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真実の愛を手に入れた元夫がいつの間にか破滅していた

作者: 乃木太郎

 何かがおかしい。

 トーマス・ワーグナー子爵は焦っていた。彼は政略結婚の末に結婚した妻と離縁し、ようやく真実の愛を手に入れたばかりである。真実の愛を貫いたワーグナー子爵は社交界で話題となったが、その話題は彼にとって予想外のものであった。


「良妻を追い出し、悪妻を捕まえた愚か者」


 現在、ワーグナー子爵を取り巻く評価は、おおむね上記の通りである。

 王宮の内政部に勤め、上司からの覚えもめでたかったにも関わらず、真実の愛を手に入れた半年後から徐々に上司や同僚から避けられるようになった。仕事でもミスを重ねている。

 家に帰れば真実の愛の相手がいるが、その彼女はどういうわけか、「社交が忙しい」と家にはほとんどおらず、ワーグナー子爵が出勤する頃に家に帰ってくるという始末である。ワーグナー子爵家の財政状況も悪化した。真実の愛の相手が、「社交のため」と称して、ドレスや宝石を次から次へと買い込むためである。

 一度それとなく使いすぎではないかと指摘したところ、真実の愛の相手は泣き出し、以下のように述べた。


「わたくしはあなたのお立場が少しでもよくなるように一生懸命社交に精を出しているのにあんまりだわ。ようやくあなたと結ばれたと思ったのに、もうあなたはわたくしを愛していないの?君さえいればいいとおっしゃったのは嘘だったの?男の人は結婚すると変わるというのは本当ね。あなたは冷たくなってしまったわ。ああ、なんてひどい!わたくしは今でもこんなにあなたを愛しているというのに」


 ほぼ息継ぎなく告げられ、ワーグナー子爵は何も言い返すことができず、「君の好きなように」と震える声で答えるしかなかった。

 ところが真実の愛の相手が社交に精を出せば出すほど、ワーグナー子爵の立場はどんどん悪くなっていく。

 政略結婚の元妻とのときは、関係は冷え切っていたものの仕事も社交も順調であった。

 何かがおかしい。

 焦ったワーグナー子爵は、元妻に急ぎ連絡を取ったのである。


 元夫からの手紙を読み、アリア・バークレイ子爵令嬢はにっこり笑みを浮かべると、「暖炉にくべてちょうだい」と手紙を侍女に手渡した。侍女のリリはアリアが幼いころからの腹心である。何かを察したように、にっこり微笑み手紙を受け取り、そのまま暖炉へとくべた。


「ねえ、リリ。ワーグナー子爵ったら、仕事も社交もうまくいかないのは、お前が裏で手を引いているのではないか?ですって」


 アリアがくすくす笑いながら告げると、リリはきっと眉をつり上げる。


「あんのボンクラ貴族!なんてことを……!」

「だめよ、そんな風に言っては」

「いいえ、いいえ!前ワーグナー子爵の借金を旦那様が肩代わりするために結ばれた婚約に不満タラタラで、その上結婚後もお嬢様をないがしろにしてあんな娼婦のような女と「真実の愛」などとふざけたことをぬかすような男は、ボンクラで十分です!」


 リリは鼻息荒く、火かき棒で手紙を上から押さえつけ、一刻も早く燃え尽きるよう呪った。


「ボンクラの評判が下がるのは当然ですわ。愛はないとはいえ、お嬢様は子爵夫人として、ボンクラの上司の方や同僚の方へも細やかな贈り物を欠かしませんでしたし、社交のときもそれとなくボンクラの立場がよくなるよう立ち回っておられました!」

