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伯爵令嬢の好み

「ソレイユは、どのような殿方が好きですか?」


「わたくし? わたくしの好みはね……」










 学園の食堂。多くの学生が利用するその場所。そこで、ある公爵家の令息が婚約者でない女性を抱き寄せながら食事を楽しんでいた。その様子を多くの学生は眉根を寄せて批判する。


「誰のおかげで公爵家を継ぐことができるようになったのか、わかっていないな」

「ソレイユ様ほど素晴らしいお方はいないのに」

「ご覧になって。はしたない。胸元をあんなに開けて」

「きっと身体しか自慢できるものがないのよ」


 そんな食堂にソレイユが現れると、静まり返った。きゃっきゃと抱き寄せられた女性が場を読まない声を上げる。


「ソレイユ様!」

「お気になさらないでください」

「そうです。フルスター様はソレイユ様には相応しくないとずっと思っていたのです」

「兄君のソルスター様なら、優秀でソレイユ様の隣でも見劣りしませんが」


 ソレイユの元に駆け寄ってきた生徒たちに、ソレイユはにこりと笑って返答した。


「皆様。お気になさらないで。わたくし、気にしていないから」


 ソレイユのそんな言葉に、抱き寄せられた女性は鼻で笑い、フルスターと呼ばれた公爵令息は顔を歪めたのだった。






「そ、ソレイユ! 僕には真に愛する女性ができた! 婚約を破棄してほしい!」


 かの令嬢を抱き止めたまま、学園主催の夜会でフルスターがそう宣言した。

 フルスターはあれから数ヶ月、かの令嬢と仲睦まじく過ごした。満を辞してソレイユに婚約破棄を叩きつけたのだった。


「あら、フルスター様。わたくし、貴方と婚約を破棄する予定はございませんわ。学園時代の火遊びくらい、多めに見て差し上げてよ?」


 気にも留めないソレイユはそうにこりと笑って、来賓との挨拶を再開しようとする。そんなソレイユの姿を見て、絶句したフルスターに、顔を赤くしてかの令嬢が暴言を吐いた。



「なんなのよ! あんた。全く悔しい顔しないじゃない! 優秀って言われるあんたが悔しがる顔、見たいと思って公爵令息を寝取ろうとしたのに!」


 そんな令嬢の言葉に、数人の生徒が口を開いた。


「でも、確かにソレイユ様って美しくて優秀だけど、完璧すぎるよな」

「わかる。女性らしい肉体じゃないし……」

「おい、おま、」


 そんな数人の生徒に向かって飛び出したフルスターは、ソレイユの肉体について口にした生徒を思いっきり殴った。


「ソレイユをそんな目で見るな! ソレイユは優秀で美しくて、なんでもできるのに、優しくって、僕なんかにはもったいない女性なんだ!」


 そこまでフルスターが言い切って、会場は水を打ったように静まった。


「あら、フルスター。そんなに褒めてもらえて光栄だわ」


 フルスターの顎を扇で持ち上げて、ソレイユは微笑んだ。そんなソレイユの微笑みに、フルスターは顔を赤くして、口をぱくぱくと動かした。


「あ、いや、あの。これは、」


「フルスター? 訳を話してくれるかしら?」



 フルスターは語った。優秀な兄君とソレイユの方が似合うと多くの人が言う。実際、ソレイユは自分には勿体無いとずっと思っていた。ソレイユの初恋は兄君だから、自分が身を引けば、ソレイユが幸せになれると思った。凡庸な自分には、ソレイユの瑕疵にならずに婚約を破棄する方法がこれ以外思いつかなかった。


 フルスターの横にいた女生徒はいつのまにか姿を消していた。




「フルスター。貴方が悩んでいたのはわかっていたわ。だから、友人たちに協力してもらったの」


「殴られるのは想定外だったけどな」

「お前がソレイユ様に対してあんなことを言うからだろう?」

「実際、ソレイユ様って肉情的な感じじゃないし……ひぃっ」

「そ、そこがソレイユ様の美しさを引き立ててるって言いたいんだろう?」

「そ、そうだ! だから落ち着け、フルスターも」


 フルスターの威嚇に怯えた生徒たちを笑い、ソレイユは生徒たちにお礼を言う。そして、ソレイユの考えた治癒魔術を使って、殴られた生徒の傷を治した。


「さすがソレイユ様だ!」



 騒ぐ生徒たちを横目に、ソレイユはフルスターに問うた。


「で。なぜ貴方はわたくしの好きな男が貴方の兄君だと勘違いしたの?」


「だ、だって。幼い頃からソレイユは兄上のことを熱っぽい目で見ていたし、」


「熱っぽい目? 好敵手としてどうやって潰してやろうか考えていた目かしら?」


「そ、それに、好きな男のタイプも大型犬のような人……兄君だろう?」


「あれはどちらかというと野犬のような危険さよ」


「それに、周りもみんなソレイユには兄上の方がふさわしいって……」


 フルスターのそんな言葉を聞いて、ソレイユは周りを見渡した。目のあった者の中で身に覚えのあるものはそっと目を逸らした。ソレイユはその者たちの顔を覚え、フルスターに向き直った。


「周りの言葉より、わたくしの気持ちの方が大切ではなくて?」


「そ、ソレイユは誰が好きなの?」


「わたくしは幼い頃からずっと貴方のことが好きよ? だから、公爵家の後継者を貴方に変えてもらったの。わたくしが公爵夫人になる運命からは逃れられなかったもの」


 そう笑ったソレイユは、不安げにフルスターを見上げて問うた。


「……フルスターは、こんなわたくしじゃ嫌?」


「嫌なわけ! ソレイユはいつも優秀で優しくて女神のようだけど、僕の前だけで見せる年相応の仕草が堪らなく好きで、」


 公衆の面前でそう宣言したフルスターに、あちらこちらで口笛が鳴った。


「フルスターは兄と比べるけど、あれは公爵には向かないし、貴方に適性があるからわたくしの変更の依頼も叶えられたのよ?」


 ソレイユのそんな言葉に尻尾を振ったように喜ぶフルスターに、ソレイユはなんだかんだと絆されてしまう。他の者が同じことをしたら徹底的に叩き潰すのに、どうしてフルスターにはこんなにも甘くなってしまうのかしら、とソレイユは笑うのだった。

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