第12話 後編 戻る場所のために撃つ
グレイランス食堂。サキは配膳台の前で子どもたちの列を整える。はるゑが「順番に並ぶよ」と声をかけた瞬間、椅子が一斉にきしみ、みんなが立ち上がった。
いちばんに並ぼうとしてショウが席を飛び出し、足が椅子の脚にひっかかる。体が前へ投げ出され、テーブルの角が迫った。
サキとアキヒトが同時に動く。サキが手を伸ばしたその一瞬先で、アキヒトが腰を落とし、右手で肩をとって左の手のひらで腹を支え、角の手前で受け止めたまま体を起こさせる。サキの手はショウの腕にそっと添わされる形になった。
「気をつけろ」
短く言って、ショウの足を正面に置かせる。手を離してから、ようやくサキを見る。
「あ、あの……す、すみません。ありがとうございました」
言葉が絡み、サキは慌ててショウの頭を撫でて列へ戻した。
向こうの席からゴーシュが笑う。
「昼飯は逃げねえって。走るのは敵だけでいいんだよ、おチビちゃんも先生もな」
リュウがさっとテーブルの端へ回り込み、濡れた床を示すように言う。
「先生、転びそうになったらこっち。まずショウを通して。……床、濡れてる。滑りやすい」
サキは「すみません」と頭を下げ、ショウの手を握りなおす。黒い瞳の色だけが妙に残ったままだ。
*
戦術室。ヒロは卓上スクリーンの地図を見下ろし、赤いピンが3つ増える。契約候補はA・B・C。卓の端でヒロとアキヒトが肩を並べ、印を指先でなぞった。
「Bは報酬が厚い。けど企業同士の殴り合いだ」
「Aは近い。灰都市の調査任務。敵が多い。弾がかさむ」
「Cは薄いが、白帯の護衛。子どもの避難列に最短で間に合う」
短い間を置いて、二人はほぼ同時に言う。
「C」
「同意」
ヒロは端末を閉じ、出撃準備を回した。
任務へ。カタパルトがロックを外し、レールが露出する。VOLKの機体が発進位置へ滑り込み、モニター越しに足もとの白帯が見える。導光に沿って避難者の列が伸び、VOLKはその外側をかすめるように進む。任務の時でも白帯は踏まない。白帯は、人と物資のための道だ。
導光が脈を打ち、進むべき方向を示す。明滅に合わせるように、列の歩調が少しずつそろっていった。
*
同じ日の夜。護衛を終えて艦へ戻るころ、子ども区画の灯りは落ち、足もとのガイドランプだけが弱く明滅していた。寝息はまばらで、まだ眠れない子が2〜3人、毛布の端を指でつまんでいる。
サキは見回りを終え、ハンドレールに手を置いた。名札のないリュック、左右の色が違う靴、継ぎの多いぬいぐるみ――見つけるたび指先が強くなる。
「静かになったな」
ヒロが隣に立つ。
「はい。この子たち、親がいない子が多い。残った荷物の匂いで、眠る前に泣くんです」
「場所を作ってくれて、ありがとうございます」
「当然だ」
サキは少し迷ってから、初めてのように名を呼んだ。
「……ヒロさん。ありがとう。ここに居場所を本当に作ってくれた。輪の真ん中で歌ってる時、みんな子どもに戻るんです」
ヒロは小さく笑って、すぐに表情を締める。
「戻せるうちは戻す。……ただ、子どもは俺たちには近づけない方がいい。いい見本じゃない。ヒーローでもない」
導光が一段弱くなり、影が長く伸びる。
「距離は置きます。でも、姿は見せる。守る人の顔が分かると、夜が少しだけ短くなるから」
「顔を見せるだけ――」
ヒロはうなずいた。
「……今は、それでいい」
「はい。でも、一度見せた顔はもう消えないです。正しいかは、まだ分かりません」
小さな足音がして、寝ぼけた子が水を探しに出てくる。サキは膝をつき、紙コップを渡して目線を合わせ、子はすぐ毛布の山へ戻った。
ヒロの横顔は固い。
「遠い場所にいさせたい。戦いの音が届かない所に」
「私も」
けれど、今はここしかないことも二人とも分かっている。答えは出ないまま、導光の明滅を見ていた。静けさの中に子どもの寝息と遠い機械音が混じり、どちらもしばらくは消えなかった。
翌朝も艦は動き出す。稼がなければ食えない。装備には金が要る。任務に出れば命の取り合いで、帰ってこられる保証はどこにもない――それでも行く。行って稼いで、戻って、また守る。
泥臭い理不尽の上で、白帯だけは今日も確かに光っている。その光の先で、次は何を守り、何を拾うのか。まだ誰にも分からない。
――次回、第13話「白帯B3:危険度 高」へ続く




