第15話 破壊工作
「持ってきちゃった」
サナは手の中のコップを見せた。食堂のやつだ。返却口に戻し忘れて、そのまま区画まで持ち帰ってしまったらしい。
「明日でいい」
ポチは端末から目を上げずに言った。
「返すの明日になったら、はるゑに怒られるよ」
端末を置いた。
「もっと早くに言え」
サナはコップを両手で持ったまま、ポチを見ていた。急いでいる顔ではない。ただ待っている顔だ。
ポチはため息をついて立ち上がった。
「行って戻るだけだぞ」
「うん」
二人は通路へ出た。食堂は二つ先のフロアだ。消灯まではまだ時間がある。
廊下は静かだった。
フロアを一つ降りたところで、遠くから低い音がした。
ポチが足を止める。
「……今の」
サナも止まっていた。コップを持ったまま、音のした方向を見ている。
次の音は、もっと近かった。
*
艦内が激しく揺れた。
「なんだ! なにが起こった!」
警備員の声が飛ぶ。
その声が終わる前に、負傷兵達は死体袋のファスナーを開いた。
中から出てきたのは遺体ではない。銃、弾倉。手榴弾。あらゆる武装が次々と出てくる。
負傷兵だった男は警備員の銃を押さえ、もう片方の手で拳銃を撃った。
警備員が後ろへ倒れ、避難格納庫に叫び声が響いた。
うなだれていた負傷兵たちがいっせいに起き上がった。
呻き声も咳もない。包帯を巻いたままの手が武器を受け取り、装填する。互いの顔を確認せず、声ひとつ出さない。
警備員が気づいたときには、既に銃口がこちらを向いていた。
乾いた銃声が二つ。
偽の負傷兵たちは死体を振り返らずに散っていく。
*
銃声を聞いて集まった警備員は三人だった。
角を曲がったところで止まり、交互に銃を構える。訓練どおりの動きで、一切の無駄がない。
先頭の男が一歩踏み出した瞬間、足元に小さな筒が転がってきた。
光が弾けた。
銃声はその直後だった。三人が順番に崩れる。
偽の負傷兵を演じていた特殊部隊は完全な連携を取り、一部屋、一部屋をクリアリングしながら艦内を進んでいた。
その動きは素早く、先程までの憔悴ぶりは見る影もない。
隔壁が下りてきた。
完全に閉じた隔壁の前で、先頭の男が手を上げた。後ろから装置が手渡され、隔壁に設置される。
ピッピッピ
電子音が数度聞こえたあと、隔壁は爆破された。
隔壁には大きな穴が開き、煙と共に特殊部隊員達が姿を現した。
整備員が二人、何が起きているか確かめようと、工具を持ったまま通路に出てきた。
銃声が響く。
壁一面が血に染まり、整備員が壁に沿って崩れる。その横を、特殊部隊は足を止めず、ただ進んでいく。
艦内の警報が鳴り、赤い灯りが廊下を染めた。
*
二度目の爆発で廊下の灯りが半分落ち、非常灯が赤く切り替わる。サナが立ち止まり、コップを両手で持ったまま天井を見た。
「ポチ」
「分かってる」
ポチはサナの前に出た。食堂の入口はすぐそこだ。中から煙が流れてくる。引き返す方向を確認した瞬間、通路の奥に人影が立っていた。
一人がこちらを見た。
「ターゲット確認」
「確保する」
ポチはサナを後ろへ押した。
「走れ」
腰の銃に手をかけた瞬間、手首を撃たれた。銃が床を滑る。ポチはそのまま体を低くして相手の膝へ飛び込んだ。
重かった。
装備と体の重さが一緒に来る。押し込めない。それでも離さなかった。
「ポチ!」
「走れって――」
一発目が脇腹に来た。声が出なかった。それでも手を離さなかったが、二発目が肩に入る。蹴り飛ばされ、壁に叩きつけられた衝撃のまま、壁にもたれかかった。
壁際のパネルが衝撃で外れ、露出したゴミ捨て用のダクトの中へポチは落ちていった。
サナの手首から落ちた鈴も、ダクトの中へと転がり落ちていった。
*
格納庫の手前で、激しい銃撃音が聞こえた。
ヒロは角で一度止まり、通路の先を確認する。警備員が二人、車両の陰から撃ち返している。
柱の裏へ滑り込み、銃口を向けて撃つ。
「右を押さえろ!」
警備員の一人がうなずき、反対側の柱へ移った。
銃撃が続く。煙が充満し始め、視界が落ちる。整備員が車両の下に潜り込んでいるのが見えた。動くなと手で制す。
その時、奥の連絡通路に動くものが見えた。
小さかった。
カルディアの軍服を着た男に抱えられ、体をよじっている。顔がこちらを向いた瞬間、ヒロは息を止めた。
サナだった。
「サナ!」
