第11話 生きて戻るための刃
グレイランス艦内、格納庫。アキヒトは戦闘明けの機体のコックピットに残り、冷却の霧と灰の匂いの中で、遠くの工具音だけを聞いていた。
「ナロア」
整備台の向こうで短髪の女が顔を上げる。電装とチューニング担当、判断が速い。
「はいよ、エース。今日は何を増やす?」
「左にパイルバンカー(杭打ちの近接兵装)。ヒロの二段のみたいなやつ。刺して、もう一段で落とす」
「了解。ただし今日は話だけ。載せるのは次の整備枠。まず外付けで感触を見てから、内蔵に移行」
足場を靴音が上がり、端末を抱えた若い整備士、トキ・エンリがコックピット脇へ来た。
「失礼しまーす。パイルは左腕運用でOKですか?」
アキヒトは左前腕のマウントへ視線を落としてうなずく。
「OK」
「じゃ、その前提で組みます。トラブったら即切り離し。二段目は運動補助ライン(LSL)の予備側に回します。異常値が出たら自動で落ちるようにしておきます」
「そうか。わかった」
「帰艦したらログを見て、良ければ内蔵型に換装。僕の方で準備を進めます」
下で配線をまとめていたナロアが顔を上げる。
「任せな。部材も作業枠も押さえる。エース、サインして」
アキヒトは膝横のサブパネルを起こし、グローブ越しに承認欄へ指先を滑らせた。トキが端末を確認してタップする。
「設定、送りました。いつでも変更効きますから」
ナロアは背を向けたまま、スパナを工具箱に放り込んで言った。
「あんまり無茶しないこと。次も生きて戻りなさい」
「ああ」
前方表示へ視線を戻す。無茶のためじゃない。戻るために足す刃だ――線だけは引き直しておく。
*
格納庫を出ると、通路の空気が少しだけ柔らかい。曲がり角の向こう、子ども区画から歌が流れてきた。薄い声が重なって、艦の奥でほどけるように響く。
窓の手前に、影が三つ。ポチ、ガンモ、リュウ。黙って聴いているだけだったが、アキヒトに気づくと目をそらし、短い言葉だけ残して散った。
「……仕事、戻る」
誰もいなくなった通路で、アキヒトは扉の小窓から中をのぞく。避難用ベッドとコンテナが壁際に寄せられ、空いたスペースで子どもたちが輪になっていた。手をつないで歌に合わせ、一歩ずつ進む。灯りの下、影が丸く揺れ、笑い声がこぼれる。
中央でサキが手拍子を打っていた。そこにいることが似合いすぎて、視線が外れない。
背後から声が落ちる。
「下船列は、ほとんど片付いた」
「子どもが残ったな」
ヒロが隣に立ち、二人で窓の向こうを見る。しばらくは歌だけが続いた。
「艦の空気は変わった」
「いい方にか」
「どうだろうな。だが覚えとけ。俺達は傭兵だ。稼がなきゃ食えない。守るには装備が要る。装備には金が要る」
ヒロが手すりに軽く拳を置く。
「その金は契約で取る。前金で回し、後払いで死ぬこともある」
「わかってる」
「わかってても、人は削れる。金で部品を買う。余力を買う。次の一手を買う。綺麗じゃないが、生きて帰れる確率は上がる」
窓の中でサキが片手を高く上げ、輪が笑って同じ高さに手が伸びた。その光景が、戻る場所を輪郭にしていく。
「忘れられないんだ」
アキヒトがぽつりと言う。
「見たものを」
「ならいい。忘れるな」
ヒロは即答した。
「俺もお前も、戻る場所を守るために稼ぐ。それと、もう一つ。正しいかどうかで迷って止まるな。子どもの声が聞こえる方に動け。そこで止まったら、俺がお前を殴る」
「殴られるのは遠慮したい」
冗談めかして返しながら、その線引きが冗談ではないのも分かっている。
「なら、迷う前に撃て。左腕のパイルの二段目は、そのためにある。生きて戻るためだけに使え」
アキヒトは黙ってうなずいた。"生きて戻るためだけに"――条件を刻み直す。
「それでも行く。行って稼いで、戻って、また守る」
ヒロが手すりを軽く叩く。
「それが俺達の食い方だ。任務のたびに、少しずつ取り返せ」
「何を」
「子どもの明日だよ。俺たちがもらうのは、報酬と、次の一息ぶんの時間だけでいい」
「生きて戻る」
「生きて戻れ」
歌が終わって輪がほどけ、サキは最後まで子どもたちに手を振っていた。二人は窓から離れ、通路へ戻る。
靴音だけが静かに続く。――次の契約まで、あと少し。
――次回、第12話「戻る場所のために撃つ」へ続く




