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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第三章 番号ではなく、名前で

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第12話 前編 戻る場所のために撃つ

 昼下がり。グレイランス艦内、子ども区画へ続く通路で、サキは列の先頭に立っていた。依頼があれば白帯を護衛し、敵を薙ぎ払う――そういう傭兵たちの箱の内側に、子どもがいるだけで時間の手触りが変わる。


 子ども区画の専用動線には腰の高さのハンドレールが付き、扉が開くたび外気の灰がごく薄く舞う。だから列はラインの内側、歩幅は揃える。


「いち、に。いち、に」


 サキが手拍子を打つと、小さな手が真似をして足音がそろう。通路は工具音の通り道だったはずなのに、いまはそこに笑い声が混じる。


 VOLKの面々も、少しずつ動きが変わった。


 ゴーシュは工具を置く音を小さくし、ガンモは通路で工具カートを斜めに止めてしまう癖が抜けないものの、子どもが来ると壁へ寄って押し戻す。


「お通りなさーい」


 声だけはいつも大きい。


 リュウは落ちていたネジでコマを作り、「ほら、スナイパー特製モデルな」と渡して子どもの頭をぽんと叩いたあと、わざとらしくサキへ向けて言う。


「先生、俺にも"よくできました"の札1枚くらい出ません? こう見えて子守りも狙撃も一級品なんだけどな」


「そ、そういうのは……えっと、とりあえず今は子どもたち優先です。はい、前を見て歩いてくださーい」


 サキが列へ向き直ると、子どもがくすっと笑い、リュウは肩をすくめた。


 ポチはドローンのカメラに小さな絵文字を仕込み、気づいた子だけがこっそり笑う。


 側面ハッチへ続く十字通路の端で、ヒロはヘッドセットに片手を当てたまま外の部隊に指示を飛ばし、子どもの列が近づくと無線の音量を一段落として声を切る。片手を軽く上げて身を引くと、周囲も半歩ずつ寄り、工具や荷を抱えたまま一本分の通り道を空けた。誰も打ち合わせていないのに、それがもう当たり前になっている。


 アキヒトは、見た目は前と同じだ。違うのは、帰ってくると必ず一度だけ子ども区画の窓の前で立ち止まるようになったことだった。


 後部着艦ハッチが開き、VOLKのRFが1機ずつ戻る。外装は削れ、縁に焦げ跡、主電の残量表示はいつも残りわずか。窓の内側では子どもたちが手を振り、サキが「ここから先は入らないよ」とラインの手前で止める。


 ヒロは顎を引き、リュウは帽子のつばに指を当て、ゴーシュは片手をひらりと上げてすぐ下ろす。アキヒトは目線だけで「見えた」と返し、その先に小さな輪郭がいくつも重なるのを確かめる。


 戻ってきたら、また出る。立ち止まれるのはその短い間だけだと、サキにも分かった。


 出るときは早い。ヒロの指示は短く切れ、足音が一斉に続く。カタパルトが側面へ張り出し、格納庫に点検灯が白く落ちる。主電ユニットの交換、冷却ライン圧の確認、外付けパイルの点検――必要な手順だけが淡々と進んでいった。



 数時間前に白帯外縁から戻ったばかりで、格納庫はまだ熱を引きずっていた。足場でリュウは自機RF-12AS( )《レイヴン・アイ》から降り、手すりに体重を預けて見下ろす。


 ナロア・ジェンクスが腕まくりをして前に出た。


「エース、サイン。必要部品は手配済み、作業枠も押さえてある。外付けパイルは換装済みだよ」


 足場の下からアキヒトの返事が返る。


「助かる」


「生きて戻りなよ」


 軽い調子の言葉に、祈りが混ざる。リュウは足場越しに、アキヒトが一度だけうなずくのを見た。


 格納庫を出て生活区へ上がる通路の右手には、子ども区画の透明パネルが続く。中では子どもたちが半円になって座り、サキが床に腰を下ろして絵本を開いていた。


「――そしたらね、その大きな影が、こうやって出てきたの」


 声をひそめた次の瞬間、両手をぱっと上げる。子どもたちが一斉に肩をすくめ、笑い声が弾けた。


「ここからがちょっとこわいところ。どうする? 聞く? それとも、こわい子はこうやって――」


 サキが目元を隠してみせると、子どもたちは指のすき間から絵本をのぞき込む。VOLKは一瞬だけ足を緩め、それでも踏み出した。見ないのではなく、見たうえで前へ進む歩き方だった。


