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灰の傭兵と光の園 〈ロボットイラストあり〉  作者: 青羽 イオ
第七章 白の外で会う者たち

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第32話 白のない通路で

 施設の入口は、窪地の中央に黒く開いていた。


 崩れた外壁には、扉枠だけが曲がって残っている。中は暗く、外からライトを当てても奥までは見えない。入口の周りには、さっき倒したドローンの破片と、グラウバッハのRFの残骸がまだ散っていた。


 俺はストレイ・カスタムを入口の手前で止めた。


 すぐにヒロの声が入る。


「ポチ。先にドローンを入れろ。無理に奥まで行かなくていい。通路の形と、動いてるものがあるかだけ見ろ」


「はいはい。こういう穴ぐらに最初に入るの、俺のドローンばっかりだな」


「人間より安い」


「言い方」


 ポチのブレイン・モールから、小型ドローンが二機降りた。虫のように低く走る機体で、灰の上を滑るように入口へ向かっていく。俺のモニターにも、ポチが共有した映像が小さく映った。


 内部は細い廊下だった。両側に扉が並び、床には灰と砂が薄く積もっている。照明は完全には死んでいないらしく、天井の一部が弱く点滅していた。


「廊下あり。左右に小部屋。奥に曲がり角。いまのところ動くものなし」


 ポチが報告する。


「もう少し入れる」


 ドローンの映像が、ざらついた。


 次の瞬間、画面が大きく乱れる。音声にも細いノイズが混じり、廊下の映像が白く流れた。


「おい、待て。戻せ」


 ヒロが言う。


「やってる。……戻ってこない」


 ポチの声から軽さが消えた。


「操縦を受けつけない。信号が変なところで折れてる。いや、折れてるって言い方も変だな。こっちの命令が届いてない」


「映像は?」


「一機目、消えた。二機目も……だめだ。切れた」


 モニターから共有映像が消えた。


 入口の奥はまた暗くなる。


「ドローン二機、ロスト」


 ポチが短く言った。


「通信妨害か?」


「普通のジャマーじゃない。電波を塞がれたっていうより、施設の中に入った瞬間、こっちの信号が別のものに混ぜられた感じがする。気持ち悪いな、これ」


「つまり、外からは中を見られない」


 ヒロが言った。


「そういうこと。見たいなら、人間が入るしかない」


 少しの沈黙が落ちた。


 嫌な沈黙だったが、長くは続かなかった。ここまで来て、入口だけ見て帰るわけにはいかない。


「ここから先は徒歩で入る」


「リュウとポチはRFで外を押さえろ。帰り道が消えたら終わりだ。ゴーシュ、ガンモ、アキヒトは降りる」


「また置いてかれるのか、俺」


 リュウが言った。


「外を見てるやつがいないと、全員置いていかれる」


「分かってるよ。文句を言っただけだ」


「ポチ、外周と入口を見ろ。ドローンを失った場所も記録しておけ」


「了解。これ以上ドローンを捨てる気はないから、外から見られる範囲だけな」


 俺はコックピットを開け、携行火器とライトを取った。


 入口前で、ヒロ、ゴーシュ、ガンモと合流する。


 RFに積まれた標準の戦術AIは、機体のセンサーとつながっている。降りたあとは、各自の手元端末へ必要な情報だけが落ちてくる。ノルンだけは別だった。あれは俺の端末にしか応答しない。