「そういえばそんなこともあったわねえ」

「どうやら「真実の愛」のお相手は、社交と称して浮気三昧をくり返しているようですね。せっかく返済したのに、あのときの倍以上の借金がすでにできているようですよ」

「まあ!「真実の愛」ってすごいのね」


 アリアは楽しそうに笑っているが、リリは婚約中も結婚期間中も、アリアが心からの笑みを浮かべることがなかったことを覚えている。いつもあきらめたような微笑みを浮かべ、子爵令嬢として、子爵夫人としてトーマスを支えていた。トーマスにどんなに蔑ろにされても、である。

 心配したアリアの父バークレイ子爵が婚約の解消をほのめかしても、「提携事業がストップしてしまうわ」と常に領民のことを考え、自らの幸せをいつも後回しにしていた。そんなアリアに額を床にこすりつけて感謝をするならまだしも、浮気の果てに一方的に離縁を押しつけたあの男をリリは一生許せないだろう。


「そうだわ、リリ。そろそろアレックス様がいらっしゃるから準備しないと」


 アレックスの名前を聞き、リリの顔がぱっと明るくなる。


「大変!お嬢様をとびきりかわいくしませんと!」


 リリは火かき棒を手放し、バタバタと準備を始める。ワーグナー子爵からの手紙は、跡形もなく灰となっていた。



「アリア、今日の君も美しいね」

「ありがとう存じます、アレックス様」


 アレックス・アルベールはアルベール侯爵家の次男であり、将来はアクトン伯爵を継承予定である。

 アレックスは持ってきた花束を見せると、少し照れたように「アリアに似合うと思って」とはにかんだ。アリアも心からうれしそうに花束を受け取る。リリはその様子を心からほほ笑ましく見ていた。

 一方的な離縁がつきつけられたあと、一カ月も経たずにアレックスから求婚の打診があった。アルベール侯爵は名門であり、縁ができればバークレイ子爵家にとっては利がある。しかし、娘のためになればと思った結婚で娘を不幸にしたバークレイ子爵は、その打診をしばらくアリアに言えないでいた。

 離縁した女性にすぐに求婚するなど、相手にはかなり問題があるのではないか。バークレイ子爵は慎重にアレックスについて調査を命じた。

 名門侯爵家の次男とは言え、何があるかはわからない。アルベール侯爵家には「突然のことに困惑している」と返事を保留にしていた。

 一ヶ月の調査期間を経て上がってきた報告書は、おおむね以下の通りであった。


 アレックス・アルベール侯爵令息は質実剛健で、いずれ侯爵となる兄を支えるためまじめに勉強し、王宮の内政部での働きも何も問題はない。借金や女性関係にも問題はなく、トラブルとも無縁である。アリア・バークレイ子爵令嬢のことは、トーマス・ワーグナー子爵を通じて知り、個人的に好ましく思っていたようだが、もちろん略奪の意思はなかった。


 バークレイ子爵は報告書を何度も読み直し、そこからまた一週間ほど悩んでから、アリアにアレックスのことを打ち明けた。


「まあ、お父様。瑕疵のあるわたくしを望んでくださるなんて、喜ばしいことですわ」


 アリアはワーグナー子爵に向けていたような笑顔で父にそう返す。バークレイ子爵は胸が痛んだが、求婚の返答は引き続き保留とし、一度顔合わせを実施することを提案した。もちろんアリアには護衛もつけ、何かあればすぐにこの申し出は断るつもりである。父の話にアリアはおおげさだわと笑ったが、心は少し軽くなった。

 バークレイ子爵家にやってきたアレックスは、アリアが気を遣うほど緊張しており、それ以上に非常に誠実な人物のようにアリアには見えた。言葉の端々からアリアを気遣う言葉が出てくるし、何よりアリアの話を否定することなく真剣に聞いてくれる。自分のことよりも、アリアの好きなものややりたいことを聞き出そうとしてくれる。

