夏江基地 (B)
2024年6月12日 7:00、女武神総合病院
なぜか、鐘霊は最近、不吉な予感を感じている。
彼女が意識を取り戻してからそれほど時間が経っていないが、体の各機能は異能の助けを借りて完全に回復した。骨折も治り、頭は時々ぼんやりすることがあるが、大きな頭痛はなくなった。
本来なら喜ばしいことなのに、なぜか心の中が空っぽな気がする。
「マーガレット。」鐘霊は、まだ完全に回復していないのに元気に飛び跳ねている少女に声をかけた。
「うん?どうしたの?」
「…何でもない。」鐘霊は言いかけて、また口を閉ざした。
多分錯覚だろう、彼女はそう思った。もしかしたら脳震盪のせいで気分が悪いのかもしれない。そう考えた鐘霊は、無力な自分に思わず頭を叩きたくなった。こんなに無能じゃ、唯姐(ユイ姉)にどう向き合うべきか。
そういえば、唯姐のこと。
看護師によると、彼女たちが意識を取り戻す前に、唯姐が見舞いに来てくれたらしい。しかし、それ以来彼女は一度も来ていない。
多分、仕事で忙しいのだろう。鐘霊は自分にそう言い聞かせた。
そうは言っても、どうしても少し寂しい。これがあの変な感じの正体だろうか?
まあいい、気にすることはない。鐘霊はそう思った。とにかく看護師が言っていた通り、明日には退院できるはずだ。
明日退院…か。
鐘霊はヴァルキリー部隊での生活を思い出した。辛い日々ではあったが、楽しさもあった。何より、自分が目標に近づいている実感があった。
よし、今から退院のカウントダウンを始めよう。
0:00
「ゴゴン」と大きな音が響き、鐘霊は夢の中から飛び起きた。
彼女は慌てて、まだ寝ているマーガレットを揺さぶった。
「今、何か爆発音がしたよね?」
「うーん…わからないな。」
マーガレットはぼんやりと目をこすり、また横になった。
鐘霊はベッドから飛び降り、窓辺に歩いて行き、カーテンを開けた。
遠くの天柱が、いつの間にか大きな穴が開いていた。その裂け目は深く、まるで見えない手に引き裂かれたかのようだった。裂け目の中は非常に深く、周囲の光と空気が吸い込まれて暗闇に飲み込まれていくように見え、非常に不自然だった。
地下の空洞の天井にも似たような裂け目があり、天柱と対を成すようにその隙間が奇妙に呼応していた。投影された星空は、まるで何かに呑み込まれたかのように、いくつかの輝く星がその暗闇の中で消えていき、残ったのは断片的な光点と深い空洞だけだった。全体の景色は、まるで現実ではないかのように感じられた。
いくつかの赤みを帯びた黒い点が、空洞の天井から次々と飛び出していった。よく見ると、それは飛行可能な異構体だった。まるで呼び寄せられたかのように、教条の裂け目に集まっていった。裂け目では、交戦によって光が一瞬閃き、非常に激しい場面だった。
「これって…」鐘霊は目の前の光景を驚きの眼差しで見つめた。彼女は振り返り、マーガレットを揺り起こした。
「どうしたの?何かあった…あっ?」マーガレットは窓の外に目を向け、一瞬で事態の深刻さに気づいた。
天柱が壊されてしまった?しかも、夏江基地の教条機関が?
あり得ない!絶対にあり得ない!
鐘霊は目をこすった。その時、彼女の端末と遠くの警報が同時に鳴り響いた。
「緊急事態!緊急事態!すべての人々はすぐに最寄りの避難所に避難してください!繰り返します!すべての人々はすぐに最寄りの避難所に避難してください!」
最寄りの避難所…病院の後ろに公園がある。そこは一時避難所としてマークされているようだった。
二人は病院服を着たまま、端末を手に取り、階下へと走り出した。
公園内は人で埋め尽くされており、空気は重苦しい雰囲気に包まれていた。人々は急いで歩き、足早に進み、顔はこわばっていて、誰もが恐怖と不安を抱えていた。子供たちの笑い声はすでに消え、代わりに低い声での会話や時折聞こえる驚きの声があちこちで聞こえた。目には不確かさと恐怖が浮かび、誰もが何かを待ちながら、また何かを恐れているようだった。周りの景色は相変わらず見慣れたものなのに、この目に見えない緊張感の中で、すべてが非常に異質に感じられ、まるで世界全体が一瞬にして壊れたように脆弱で不安定に思えた。
「鐘霊!マーガレット!」
鐘霊は頭を上げ、声の主を探した。すると、人混みの中から金髪の少年が必死に押し進んできた。その細い体は、風に吹かれると倒れてしまいそうだった。少年もまた病院服を着ており、顔色は青白かった。
「ジョン!どうしてここに?」マーガレットが先に問いかけた。
「ずっと入院してたんだ、さっき爆発音を聞いて、それで警報に従ってここに来たんだ。」ジョンは速い口調で答えた。「【天使】が現れたらしいけど、基地から飛び出したんだ。」
【天使】?
やはり、先程の不吉な予感が頭をよぎった。
待って、【天使】が地表に出てきたのか?
5年前の出来事が記憶に浮かび上がる。
鐘霊の視界が暗くなり、膝がガクンと折れそうになった。もしマーガレットが支えてくれなければ、彼女はその場に膝をついてしまっていただろう。
「ダメだ、天使を放っておくわけにはいかない…」
「おいおい、鐘霊、落ち着いて。深呼吸して、あまり焦らないように。聞いたところによると、ウー・ミン教官と隊長が一部のヴァルキリーを連れて迎撃に向かっているそうだ。極東支部も対応しているらしく、一時間以内に極東支部のS級ヴァルキリーが現場に到着する予定だ。」ジョンは慰めるように言った。
鐘霊は慌てて大きく息を吸い込み、気持ちを落ち着けるようにした。彼女は徐々に立ち上がり、マーガレットの支えから完全に解放された。
「基地を守りに行く。」鐘霊の目は決意に満ちていた。
「でも、君の体は…」
「大丈夫だ。」
「よかった、私も同じことを考えていた。」マーガレットは微笑みながら言った。「行こう、霊。」
鐘霊はうなずいた。




