買い物
遠くで競りの怒号が響く市場に着くとライカ、イラナと顔馴染みらしい男が近付いてきた。どこもテントが張ってあり、中を見ると魔法陣の上で氷漬けにされた水産物や見覚えのある魔物が札を添えられ並べてある。
番号が書かれた帽子を被り、エプロンに長靴を履いた初老の男だ。テレビで見た市場のおっちゃんがこんな感じだったなと思い出す。
「おお、嬢ちゃん。えらい綺麗なモン送ってくれたなぁ」
「そうでしょそうでしょ。ちょっと色々あって生きたままボイル出来たんだよ」
「と言うわけで、ほれ。あの四匹は陛下の口にするからって、お抱えのコックが買ってええ金になったぞ」
競りを終わらせたばかりなのか、少し大きくガラガラの声で言いながら金の音が鳴る袋を手渡す。売上の一部を貰っているらしい男はニコニコと随分機嫌が良い。
市場を離れ、朝食を摂る為に場所を移動する途中、結局いくらぐらいのお金になったのか、気になったので聞いてみる。答えられた金額にカイが声をあげて驚いた。
「ミスリルマイマイって基本傷だらけで売られるからね。無傷は相当珍しいんだよ」
「相場は20万ギルで今回は60万ギル也。かける四匹プラス相場二匹分で、その中から色々引かれて今手元には140万。ここから1割分はお世話になった村に農具買って送ったりするけどね。てなワケで、コトブキの分」
「え、良いんです?」
ポケットから新しい布袋を取り出し硬貨をいくつか入れたものを手渡される。ついで、とイラナにも硬貨の詰まった袋を渡した。
「いーよいーよ。てか普通に働いてたし無傷で駆除出来たのコトブキのおかげじゃん? それと探索用に色々買うからね」
コトブキの持っている包みは二人のモノより明らかに膨れていた。餞別込みらしい。
行きつけと言っていたレストランの前でイラナが機嫌よく笑顔を浮かべながらくるりと振り返る。
「と、言うわけで今日は私の奢りだよ」
レストランで朝食を済ませ、商店街通りを歩く。ぼんやり歩くと人にぶつかりそうなぐらいの賑わいで、おまけに見たことない品が多く思わず眺めてしまいコトブキは四人とはぐれそうになる。
まず服を購入。早速着替えると動きやすく軽かった。あのジャケットは生地が良かったが少々窮屈さがあり生地も分厚く少し重さもあった。昔絵本に出てきた魔法使いのような服に似てなくもない。
質屋に入り、ブローチをフィーネに渡して換金する。食事中に決めていたことで、コトブキがそのまま売ると子供だからという理由で安く買われる可能性があった。よく質屋を利用するフィーネであれば騙そうとせず少々色を付けてもらえるんじゃないか、そんな考えだった。
指輪も売ろうかと思ったが紋が刻まれた指輪はあまり価値が付かない、そう言われ黙ってポケットに突っ込んだ。
「本当に売ってもいいのかしら」
「うーん……確かに心惹かれますが、今は杖と探索に必要なものが欲しいですね。神様からの貰い物ではあるんですが、特に何も言われて無いし、人体を簡単に作れるぐらいなら宝石なんて息をするぐらいでしょうし」
「わかったわ、少し待ってなさい」
質屋の男に渡すとブローチだけでかなりの金額になり、高価な杖が買えるとライカがはしゃいでいた。質屋で売られるものは宝石類だけではなくダンジョン探索の道具もあるらしい。隣の魔道具を扱う店に入る。魔石や杖、剣など見たことの無い商品が陳列されてあり心が躍った。
武器や防具の他に杖も置いてある。大きく分けてライカが持っていたような短くてシンプルなショートと、先端に何か大きな装飾がくっついたデザインが多く長いロングで分かれている。
ロングは魔法が遠くまで飛び支援回復魔法向きだとライカから教わる。
「コトブキはこっち。ロングはショートと違って魔石たくさん使えるから高くなるんだよね~。それにしてもホントキレイだよねロング。デコり放題だしマジうらやまし~」
「まぁ魔石だってたけーし、装飾もゴテゴテして目立つし、ロング持ってるヤツは大体近接戦闘苦手だから盗賊に狙われやすいんだよな」
「だからショートと違ってロングには色々術を施せるようになってるのよね。それで売値がさらに上がってる。……これなんてどうかしら」
売り物の中から手を取り、コトブキに渡す。持ち手は握りやすく加工しているが装飾が多く、先端には大きな六角柱に低い屋根のようなものが付いた形で、これまた装飾だらけのものが付けられている。
