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転生者

 長く美しい黒髪を揺らし、テーブルに肘を乗せて赤い目がコトブキを捉える。

 ニコニコと愛想よく微笑む表情なのに、どこかからかっているような、そんな印象の微笑みだ。


「少年、名前は?」

「……え、あ、コトブキ、です」

「コトブキはねー、支援魔法使えるんだよー。村の防衛の時に結構な人数に防御魔法使ってたんだ」

「そう、凄いわ。ところでその指輪、見せてくれる?」


 え、はい。指輪を外し、位置的に少し遠いがフィーネは身を乗り出すことはなく手の平をこちらに向けてるだけだ。コトブキは何の疑問を持たずに身を乗り出し白い手の平の上に乗せる。

 頬杖はそのままに、指輪を摘まむように持ち指輪の紋をちらりと一目見た後すぐに視線をコトブキに戻す。表情、動作が少なく、お淑やかに見えるはずなのに、強者のオーラにドキリとする。


「……普通ね、偉い身分はこうやって身を乗り出したりしないものよ。それでこの指輪の紋章、普通家の紋が彫られてるけどこの形のものは見たことないわ。あなた、本当に良い所の子供かしら」


 ギク、と体がこわばり、三人がきょとんとした表情でコトブキを見つめている。

 本当のことを言った方が良いのか。転生者はこの世界ではどういった扱いをされるのか知らないが、この女性、フィーネには嘘が通じない気がする。

 きっと嘘を吐けば吐くほどボロが出るだろう。


「……実は、一度死んでこの体に転生したんです。その指輪は、神様みたいな人からこの世界でやっていけるように色々渡されたものの一つです」

「へー、キミ転生者だったんだ。え、じゃあ親は?」

「今日やってきたばかりなので……」

「なーんで黙ってたんだよ。別に取って食ったりしねぇぞ? つーか、そもそも転生者は別に何人かいるぞ」

「そうそう、あの村にも一人転生者いたよ? なんでも生前ハッテントジョウコク? って場所で道を整備したりしてたらしいっぽい」


 コトブキは墓場まで秘密を背負い込む覚悟だったがそう聞いて拍子抜けした。

 テーブルに突っ伏し今まで警戒してた時間返せよ……と呟く。


「大方『神無き世界』からの転生者で、魔法や魔物に馴染みが無いから警戒していたのでしょう?」

「……その通りです」

「転生者はそこまで珍しいものでもないわ、この世界って出来てまだ700年程度で歴史が浅いの。だから文明がある程度発展した世界、かつ神様の監視が無い世界から少しずつ転生させて、ある程度発展させるというのがここの神様の狙いみたいよ」

「へー、ウチ知らなかった。あ、だから道の整備とか砂漠にゴミ撒いて植物育てたりとか下水処理とかやる人ばっか来るんだ」

「でも向こうで通用したものがこちらでは通用しないものもある。聞いた話だと機械や電流、といったかしら……これらのものは作れないらしいわ」


 コトブキは顔を上げ、店内を見渡す。確かに明かりがあるが電気のものではない。光源が上にあるのはまぁまぁ判っているが、電球やロウソクなどといった一か所光りそこから部屋全体を照らすようなものが無い。


「ちなみに電流ってなに?」

「んー……雷って概念はあります?」


 質問に質問で返されたライカは頷く。


「それを扱いやすくしたものです。その、銅線に繋いで電気を送って機械を動かす、ってのがボクがいた世界の常識ですよ。これを利用して部屋の温度を変えたり、明かりをつけたりしてました」

「へぇー、こっちで言う魔法みたいなものかな。そういえばそっちは歴史長いって言ってたけど、どれぐらい長いの?」

「確か40億と聞いたことがあるわ。その中で人の歴史が200万年。どう?」


 世界の歴史、と聞いていまいち理解出来ないコトブキの様子にフィーネがわかりやすいヒントを出した。そのヒントに流石に長すぎ、盛りすぎでしょ、と笑う。まぁ西暦の三分の一程度しか歴史が無ければそう思うのも無理はない。

 そしてどうやらこの世界では作られた瞬間から人間が存在しているらしい。ちなみにもう少し正確に言えば地球の年齢が約46億年、人が誕生したのが約250万年前、人語を獲得したのが約5万年前だ。