飛び出した瞬間、前の床に弾が並んだ。別の隊員がこちらへ銃口を向けていた。下がるしかない。
再び柱の裏から撃った。相手が位置を変える。その隙に前へ出ようとした。また弾が来た。隊員同士で銃撃の隙を完全に埋めている。
見えているのに、近づけない。
その直後、外壁が爆発した。
衝撃で床が揺れ、天井から破片が落ちる。煙が一気に膨らんだ。ヒロは腕で顔を庇いながら前へ出て煙の中を走る
誰もいなかった。
床に風が当たっている。外壁に穴が開いていた。縁が熱を持ち、灰まじりの外気が流れ込んでくる。その向こうは煙で白く濁り、何も見えない。
*
ハブでは、警報が鳴り続けていた。
RF格納庫の壁が吹き飛んだのは、艦内で最初の爆発が起きてから三分も経っていなかった。爆煙が収まる前に、黒い装備の人影が格納庫へ走り込む。内通者から渡されたIDカードが端末にかざされ、認証が通った。機体ロックが外れる。
四機が立ち上がった。
格納庫の扉が開き、リミネタイが出てくる。識別反応はカルディア社のままだ。
最初に撃ち抜かれたのは、ハブ内を走っていた補給トラックだった。
ライフルの弾丸はトラックを一撃で粉砕し、運ばれていたバッテリーと共に大爆発を引き起こす。
次は装甲車の列だった。
機体の脚で踏みつぶされ、先頭車両がひしゃげる。後続車は機銃で応戦するが、リミネタイの胸部機銃によって蜂の巣にされた。
「リミネタイが強奪された!他のRF部隊を出せ!」
「第一、第二中隊、スクランブル発進だ! 全機出せ!」
スクランブルの命令が飛ぶ。パイロットが格納庫へ走る。機体へ乗り込む。シートに滑り込んだ瞬間、盗難リミネタイによってコクピットにナイフが突き立てられる。
コクピットは押し潰され、ナイフの先にはオイルが血の様に付着していた。
中には起動に成功した機体もあったが、格納庫から出た瞬間にグレネード弾を被弾した。機体が膝から崩れ、周辺の味方車両を押し潰しながら、撃墜された。
*
壁際でカルディア機が一機、盗難機と打ち合っていた。
カルディア機は蹴りを用いて相手を壁際へ追い込む。更にナイフを構え、機銃弾を連射して相手を撹乱しながら、盗難機に向かって突貫した。
盗難機は盾を用いて、ナイフを受け止め、両機はは至近距離で取っ組み合う事になった。
しかしカルディア機の背後から、もう一機の盗難機が接近し、背面からナイフを突き立てる。
カルディア機の動きは止まり、ゆっくり膝をついた。
*
停泊中のレムノス級陸上巡洋艦レオンは、まだ機関を動かせていなかった。
艦内はハブと同様に混乱し、下船していた乗員を急いで招集している最中だった。
艦橋の乗員が状況の把握と事態の収拾に追われる中、盗難機がレオンへ接近してくる。
艦長は直ちに迎撃を指示するが、停泊中のレオンで使用可能な武装は僅かであった。
盗難機は矮小な弾幕をいとも容易く突破すると、ブーストによって二番砲塔の上に着地し、艦橋に向けてグレネード弾を発射した。
グレネード弾は艦橋下部にめり込み、レオンの上部構造物を完全に吹き飛ばした。
別の地点では通信設備や大隊司令部も完全に爆破され、ハブにおけるカルディアの指揮系統は完全に麻痺する事となった。
*
外壁の破孔から、黒い装備の隊員たちが次々に降りてきた。
ハブの広場に出たところで、盗難リミネタイが四機。
隊員たちは機体の足元に集まり、人数を確認する声が飛ぶ。
「死傷者はゼロ」
「ターゲットの確保、及びハブへの破壊工作は完全に成功」
最後に降りてきた男が、周囲を一度見渡した。片目を眼帯で覆っている。
「脱出するぞ」
ハブの外から、大型トラックが三台、灰の中から現れた。
隊員たちが荷台へ乗り込み、サナが押し込まれる。盗難リミネタイ四機が周囲を固め、トラックが動き出した。
*
煙が薄れてきた。
ヒロは穴の縁に立ち、外を見た。灰まじりの風が顔に当たる。下のハブには炎の跡と、砕けた車両が散らばっていた。遠くでトラックのエンジン音がして、すぐに灰の向こうへ消えた。
盗まれたリミネタイの背が四つ、ゆっくり遠ざかっていく。
銃声は止み、警報だけがまだ鳴り続けている。
ヒロは一歩前へ出た。穴の縁を踏んで、外へ半身を乗り出す。
「サナ――!」
声は灰の中へ抜けた。
返事はない。
リミネタイの背が、白く濁った空気の中に消えていった。




