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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第三章 番号ではなく、名前で

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第12話 後編 戻る場所のために撃つ

 グレイランス食堂。サキは配膳台の前で子どもたちの列を整える。はるゑが「順番に並ぶよ」と声をかけた瞬間、椅子が一斉にきしみ、みんなが立ち上がった。


 いちばんに並ぼうとしてショウが席を飛び出し、足が椅子の脚にひっかかる。体が前へ投げ出され、テーブルの角が迫った。


 サキとアキヒトが同時に動く。サキが手を伸ばしたその一瞬先で、アキヒトが腰を落とし、右手で肩をとって左の手のひらで腹を支え、角の手前で受け止めたまま体を起こさせる。サキの手はショウの腕にそっと添わされる形になった。


「気をつけろ」


 短く言って、ショウの足を正面に置かせる。手を離してから、ようやくサキを見る。


「あ、あの……す、すみません。ありがとうございました」


 言葉が絡み、サキは慌ててショウの頭を撫でて列へ戻した。


 向こうの席からゴーシュが笑う。


「昼飯は逃げねえって。走るのは敵だけでいいんだよ、おチビちゃんも先生もな」


 リュウがさっとテーブルの端へ回り込み、濡れた床を示すように言う。


「先生、転びそうになったらこっち。まずショウを通して。……床、濡れてる。滑りやすい」


 サキは「すみません」と頭を下げ、ショウの手を握りなおす。黒い瞳の色だけが妙に残ったままだ。



 戦術室。ヒロは卓上スクリーンの地図を見下ろし、赤いピンが3つ増える。契約候補はA・B・C。卓の端でヒロとアキヒトが肩を並べ、印を指先でなぞった。


「Bは報酬が厚い。けど企業同士の殴り合いだ」

「Aは近い。灰都市の調査任務。敵が多い。弾がかさむ」

「Cは薄いが、白帯の護衛。子どもの避難列に最短で間に合う」


 短い間を置いて、二人はほぼ同時に言う。


「C」

「同意」


 ヒロは端末を閉じ、出撃準備を回した。


 任務へ。カタパルトがロックを外し、レールが露出する。VOLKの機体が発進位置へ滑り込み、モニター越しに足もとの白帯が見える。導光に沿って避難者の列が伸び、VOLKはその外側をかすめるように進む。任務の時でも白帯は踏まない。白帯は、人と物資のための道だ。


 導光が脈を打ち、進むべき方向を示す。明滅に合わせるように、列の歩調が少しずつそろっていった。



 同じ日の夜。護衛を終えて艦へ戻るころ、子ども区画の灯りは落ち、足もとのガイドランプだけが弱く明滅していた。寝息はまばらで、まだ眠れない子が2〜3人、毛布の端を指でつまんでいる。


 サキは見回りを終え、ハンドレールに手を置いた。名札のないリュック、左右の色が違う靴、継ぎの多いぬいぐるみ――見つけるたび指先が強くなる。


「静かになったな」


 ヒロが隣に立つ。


「はい。この子たち、親がいない子が多い。残った荷物の匂いで、眠る前に泣くんです」


「場所を作ってくれて、ありがとうございます」


「当然だ」


 サキは少し迷ってから、初めてのように名を呼んだ。


「……ヒロさん。ありがとう。ここに居場所を本当に作ってくれた。輪の真ん中で歌ってる時、みんな子どもに戻るんです」


 ヒロは小さく笑って、すぐに表情を締める。


「戻せるうちは戻す。……ただ、子どもは俺たちには近づけない方がいい。いい見本じゃない。ヒーローでもない」


 導光が一段弱くなり、影が長く伸びる。


「距離は置きます。でも、姿は見せる。守る人の顔が分かると、夜が少しだけ短くなるから」


「顔を見せるだけ――」


 ヒロはうなずいた。


「……今は、それでいい」


「はい。でも、一度見せた顔はもう消えないです。正しいかは、まだ分かりません」


 小さな足音がして、寝ぼけた子が水を探しに出てくる。サキは膝をつき、紙コップを渡して目線を合わせ、子はすぐ毛布の山へ戻った。


 ヒロの横顔は固い。


「遠い場所にいさせたい。戦いの音が届かない所に」


「私も」


 けれど、今はここしかないことも二人とも分かっている。答えは出ないまま、導光の明滅を見ていた。静けさの中に子どもの寝息と遠い機械音が混じり、どちらもしばらくは消えなかった。


 翌朝も艦は動き出す。稼がなければ食えない。装備には金が要る。任務に出れば命の取り合いで、帰ってこられる保証はどこにもない――それでも行く。行って稼いで、戻って、また守る。


 泥臭い理不尽の上で、白帯だけは今日も確かに光っている。その光の先で、次は何を守り、何を拾うのか。まだ誰にも分からない。



――次回、第13話「白帯B3:危険度 高」へ続く

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