出会い
気づけば空は暗く、かろうじて太陽の光が残すこの時間特有の複雑な空色をしている。
目が覚めると馬車の中は暗いが、ライカが魔法で明かりを付け、お互いの上半身まで確認できる程度には明るくなった。イラナはまだ眠っている。
「う、首痛い」
「あはは、寝違えたね。それじゃこれからやるべき事を簡単に教えるね」
それは助かる、コトブキはこの世界について全く分からない。大まかに冒険者はダンジョンや魔物の駆除、討伐で稼いでいる事は大雑把に理解はしているが、どうやってダンジョンに行くのか、装備はどれを使うのか、どこで寝たらいいのか、生活するための情報は全く見当がつかなかった。
「とりまウチらのチームに入る時にフィーネとカイに紹介して、部屋を新しく借りる。寝泊まりするだけの部屋だからすごく狭いと思うけど、ヘーキ? ベッドも多分硬く感じるよ」
「多分……」
「んで明日は装備と服の調達かな。その格好だと多分動きにくいし、目付けられるからね。特に人攫いに目を付けられたらヤバいからウチかイラナと一緒に行動すること。キミ、カワイイ見た目してるし変態貴族に人気出そうだし」
「……気を付けます」
いつの時代も世界も子供に手を出す汚い大人というものはいるらしい。
「でも服とか装備を購入するためのお金は……あ、ブローチとか指輪とかって売れますか?」
「んー、あのミスリルマイマイ売ったお金で買おうと考えてたんだよね~。ちょっと見せてみ?」
胸のブローチと指輪を外し、見せてみる。
胸のブローチには大きな青い宝石が鈍く光り、指輪はリングの裏に紋章のような物が刻まれていた。
「多分高く売れるんじゃね? んじゃ高く売れたらさ、せっかくだし一番高い杖買いなよ」
「杖の品質で何か変わるんですか?」
「範囲とか、消費魔力とか命中率が変わるよ。あと長さ。ウチの杖短いじゃん? 実はウチ魔法が遠くまで飛ばないから短いの選んでるんだよね。その代わり威力バリ高いよ。ほら、ウチの杖、先端と握るところ宝石っぽいの入ってんじゃん? 魔石なんだけど、これで魔力の消費量とか命中率が変わったりするんだ。まぁウチ命中率あんま考えないでバカバカ打ってるから消費量抑える魔石だけ使ってるんだけど」
「なるほど。ならボクは消費量と範囲でしょうか」
「んー、効果増幅魔石があるからそっちかな。なんかキミ魔力量気にしなくてもよさそうだし。ウチの知り合いも魔力バカ高いのいて、威力とかメチャ盛ってたし」
なるほど、と呟く。大きな買い物の時にこうやって計画立てるのはとても楽しい。中学の時の修学旅行で誰にどんなお土産を買うか、とかそういう計画でワクワクしていたなと昔を思い出す。最終日にまだ三万程残りがあって空港で大急ぎで色々買いこんだこともあった。
そう話しているうちに門の前についた。馬車から外を眺めると主に土で人型を模したような何かがいる。あれは何なのか質問するとゴーレムだと答えた。
「術者が魔物だけを攻撃するよう命令してるからウチらには攻撃しないよ。頼もしい門番で大体の大きな街には置いてある」
「――……んー、もう着いた?」
イラナが目をこすり大きく伸びをした。大きな車輪がゆっくりと回り、重たいものを引きずる音が響き門が開くと静まり返った風景が広がっていた。日中は露店を出しているのだろうが、この時間帯で外に出る者は少ないせいかどれも明かりが無い。
その代わり近くは寝泊まりできる建物が多いのか、いくつかの部屋の窓から光が漏れている。
三人は馬車から降りて少し歩く。建物からは人の気配はするが、外は全くしない。浮浪者がいるんじゃないかと思ったが綺麗なもので、そもそも気配がない。
「思った以上に治安良いですね」
「ここら辺はね。冒険者が出入りすることが多いから、不届き者はここら辺近づけないんだよ」
「そーそー、ガラの悪い人の遊び相手になったりするし。あ、でもあの建物は近づいたらダメだよ」
「何か悪い取引でも?」
「子供は近づいたらダメ」
あ、そういう……。色々と察したところで窓に二人分の影が映る。予想は当たっていたようだ。
そもそも探索の間は禁欲生活を強いられる事が多いのだからそういった建物が多くても当たり前なのだろう。冒険も精通もまだだから男冒険者の気持ちはよくわからないが。
「――と、いうわけで新しい仲間が増えるよ!」
「こ、コトブキです。よろしくお願いします」
「……え、こんなガキ入れんの? こんな坊ちゃんみたいなのが?」
とある酒場のような場所で丸いテーブルを囲んで紹介が始まる。初対面のカイは信じられない、といった目でカクテル片手に頭からつま先までジロジロと眺める。この女性……女性なのだが非常に目つきが悪く、おまけに口も悪く礼儀というものを知らないようだ。
ウエーブのかかった淡い茶髪を後ろで雑にまとめ、茶色い瞳をしている。昔見た洋画に出てきそうな見た目だ。腰に吊り下げているのは二本の斧だが、どちらかというと機関銃などの方がきっと似合う。
「ね、ウチら補助魔法とか使えるのいないし、ちょうど良いでしょ」
「そうそう。あ、ほら追加のカクテル」
イラナが空になったグラスを取り上げ、新しく注文した度数の高いカクテルを飲ませる。おそらく二人はカイが加入に反対すると感じているのだろう。程よく酔わせ、気分を上げさせるようあの手この手で賛成派になるよう促す。
うーむ、と青くて綺麗なカクテルを眺めながらカイは考える。
「……こういうのってリーダーが決めるものでは?」
「ウチらにリーダーいないんだよ。一人でも反対が出たらチームに入れない決まりになってんの」
ひそひそ声で答えるその表情は、予想外のアクシデントで焦ってるようなものだった。ずっと明るくポジティブで元気な笑顔しか見ていなかったから新鮮に感じた。
「んー、まぁいいだろ。親から縁切られて支援役いねーなら。だが後から関係者がやってきて面倒事になったら速攻捨てるからな!」
「やったー! あ、もしかして今日何かいいことあった?」
「おう! ポーカーですげぇ勝ち方したぜ!」
一安心と胸をなでおろし、背の高い椅子に腰かけ、テーブルに置いてある牛乳に手を取ったところで酒場の雰囲気が少し変わった。周りの男性客が誰かを見ている。コトブキの近い場所だ。なんだろう、後ろを振り返ろうとした瞬間ふわりと何かいい香りがした。少し冷たさが残るような、そして甘い印象の香りだ。果物やスイーツといった甘さではなく花に近い。
「あら、新人さん? 初めまして」
背の高い女性がコトブキを見下ろし、細くて白い指が喉から顎へと撫で上げた。冒険者といった肉体労働を終えた者たちが集う酒場という場所にそぐわない女性は薄っすら笑みを浮かべる。
ひゅ、と呼吸が漏れる。顔が熱くなるのを感じた。指が振れた喉から顎から毒でも流されているような感覚だった。頭の奥が痺れる。
「ちょっとー、まだ子供なんだからちょっかい出さないでよ~」
「ごめんなさいね」
「フィーネはこの子がチームに入るの賛成だよね」
「もちろん、私が反対したことなんてあったかしら」
え、なに、今の。頭の中でグルグルと今の出来事が回っているようだった。
この強烈な感覚はきっと生前だって経験したことない。こんな、歩いていたら突然頭を殴られるような感覚は知らない、が、この感情は入院中にドラマで見たことがある。
きっと、一目惚れというやつだ。