 ときどき、酷い帰りがある。装甲は剥げ、関節が鳴き、通信は砂を噛む声になり、搬入ランプが下りる。粉塵洗浄の白い霧が足もとでほどけた。


 ナロアが一歩踏み込み、声を張る。


「そこ止めて! 主電切る、冷却増やす! 若いの、ボルトは後でいい!」


 後部着艦ハッチをくぐる直前で、ゴーシュのRF-08GF( )《ブルロアー》の主電が尽きた。膝のロックが抜け、機体がぐらりと沈む。


 合図ひとつで整備班が散り、ガンモのRF-08GD( )《バッド・バンカー》が肩を差し込むように寄って荷重を受けた。リュウはその動きを追いながら、視線をアキヒトのRF-17SC( )《ストレイ・カスタム》へ移す。


 前腕ユニットのパイル基部に、斜めにえぐられた長い傷がある。ナロアが低くつぶやき、縁を指先で確かめた。


「ギリギリね、これ」


 リュウは手すりにもたれたまま、いつもの調子で声を出す。


「エースも機体も、よくまあ腕もげずに帰ってきたもんだ。後ろから見てた俺のほうが先に固まるかと思ったぜ。でさ、必死で援護してた俺にも、たまには労いのひと言くらいあってもよくない?」


「労いは生きて帰ってきたって結果で十分。これ以上欲しがるなら、この傷口に自分の財布でも詰めておきな」


「えぐいこと言うなあ。じゃあせめて、夜勤明けのコーヒーくらい」


「その余計な口が動くぶん消耗も倍よ。はい、そこ足どけて。今度は本当にボルト打ち込むよ」


 ナロアに指で示され、リュウは苦笑して一歩退いた。


「了解了解。じゃ、オファーは保留ってことで。気が向いたら、いつでも受け付けてるからな、ナロア嬢」


 返事の代わりにレンチがカチリと鳴り、リュウはそれをどこか楽しそうに聞く。


 ポチが端末を親指で弾くと、頭上の小型ドローンがくるりと1回転して正面を向き、「ピッ」と鳴いて上下に揺れた。張りつめていた空気がそこで少しだけほどける。


 透明パネルの向こうで、子どもたちは黙って見守っていた。サキがしゃがんで目線を合わせる。


「大丈夫。いまね、ちゃんと直してるところ。白くなってるのは冷却の霧。煙じゃないから、こわくないよ。ここから見てて。手はつないでね」


 小さなうなずきが返り、細い手がちょこんと一度だけ振られた。ナロアがそちらへ目をやり、口の端だけで笑う。


「ほら、見られてるよ。手ぇ抜くな」


 整備班から小さな笑いと「了解」が返り、工具の音がまた戻っていく。さっきより少しだけ軽い。


 傭兵は金で動く。金がなければ装備が止まる。補給端末の前の声が、リュウの耳に届いた。


「前金が薄い」「弾で赤だ」

「後払いが止まっている」「あの自治体はまた延ばす」


 配分表が叩かれ、数字の列へ視線が集まる。


「ここで少し稼げりゃ、予備バッテリーに脚のオーバーホール、それと予備弾倉ぐらいまでは新調できるんだがな」


 空気が固くなりかけたところで、ヒロが一歩だけ前に出る。


「稼いで買え。装甲も、主電も、余力も――生きるにも、守るにも金が要る。だから戦うんだ」


 静かな断言が場に残り、打ち合わせはそのまま配膳の時間へ流れていった。


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