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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第五章 灰を食う街と、子どもたちの箱

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第23話 フィルター塔に向けた照準

 再搭乗したコクピットは、さっきと同じ狭さのはずなのに、空気だけ少し違って感じられた。


 背もたれ越しに、後席の気配がある。簡易シートにサキ、その膝の上でユウタが眠っていた。マスクの内側が白く曇っては消え、モニター隅の波形も落ち着いている。


〈HUD〉《酸素飽和度:96%/心拍:安定》


 数字を一度だけ確認し、アキヒトは操縦桿を握った。


「行くぞ。ストレイ・カスタム発進」


 外部電源と係留が外れ、足裏の駆動音が短く鳴く。ストレイ・カスタムは都市側プラットフォームを出て、ゲートへ向かった。


 頭上をフィルター塔の影が横切る。灰を吸い込み、青白い排気を吐くこの街の肺だ。アキヒトは一瞬だけ見上げて、すぐ前へ目を戻した。


 ゲートを抜けると灰霧が濃くなる。都市の澄んだ空気と外の灰が切り替わる境目の上を、白帯が一本の線になって通っていた。


〈HUD〉《外気灰濃度:上昇中/視程:中》


 ノルンが告げる。


〈索敵〉《前方1,200メートル、反応2。RF反応——アストレイア社IFF確認》


 灰の向こうに、紺と白の細身のRFが2機。社章と都市番号入りの標準塗装で、片方はライフル、もう片方は盾と短砲身。白帯の外側を並走しながら、じりじり内側へ寄せてくる。


「護衛って顔じゃないな」


 このままいけば、ひとつは正面、もうひとつは斜め前を塞ぐ位置に入る。


〈企業RF〉『こちらアストレイア第七防衛都市、第23警備大隊。先ほど搬入された少年の状態を再確認したい。都市側に戻ってくれ』


〈アキヒト〉「診断も薬も受け取った。これ以上は医療案件じゃない」


 レーダー上で、左右のマーカーが進路を潰しにかかる。ここで減速すれば、そのまま「戻される」。


〈企業RF〉『都市外縁部での再チェックだ。戻るのに時間はかからない。少年のためだ』


 後ろでサキが小さく身じろぐ。


「ユウタのためって……」


 迷いを拾わない。アキヒトは外部スピーカーと射撃システムを同時に起動した。


「アストレイア社警備部隊に告ぐ。ここで撃ち合いになるなら——俺は最初の一発を、そっちのフィルター塔に撃ち込む」


 サキが言葉を止める気配がした。


 照準を上に振り、壁上の塔ひとつにマーカーを載せる。


〈HUD〉《目標:フィルター塔No.3/距離:1,750メートル》


 引き金には触れない。ただ、「都市を狙った」ラインは誰の目にも見える。


〈企業RF〉『何のつもりだ……白帯護衛中の傭兵が、都市インフラを標的にすると?』


〈アキヒト〉『白帯護衛中の傭兵機を撃って、自分の都市まで灰まみれにした企業都市として、その記録を残してやる』


 声は平坦だった。


〈アキヒト〉『治療に必要なものは受け取った。ここから先は、お前たちが“つきまとう理由”も、“こっちが撃ったと言う理由”も、全部ログに残る』


 ゲートで同期した通信ログはまだ共有されている。ここで企業RFが発砲すれば、「白帯護衛中の傭兵機と灰災孤児を危険に晒した企業都市」という一文が、そのままカルディアやグラウバッハに流れる。


