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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第五章 灰を食う街と、子どもたちの箱

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第19話 灰の中の呼吸

 サキはイズミからユウタを受け取り酸素ボンベを片手に医務室を出た。腕の中の熱を確かめながらアキヒトの背中を追って格納区へ向かう。


 格納区には排熱を切ったばかりのRF-17SCストレイ・カスタムが床の白枠の中で膝を折っていた。装甲からまだ油と冷却水の匂いが立ち空気がいつもより冷たく感じる。


「こっちだ」


 アキヒトが脛装甲を踏み台にして先に上る。サキもユウタを抱いたまま続いた。


「足、滑らせるな。手だけじゃ支えきれない」

「はい」


 下からナロアが短く声を掛ける。


「ハッチまで行ったら俺が受ける。慌てるな」


 胸部ハッチが開き狭いコクピットの光がこぼれた。


「ほら、手を」


 縁に腰をかけたアキヒトが腕を伸ばす。サキはユウタを抱いたまま体重を預け引き上げられた。


 中はすぐ前がパイロット席でその背もたれの後ろにナロアが増設した細い座面とベルトが一本あるだけだ。


「ここに座れ。ユウタは膝の上だ」


 腰を下ろすと背中が配線カバーに当たり前にはアキヒトの背中、膝の上にはユウタの体温がじかに伝わる。


「ベルトはまずお前に通してからその上から子どもごと締める」

「そんなこと」

「できるようにナロアが徹夜で作った」

「だから徹夜はしてないって」


 外から笑い声が飛ぶ。


「さっきまで俺の工具箱をくくってたベルトだ。丈夫さだけは保証する」


 冗談めかした声にサキは小さく笑って返した。


 アキヒトはサキのベルトを締め差し入れられたベルトを受け取るとサキとユウタの体を斜めにまとめて金具を留めた。カチリと音がして固定が決まる。


「きつくないか?」

「だいじょうぶ」


 ユウタの声は細くマスク越しの呼吸も浅い。


 ハッチ脇からイズミが顔をのぞかせる。


「マスクはつけっぱなしで。酸素はここで調整できるわ、苦しそうになったら少しだけ上げて。それでもダメなら引き返すこと」


 苦笑しながらも目は真剣だった。


「戻ってきたらすぐ見せて。向こうで何を出されたかも」

「分かった」


 アキヒトが短くうなずく。ハッチが閉まり外のざわめきは装甲の向こうへ遠のいた。残るのはファンの回転音と電子音だけ。


「LSL接続は切っておく。今日は直接つなぐと余計なノイズまで入ってきそうだ」


 アキヒトがパネルに手を伸ばしメインモニターに格納区と整備班の姿が浮かぶ。


〈艦内〉『VOLK-1ストレイ・カスタム、発進準備。目的地、アストレイア企業都市医療ゲート——医療搬送案件』


〈艦内〉『本機はカタパルトを使用せず側面ハッチより地上へ展開。白帯外縁沿いを低速進行で離艦します』


〈ジル〉『VOLK-1、艦内記録開始。グレイランスより識別信号を付与。聞こえる?』


「聞こえてる」


〈ジル〉『白帯への乗り入れは禁止。外縁沿いを走行すること。敵性反応があった場合の交戦権限は最小射。——無事に送り届けて』


「了解。VOLK-1、これより発進する」


 操縦桿を握る手にわずかに力がこもる。


 後ろでサキはユウタの背中に片手を回しもう片方でマスクの縁を押さえた。ベルト越しに小さな鼓動が伝わってくる。


「すぐ終わるからね。行って、薬をもらって、帰ってこよう。いつもの、スープの匂いがするところに」


 マスクの奥でユウタがかすかに笑う。


「うん」


 床が揺れ機体が立ち上がる。格納区の誘導灯が流れハッチが開いた。灰色の外気が一瞬だけ画面を白く曇らせストレイ・カスタムが艦外へ踏み出した。


 *


 外は濃い灰の霧で白帯の導光だけが地面に一本の線を引いている。アキヒトは白帯から少し離れた位置に機体を立て膝を緩めて重心を前へ送った。


「行くぞ」


 ひび割れた路面を踏み出す。


〈HUD〉「外気灰濃度 83/視界予測 30メートル」


 数字が視界の隅を流れる。サキには意味は分からないが揺れに合わせてユウタの胸が上下するのが分かった。


「っ……っ」


 マスク越しの息はまだ乱れている。


「苦しい? ごめんねごめん」


「サキ」


 前からアキヒトの声が飛ぶ。


「手を離すな。でも力を入れすぎるな。マスクがずれる」

「でも」

「今いちばん聞こえてるのはお前の声とお前の息だ。いつもお前がやってるだろ。呼吸を数えるやつ」


 サキは喉の詰まりを抑えユウタに声をかけた。


「ユウタ。いっしょに数えようね」


 マスクの内側で視線がわずかに動く。


「吸うの、いち。に。さん。し」

「吐くの、いち。に。さん。し」


 ユウタの胸に合わせて自分も息を整える。繰り返すうち乱れた呼吸が少しずつリズムに寄ってきた。


「じょうずだね。今度は吐くよ。はくの、いち。に。さん。し」


 アキヒトは背中越しのやり取りを聞きながらHUDを横目に追う。


〈HUD〉「外気反応:小型有機反応 ×3/距離 120→100」


 路肩の残骸の影を小さな黒い塊が横切った。キーテラの幼生かグラッグスの小群か。アキヒトは進路を少しだけずらし影から距離を取る。撃てる距離でも無用に群れを呼ばない。


「行くぞ」


 機体が灰を弾き短い摩擦音が響く。


 白帯の光が灰霧の中にぼんやりと浮かびそのすぐ外側をストレイ・カスタムが沿って走る。サキの声は途切れがちでも数を数え続けユウタの胸の動きもさっきより揃ってきた。


「外、灰ばっかりだけどね。向こうに行ったらきれいな空気があるんだって。そこで薬をもらってまた帰ってこよう。みんなのところに」


「みんないる?」

「いるよ。グレイランスで待ってる。一緒に帰ろう」

「うん」


 その返事にサキの目の奥が熱くなるが前から声が落ちる。


「サキ」

「はい」

「泣くなら帰ってからにしろ。今はあいつの呼吸を見てろ。数字じゃなくて音と動きで」


「分かってます」


 サキはユウタから目を離さない。


 灰霧の中をストレイ・カスタムは黙々と進む。白帯の両側には灰をかぶった標識と動かなくなったトラックが時おり浮かびすぐに機体の陰へ消えた。細い光が視界の端で揺れ続ける中、三人は同じ空気の中にいた。


――次回、第20話「いらないものの外側で」へ続く

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