悪逆な王女は逆行しても改心しない
お読みいただきありがとうございます。思いつきで書いたのでお手柔らかに。
すっきりしない終わり方なのであしからず。
彼女は無知であった。それ故に周りから陥れられ――
悪逆な王女として今、断頭台に立っている。
首に触れる短い髪がくすぐったくて、王女は初めて不快感というものを知った。
喉を突き破って出てきそうな憎悪を知った。彼女に甘言を囁いた侍女に石を投げられたからだ。民たちに投げられた石については、自分がやってきたことを知らされそっと目をつむるしかなかったが、侍女に対しては答えようのない怒りで目の前が真っ赤になった。
王家は、長年民を苦しめてきたらしい。重い税を課し、私腹を肥やしてきたらしい。
そしてついに革命が起き、王家の者は皆処刑されることとなった。
王女は、家族と同じ牢に入れられた。最初に国王が帰ってこなくなった。次に兄である時期王太子も処刑された。
最後は、自分。なにも知ろうとはせず湯水の如く金を使った悪逆な王女だけ。
断頭台で、肩を押さえつけられた。骨が折れそうな痛みに耐えながら見上げる。
元婚約者が剣の柄に手をかけ、目の前に立っていた。
「ジキルハード、様……」
「気安く名前を呼ぶな、罪人が」
冷えた声音は初めてで。けれど薄い氷が張った冷たい瞳は見覚えがあった。
だっていつもの彼の瞳だったから。
初恋に浮かれて気づけなかった。彼が革命軍のまとめ役だったこと。ずっと王家を潰すことを目標に、王女の婚約者の枠に収まっていたこと。
――あの侍女と、恋仲だったこと。先程まで彼らは、王女を忌々しく見つめ身を寄せ合っていた。
「……ゆる、さない」
今まで考えたこともなかった言葉が、するりと出てくる。
なにかが決壊して止まらなくなる。
「許さない……!」
剣が振り下ろされた。
◇◇◇
意識がぷっつり途切れた瞬間、景色が巻き戻った。憎き侍女に尋ね、あの処刑から一年も前だと気付いた。これがいわゆる逆行だと納得する。
王女は、もう全てが遅いことを知った。今更改心したように振る舞い施しを与えたとて、民は納得しない。そして問題も片付かない。殺される以外道はないのだ。
それならば、やることは自ずと決まる。彼女は昔から嫌がらせが大得意なのだ。
婚約者であった彼の手を勝手に握る。侍女であった彼女に、自分の服を着せ双子みたいになる。当時は可愛らしいものばかりであった。
だが、今は違う。
積極的に二人きりになるようにした。彼と侍女の恋が盛り上がるように。
何度も心臓が貫かれたような痛みが走ったが、唇を噛み締め堪える。
ついに、その時は来た。
人が寄り付かない王宮の裏庭で。光の矢に差されながら彼が侍女に跪いた。
確かな決意に満ちていて、吐き気がこみ上げる。
「いつか、俺と結婚してくれないか……? 好きなんだ」
つい先日も王女に散財を促した侍女は、ヒロインさながらの表情で頷いた。
「はい、勿論です。お待ちしております、いつまでも」
厳かな空気で張り詰めていて。
悪逆な王女である自分は足を踏み入れることすら許されないのだろう。
それでいい。踵を返す。愉悦で唇が歪んで、一つ零れた。
革命軍が攻め入るまで、あと五日。
「王女殿下!」
「――……あら、そんなに急いでどうしたのかしら」
三日後。彼が詰め寄ってきた。
言いたいことはわかっている。あえて流せば、顔を歪める。
息を吐き。幾分か冷静さを取り戻したようであった。
「……先日、王女付きの侍女を一人処罰したと聞いております」
「なぁに? 言いたいことがあるならはっきりとおっしゃいなさいな」
「なぜ処罰する必要があったのですか?」
噛みつく彼を一笑に付す。
扇で口元を隠した。
「あの子ったら私のドレスを踏んだのよ。処罰を受けるのは自明の理。賢い貴方なら分かるでしょ?」
「っですが、なにも骨が折れるまで鞭で叩き、雪に放り投げずとも良かったではありませんか……!」
へぇ。そんな感じになったんだ。
王女はただ『無礼な侍女を処罰して。生死は問わない』とお願いしただけ。具体的なのは知らない。知りたいとも思わなかった。
そういえば、朝に彼が泣く声が王城の外から聞こえたな、とだけふと脳裏をよぎる。
大きな笑い声を上げる。悪逆で死ぬべき王女に見えるように。
「だぁって、別に生きているか死んでいるかなんてどーでも良いじゃない! あんな鼠みたいな女。死んだ方が世のため人のため、そうでしょ?」
