仕組み
「コトブキって面白い名前だね~」
「あはは……そうですよね、っとぉ!?」
五匹目の防御を剥がしたところで自身の力が少なくなってることに気づく。ふらりとして世界が回ってる感覚がする。魔力切れ、というものなのだろうか。
後ろに立っているのは冒険者二人ではなく村の若い女性だ。二人はそもそもミスリルマイマイ駆除ではなく、それを狙う魔物から村を守る役目ということもあり畑には入らないようだが、暇なのかギリギリ入るか入らないかの位置からコトブキと会話をしている。
「疲れた? ちょっと休憩しようか。この技見たことないからどれぐらい負荷がかかってるのかわからないから少し慎重になった方が良いと思うよ?」
「そうさせていただきます……」
畑のすぐそばに休憩用として干し草で編んだ敷物の上に座る。他にも敷物があるが三人が座っているのは比較的綺麗なもので、おそらく冒険者用に準備されたものだろう。いてて、と呟きコトブキは慣れない木靴を脱いで足を休ませる。
せめて靴だけは履き替えた方が良いと、コトブキの履いていた革靴は民家の軒下にあり、現在仕立ての良いスーツに装飾品に少々みすぼらしい木靴というアンバランスな見た目になっている。
村の若い娘が三人の為に飲み物が入ったコップを渡し、少しずつ口にし喉を潤す。畑には村の女性が何人か頑張ってミスリルマイマイの駆除をしている。しかし村に来た時と比べ人数が減っていた。何人かは昼食の準備に取り掛かっているようだ。
イラナがポケットから薬を渡した。魔力回復薬、とのことだ。小瓶の中には薄っすら緑に光る液体で満たされ、口にするとほんのり甘い。飲む人の残った魔力量によって味が変わっていく、そう説明を受けた。どうやら不必要な人間にうっかり飲ませない為にそういった魔術が施されていることが多いらしい。
「ところでさ、魔法学校とか行った? どんなところだった?」
興味津々といった表情でランカは尋ねる。
「あ~……んー、えっと、実は行ってないんですよね……。お二人は?」
「ウチ? ウチらは地元のゆるい総合学校行ってたよ~。意外かもしれないけどウチとイラナは三年間学級委員長でね、なんか気が合ったしお互いなりたい職業もなかったから冒険者になったカンジ」
「そうそう、意外だけどこの子成績優秀で、私は何故か真面目っぽく見られがちだけど武術以外成績悪くてね……」
「イラナ最後の期末テスト名前書いて寝てたもんね~。まぁちゃんと授業うけてちゃんと提出物出したら卒業できるホントゆっる~い学校でよかったよ。ほぼ女子高状態でクラスの結束力も高くて――」
「修学旅行の班決めとか最初から決まってるようなものだったよね――」
きゃいきゃい昔話に花が咲くが、頃合いを見てこの村に来てずっと疑問だったことを口にする。
「そういえば周り魔物がいるならなぜ防壁を作らないのでしょうか。やっぱり時間がかかるから?」
「防壁作っちゃうと肥しのニオイが遠くまで届かなくなって魔物との距離が近くなるからね。壁に強化魔法付与する必要もあるし費用の事も考えたらただ壁を作るより罠を作って設置して防衛した方が楽。定期的に点検もしないといけないから大きな街じゃないと無理なんだ」
「罠とかマジ多いから道を外れて草むらの中に入ったらダメだよ~。ところで、ウチらのチーム入らない?」
その問いに元々決めていたコトブキはすぐにイエスを出すと二人の表情が明るくなった。
「ただ……僕はずっと屋敷から出たことないので常識外れな言動が目立つかもしれません。知らないルールもたくさんあります。それでも大丈夫ならチームに入れさせてください」
「オッケーオッケー、防壁とかの質問でなんとなく察してはいたよ。しばらくウチらメンバーと一緒に行動しよ」
「街は路地裏とかに結構悪い大人が多いからね。基本一人で行動しなければ大丈夫だと思うよ」
会話を終わらせ、その場から立ち上がり飲み干して空になったコップを通りすがりの村の女性に渡した。コトブキが畑に戻る途中で一つ思い出したことがあり、二人にもう一つ疑問を投げかける。
「そういえば僕がチームに入れば五人になると言っていましたよね。他二人はどちらに?」
「ん? えっとね、まず紹介からなんだけど、フィーネとカイって名前の人がウチのチームにいるんだよね。んでフィーネってすごい美人さんってことで有名なんだけどマイペースな所があってね、多分今どこか遊びに行ってるか髪とか肌の手入れ行ってるんじゃないかな。カイは……ギャンブルだと思う」
