第14話 白帯B3/崩落ライン
ヘルマーチの先頭機が、橋脚の影から頭を出した。
黒緑の装甲の機体が、灰原から這い出し、橋脚の根元まで迫る。
その頭上には、かつて高速道路だったコンクリートの床が重くのしかかり、ひび割れの隙間を灰と錆びた補強材が埋めていた。
〈ヒロ〉『こちらVOLK-6。橋脚前には俺とVOLK-1で壁を作る。他は配置維持。白帯は下で俺たちの背後だ。……突入する』
B2側の高架上、白帯の外でガンモのバッド・バンカーが踏ん張っている。
〈ガンモ〉『B2側、まだ押し返しきれてねえ。ここから1機抜いたら白に穴が開く』
〈ヒロ〉『動くな。そのまま抑えろ。B3はこちらで止める。白帯を割らせるな』
ヒロのヴァルケンストームが導光ラインと並んで走り出す。
高架の外縁――踏み切り点までの距離が、HUDに刻まれていく。
〈ヒロ〉『下に降りる。ついてこい』
アキヒトもペダルを深く踏み込みストレイ・カスタムを横に並べた。
脚が――ヘルマーチのリズムをなぞるように、勝手に前へ出る。
(真似してるんじゃない。――もとから、俺の脚だ)
桁の継ぎ目を越えるたびに、機体フレームが低く鳴る。
2機は高架の端ぎりぎりまで一気に加速しそのまま歩幅を崩さずに縁を踏み切った。
視界の端で導光ラインが途切れ、足元が空間に変わる。
ヒロのヴァルケンストームが背中の噴射を斜め下へ向けアキヒトも遅れずに姿勢制御の噴射を開く。噴流が灰を巻き上げ、視界がざらついた。
灰が舞うと、表示の輪郭まで細かく荒れる。
だから、HUDの着地点マーカーから目を離せない。
着地点マーカーがHUDに重なり、衝撃吸収が自動で固くなる。
2機はほぼ同時に高架下の路面へ膝を沈めて着地し衝撃で砕けたコンクリート片が低く跳ねた。
〈ノルン〉『LSL接続、安定。パイロット反射との同期、上昇傾向』
(今はいい。そんな報告に割く余裕はない)
言葉は飲み込んだ。指だけはレバーから離れない。
黒緑の機体が、1歩踏み出す。
その膝が沈む前に、アキヒトの右脚がペダルを踏んでいた。
視界の端でストレイ・カスタムの姿勢マーカーが、相手の動きにぴたりと重なる。
――先に動いているのは、どっちだ?
思考より先に、体が答えを出す。
ここであいつは右へ重心を振る。右肩の装甲を食われるのを承知で差し出しそれでも砲口だけは橋脚に向けて突き出す。
その"次"が、頭の片隅にもう浮かんでいた。
〈アキヒト〉『……右肩、捨てる。次に、右膝が空く』
口が勝手に動いていた。
すぐにヒロの声が返る。
〈ヒロ〉『了解。VOLK-2、右側――B2側を撃て』
B2側、白帯外縁の瓦礫の陰からゴーシュのブルロアーの砲声が重なった。
黒緑の右膝がはじけ機体がわずかによろめく。
それでも倒れない。砲口はなお橋脚を捉えたままだ。
〈ノルン〉『未知RF群。反応の遅れが平均から逸脱。操縦挙動、人間の反応と一致せず』
HUDの隅で数字が流れる。
アキヒトにはその意味が直感で分かった。
(……中身は人間だ。それでも反応は無人機以上。薬で限界を潰してる。痛みと恐怖を削って、機械に寄せてる)
昔の匂いが、ふっと鼻の奥に戻ってくる。
消毒液と汗、それに古い機械油。
鋼鉄の床。冷えた鉄板を踏みしめた感触が、足裏の奥でじわりと戻ってきた。
『止まるな。踏みとどまっていいのは――死ぬ時だけだ』
『二度踏み込め。踏み込みの勢いを抑えろ。それができないやつから順番に死ぬ』
声の主は思い出せない。
だが、その時叩き込まれた動きだけは――体が忘れなかった。
ヘルマーチ機が、橋脚の手前で腰を左へ切る。
どこに荷重を乗せるつもりか――分かってしまう。
〈アキヒト〉『次で左足に乗る。軸にして、脚ごと橋脚に押しつける気だ』
〈ヒロ〉『了解。VOLK-1、橋脚の手前で斜めに入れ。そいつの軸足を逆から折れ』
ヒロの声がアキヒトの言葉にそのまま重なる。
そのテンポがあまりに自然で、気味が悪いくらいだ。
ストレイ・カスタムの左脚が、黒緑の進路を塞ぐ角度へ滑る。
体をわずかに低くして、肩からぶつかる準備をした。
〈ノルン〉『警告。自機LSL制御パターンが敵RF行動パターンと同期傾向。ズレ、許容値以下』
(……勝手に噛み合うな!)