〈企業RF〉『脅しか?』


〈アキヒト〉『ああ。脅しだ。お前らも無茶はできないだろ。街を灰に沈めるレベルの交戦を、護衛路のすぐそばで、ログ付きでやるほどにはな』


 数秒、通信が切れた。


 次の瞬間、右側の企業RFが補助スラスターを吹かし、灰を蹴り上げながらストレイ・カスタムの前に割り込む。


〈HUD〉《接近警告/距離:80メートル》


〈企業RF〉『第23警備大隊所属機より通告。これ以上の前進は、医療保安規定違反と見なす。——脚を撃つ』


 シールドを前に出し、肩で進路を押さえにくる。左側のRFも半歩前に出て、ライフルの銃口を低く構えた。狙いはストレイ・カスタムの膝から下だ。


〈サキ〉「ちょ、ちょっと……!」


〈ノルン〉《回避プラン提示。白帯上への押し出しリスク:高》


「ノルン、黙ってろ」


 アキヒトは舌打ちし、操縦桿を倒す。右側が体当たり気味に押し込んでくる瞬間を狙い、逆方向へ半歩引いた。


 空いたスペースへストレイ・カスタムの左脚を滑り込ませ、肩同士をぶつける。装甲がこすれる甲高い音、企業RFのシールドがわずかに跳ね上がった。


〈HUD〉《接触/敵機装甲ダメージ:軽微》


〈企業RF〉『接触確認! 何を——』


 距離が詰まった分だけ、さらに踏み込む。右肩で相手の胸を押し上げ、そのまま白帯の外側へじりじり押し出していく。


「そこが、こっちの道だ」


〈企業RF〉『危険行為だぞ、傭兵! これ以上やるなら、本当に——』


 左側の機が短砲身を上げる。警告射撃だ。


 灰霧の中、閃光が走ってストレイ・カスタムの足元すぐ横の地面を抉った。破片と灰が白帯の縁にまで飛ぶ。


〈HUD〉《近接弾着/距離:3.2メートル》


「……撃ったな」


 アキヒトの声が低くなる。


〈企業RF〉『次は脚だ。従え。傭兵の脚ぐらい、替えはいくらでもいる』


「……そうやって、何人も使い捨ててきた口か」


〈企業RF〉『事実だろう。少年だけ置いていけ。そっちは別の依頼で稼げばいい』


「そういう計算で、人間を切るなよ」


 視界の上部で、フィルター塔の影がまたかすめる。


 アキヒトは照準マーカーを大きく振り、塔の基部と企業RFのすぐ頭上をなめるようになぞった。


〈HUD〉《目標:フィルター塔No.3基部/補助目標:敵機頭上/射線干渉:あり》


〈ノルン〉《警告。現射線で射撃した場合、フィルター塔損傷リスク——高》


「分かってる」


 あえて、そのままラインを固定する。フィルター塔と企業RFをまとめて巻き込む射線だと、誰が見ても分かる角度で。


〈アキヒト〉『発砲ログは全部残ってる。白帯の縁を抉った今の一発も含めてな。この先、一発でもこっちに入れたら——“白帯護衛中の孤児輸送機に対する武力行使”として、そのまま監督局に送る。ついでに、塔ごと吹き飛んだ場合のシミュレーションも添付してやる』


 白帯の脇には、さっきの弾着で黒い痕が残っている。


〈企業RF〉『脅しで——』


〈アキヒト〉『お前らが最初に撃ったんだ。ログが全部証人だ』


 短い沈黙。


 右側で押し合っていた企業RFの踏ん張りが、わずかに緩む。左の機も砲口を少し下げ、その迷いが伝わってきた。


〈別回線/企業RF2〉『……23-02、やめておけ。ここは白帯だ』


〈企業RF〉『命令は——』


〈企業RF2〉『命令どおりだ。少年の治療に必要な処置は完了、都市外への移送は保護者の責任。それ以上を強制しろとは、どこにも書いてない』


 短いやりとりのあと、オープン回線が戻る。


〈企業RF〉『……第23警備大隊より通告。ここから先の安全は、保証しない』


 それは「これ以上は関わらない」という宣言でもあった。


〈企業RF2〉『白帯進行路を開ける。——進め、傭兵』


 2機のマーカーが壁側へじりと退き、白帯の進路から外れる。ラインが広がった。


 アキヒトはフィルター塔から照準を外す。


〈HUD〉《目標選択:解除/主兵装:安全装置再設定》


 引き金から指を離し、操縦桿を握り直す。


「……行く」


 ストレイ・カスタムを前へ出した。右肩の装甲に、押し合いで付いた擦り傷が警告表示に上がるが、大した損傷ではない。


 白帯の細い光が足元を流れ、灰霧が機体を撫でていく。


 後ろでサキが小さく息を吐いた。


「今の……本気で撃つつもりだったんですか」


「さあな」


 アキヒトは前だけを見たまま答える。


 フィルター塔は無傷のまま遠ざかる。ストレイ・カスタムは一発も撃たなかったが、装甲同士はぶつかり、企業RFは一度牙を見せた。それでも睨み合いは終わり、2機の姿は灰の向こうへ消えていく。


 白帯の先に、グレイランスのいる方角がある。


 推力をわずかに上げ、ストレイ・カスタムは灰の中へ滑り込んでいった。



――次回、第24話「灰の中のささやかな明かり」へ続く

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