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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第三章 番号ではなく、名前で

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第10話 後編 ようこそグレイランスへ

 避難区画へ戻されてから時間が空いた。子どもたちは床に座り、入口を見たまま黙っている。いつもなら誰かが「おなかすいた」と言い出す頃なのに、声が上がらない。


「先生、列車は……?」


「今日はお休みになっちゃったみたい」


 サキは笑顔を作って毛布を直した。指先が微かに震える。


「でも大丈夫。ここは安全だよ。ちゃんと、ごはんも出るしね」


 確信は持てないまま、それでも言葉を置く。


 水を配り終えた頃、ドアが軽くノックされた。


「光の園の保育士さん」


 昨日甲板で見かけた若い兵士が、ヘルメットを小脇に抱えて顔を出す。


「ブリッジからの呼び出しです。艦長代理がお話をしたいと」


「……はい」


 サキは子どもたちを見回し、釘を刺す。


「ちょっとだけ行ってくるね。ここから出ないで、名札は外さないこと。いい?」


 10人がうなずく。服の端を握る指に一度触れてから、サキは通路へ出た。


 昨夜ほどの混雑はなく、片付けを終えたカートが行き交い、整備士が工具箱を引いていく。艦はいつもの仕事へ戻ろうとしていた。


 ブリッジ手前の小さな会議スペースに通される。モニタの光を背に、ジルがいた。肩章には《グレイランス管制》のマーク。疲労はあるが、目はぶれていない。


「光の園の……サキさんでいいのかな」


「はい。サキ……です」


 名乗りかけて、旧姓と今の名が頭で引っかかり、軽く頭を下げて飲み込む。


 ジルはタブレットを払った。


「港湾局とFDCから正式に話が来た。あなた方の行き先が、今のところ"どこにもない"ってことになってる」


 淡々としているのに、言葉の端に引っかかりがある。


「カルディア行きの列車は当面止まり、都市側も受け入れ休止。元の自治体は灰の向こうで状況不明。院長さんは重傷で搬送。書類の上では、あなた方は『送り主不在・受け先未定のユニット』だ」


 サキは膝の上で手を握った。爪が指に食い込む。


「FDCの要請はこれだ」


 ジルは読み上げるというより、事実を並べる。


「『当面、グレイランス艦内臨時保護ユニットとして子ども10名の保護を継続してほしい。費用精算と受け入れ先の確定は後日協議』」


「――要するに、今はうちで面倒を見ろ。金と責任の話はそのうち、だ」


 ジルは一度だけサキを見た。


「正直、この艦は白帯の防衛で手一杯だ。人員も食糧も余裕があるとは言えない。昨日みたいな日が重なれば、避難区画はすぐ満杯になる」


「……はい」


「本来なら地上施設に任せたい。子どもたちは艦より地面の上のほうがいい。でも、どこも『今は受け取れない』って言ってる。ここから追い出すわけにもいかない」


 サキは息を殺し、言葉を整える。


「ここに……置いていただくことは可能でしょうか」


「それを決めるための話だよ」


 ジルの口調が少しだけ柔らかくなる。


「ひとつ確認したい。――あなたは、どうしたい?」


「どう、というのは……」


「子どもたちだけ別の施設へ預けて、自分は別の行き先を探すこともできる。次の乗り継ぎ拠点まで一緒に行って、そこで行政と交渉することもできる」


 机の上で指を組む。


「それでも『グレイランスに残りたい』と言うなら、理由を聞いておきたい」


 サキは視線を落とし、床の継ぎ目を見た。白帯みたいに、ただ一直線に伸びている。


「――この子たちは、ここでいったん"守られた"からです」


 声が揺れそうになり、言い切って押さえる。


「白帯の途中で拾ってもらって、ミュータントの群れからも守ってもらった。行き先が決まらないなら、せめて『守られた場所』にいる時間を積み重ねてあげたい。昨日だけじゃなくて、今日も、明日も。そういう場所があるって、あとで支えになると思うんです」


 ジルは黙って聞き、タブレットの端を爪で軽く叩く。


 カツ、カツ、カツ。


「それに……私は、この10人と離れたくありません。この子たちの名前を呼べるのは、今は私だけだから」


 ジルの指が止まる。


「名前、ね」


「はい」


 サキは自分の手元を見つめたまま続ける。


「ずっと番号で呼ばれていた子もいます。この中に。私も……そうでした」


 その一言を出すのに、少し時間がかかった。


「番号で管理されて、生きているのかどうかも、自分で分からなくなる時期があって……」


 ジルは踏み込まず、短く息を吐いた。


「……わかった」


 背にもたれ、天井を一度だけ見上げてから、姿勢を正す。


「少なくとも、今ここにある選択肢の中でいちばんマシなのは『グレイランスで保護を続ける』だ。私もそう思う。ただし、条件がある」


「条件……」


「この艦に乗っているあいだ、あなたは『ただの避難民』じゃなくなる。艦内臨時保護ユニット『光の園』担当の"スタッフ"として扱う」


 ジルの口元がわずかに緩む。


「ようするに、うちのクルーと同じくらい働いてもらう」


 サキは一瞬きょとんとしてから、小さく笑った。


「それくらいなら、いくらでも。子どもの世話はもちろん、食事の手伝いも掃除も……できることなら何でもします」


「医療区画と食堂にはしばらく余裕がある。はるゑって調理担当がいるから、そこに顔を出してくれ。避難区画の子ども全体の世話も、手が回っていない」


 ジルは淡々と項目を示す。


「その代わり、艦のルールには従ってもらう。非常時の待機場所、アラート時の行動、外には絶対に出ないこと」


「はい。守ります」


「子どもたちもだ。名札は必ず付けさせておく。避難訓練があれば最優先で参加してもらう」


 一通り言い切ると、ジルはタブレットにサインを入れた。


「これで光の園ユニットはグレイランス艦内保護リスト入りだ。名義上はFDC、運用はうち。――面倒を見切れるかどうかは、こっちの腕次第」


「ありがとうございます」


 サキは深く頭を下げた。ようやく「ここにいていい」と言われた気がして、膝の力が少し抜ける。


「礼を言うなら、白帯を維持してる連中とVOLKのやつらに言ってくれ」


 ジルは居心地悪そうに視線を逸らす。


「この艦は通り道だ。本来は、みんなを"次"に送るための場所だ。君たちの"次"が見つかるまでは、ここが仮の家になる」


「……はい」


 サキはその言葉を頭の中で転がした。――仮でも、家。


 部屋を出ようとしたところで、ジルが呼び止める。


「さっきの話。番号で呼ばれていたってやつ」


「……はい」


「今度、余裕があるときに詳しく聞かせてくれ。この艦にいるあいだは、少なくとも私は君と子どもたちを"番号"では扱わない。そのために、知っておきたい」


 サキは少し迷ってから、うなずく。


「いつか、話せるようになったら」


「それでいい」


 ジルは短く笑った。


「じゃあ――ようこそ、グレイランスへ。サキ」


 名前で呼ばれた瞬間、サキの呼吸が一拍止まる。


「よろしくお願いします」


 ドアの向こうには、10人の子どもたちが待っている。白帯の途中で拾われた小さな"次の行き先"が、ようやくグレイランスという艦と、そこで生きる人たちへつながり始めていた。



――次回、第11話「生きて戻るための刃」へ続く

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