心の中で吐き捨てても、体は止まらない。
ヘルマーチのリズムに、呼吸が勝手に合う。
敵が踏み込めば、足が自然に前へ出る。
今ここで覚えた動きじゃない。――もっと前に、骨に染みついている。
黒緑の機体が、橋脚の手前で身を沈めた。
それに合わせてアキヒトも膝を曲げる。
ぶつかる直前、思考より先に口が動いた。
〈アキヒト〉『……今度は、左肩を捨てるんだろ』
黒緑の左肩が、わずかに前へ出る。
衝突の瞬間、装甲が砕ける感触がアキヒトに伝わってきた。
ストレイ・カスタムが橋脚とヘルマーチのあいだに割り込み、白帯の真下、灰原の境界へ自分の影を押し込んでいく。
白と灰が一瞬、視界を塗り潰す。
LSLのフィードバックが、背中を駆け上がった。
――昔の戦場の風景が、見えるわけじゃない。
ただ、「次にどこを撃たれるか」「どこを捨てて前に出るか」。
その答えだけが、頭より先に体のほうにある。
(……俺はもう、あっち側じゃない)
そう思おうとするたびノルンのHUDに映る自分の軌跡と、黒緑の動きがぴたりと重なる。
リンクが、噛み合っていた。
味方の機体とではない──白帯を壊しに来た、ヘルマーチとだ。
*
高架が、低くうなった。
ストレイ・カスタムの肩で受け止めた衝撃が、桁ごと軋ませる。
アキヒトの機体と黒緑のヘルマーチ機が、橋脚の手前で押し合っていた。
白帯の真下、灰原の縁に2機分の影が重なる。
〈ヒロ〉『こちらVOLK-6。橋脚前で敵と接触中。白帯はまだ無傷だ。……撃破しろ!』
ヒロのヴァルケンストームが斜め後方から滑り込み、右腕のトンファーを黒緑の胴体へ横殴りに叩き込む。
装甲パネルが割れ、黒い破片が跳ねた。それでも相手機は砲口だけ高架の中央に向けたまま、頭部を動かさない。
ノルンの索敵表示に、橋脚前とは別の反応が2つ灯った。
1つは高架上のラインガード弾幕に削られ、高架の外縁で速度が落ちる。
もう1つは瓦礫の影に沈み、肩のランチャーを持ち上げた。
ノルンの補助表示が、後続機の肩部を自動で拡大した。
黒緑のランチャー先端を覆っていた外装シールドがカチリと音を立てて前方へスライドする。先端のカバーが左右に割れ、内側から細長い弾頭が一段だけ前へせり出した。
〈ノルン〉『後続ヘルマーチ機、弾頭換装。推定:高架を割る貫通弾』
ノルンの警告が、視界右上に赤く浮かぶ。
ノルンの表示上で黒緑の後続機が、高架の中央――構造のいちばん弱い部分を狙うように滑るように前へ出た。
砲身がわずかに持ち上がり、照準線が白帯の真下──高架がいちばん沈みこむ中央の下面へと吸い寄せられるように収束する。
――次回、第15話「抑止線、崩壊」へ続く




