘルマーチが来る前にカルディアが飲むと思うか?」


 アキヒトが遮る。


「『請負のRFは6機だけです。そのうち2機は橋の下を見ます』って条件で、あの量の輸送を通すか?」


「……最初のブリーフで通らない案は、机の上でしか生き残らない」


 ヒロが唇を噛む。


「それでも、結果はこうだ」


 ヒロはモニタを指した。崩れ落ちる直前の映像。白帯の列が北と南に分かれかけ、中央にまだ人影が残っている。


「封鎖命令も遅い。橋の上の避難民を北と南に下げ始めたときには、もう二発目まで撃たれてた」


「そのタイミングで『全員すぐ橋から降りろ』って言ってたら、どうなってた?」


 アキヒトの声が少し強まる。


「白帯の列は崩れる。走ったやつから欄干の外に落ちる。高架を狙われてるのが分かってても、全員に走れとは言えなかった」


「じゃあ何を守った?」


 ヒロの声が跳ねる。


「企業のメンツか。『白帯は安全です』って看板か。その結果が、避難民とラインガードがまとめて落ちたログだ」


 沈黙が落ちる。


 アキヒトは端末を机に置いた。


「……俺も、お前と同じくらい分かってる。ヘルマーチの脚の沈み方を見た瞬間に、嫌な感覚はあった。あれは白帯を踏む歩き方じゃない。“構造物”を狙う動きだって、身体のほうが先に思い出してた」


 奥歯を噛む小さな音が混じる。


「それなのに口に出したのは『高架を落とす気だ』だけだ。『ヘルマーチを最優先目標にしろ』『B3に全機回せ』って、もっと早く言い切れてたら――」


「そこまで言うな」


 ヒロが低い声で止める。


「その先を言ったら、この橋のことを全部お前一人のせいにできる。そうすれば、俺は楽になる」


 ヴァイスは隙間から、ヒロの横顔を見た。額の髪を指でかき上げ、拳の関節が白い。


「橋脚の前に誰を置くか決めたのは俺だ。B2から動かさなかったのも、封鎖命令を出したタイミングも、最終的には俺の判断だ」


「遅かったって、自分で思ってるんだろ」


「ああ。遅かった」


 迷いのない答えだった。


「ヘルマーチが高架の縁を初めて見た瞬間に、『白帯を割るだけじゃない』『橋ごと折りにくるかもしれない』まで頭を持っていくべきだった。そこまで想像して、配置も命令も組まないといけなかった」


「そんなの、普通の隊長なら考えない」


「だったら、VOLKの隊長である意味がない」


 短い沈黙。


「……どこまでを俺たちの責任にするか、だな」


 アキヒトが低く言う。


「ヘルマーチが来たことも、対構造物弾を持ち込んでたことも、橋の上にあの人数を詰め込んだことも、『想定外でした』で流そうと思えば流せる。変えないこともできる」


「少なくとも俺は、自分の口で『想定外でした』とは言わない」


 ヒロの声が沈む。


「白帯は通しました、任務は成功です――その言い方も、二度としない。B3の白は今も途切れたままだ。子どもも、ラインガードも落ちてる」


「……じゃあ今夜はどう言う。『俺の判断が遅れました。だから橋が折れました』か」


 アキヒトはマーカーを指先で転がし、少しだけ笑った。


「全部自分のミスにしておけば、他は全部“仕方なかった”で済む。そっちのほうが楽だろ、隊長」


「楽じゃない」


 ヒロが噛みしめるように言う。


「『俺の判断が遅れた』は事実だ。それを自分の責任だと言ってるだけだ」


「自分一人の責任にしてる時点で、もう楽してる」


 椅子が軋み、アキヒトが立ち上がる。机を回り込んで一歩詰めると、空気が張った。


「橋脚の前に誰を置くか決めたのは、俺だろ」


 さっきの言葉を、今度は吐き捨てるように繰り返す。


「B2から動かさなかったのも、封鎖命令のタイミングも、お前一人で決めたわけじゃない。そこで黙ってた俺も、同じだけ噛んでる。なのに、お前だけ『俺の責任だ』なんて言うな」


 アキヒトが胸倉をつかみ、シャツの布がきしむ。


「お前が俺を橋脚の前に置いた。動かすかどうか聞いたのもお前だ。その上で黙ってたのは俺だ。どっちも外せない」


 ヒロの右手がアキヒトの腕をつかんだ。振りほどかず、止めるだけで、距離を保つ。


「……だったらなおさらだ」


 至近距離で、ヒロが低く言う。


「ヘルマーチの歩き方を知ってたお前が、あの一拍黙ってた責任は、お前が引き受けるべきだ」


「――あ?」


 空気が一段冷える。


 ヴァイスはノックのタイミングを失ったまま、ドアノブから手を離した。


「それでも俺は、『想定外でした』とは言わない」


 ヒロは目を逸らさない。


「ヘルマーチが来たことも、橋の上に人を詰め込んだことも、その先を想像しきれなかったことも。全部、想定できたかもしれないこととして抱えたうえで、それでも“守る側”に居続ける。それが隊長の仕事だ」


「削るだけ削って、折れたらどうすんだよ」


 アキヒトの拳がわずかに震える。


「俺は、隊長が折れた隊の末路を嫌ってほど見てきた」


「だったら、お前は折れないように支える側でいてくれ」


 ヒロは胸倉をつかまれたまま、まっすぐ見返した。


「隊長やめろと言わないなら支えろ。俺が判断を間違えたときは殴ってでも止めろ。その代わり、その前に俺から隊長を取り上げるな」


 しばらくして、アキヒトが手を放す。あからさまに舌打ちが落ちた。


「……だったら、最初からそう言えよ」


 ヒロは、さっきより少しだけ落ち着いた声で続ける。


「誰の白を守るのか。どこまでを自分たちの責任だと言い切るのか。それを自分で決められない隊は、もう終わってる」


 その横顔を見て、ヴァイスの中で何かが引っかかった。顔の角度、言葉の選び方。遠い昔、別の場所で聞いた声が、薄く重なる。


 視界の中のヒロの輪郭が、少しずつ別の誰かに変わっていった。

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