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猫を脱ぎ捨てて

テーマ:嘘

「羊ちゃん!やったよ!同じ高校に行けるね。よろしく。」

「うん。よろしく。」

花が綻んだような笑顔が向けられ、そして遠ざかる。目を開けると遮光カーテンを以てしても防ぎ切れない陽光が、部屋の中を満たしている。…夢か。よく考えればそのはずだ、もうあの子はいないのだから。

「羊ー。もう出ないとなんじゃないの。早くしなさい。」

下から声が聞こえて思い出す。そうだった、今日は学校に行かなくちゃ。重い体を引きずってベッドから出て、制服を身に纏う。まだ五か月ほどの付き合いなのに不思議とずっと着ているような気がしてくる。

 八月。うだるような暑さの中、私は来る文化祭の準備のために駆り出されていた。学校ってすごいな。一つ行事が終わったと思ったら、息をつく間もなく次がやってくる。そんなバカなことを考えていて、現実に引き戻される。

「葉月さん。この板のペンキ塗り、お願いしてもいい?」

「あ、うん。やっとくね。」

実行委員の千枝さんだ。どうやら物思いにふけっていたのがばれていたらしい。それでも優しく、笑顔で声をかけてくれる。みんなもそうだ。普段自分から声をかけることはしないで一人でいる事の多い私は、声をかけにくいだろうに。控えめに言ってもみんなは神対応をしてくれている。なのに何故か息が詰まる。なんでだろう、と考えてみてもこれといった心当たりはない。最近はそんな事を繰り返している。


「羊ちゃん。お昼食べよー。」

ほたるに声をかけられて机を寄せ合う。一口食べて自分が空腹だった事に気づく。いつものお弁当はいつもの味がして美味しかった。

「じゃあね、羊ちゃん。私、午後は用事あるからまた明日。」

そう言って手を振るほたるを見送って、教室へ戻る。どうやら残ったのは私一人のようだった。何をやったらいいのかあまり分からないけれど、出来そうな物を手に取る。小道具や衣装なら作れそうだった。何となく歌を口ずさんでみる。綺麗で少し切ない、し

おの好きな歌。

―七月のはじめ、しおの転校が決まった。しおとの出会いは中学一年の終わり。嘘がつけない彼女は周囲から何となく避けられていた。だけど私はしおの嘘がつけないところ、本音を隠さないでくれるところがすごくいいなと思った。しおは嘘をつかない。それなら自分に嘘をついて無理しなくていい、だからしおは私が唯一素で話せる友達だった。

 と、その時ガタガタっと物音がして急いで振り向く。そこには綺麗な髪をした男子が立っていた。陽の光に照らされてなんだか幻想的だ。確か名前は…そうだ、吉岡、吉岡由だった気がする。一生懸命に名前と顔を照合させている私をよそに、吉岡君は丸い目をさらに丸くして立っていた。

「吉岡君…だよね?どうしたの?何か忘れ物?」

重い空気に耐えかねて、私は意を決して話しかけた。

「あっ…と、文化祭準備ずっと来てなかったから手伝おうかと思って教室のぞきに。」

まさか、助っ人だったとは思わなかったけどありがたい。

「じゃあ、看板塗り終わらなそうだからそっち手伝ってもらってもいい?」

「…さっき歌…何か歌ってなかった?」

やばい。さっきの聞かれてたのか。どうやって言い訳しようかな。

「あーうん。一人ぼっちだからモチベーション上げるためにと思って。」

どうだろう。

「や、ごめん。別に問いつめようとかじゃなくて。さっきの葉月さん、何だかいつもと違うけど、そのまんまの葉月さんって感じしたから。急に変なこと訊いてごめん。」

驚いた。ほぼ初対面なのに見透かされてるみたいだ。

「いや、うん。何か、すごいね吉岡君。そのまんまって、褒めてもらってるみたい。」

謎に嬉しくて変なことを口走ってしまった。引かれたかな。そっと目線を投げれば、意外にも優しい穏やかな表情が浮かんでいる。

「…せっかくだから、ちょっと葉月さんと話しながら作業してもいい?」

今度は私が目を丸くする番だった。でも、不思議と嫌じゃなかった。吉岡君がまとっている雰囲気がやわらかいからかもしれない。春の、あの温かみのある風みたいで心地良い。私はほぼ無意識で首を縦に振っていた。