肩をポンポン叩く。
「ね?」
「……俺は、そうは思いません」
「えー? なにか言った? まさかあんな生きてようが死んでようがどうでも良い命に必死になっているの?」
刹那、彼の瞳に昏い色が宿った。
お腹を、あの日首を落とした剣で貫かれる。
ジワリ。黄色のドレスが深紅に染まっていく。
「お前にとってはどうでも良かったとしても! 俺に、俺にとっては大事な人だった……!」
血を吐く。剣を引き抜かれ地面に倒れ込んだ。
彼を見上げる。口角を上げた。
「あら、どーして怒るの? 貴方が、いえ貴方たちが望んだのよ? 悪逆な王女を」
「……っ!」
目が見開かれた。驚愕に満ちている。気づいてないと思っていたからだろう。事実、逆行前はのほほんと過ごしていただけだったし。
「本当に、勝手な人たち。私を悪女に、仕立て上げて……それで断罪って……頭が狂っているわ……悪逆なのは、どっちよ」
諌める臣下ではなく、断罪する革命者となった。道は他にもあったのかもしれないのに。
知ってる? 今の王家はギリギリで頑張っていたの。過去の王家が積み上げた、他国への借金を返済しながら。……これを王女が知ったのは逆行後だったが。
彼女は語った。王女だけだったのだ。お前らが断罪すべきだったのは。その王女すら、唆される前は心労で亡くなった母のお下がりばかり着ていた。
「だっ……て……王女は、ドレスを沢山、買って良いんだって……嬉し、かったのよ……」
母のお下がりにはない、沢山のキラキラ。とても羨ましくて、それを買って良いと言われて止まらなくなってしまった。
父も兄も。着飾ることのなかった王女に対する負い目か、強く言うことはなかった。
優しい臣下たちがくれたお小遣いと称したお金で、王女は沢山のキラキラが詰まったドレスを手に入れた。嬉しくて、あの頃は毎日楽しかった。
意識が遠退いていく。
いつの間にか跪いて、王女を抱き上げている彼。鬱陶しくて振り払いたかったが、そんな気力はなかった。
「……さっき、言った、わよね? 俺に、とっては……大事な、人、だったって……。私もそうよ……家族は、大事な、人たちだった……」
誰もいなくなった牢屋で、家族の行方を叫んだ。門番は面倒くさそうに、死んだと言った。
大好きな家族だった。とても、彼らを愛していた。
「頭の、足らない王女、だってね……。貴方たちと、同じような、心を、持っているのよ……」
父と兄には、逆行のこと、明日革命が起きることは話してある。彼らは今、毒杯を飲んでいる頃だろうか。
苦しくないといいなぁ。ぼんやり想う。
もう呼吸すらままならないのに、涙がぽろぽろ溢れた。
霞む景色の向こうで、後悔に濡れた顔をしていた。
あぁ、その顔が見たかった。剣を振り下ろした時の、正義に照らった顔。その顔を思い出すだけで、吐き気を催したから。
良かった。今回の見納めがあの顔じゃなくて。
もう革命軍の用意は済んでいるはずだ。ならば王家が急に死んだとて、問題は起こらないだろう。王家と一緒に苦心してくれた臣下たちは、逆行前も生かされていたようだし。
結末は変わらなかった。これなら神様も、誤差だと目をつむってくれる。世界は正常に動くだけ。
意識が途切れ途切れになっていく。
彼がなにかを叫んでいて。でもなにも聞こえない。
王女は、彼を心から愛していた。彼女の愛は、花に水をあげ育てるような愛だった。
だけど裏切られ、ねじれていった。元通りになど到底無理な程に。淀んで腹の底に、醜いものでいっぱいになった。なにも知らなかった頃には戻れなくなってしまった。
心の底から、笑みがこみ上げる。もうこれで彼は王女を忘れられない。平和になった世で、いつまでも苦悩し続けるだろう。
己が手にかけた悪逆な王女にも、人生があり心があった。
律儀で正義感の強い彼は、侍女のことを綺麗に忘れても尚、王女には一生囚われ続けることになる。
そうして一人で悩んで死んでいく。
おかしくって、血を吐くように笑い声を上げた。
――王女は、民の幸せを願っている。
他国への借金の返済も粗方終わっている中、彼らがこれ以上苦しめられる要因は残っていないだろう。
健やかに毎日を暮らしてほしい。
だけどお前だけは生きて苦しめ。
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