重心がすぐ傾き両手で持っていないと落として壊しそうだ。ランタンのように一部曇りガラスだが火が灯っている様子はない。動かすと六個吊り下げられた花の形をした鈴が音を鳴らす。
装飾だらけの杖だが不自然に穴がいくつも空いてある。おそらくここに魔石を埋め込むのだろう。
「お、もっ!?」
「どれもロングは普通に持つと重いよ~。で、これ持ってきた理由は?」
「一番綺麗だったから」
「あぁ……うん。それだけ?」
「駄目かしら。一番高価なものならこっちだけど」
「これも二番目に高いじゃん。まぁさっきのブローチ分で足りるけどさ」
フィーネが選んでくれたしこれにしよう、元からそう決めていたコトブキは早速店主の所に持っていく。シャラシャラ鳴るのも綺麗な音だとしか考えていなかったが、ダンジョン探索で派手に音の鳴るものは致命的だ。
「よし、ならどの魔石を埋める」
その質問に戸惑う。なんて答えたらいいんだろうと迷っているとライカが教えてくれた。その様子に髭の長い店主は疑問をぶつける。
「お前さん、転生者か何かか?」
「え、はい。昨日この世界にやってきたばかりです」
「なら、あんたら、何も知らない転生者に転生者用の補助金を受け取って毎日のんびり過ごせる事は知らせたのか?」
「……あっ!」
ハッとした表情で声を上げたイラナに店主はため息を漏らす。
「君、ダンジョンは危ない所だ。モンスターもそうだが無法地帯だからロクデナシ人間もそれなりにいる。探索中に同じ人間から攻撃されることもあるんだ。そいつらは食ってく為にダンジョンに潜るが、お前さんなら補助金貰って暮らすこともできる」
「えっと……」
「冒険者になる事はお勧めしない」
チラリと四人の方を見るとライカ、イラナは不安そうな顔をし、カイは気まずそうに視線を反らした。
そんな三人とは正反対のフィーネが自信たっぷりに微笑みながらコトブキに近付いた。驚いて後ろに下がると壁にぶつかり、フィーネの細くてしなやかな左腕が壁を優しく叩く。
至近距離で見下ろされ、おまけに壁ドンの体勢で閉じ込められたようなこの状況に心拍数が急上昇し顔が熱くなる。
思わず顔を伏せるが許さないと言わんばかりに右手がコトブキの顎を持ち上げる。手付きは優しいが、はいかイエス以外選択肢を与えない雰囲気を出している。顔の良さを最大限使った脅しはコトブキの思考回路をショートさせていた。
「来るよね?」
「ふえ?」
「私たちについてくるわね?」
その質問にハッとして頷こうとしたが顎を固定されているせいで動かせない。
「はい喜んでついていきます火の中でも水の中でも地の果てでもどこまでもお供させてもらいます」
「そう。ほら、ついてくるって」
「いや脅したじゃねーか」
「脅迫はいかんぞ」
フィーネが離れまともに頭が働くようになる。脅し、と言ってもそもそもコトブキは元から四人についていくつもりだった。
「……ボク、転生前はずっと病室にいて、元気になったら世界を旅したいって夢があったんです。だからまぁ、ついていくつもりでしたよ」
「むう、お前さんがそういうならいいが。…………洗脳されとるわけじゃないよな?」
「失礼ね」
「まぁ良い。とりあえず石を嵌め込むか、ちと待っとれ」
軽々と杖を持ち上げ、奥の部屋に向かう。誰かいるらしく話し声が聞こえる。店主はあれこれ指示を出すが、部屋にいる誰かの声は返事分しか聞こえない。
店主が戻ると何か紙にメモを取る。大型鳥類の羽をペンにしているがインクらしきものは見当たらない。
「ここに転生者が二人住んでる家がある。話を聞いて気が変わることがなければ冒険者になると良い。……おぬしら支援役が欲しいからって適当な案内をするんじゃないぞ」
「う……わかったよ」
渋い顔をしてライカが地図を記したメモを受け取る。地図は分かりやすく黒いインクでハッキリと書かれていた。
四人の反応を見てコトブキは質問する。
「あの、支援役ってそんなに貴重なんですか?」
「あぁ。この半年で長杖買う者は少なくての、その中で支援役だったのはお前さんともう一人だけだ。ほれ、よく見ると細かいところはホコリ被っとるだろ」
「回復、支援魔法は攻撃魔法と違って才能がいるのよ。大体50人チームに一人いるかどうか、ってところかしら」