「その通りです。学者は猿が進化したものが人間と発表してますが、宗教によっては人は神から生まれたと否定してる人もいます。この世界だと後者の方が正しいみたいですね」

「なっがっ! え、てか猿から進化すると人になるん!? シュウキョウって何!?」


 ライカは見た目によらず知りたがりらしい。一つ答えればそこからまた質問が二つ、三つと増えていく。カクテルを残り一口分飲み干したカイがテーブルを軽く叩いた。


「あー、そういう難しい話は別の日にしようぜ。ところでお前何歳で死んだんだ?」

「十七歳です」


 一瞬で場の空気が固まる。全員憐れむような目になり、質問したカイは地雷踏んだと目が泳ぐ。


「……え、なんですか。なんなんですかこの雰囲気」

「いや……その、大変だったんだな。盗賊に捕まったなら、そいつが惨たらしく死んでるといいな……」

「ええっ!? あ、いや殺されたとかそんなんじゃないですよ! 病死です! 骨肉腫って病気です!」


 そう答えると四人は一安心し胸をなでおろす。

 この世界の盗賊に捕まると惨たらしく死んでしまうようだ。どこかに行く時は四人の誰かと必ず行動しようと心に決めた。


「あ、あぁ。そうかい。んで、そのコツニクシュ、てのは?」

「全身にガンができるようなものです。末期症状になると全身痛くなって常に体に管繋がれてました。モルヒネっていう鎮痛剤使ってたからかなりマシだったけど、常に眠かったです。あとモルヒネ使うようになってから記憶が朧気なんですよね」


 朗らかに闘病生活のごく一部を語っただけで再度場の空気が凍った。とてもじゃないが『ガン』というものを聞ける雰囲気ではなかったが、どういう病気かなんとなく察したのだ。




 似たような建物が並ぶ道を歩き、そのうちの一つに入る。街はちらほらと歩いている人がいるが大抵酒が入ってるらしい。ふら付いた足取りのせいで警備の人間らしい人物が注意している。村と違い石畳の道は歩きやすい。

 入った建物はどうやら冒険者のアパートのような物らしく、一階の狭いエントランスに使い古したが汚いわけではない階段が見える。その両脇に伸びる廊下にはいくつもの扉があり、扉との間隔からしてどうやら寝泊まりできる程度の広さしかないようだ。


「確か二階に空き部屋があったはず。あ、フィーネが交渉してね」


 はいはい、そういって一番奥の部屋の扉を四回ノックした。ノックの作法は神無き世界と同じらしい。誰か転生者が教えたものだろう。

 この扉だけ他の扉三つ分の間隔が開いている。一瞬ズルいなと感じたが、よく考えたら常に家にいる大家であればこのぐらいの広さが無いと不便だろう。


「あーい。ったく、こんな夜になんの……ってフィーネ!?」

「こんばんは、夜分遅くに失礼するわ」


 出てきたのは小太りで背が低めの中年男性だった。少々乱暴にドアを開けたが、フィーネを見るなり態度を変える。美人は得、そうコトブキは感じた。


「お、おお。チーム全員一緒にどうした? 何か不具合でもあったか?」

「メンバーが一人増えたのよ。一部屋貸してくれないかしら?」

「ん? そこの子供かい。えらい美人さんだなぁ。ちょっと待ってろ」


 一度部屋に戻るとすぐに鍵を持って出てきた。


「あぁ、あとこの子ちょっと訳ありでね、ひと月分安くしてくれないかしら」

「む。……まぁフィーネのお願いなら聞こうか。一万ギルでどうだ」


 随分値下げしてくれるのね、と答えて手を差し出す。必要無いのに差し出された手を下から支え、番号が刻まれた札付きの鍵を手渡す。

 えへえへと下品な笑顔を浮かべ、何かあったらまたおいでと下心が透けて見える言葉を口にする。邪魔したわ、と簡単に別れの挨拶と共に外開きの扉をフィーネが閉めた。

 階段を上り、目的の空き部屋の鍵を回し、フィーネが右手の甲をなんの悪気も無くコトブキのジャケットで拭った。


「ちょ、変なことしないでください!」

「だって……ねぇ? さっき一人でお楽しみ中みたいだし……その手で触れられるのは」

「やめてください!」

「ぜってーその手でまたシコってるぜ」

「やめて」

「きたねぇ!」


 ぎゃははと笑うカイの頬にフィーネの右手の甲が当たる。慌てて着ていた服で頬を拭った。


「とりあえず部屋にはベッドとトイレしかないから、欲しいモノがあったら自分で買ってね。あ、寝間着ないよね? 私の予備でも使う? ちょっと大きいかもしれないけど」

「お願いします」


 ちょっと待っててと告げると二つ離れた扉を開ける。他三人も別れ自室に戻り、その場にはコトブキ一人になった。嬉しいことにフィーネの部屋は隣らしい。

 部屋の中を見る。ベッドとトイレにつながる扉しかなく殺風景だ。かび臭いんじゃないかと心配したが、最近まで誰かが使っていたのか定期的に空き部屋は掃除しているのかそんなことはない。

 というよりこのアパートは清潔に保たれておそらく人気の物件らしい。自身の運の良さに感謝しながらパジャマを持ってきたランカにお礼を告げ部屋に入った。

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