 もしかすると、この人となら。

 何度目かの顔合わせを経て、アリアは正式にアレックスとの婚約を承諾した。



 いつもの中庭でティータイムとなったが、席につくなりアレックスが言った。


「アリア、何かあったのか?」

「どうして?」

「少し、元気がないみたいだ」

「嫌だわ、そんなことありません。いつも通りですよ」


 それでもどこかぎこちなく見えるアリアに、アレックスは眉をしかめ、「リリ」と側に控えるアリアの侍女に声をかける。


「……本日、ワーグナー子爵よりお嬢様あてにお手紙がございました」

「ありがとう、リリ」


 アリアは困ったように微笑んだまま、優雅に紅茶を口に含む。いろいろあったとは言え、アレックスの前で元夫のことを言うのは嫌だった。アレックスにはしたない女と思われるのでは、と怖かったからだ。


「ワーグナー子爵には、アルベール侯爵家から抗議するよ」

「アレックス様……」

「アリアの幸せが、俺の幸せだから」


 アレックスは優しく微笑んで頷く。


「うう……うっ……」


 本来ならアリアが涙するところだが、自分以上にアリアを慕うリリが泣き出し、アリアは心から笑顔を浮かべることができたのだった。



「ワーグナー子爵、君には暇を与える」


 上司から告げられた言葉に、ワーグナー子爵は理解が追いつかなかった。


「な、なぜです……?」

「貴様、予算に手をつけていただろう」


 今まで聞いたこともない上司の声に、ワーグナー子爵の肩がはねた。周囲を見回すと、誰もが冷たい目をワーグナー子爵に向けている。


「な、な、何かの間違いでは……」

「間違いではありませんよ」


 声をかけたのは、同僚のアレックスである。あの元妻と婚約した愚か者、ついこの前まではそう思っていたのに。


「私が気づいて、しかるべき機関で調査の上、証拠もそろっています」

「え……」


 名門侯爵家の次男で家も継げない、ハズレのような女と婚約したこの男が?


「あいつのせいだ……」

「ワーグナー子爵?」

「アリアのせいだ!そうだろう!アリアがお前にそんな嘘を言ったんだな!あいつのせいで俺の人生はめちゃくちゃだ!せっかく真実の愛を手に入れたのに!あの女、いつまでも邪魔しや――」


 最後まで言い終わらぬうちに、アレックスの拳がワーグナー子爵の左頬にめり込んだ。


「私の唯一を侮辱しないでもらおう」


 気を失っているワーグナー子爵に、その言葉は届いていない。

 アレックスは上司に向かって膝をつく。


「申し訳ございません、職場の風紀を乱してしまいました。いかような罰もお受けします」

「……風紀、乱れたかなあ」


 上司はからかうように笑って、「風紀が乱れたところを見た者は?」と部下たちに声をかける。部下たちも笑って「見ていません」と答えた。


「この男の始末はこちらでやっておくから、仕事に戻りなさい」

「ありがとう、ございます」



 その後のワーグナー子爵の行く末は言うまでもない。横領は国家転覆並に重い罪である。ワーグナー子爵家は取り潰しの上、ワーグナー子爵とその夫人も処刑されることになった。処刑場では真実の愛を誓った二人が醜く罵り合う姿が広く目撃され、「真実の愛はすべてを失う」と人々の間で長く語り継がれるようになったとか。

 アレックスとアリアは一年の婚約期間を経て盛大な結婚式をあげ、アクトン伯爵領を二人で盛り立てていき、領民たちから憧れる夫妻として後の記録にも残っている。

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― 新着の感想 ―
借金を立て替えた上に同格爵位の家に娘を嫁に出した意味が分かりません。 ワーグナー家の爵位が上の家だったらまだ分かるのですが、バークレイ家にメリットが全く無いんですよね。
どういうメリットがあって父上は嫁に出す気になったのかな(甲斐性の有無的に)
「上記の通り」とか「以下のように」といった文言は、小説に使うにはちょっと違和感がありますね。報告書とか論文とかなら普通に使いますけど。 あと、タイトルをこれにするなら、元夫の末路に関して主人公が知るこ…
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