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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第三章 番号ではなく、名前で

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第16話 後編 白のどちら側にも立てない

 グレイランス後部格納庫。帰投したばかりのストレイ・カスタムの足元にはまだわずかに振動が残っている。整備班が膝をつき裂けた左肩装甲と千切れてぶら下がっていた外付けパイルバンカー・ユニットを外していた。


 その横をラインガードの隊員たちがロープと担架を抱えて行き来する。B3で拾い上げた負傷者を医療区画へ運ぶためだ。


 コクピットは戦闘の熱が抜けきらず呼気が曇る。アキヒトは背もたれから体を起こし額の汗を袖でぬぐってから胸部ハッチのロックを一段だけ外し隙間から流れ込む冷えた空気を深く吸い込んだ。


 正面のメインモニターにはさっきまでいたB3高架の切断面が映っている。白い線だけが届かない距離のまま向かい合っていた。


〈ノルン〉『ケース評価:-72%→-70%』

〈ノルン〉『備考:敵性RF群の殲滅/白帯外縁の防衛を考慮』


「……マシになった、なんて顔するな」


 アキヒトはHUDの端に表示された矢印アイコンを睨む。守れなかった影がいて守れた列もある。その差を数字に置き換えて履歴に残しても何かが軽くなるわけじゃない。


 パイルユニットがあったはずの場所にはもう何もない。裂けた装甲と曲がった固定具だけが残っていた。


 さっき貫いた黒緑の胸の感触がまだ指先に残る。刺し方も角度もヘルマーチの訓練で叩き込まれたものだ。


 (白を壊すために覚えた手で、白を守ったつもりになってるだけだ)


 そう思ったところで言葉が喉に引っかかる。自分が刺した先にいたのは薬で感覚を奪われた誰かで、訓練棟で同じように「止まるな。二度踏み込め」と叩き込まれたかつての自分に似た兵士だった。


「こんな終わり方しか、なかったのか」


 誰に向けた言葉か分からないまま声が漏れる。崩れ落ちた白帯の先に消えた影へかもしれないし胸を貫いた黒緑へかもしれないし光の園の子どもたちへかもしれない。


 短い沈黙を割るように無線が入った。


〈ヒロ〉『VOLK-1、聞こえるか』


〈アキヒト〉『……聞こえてる』


〈ヒロ〉『こっちは片付いた。整備に顔出してから子ども区画に行け』

〈ヒロ〉『……たぶん、誰かが泣いてる』


〈アキヒト〉『……俺のせいか』


〈ヒロ〉『違う。そうじゃない』

〈ヒロ〉『お前が戻ったから、泣けるようになったんだ』


〈ヒロ〉『さっき子ども区画を通った。ひとり飛び出してきた……泣きながらアキはどうなったって何度も聞いてきた』

〈ヒロ〉『他の子も必死に泣くのを我慢してたな。顔を隠したり肩で呼吸を整えたりして』

〈ヒロ〉『サキもいた。……言葉はなかったが、目は真っ赤だった』


 アキヒトは黙ってノイズ混じりの回線を聞きゆっくり姿勢を正す。視線は正面のまま表情は動かない。それでも内側で何かが小さく動いたのは分かった。


〈ヒロ〉『あいつらの中に"ここに道が通ってた"って感覚はちゃんとある』

〈ヒロ〉『灰の中でその白を守ろうとした人間がいたことも、だ』

〈ヒロ〉『……白は割れた。でも、記憶は残る』


〈アキヒト〉『……だが、守れなかった』


〈ヒロ〉『ああ。全部は無理だった』

〈ヒロ〉『だからこそ壊すな。せめて残ったものは』

〈ヒロ〉『行け。お前の顔、見せてやれ』


 短い通信が切れた。


 アキヒトの視界の隅にノルンのログ画面がひとつ残っている。


【CASE WL-B3-01/白帯破壊】


 その文字列は消えない。何度見返しても「白帯破壊案件:初発」の行は残り続ける。


 (それでも——ここに立つしかない)


 命令でも責任でもない。ただ他にどこへも行けないだけだ。自分の居場所が白のどちら側にあるのかまだ決めきれないままアキヒトはゆっくりと操縦桿から手を離した。


  *


 執務室はひどく静かだった。


 グレイランスの中で隊長用にあてがわれた小さな部屋。机の上の端末だけが点いて橋の図面を白く照らしている。


 元・高速道路の高架。図面の中央だけが抜け落ち白帯はそこで途切れていた。


 ヒロは椅子に座ったままその途切れ目を指先でなぞる。


 北側、生存。

 南側、再編成済み。

 中央、空白。


 端末の隅で艦内の戦術AIが簡潔に評価を出す。


《白帯B3:緊急封鎖は妥当/犠牲は最小予測範囲内》


 数字だけ見れば「よくやった側」だ。だが指が止まる。


 画面を切り替えると簡略化されたリストが出た。ラインガード、誘導員、避難民。「橋上中央付近」の欄だけが警告色で濃く塗られている。


 あの瞬間自分は迷わず封鎖を命じた。北と南に分けろ。真ん中を空けろ。ヘルマーチを橋脚の前で止める——それだけを考えていた。助かった者はいるし封鎖が遅れていたらもっと多くが真ん中に残っていた。頭では分かっている。


 それでも空白は埋まらない。


 視線が机の端へ逸れ写真立てが目に入る。ヒロは写真の中の「父」を思い浮かべた。


 ——UDFの制服。

 ——白帯の任務をよく引き受けていた人間。

 ——「線を守るのが俺たちの仕事だ」と笑っていた横顔。


 父が守っていたのも白帯で今自分が守ろうとしたのも白帯だ。同じはずなのに結果はちがう。


 (親父なら、どうした)


 問いは出ても答えは出ない。たださっきの自分の声だけが浮かぶ。


 ——B3白帯、橋上封鎖に移行。


 あれは本当に最善だったのか。橋を残すこと隊を残すこと。真ん中にいた奴らを切り捨てない別の手は本当に一つもなかったのか。


 戦術AIは「妥当」と言い周囲も「仕方がない」と言うだろう。けれど今夜に限ってその言葉がどれも頭に入ってこない。


 ヒロは写真立てから目をそらしもう一度途切れた白帯の図を見つめた。隊長としてやるべきことはやった——そのはずなのにその「はず」を自分で疑っていることにゆっくり気づく。


 高架の切り口の向こうで向こう側の白帯が静かに灯っている。途切れた光は二つの島のように離れていても同じリズムで瞬きを続けていた。



――次回、

第五章 灰を食う街と、子どもたちの箱

第17話「燃え残りの軍隊」へ続く

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