 俺が端末を確認すると、ノルンの文字が出た。


《接続維持》

《内部環境:不明》

《注意:共振性ノイズを検出》


「ノルン、中に入ってもつながるか」


「現時点では接続可能。ただし、施設内の共振性ノイズが強いため、安定性は保証できません」


「保証なんて最初からない」


「その判断は妥当です」


 冗談ではないのだろうが、少しだけ息が抜けた。


 俺たちは入口をくぐった。


 中は細い廊下だった。さっきのドローン映像と同じだ。両側に小部屋が並び、照明は弱く、床には灰と砂が薄く積もっている。踏むたびに、靴裏でざらりと音がした。


「人の気配はないな」


 ガンモが低く言った。


「さっきまでの残骸を見る限り、人がいても生きてるとは限らねえけどな」


 ゴーシュが返す。


「嫌なことを言う」


「嫌な場所だからな」


 壁際には古い端末が並んでいた。画面は暗く、割れているものも多い。案内板には、かすれた文字で「管制」「資材」「コア」と読める部分が残っていた。


 ヒロが手元端末を見る。


「AI、内部スキャンはどうだ」


 端末から合成音声が返る。


「内部空間の簡易スキャンを開始。構造は多層。上層に管制区画、下層にコア区画と思われる空間を確認」


「普通の軍事施設って感じじゃねえな」


 ゴーシュが壁に埋め込まれた丸いパネルをライトで照らした。円盤のようなものがいくつも並び、その中心に細い溝が入っている。監視カメラでも砲座でもない。


「レゾナンス系か」


 俺が言うと、手元端末でノルンが反応した。


「微弱な信号を検出。通常の無線帯ではありません。LSLの帯域とも異なります。一定の周期で揺れる波形。旧レゾナンス軍事研究所のログに近いパターンです」


「まだ生きてるのか」


「現在も発信されているのか、施設に残った反応なのかは判断できません」


 そのとき、頭の奥に耳鳴りのようなものが走った。


 短い。痛みというほどではない。ただ、施設の空気が急に近くなったような感じがした。俺は足を止めず、ライトの先を廊下へ戻した。


「長居はしない」


 ヒロが言った。


「奥に行くほど回線が落ちる。ドローンが戻らなかった理由もまだ分かってない。手早く見る」


 俺たちは角ごとに止まり、部屋を確認しながら進んだ。


 空き部屋。壊れた棚。倒れた作業台。壁に残った古い表示。人影はない。だが、何もないわけではなかった。通信のノイズが、少しずつ増えている。


 外のリュウから声が入る。


「こちら外周。いまのところ動きなし。そっちの映像が少し乱れてるぞ。音も遅い」


 ヒロが答える。


「こちらもノイズ増加。入口との距離はまだ浅い。ポチ、外から何か拾えるか」


「拾えてるのは入口まで。中は変な反射が多い。壁の中に通信を食う材料でも入ってるんじゃないかって感じだ」


「AI、回線はどのくらい持つ」


「このまま奥へ進めば、長距離回線は遮断される可能性が高いです」


 外の声が少し遠くなる。


 壁一枚を隔てているだけではない。もっと分厚いものの中に入っていくようだった。


 その中で、俺の端末だけが小さく鳴った。


「補足。アキヒト端末との接続は、他の通信より安定しています」


「理由は?」


「この施設内の共振パターンに対し、端末側の補助リンクがわずかに同期しています。原因は不明です」


「褒められてるのか、それ」


「評価は保留です」


「だろうな」


 孤立は避けられないかもしれない。だが、完全に目をつぶされるわけではない。それだけでも、いまは使える。


 しばらく進むと、広めのホールに出た。


 床の中央に、施設の立体図が埋め込まれている。上層と下層を示す線があり、かすれた区画名が重なっていた。管制区画。コア区画。資材庫。実験棟。


「ここが分かれ目だな」


 ヒロが図面にライトを落とす。


「上が管制区画。施設全体の制御と防衛システムの中枢。下がコア区画。カルディアが欲しがってるデータバンクと中枢コアは、たぶんこっちだ」


「先に管制を押さえるべきじゃないか」


 ガンモが言った。


「上を残したまま下へ降りると、あとで面倒になる」


「だから二手に分かれる」


 ヒロはすぐに決めた。


「俺とガンモで上に行く。管制室を押さえる。アキヒトとゴーシュは下だ。コア区画を確認しろ」


「分かった」


 俺は答えた。


「お宝探しか。嫌な響きだな」


 ゴーシュが言う。