フィーネが一番高価な杖を手に取り、眺めながら補足をする。ライカは買い替えるつもりなのか大真面目な顔でショートを選んでいた。
「ちなウチらは少数精鋭でやってるよ。というか加入希望が大体フィーネ目当てかハーレム目的だからそーゆーの弾いてったら少数精鋭になった、みたいな」
そう説明している間に魔石の埋め込みが完了したらしく、部屋の奥から男が杖を持って店主に手渡した。キラキラと光を反射し、高価な儀礼用な杖に五人全員目を輝かせる。
女子は大抵宝石とかの光り物好きだからね、心の中でうんうんと肯定する。手渡され、重たい杖を持ち上げ細かい所を見る。埃被っていた気がするが、綺麗に掃除してくれたらしく汚れやゴミは全くない。
「よし、ちょっと魔力込めてみろ」
そう言われ、やり方が分からないがシャラシャラ音を鳴らしながら杖を握って、自身の体の中を流れるモノを杖に流すイメージをすると手の平が暖かくなる。ふと、水の上に立っているイメージが湧く。青い空を反射し、一面美しい水鏡が広がっていた。
ふいに杖から重さが消えた。あれ? と目を開けると杖の六角柱の中に青く光を放つ火が灯っていた。
そして音が鳴らなくなった。どんなに揺すってもあれだけ清涼感があった金属音が鳴らない。
「同期完了したな。この杖はお前さんが許可出してない者が触れるとダメージ受ける。こんなふうに」
店主が杖に触れるとバチ! と静電気のような派手な音がした。なるほど、盗難防止かと感心する。おそらく鈴もそうだろう。
手、離してみ? とライカの指示に恐る恐る手を離してみる。杖は倒れず、宙に浮いている。
「ロングは所有者についてくるから、ずっと握っておく必要はないんだよ。広範囲、複数人に回復、補助かけたい時に握るの」
「色々ロマンつまってるから冒険者憧れの武器なんだよね~。ホントキレイだよね」
「じゃあ次はアイテムボックスや寝具だな。とりあえずオレ達が使ってるヤツと同じもので良いだろ」
冒険者の必需品として用意されたコーナーには寝袋やマッチ、水入れなどのサバイバル用品に、その部分だけ黒く塗りつぶして画像加工したような謎の球体。
カイが適当に見繕い会計している間に、見たことの無い使用用途の予想が全くつかない物体に近づく。指でつついてみると一度ガラスのように爪先がぶつかる感覚がしたが、二度目はスッと指が入り驚いて手を引っ込めた。
「えっ……。こ、これは何ですか?」
「アイテムボックス。異空間にアイテムを保管するものだよ。二十年前はみんな重たいリュックを背負ってたんだけど、アイテムボックスが出来てから楽に探索出来るようになったんだー。まぁ今でもリュック背負ってる人はいるけどね、稀にアイテムが消える噂があるから。あとすぐに取り出せない欠点もあるから武器や薬は入れない人が殆どだよ」
「へぇ……便利だけど欠点もあるんですね」
「だから普段寝袋とか調理器具とかシャワーヘッドとホースとかを入れてるかな」
シャワーと聞いてもう一度サバイバルコーナーを眺めると確かに下の段に収まっていた。探索中もシャワーを浴びれるらしく喜ぶが、水はどうやって調達するのか気になり質問する。
「シャワーのお湯はウチが水と火を掛け合わせて頑張って出してるよ。その代わり食事は他の人に頼んでるけど」
ライカが杖を振ると宙に小さな火と水が浮かぶ。便利だなと感心しているとカイが購入した冒険者の必需品を一ヶ所にまとめてコトブキを呼んだ。
先程と同じく魔力を込めるよう指示され、やってみる。球体が平たい楕円に伸び購入した品を無造作に入れていく。取り出す時は入れたものを念ずれば出てくる、そう説明を受けていたらアイテムボックスが消えた。
「出したい時はまた念ずればアイテムボックスが出てくるよ。たまにうっかり夢の中で念じて中身が出てくることがあるから、必要ないものは入れないようにね」
「ちな男はリュック派が多いけど、理由はエッチな本出さないようにするためだって。ウケる~」
ライカの説明にからかうような笑い声に伸びた声が混じる。
アイテムボックスも万能ではないんだなぁと思いながら試しに一つ取り出してみる。狙った通りフライパンを取り出し、すぐに戻した。その様子を見て四人は店のドアへ向かう。
「さて、チーム登録しにギルドい……く前に、例の家に行こうか」
店主の咳払いにウキウキしていたライカの声色が下がった。