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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第二章 守る者たち

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第9話 後編 杭になる

 ガラスの内側で、サキは窓に押しつけていた指をそっと離し、震えている自分の手を見て小さく息を吐いた。曇ったパネルを袖で拭うと、VOLK-6の影がすぐそこにある。


 目が合った――気がして、サキはぎこちなく頷いた。外のヒロも、わずかに顎を引く。


〈ヒロ〉『任務は一つ。白帯を守れ。続行』


 短い号令が回線に走り、機体はまた火の影へ戻っていく。グレイランスの戦況表示でも、敵影を示す赤い点が目に見えて減っていた。


 最後の大型個体は、リュウの狙撃で脚を砕かれ、ゴーシュの火線に削られ、ガンモの盾で押し潰され、アキヒトの刃で胴を断たれる。動きを止め、静かに沈黙するのを見届けて、ヒロの声が落ちた。


〈ヒロ〉『周囲クリア。全機、白帯を守って帰投する』


 爆炎が荒野を照らして影が伸び、やがて砲声も途切れて静けさが戻る。灰霧の向こうに敵影はもうない。


 各機は装甲に焦げ跡を残し、腕や脚の外装は剥げ落ち、ブースターは唸りを上げながら力なく燻っていた。通信には雑音が混じり、弾薬残量の警告が赤く点滅する。それでも白帯は守られている。


 RFたちがグレイランスへ戻り、格納庫で灰を洗い落としたころ、艦内の空気はようやく人の温度へ寄っていった。子どもの泣き声も、サキの落ち着いた声に合わせるように、やがて細い嗚咽へ変わっていく。



 食堂は、帰艦直後の緊張が嘘のように明るかった。温かいスープの匂いが、焦げと油の匂いをやわらげていく。


「立ち話は終わり! 座って、まずは特製スープだよ!」


 割烹着のはるゑがお玉をカンと鳴らし、ざわめきがほどけた。


 ヒロは椀を受け取り、一口すすって目を細める。


「……染みる」


「そりゃそうさ。生きて帰った舌には、一番のごちそうだよ」


 はるゑは大鍋から次々と盛り付け、卓の上に温かい皿が並んでいく。


 ココロがゴーシュの隣に腰を下ろした。


「ここ、いい?」


「いいさ。ただし、半分こだ」


 パンがちぎられ、焼きたての匂いがふわりと広がる。


 向かいの列で、スプーンを両手で握ったままの男の子が、ちらちらと大人たちのほうを見ていた。


「さっきの、いちばん前のロボット。ずうっと、どかなかった! すごかった」


 胸の前で両腕をぐっと広げる。重い盾の形だと、誰の目にも分かる。卓が一瞬静かになって、すぐに笑いが戻った。


 ヒロは箸を止め、言葉を一つだけ選ぶ。


「そりゃ、どかないさ。任務だからな」


 女の子も続ける。


「灰、ばーってなってたのに……あそこで止まっててくれた」


 あちこちから声が上がる。


「細いのが、びゅって飛んでったやつも」

「いちばんうしろのロボットも、ちゃんとついてきてた」


 拙いのに真剣な報告に、サキは頷き、ココロは少しだけ胸を張る。ヒロは椀のほうへ視線を落としたまま、口元だけがわずかにゆるんでいた。


 一方で、騒ぎに混ざれない小さな背中がある。サキの椅子の脇にぴったりくっつき、袖をつまんだまま顔を押しつけていた。


「……こわかった」


 声は小さく、サキだけが気づいて、言葉を返さず頭に手を置く。


 もうひとりの子はVOLKの卓から少し離れた席にぽつんと座り、椀のふちをじっと見つめていた。笑い声が上がるたび、肩がかすかにすくむ。サキは子どもたちの輪とその子のあいだに腰を下ろし、器を配りながら片手で小さな手をやさしく握った。


 小さな指先がほんの少しだけ動き、やがて視線がゆっくりVOLKの卓のほうへ向く。


「ロボット、みんな、かっこよかった」


 ぽつりと落ちた一言に、ヒロの手が椀の上でわずかに止まる。


 間をつなぐように、ガンモが耳のうしろをかきながらぼそりとつぶやいた。


「……ロボットがかっこいいんだよ。中身は、ただの働き者さ」


 くすくす笑いが伝染し、卓の空気がもう一段やわらぐ。


「でも、中にいるひとも、こわくなかったの?」


 おずおずと向けられた問いに、ヒロは子どもたちを見渡し、短く答える。


「こわかったさ。でも、ちゃんと帰ってくるために、前に立つ」


 言い終えると、照れを隠すようにスープをもう一口すすった。


 椀を抱えた子が、誰に向けたとも知れない声でこぼす。


「……ありがとう」


 VOLKの面々は顔を上げず、静かに食事を進めていた。言葉にしないままでも、ここへ戻ってきたことだけで十分だと知っているみたいに。


「よく食べて、生きて帰んな!」


 はるゑの口癖に笑いが重なり、食堂はいつの間にか日常の色へ戻っていった。


 外では、灰の荒野に浮かぶ導光が一度だけ淡く明滅する。冷却水がぽたぽたと落ち、床に小さな輪をいくつも描いていた。


 ざわめきは少しずつ遠のき、今は毛布のこすれる音だけが静かに残る。


 道は持ち、杭は折れずに立っている。それだけで、今日は十分だった。



――次回、

第三章 番号ではなく、名前で

第10話「ようこそグレイランスへ」へ続く

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