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作者: 0

雨の音で起きた。

静寂に包まれた、白が基調の部屋。

カチ カチ カチ カチ

時計の音。

ふと横を見てカーテンを少しだけめくる。

窓には水滴がついて、空は雲で覆われ白の世界だった。


「雨か。」


目線を天井に移す。

少しだけグレーがかった白い壁紙が飛び込んでくる。


『なぜ今日も生きてるんだろう』


枕元の携帯を手に取る。

〝10:00事務所〟

今日の予定。

鉛のように重い体を起こし、とりあえずベッドに座る。ボーッと、目線の先の無機質な電化製品を見つめる。喋ってくれるわけでもないし、無音の世界。

少しだけ歩いた先にある冷蔵庫を開けて片手でゼリーを飲む。

パジャマの白いTシャツを脱いで引き出しから出した白いTシャツを着る。

ハーフパンツを脱ぎ、濃いめのデニムを履いた。


洗面所で軽く顔を洗い、歯を磨く。

今日の寝癖の調子は絶好調。

リュックを背負い、玄関に置きっぱなしのスニーカーを履いて家を出た。


開いたまま置いてあった傘を片手に古びたコンクリートの廊下を歩き、ところどころ錆が出てきた階段を降りる。

リュックのポケットからイヤフォンを出して最近お気に入りの曲をかける。

アーティストの名前もよく分からないピアノの曲。

ポロンポロンと一個一個の音が、曇り空の水滴の世界と交わっているような気がした。


電車で数駅の場所にある今日の〝目的地〟

数年前から通い続ける古びたビルの一室が僕の城。

いつからだろう?

夢を見て飛び込んだこの世界が、空気を吸うように当たり前の日常になり、その次は色褪せた世界になった。

気づけば僕は20代も後半に差し掛かっていて、夢とか見てる場合じゃなくて、そろそろ現実だけ見なきゃいけない。


だけどこの通い慣れた古くて重いドアを開けた先にいる人は、

『きっと大丈夫』

と言って、ずっとずっと僕を解放してくれない。


傘の水滴をバサバサと雑に落とし、適当に壁に立てかけて今日も重いドアを開けた。


「おはようございます。」

「おはよう。今日はさ、これ配ってくれる?雨だからな、駅前か?」

「はい。」

「とりあえず11時半くらいまでで。他はもう行ってるから。」

「わかりました。」


今日は500枚くらいか。

重くてちぎれそうな紙袋を持った。

雨除けのビニールをかけて、また古くて重いドアを開いた。

片手に傘を持ち、エレベーターを降りて駅前に向かう。雨で傘が邪魔だ。

傘で顔もよく見えない人達。

予想をつけて、10代から30代くらいの女性だと思われる傘の人達に配っていく。


「お願いします」

「よかったらお願いします」

「今週末すぐそこのライブハウスです!」


なかなか受け取ってもらえないチラシ。

小雨が重なりどんどん張りがなくなっていく紙。

何代目なのか分からないこのチラシも、事務所に入りたての頃は何回も何回も見直して、折り目がつかないように大切に持ち帰ったりした。

今では雨に濡れても何とも思わないどころか、すぐにゴミ箱行きになってもいいから、なるべく早く配り終わりたいとすら思える。


向こうの方から傘をささずに頭にタオルをかけた女が歩いてきた。小雨だからか、特に急ぐこともなく普通の歩調で歩いている。駅に向かうのか。

少しだけ俯いたまま歩く女。こちらに向かってきたので、チラシを渡した。


「お願いします。今週末です。お時間あったら!」


受け取り、顔を見る。


「格好いいですね、お兄さん。」


そう言ってチラシを受け取り、駅に向かって歩いて行った。


格好いいだけではだめなんだ。


扉を開いたその日から、何度も何度も思い浮かぶその言葉が、今日も頭の中に雲のようにぷかぷか浮いて、行き場を失くした。






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