「見つけるだけだ。持ち帰るかはあとで決める」


「こういう時のあとでって、だいたい面倒なんだよな」


 AIの音声が、四人の端末に同時に出た。


「注意。上下階層に分かれた場合、位置情報と音声通信は断続的になる可能性があります」


「つながるうちは最低限の報告を続ける」


 ヒロが言った。


「完全に切れたら、自分の判断を優先しろ。無理に合流しようとして迷うな」


「了解」


 ヒロとガンモは上層へ続く階段に向かった。俺とゴーシュは、下層へ降りるスロープを選ぶ。


 下へ行くほど、ノイズが増えた。


 空気が重いわけではない。だが、耳の奥に薄い膜が張っていくような感覚がある。手元端末の地図は何度か乱れ、現在地を示す点が数歩分ずれた。


「こちら上層。管制区画へ向かう。ドアは――」


 ヒロの声が、そこで白いノイズに飲まれた。


 AIの表示も途切れ、外周との回線も消えた。


 代わりに、俺の端末だけでノルンの声が残る。


「上層との回線、完全に途絶。復旧を試みていますが、見込みは低いです」


 俺はゴーシュに向かって言った。


「上との回線が切れた。ノルンは残ってる。ただ、お前の端末は不安定だ」


「どのくらい不安定だ」


「数十秒つながって、数分落ちる可能性がある。保証なし」


「上等だ。現場で保証なんか当てにしたことねえよ」


 スロープを降りきると、T字路に出た。右と左に通路が伸びている。壁の矢印マークは古く、読める文字はほとんど残っていない。


「ノルン、コア区画はどっちだ」


「右奥に大きな空間を確認。コア区画と推定。左は補助設備、または別の実験区画です」


「右だな」


 俺が踏み出そうとした瞬間、頭上で鈍い音がした。


 次に、重いシャッターが落ちてきた。


「アキヒト!」


 ゴーシュが俺の背中を押す。俺は前へ飛び込んだ。金属が擦れる音が通路に響き、分厚い板が床へ叩きつけられる。


 振り向くと、シャッターが通路を完全にふさいでいた。


「ゴーシュ!」


「生きてる! 押しつぶされかけただけだ!」


 向こう側から、金属を叩く音がする。


「そっちは?」


「俺も生きてる。そっちに隙間はあるか」


「ない。いや、あっても指も入らねえ。何だこれ、戦車でも止める気かよ」


 俺はシャッターに手を当てた。冷たい。動く気配はない。


「ノルン、いまのは自動か」


「解析中。施設内部のセンサーが一瞬だけ起動した形跡があります。ただし、内部トリガーだけでは説明しきれません。外部からの指令が重なった可能性があります」


「誰かが落としたかもしれないってことか」


「断定はできません。否定もできません」


 嫌な答えだ。


「持ち上がりそうか」


 俺が聞くと、向こう側でゴーシュが力をかける音がした。金属がきしむが、シャッターはほとんど動かない。


「無理だな。びくともしねえ」


「ノルンも迂回を推奨してる。力ずくは無理だ」


「だろうな」


 ゴーシュは短く息を吐いた。


「アキヒト、そっちはどうなってる」


「短い通路が続いてる。奥に部屋が一つありそうだ」


「なら、お前はそっちを見ろ。俺はこっちで迂回路を探す。シャッターの制御盤も探ってみる」


「一人になるぞ」


「お互いにな」


 少しの間があった。


「いいか、アキヒト。変だと思ったら戻れ。無理に奥まで行くな」


「分かってる」


「分かってるやつほど行くんだよ」


「お前も同じだろ」


「そうだな。だから文句はあとで言い合おう」


 俺はシャッターを拳で一度叩いた。


「片づけたら合流する」


「その言い方、嫌な予感がするんだよな」


「じゃあ、言い直す。生きて戻る」


「それでいい」


 俺は前を向いた。


 薄暗い通路が続いている。床の灰はさっきより薄い。その代わり、床そのものに細い記号のような線が刻まれていた。意味は分からないが、一定の間隔で奥へ続いている。


 ノルンの声が入る。


「この先、共振パターンがさらに強くなっています。身体に影響が出る可能性があります。めまい、耳鳴り、視界の乱れがあれば申告してください」


「了解」


 白帯も、導光も、味方の背中もない。


 それでも、進む理由は残っている。


 俺はライトを構え直し、一人で奥へ進んだ。


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