第13話 前編 白帯B3:危険度 高(機体イラスト付き)
夜明け前。
白帯外縁B3区画――元・高速道路の高架が、灰に覆われた平原の上を南北にまっすぐ伸びている。
崩れかけた側壁と、補修痕だらけの橋桁。
その中央に、白帯を示す導光ライン――白い線がまっすぐに走っていた。
その外側で、アキヒトは待っていた。
ここはカルディア社の資源都市へ続く幹線《白帯》の一部──鉱石と燃料、そして避難民を運ぶ、北と南をつなぐ橋だ。
その橋を護るように、グレイランスが高架に寄せて並んでいた。側面ハッチから高架へ、金属のスロープが1本渡されている。艦の装甲と橋脚のあいだの狭い空間を、灰混じりの風が低く吹き抜けている。
アキヒトのRF-17SC《ストレイ・カスタム》は、白帯のすぐ外側、橋の欄干に近い車線で片膝をついていた。
機体の胸を高架の外側に向け背中を白帯に向けている。外からの攻撃をまず自分の装甲で受けて、白帯の上には落とさないための、ほとんど盾と同じ待機姿勢だ。
視界の中央には、橋の舗装に埋め込まれた導光ラインが淡く明滅していた。
〈ブリッジ〉『白帯外縁B3区画、敵性反応はカルディア社警備RFとグラウバッハ社契約部隊の交戦。白はまだ無傷』
〈ブリッジ〉『VOLKは白内側防衛に専念。外での企業案件には関与しない』
ジルの声が、抑揚を抑えた調子でコクピットに響く。
アキヒトは横のモニターに視線を移し、白帯の外側を映す画面を見た。
高架橋の真下から少し離れた平原では、砲撃の光がいくつも交差していた。
カルディアの紺色装甲の機体と、グラウバッハの角ばった砂色の機体が、灰に埋もれていたレゾナンスシティ由来の施設跡を挟んで撃ち合っている。
灰が薄く舞って、外側モニターの輪郭がときどき荒れる。光学が一瞬だけ砂嵐になり、距離感が詰まって見えた。
(……この状態で、白の内側へ「流れ弾」を入れたら終わる)
ここ最近、灰の厚みが変わり、そうした施設がいくつも地表に顔を出すようになった。
旧世界の変換炉や通信の基幹設備、「触れた人間の記憶にだけ意味を残す素材──メム」の実験機器。そういったものが、そのまま埋まっている可能性がある。
あるいは、まだ誰も見たことのない、隠された兵器かもしれない。
ここを一社が押さえれば、エネルギーと情報の流れの主導権を握ることになる。
何が残っているか分からなくても、世界のバランスを揺らしうる座標だ。だからこそ、誰も手を引けないのだろう。
砲撃の光は、まだ白帯の外で止まっている。
〈アキヒト〉「白の外でいくら撃ち合おうが、企業同士の喧嘩だ。こっちが気にするのは、この白帯だけだ」
アキヒトは前方へ視線を戻した。
白帯の上では、ラインガードの人型巨大兵器《バッファロー》とST-09《スケルトン》が歩調をそろえて進んでいた。
橋の幅いっぱいに横一列で並ぶのではなく導光ラインの内側と外側に等間隔で散開し杭灯の明かりを確かめながら進む。
その足元を避難民の列がゆっくりと動いていく。荷物を背負った男女や手をつないだ家族が、白帯の中央から外れないように肩を寄せ合って歩いていた。
「走らなくていい。そのまま前を見て、一歩ずつだ」
「列を崩すな。子どもを真ん中に、大人はそのまわりを守って歩け」
橋の上の誘導員が、スピーカー越しに声を張る。
スケルトンが白帯のラインに沿って進み、側面のスピーカーから同じ注意が流れていた。
――走らない。離れない。線から外れない。
ここはたしかにカルディアの設備だが、カルディアだけの土地ではない。
アキヒトにとって、白帯は誰のものでもない。ただ、戻るための道であり、次へ進むための道だ。
アキヒトは視界の右下に視線を落とす。
〈HUD〉《主電38%/危険度高》
〈ノルン〉『危険度高』
(……始まる前から、これか)
主電が心もとないのは、連日の出撃で予備バッテリーを回せていないせいだ。
分かっていても、気分は悪い。
〈ブリッジ〉『カルディア、グラウバッハ双方へ通告。白の外で済ませろ。白帯の中に一発でも入れた瞬間、護衛任務としてこちらもお前たちを撃つ』
ジルの声は淡々としていたが、それが「本気で撃つ」という合図だと、アキヒトには分かった。
企業同士の小競り合いは、この数日ずっと続いている。
レゾナンス由来の施設の権利だの、資源都市からの輸送枠だの、理由はいくらでもあるらしい。だがグレイランスにとって重要なのは、ただ1つ──白帯を無傷のまま繋ぎ止めることだけだ。
橋脚の下を、灰を巻き上げた風が強く吹き抜けた。
遠くで炸裂音が重なり、遅れて揺れが橋を伝ってくる。道路だった頃の舗装はひび割れ、そこへ後から敷かれた導光ラインだけがまっすぐ伸びている。
この区間が完全に落ちれば、カルディアの北が全部止まる。
(こんな継ぎ接ぎの高架1本に、北側からの避難も輸送も全部かかっているのか)
アキヒトは、操縦桿を握り直す。
ストレイ・カスタムの両脚がわずかに姿勢を変え、橋の柵と白帯とのあいだを、自分の機体でふさぐように位置を取る。
白い線から外へ出る1歩と、外から白へ入り込む1歩。そのどちらも踏ませないように、膝の角度を調整する。
〈ヒロ〉『VOLK-6より全機。白の内側優先だ。外でどれだけ派手にやろうが、こっちは「線を守る」だけだ』
〈リュウ〉『了解。B3外縁、監視継続。派手なのは任せる』
短い交信が無線に乗る。
アキヒトは、返事代わりに送話キーを一度だけ軽く弾いた。
視界の端で、ヒロのヴァルケンストームが1歩前に出て、橋のカーブに合わせて位置を取る。
アキヒトは、今の配置を頭の中で並べる。
ヒロと自分の2機だけが高架の護衛。ガンモ(VOLK-4)とゴーシュ(VOLK-2)は1つ手前のB2区画で盾列を張り、避難列の先頭を支える壁になっている。リュウ(VOLK-3)とポチ(VOLK-5)は白帯外縁の高所に陣取り、別方向から迫る小群を遠距離射撃で落とす役目だ。
この高架を直接ふさげるのは、今はこの2機だけだった。
白帯の上では、避難民の列が息を詰めて進んでいた。外では、企業の砲火が飛び交っていた。
その境界線の上で、アキヒトはただ、数字と光を見つめていた。
まだ何も起きていないはずなのに、HUDの「危険度高」だけが、じわりと手汗をにじませる。
(……一発も撃たずに終われば、それがいい)
そう願いながらも、頭の奥では別の声が静かに否定していた。ヘルマーチにいた頃、白帯が無傷で終わる戦いなど、ほとんどなかった。
――橋の上で線が途切れる瞬間を、自分は何度も見ている。
同じ光景が、この橋でも繰り返されるかもしれない。