「二人ともマジ頼れる仲間なんだけど、閑散期は結構テキトーなんだよね。フィーネは男に貢がせてるから問題ないけど、カイはたまーに財布すっからかんになるよ。まぁそんな時はウチらとミスリルマイマイの駆除とかやる」
ミスリルマイマイの防御魔法を剥がし、次の所に行こうとしたところで村の女の歓声が上がった。どうやらやっと一匹駆除できたらしい。
残り一匹の前に手をかざし、何度も行ったイメージで防御の層を剥がす。もう慣れて魔力もだいぶ回復してるからよろめくことはなかった。
無力になったミスリルマイマイを村の娘が持ち上げ、一輪車の上に放り投げ二匹一度に運び、魔法陣の上に乗せる。既にいる六匹のうちの四匹が魔法陣の外に出ようとするが結界が貼ってあるらしく特定の範囲内から出ることは叶わない。
ランカが杖を取り出し、黙って軽く振ると結界内に蒸気が発生し、ミスリルマイマイから体液を出しながら中に縮こまる。どうやら蒸し焼きにしているようだ。
「ところで、ダンジョンが動き出すとミスリルマイマイが引っ込むと聞いたんですが、どういうことなんです?」
「実際にはダンジョンが開くと、ってのが正しいかな。閉じてる間って中が物凄く荒れるみたいで、その前にミスリルマイマイとかの最下種はダンジョンから出てくるんだ。んで、その間に陸上で草とか食べて過ごす」
「動物っぽい魔物って陸上でも生きられるんだけど、大体の魔物ってダンジョン内の高濃度魔力が無いと魔力切れでウチら冒険者が簡単に倒せるよ。閉じてる間はなんかこう、ウワーって壁から魔力がでて階層も滅茶苦茶になて、簡単に言うと激ヤバ魔力に当てられたヤバい魔物がテンション爆アゲでお祭り騒ぎになるんだって~。いちおー閉じてる間も入れないことはないけどね」
説明している間にミスリルマイマイの蒸し焼きが完成した。上を這っていたモノは抵抗むなしくそのまま落ち、殻同士がぶつかる乾いた音を立てて転がる。もう一度杖を振ると殻についた水滴が一瞬で凍り付く。どうやら冷凍しているようだ。
説明の内容を整理する。普段ダンジョンはおとなしいが時折ダンジョン内の魔力が濃くなり、魔力を食べていた内部の魔物が暴れだす。その騒動の中にいたら真っ先に死んでしまうミスリルマイマイ等は地上に避難し、害はないが他魔物を呼び寄せてしまうから時々こうやって冒険者から駆除される。といったところか。あと一般的な昆虫や巻貝と同じく食害もあるので農業関係者にとっても悩みの種なのだろう。
「ちなみにミスリルマイマイにとっては地上よりダンジョンの方が安全な理由って、地上の魔物は餌が必要だからだよ。ダンジョン内は超大型の魔物以外は魔力だけで生きていけるんだ」
イラナが説明をしている間にランカが魔法陣の周りにチョークで何かを書いている。尋ねると座標、と答えてくれた。村の男が言っていた通り高級食材でもあるミスリルマイマイは駆除したら街に転送しているそうだ。
「とんでけ~」
その一声で山積みの高級食材はどこかに飛ばされ、目の前から消えた。魔法陣も一回限りだけらしく、それらしい痕跡は残ってはいるがしばらく放置した文字のようで掠れて読めない。村人が革靴を持ってきたのでコトブキは履き替える。気づけば日が大きく傾き、ほんのり雲がオレンジ色に染まっていた。
「さーて、ウチらも帰ろうか」
「馬車で……ですか?」
「うん。魔法陣の転送ってたまに失敗するからね。生き物に使っちゃダメって決まりがあるの」
あらかじめ用意していた馬車に乗り込む。おとぎ話に出るようなきれいな馬車ではなく、いかにも平民が移動手段として乗るための普通の馬車に見える。乗る時は泥で汚れた足元を村人が拭いてくれた。
「ありがとうございました。もう遅いので食事はとれないだろうと思ったので、馬車の中で簡単に食べれる物を用意しました。よかったらどうぞ」
「お、ちょうど小腹すいてたんだよね~。またミスリルマイマイが飛んで来たらウチらに頼むといいよ」
包を手渡され、馬車は動き出した。手を振って別れ、包の中を開けると干し肉と村で採れたらしい葉野菜のサンドイッチが入っていた。生前コンビニで買ったような断面が綺麗なものでは無く、少々具がはみ出していたりミミの部分が切り落とされてなかったりと、手作り感が強い。
一口かじるとみずみずしい野菜と塩味の強い肉が良い感じに調和して美味しく感じた。
馬車の中は程よく揺れ、食後ということもあって眠りを誘う。この世界に来て初めての労働で疲れが溜まっていたせいもあり、少し肌寒さを感じるが気づけば眠ってしまった。