第7話 戦う者たち
昼の戦闘が終わって間もないグレイランスのブリッジで、ジルの視線が正面モニタの端で止まった。緑の光点が、規則的だった並びを崩している。
「セイナ、あれ拡大して」
センサー席の若い女――セイナが「了解」と短く返し、指先をすばやく動かした。遠距離レーダーと赤外線の表示が重なり、灰の霧の向こうに、地面に沿って細長く伸びる帯の反応が浮かび上がる。
「熱源反応が、細かく並んでいます。形状から見て、前列は標準サイズのキーテラ。密度は……昼より高い」
表示を切り替えたセイナが続ける。
「小型から中型の群れが、横方向に広い塊になっています。その後ろに――」
別ウィンドウが自動で開き、質量グラフが立ち上がった。通常よりはるかに大きい反応が、2つ並行して近づいてくる。
「後列に大型の固まり。質量から見て、指揮個体クラスが少なくとも2体。どちらもキーテラで間違いありません」
ブリッジが、言葉の少ない静けさに沈んだ。昼に撃ち払った残骸地帯のさらに奥で、別の群れがまとまって動き出している。
「距離は?」
「白帯から約30km。このままの速度なら、接触までおよそ15分です」
ジルはうなずき、通信回線のリストを呼び出した。昼の戦闘で爆発が途絶えた第1地雷帯(白帯正面)の位置を、頭の中でなぞり直す。あの一帯の地雷は、もうほとんど残っていない。
ここで止め損ねたら、白帯まで、そのまま来る。
姿勢を正したところで、ブリッジの扉が音もなく開いた。濃紺のロングコートの裾が揺れ、金のボタンと肩章が灯りを拾う。背の高い男が、端正な軍服にきちんとした印象を纏って入ってくる。
ヴァイス艦長だ。
艦長は艦長席の脇で立ち止まり、窓の外を一度見た。白帯の光と、その外側に点々と残る黒い痕を確認してから、視線を戻す。
「状況は?」
低い声が、場を引き締める。ジルはモニタから目を離さないまま要点だけをまとめた。
「昼のキーテラ戦で、第1地雷帯はほぼ使い切りました。爆散した残骸地帯が、そのまま敵の通り道になっています」
「あの残骸の上を、また群れが来るのか」
ヴァイスはモニタの反応を見つめ、短く吐く。
「数は?」
「標準個体が正面方向で1,000体以上。その後ろに、指揮個体クラスが2体」
数字が落ちた瞬間、空気が固くなる。戦術長のアークが、少し身を乗り出した。
「……昼とは別の群れです」
ヴァイスが一度だけうなずく。
「ログの要約を出せ。ラインガードにも回してやれ」
「了解。状況を整理して、全回線に流します」
アークは通信士に合図し、現場向けの言葉に切り替えた。
「こちらグレイランス戦術長。キーテラ接近状況を共有する。前列は標準サイズのキーテラ群。昼に交戦した個体と同型だが数が増えている」
言い切ってから、必要な補足だけを付け加えた。
「第1帯の地雷で路面が砕け、荒れた地形に群れが集まりつつある。砕けた路面と残骸を足場に、白帯へ出るルートを取ろうとしている。放っておけば、白帯の縁が塞がる」
説明を聞きながら、ヴァイスはジルへ視線を向けた。
「ラインガード隊長に回線をつなげ」
「了解」
ジルが通信パネルに指を滑らせる。ラインガード隊長のコールサインを呼び出すと、わずかなノイズのあと、音質が落ち着いた。
〈ブリッジ〉『こちらグレイランス、ブリッジ。LG-CMD、応答願います』
返事まで2秒、3秒と間が空く。
〈LG-CMD〉『――こちらラインガードCMDだ』
風の音と、遠い機関砲が混じる。声は落ち着いていた。
〈ヴァイス〉『情報を共有したい。昼のキーテラ戦のあと、第1帯の地雷の残りと、戦力状況はどうか?』
〈LG-CMD〉『昼の時点でほぼ使い切った。残ってるのは第2帯に少し。前衛はST-09《スケルトン》とRF-06系。後方には増援を回してある』
ノイズの向こうで、確認射の低い連打が続く。
〈LG-CMD〉『このまま正面突破を許せば、白帯に真っ直ぐ突っ込まれる。正面の防衛線を抜かれたら、避難ルートが持たん。だからこそ――ここで止めなきゃならん』
〈ヴァイス〉『了解。グレイランスは砲戦距離を確保して、側面から叩く。白帯につながる正面の防衛線は、そちらに任せたい』
一拍おいて、短く応答が返る。
〈LG-CMD〉『了解した。その間に敵を殲滅することは可能か?』
〈ヴァイス〉『問題ない』
即答だった。ヴァイスがアークへ目だけで合図する。
「聞いたな、アーク」
「ええ。連携できれば、白帯は切らずに済みます」
その一言で、ブリッジの空気が戦闘配置へ切り替わった。直後、艦内に二度目の警報音が広がる。
〈ブリッジ〉『全艦通達。艦外センサー帯に異常反応。灰の霧の中にキーテラ多数を確認』
〈ブリッジ〉『灰が濃くなってレーダー精度が落ち、接近の察知が遅れた。避難区画はその場を動くな』
〈ブリッジ〉『VOLK-3、外周監視を継続。群れから外れて動き出す個体を優先追尾・マークしろ』
外周に出しているのはリュウだ。ジルは一瞬だけ確認して、モニタへ視線を戻した。
別区画の人々が頭をよぎる。食堂の子どもたち。簡易ベッドに並ぶ避難民たち。けれど今は、緑の点列から目を離せない。ジルは表示を見据え直し、次の指示に備えた。
*
同じころ、ヒロは食堂の入口付近で足を止め、艦内放送を聞いていた。椅子が軋み、皿が触れる音が小さく途切れる。泣き声になりかけた息が、途中で押し込められ、子どもたちの肩が一斉に固くなる。
区画の縁取りが短く点滅を繰り返し、一度だけ強く光ってから落ちた。
ヒロは縁取りへ視線を落として、すぐに前を向いた。
「持ち場を維持せよ」
声は低いが、荒げない。
「声を荒げるな。何があっても、避難民を守り通せ」
短い指示だったが、食堂にいる大人たちには十分だった。それぞれが立つ位置を直し、子どもを抱え直し、配膳の手を止めない者は止めない。ざわめきは消えないまま、動きだけは徐々に整っていく。
――次回、第8話「総員戦闘配置!」へ続く




