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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第三章 番号ではなく、名前で

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第11話 生きて戻るための刃

 グレイランス艦内、格納庫。アキヒトは戦闘明けの機体のコックピットに残り、冷却の霧と灰の匂いの中で、遠くの工具音だけを聞いていた。


「ナロア」


 整備台の向こうで短髪の女が顔を上げる。電装とチューニング担当、判断が速い。


「はいよ、エース。今日は何を増やす?」


「左にパイルバンカー(杭打ちの近接兵装)。ヒロの二段のみたいなやつ。刺して、もう一段で落とす」


「了解。ただし今日は話だけ。載せるのは次の整備枠。まず外付けで感触を見てから、内蔵に移行」


 足場を靴音が上がり、端末を抱えた若い整備士、トキ・エンリがコックピット脇へ来た。


「失礼しまーす。パイルは左腕運用でOKですか?」


 アキヒトは左前腕のマウントへ視線を落としてうなずく。


「OK」


「じゃ、その前提で組みます。トラブったら即切り離し。二段目は運動補助ライン(LSL)の予備側に回します。異常値が出たら自動で落ちるようにしておきます」


「そうか。わかった」


「帰艦したらログを見て、良ければ内蔵型に換装。僕の方で準備を進めます」


 下で配線をまとめていたナロアが顔を上げる。


「任せな。部材も作業枠も押さえる。エース、サインして」


 アキヒトは膝横のサブパネルを起こし、グローブ越しに承認欄へ指先を滑らせた。トキが端末を確認してタップする。


「設定、送りました。いつでも変更効きますから」


 ナロアは背を向けたまま、スパナを工具箱に放り込んで言った。


「あんまり無茶しないこと。次も生きて戻りなさい」


「ああ」


 前方表示へ視線を戻す。無茶のためじゃない。戻るために足す刃だ――線だけは引き直しておく。



 格納庫を出ると、通路の空気が少しだけ柔らかい。曲がり角の向こう、子ども区画から歌が流れてきた。薄い声が重なって、艦の奥でほどけるように響く。


 窓の手前に、影が三つ。ポチ、ガンモ、リュウ。黙って聴いているだけだったが、アキヒトに気づくと目をそらし、短い言葉だけ残して散った。


「……仕事、戻る」


 誰もいなくなった通路で、アキヒトは扉の小窓から中をのぞく。避難用ベッドとコンテナが壁際に寄せられ、空いたスペースで子どもたちが輪になっていた。手をつないで歌に合わせ、一歩ずつ進む。灯りの下、影が丸く揺れ、笑い声がこぼれる。


 中央でサキが手拍子を打っていた。そこにいることが似合いすぎて、視線が外れない。


 背後から声が落ちる。


「下船列は、ほとんど片付いた」


「子どもが残ったな」


 ヒロが隣に立ち、二人で窓の向こうを見る。しばらくは歌だけが続いた。


「艦の空気は変わった」


「いい方にか」


「どうだろうな。だが覚えとけ。俺達は傭兵だ。稼がなきゃ食えない。守るには装備が要る。装備には金が要る」


 ヒロが手すりに軽く拳を置く。


「その金は契約で取る。前金で回し、後払いで死ぬこともある」


「わかってる」


「わかってても、人は削れる。金で部品を買う。余力を買う。次の一手を買う。綺麗じゃないが、生きて帰れる確率は上がる」


 窓の中でサキが片手を高く上げ、輪が笑って同じ高さに手が伸びた。その光景が、戻る場所を輪郭にしていく。


「忘れられないんだ」


 アキヒトがぽつりと言う。


「見たものを」


「ならいい。忘れるな」


 ヒロは即答した。


「俺もお前も、戻る場所を守るために稼ぐ。それと、もう一つ。正しいかどうかで迷って止まるな。子どもの声が聞こえる方に動け。そこで止まったら、俺がお前を殴る」


「殴られるのは遠慮したい」


 冗談めかして返しながら、その線引きが冗談ではないのも分かっている。


「なら、迷う前に撃て。左腕のパイルの二段目は、そのためにある。生きて戻るためだけに使え」


 アキヒトは黙ってうなずいた。"生きて戻るためだけに"――条件を刻み直す。


「それでも行く。行って稼いで、戻って、また守る」


 ヒロが手すりを軽く叩く。


「それが俺達の食い方だ。任務のたびに、少しずつ取り返せ」


「何を」


「子どもの明日だよ。俺たちがもらうのは、報酬と、次の一息ぶんの時間だけでいい」


「生きて戻る」


「生きて戻れ」


 歌が終わって輪がほどけ、サキは最後まで子どもたちに手を振っていた。二人は窓から離れ、通路へ戻る。


 靴音だけが静かに続く。――次の契約まで、あと少し。



――次回、第12話「戻る場所のために撃つ」へ続く

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