私たちは作業をしながら、他愛のないどうでもいい話をした。私は本当は人と話すのとか得意じゃないけど。好きな教科や授業の話に、部活は何やってるのか。嫌いな先生の話で共感したり、オススメの学食を聞いてお腹が空いたり。その時間は、吉岡君の言う「そのままの私」で話すことが出来た。人と話すのってこんなに楽しかったんだっけ。何だか名残惜しくて、段々口数が減っていった。吉岡君が立ち上がった気配がして、顔を上げる。

「また、話しかけてもいい?俺、何か楽しかったからさ。」

「うん。私も楽しかったから。」

吉岡君がくれた約束は、頼りないものだったけれどそれでもとても嬉しくて。急に驚いた顔をされて気づいた。そっか、私今笑ってるんだな。作り笑いじゃなくって本当に心から。人間って面倒くさいけど単純で、我ながら変なの。と、脈絡のないことを考えて私は帰路についた。


夏休み明けの月曜日。今日は早めに学校に着いて良かった。こんなに長時間夏休み明けブルーと闘うことになるとは。妙な緊張感に勝利して、自分の席へと向かう。ふと、教室の中を見回すと吉岡君と目が合った。

「おはよう。」

と口をぱくぱくさせて挨拶してくれて可愛い。でも意外だったのは吉岡君が一人ぼっちなことだった。吉岡君は話しやすいし、優しい。つまり、気が遣える。その上見た目も整っている。だから、周りに人があふれているイメージだった。後で聞いてみたら怒るかな。

「おはよう。吉岡君。」

「うん、おはよう。もう昼だけど。」

「あのさ、一つだけ訊いてもいい?」

「なに?」

「吉岡君って、すごく人気がありそうなのに何で一人なの?」

「…嘘がつけないから。猫かぶったりとかあんましたくないし、そしたら一人になっちゃっただけ。」

頭をなぐられたような衝撃。吉岡君は、本当にそのままだったんだ。

「…猫かぶらない人っているの?」

「…そっか、葉月さんは猫かぶってるんだね。」

顔が急激に熱を帯びるのが分かる。何か、無性に恥ずかしくなった。本当は分かっていたのに。息が詰まる訳も、苦しいと感じてしまう原因も。

「…っごめん!」


それから数日、吉岡君とは話さないどころか目も合わせなかった。どうやったらそのままでいられるんだろう。その事だけをもんもんと考えていた。でも、全然分かんなくて虚しさだけがこみ上げてくる。これは嘘の私なんだろうか。じゃあ、みんなの反応は?態度は?前よりもっと息が詰まる。苦しい。

はっと目が覚めると、保健室にいた。周囲を確認すると、吉岡君がそこにいた。どうしよう。

「あ、葉月さん。良かった。目が覚めて。急に倒れて、しかも顔色ひどくてビックリした。大丈夫?起きれる?」

「うん…。ありがとう。迷惑かけてごめんね。」

「あのさ、葉月さんが最近辛そうにしてたのってもしかして俺のせい?俺が余計なこと言ったから、ごめん。」

「ううん、ごめん。勝手に色々考えて沼にはまっちゃっただけだから。」

「…あのさ、伝えたかったことがあったんだけど。あの時、葉月さんが猫かぶってることを否定したかった訳じゃないよ。たまたま俺が見せてもらえた、そのままの葉月さんもいいんじゃないかって思ってつい言っちゃっただけ。」

「えっと…うん。ありがとう…?」

「うーんと、つまりもうちょっと肩の力抜いてていいと思ったんだよね。」

涙がこみ上げてくる。認めてもらえた気がして。そっか。いいんだな。着飾りすぎなくても。

帰り道、夕焼け空に茜色の雲が浮かんでいる。その中を、私はゆっくり歩く。息を吸って、吐く。目を閉じる。開く。何だか視界が開けたように感じる。肩の力が抜けている。明日からは少し気楽に、猫をぬぎすててみてもいいかもしれないと思えた。




読んでいただき誠にありがとうございました!!

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