夜更かし
カイはフィーネの事が好きなのか。その質問に頭を掻いて酒を一口飲んでから答える。うん、そう答えたあとしばらく焚火の音以外何もない無音の空間が生まれる。先に口を開いたのはカイだった。
「酒飲み過ぎたか。……フィーネは同性愛者では無いからな、この気持ちを伝えるつもりは無いよ」
その、そう言葉を出そうとしてすぐに詰まらせる。あの数時間どんな気持ちでいたのだろうかと考えると下手に慰める事が出来なかった。間違いなくコトブキよりカイの方がフィーネと過ごした時間が長い。
「……どうして伝えないんですか」
「そりゃあ、ダンジョン攻略する同じチームの人間だ。戦力は勿論、飯の準備もする。前にも言ったがオレ以外まともに飯作る人間がいねぇんだ。いやまぁ探せば下心無しで飯作る人間ぐらいすぐ見つかるだろうが、人数の少ないチームはそれだけじゃ駄目だ。四人仲良しでギリギリ成り立っていたチーム、そこでオレがフィーネに考え無しに気持ちをぶつけたらどうなる?」
「……カイとフィーネが居づらくなりますね。もしかしたらフィーネはあまり引きずらないかもしれませんが、他二人も気にしますね」
恋愛絡みでチーム内の関係がこじれる事はよくある話だ。人数の多いチームであればそこまで痛手にはならないが、少数の場合は影響力が強い。自身に気がある、そこに意識が向いて戦闘が少々イはフィーネの事が好きなのか。その質問に頭を掻いて酒を一口飲んでから答える。うん、そう答えたあとしばらく焚火の音以外無音の空間が生まれる。先に口を開いたのはカイだった。
「酒飲み過ぎたか。……フィーネは同性愛者では無いからな、この気持ちを伝えるつもりは無いよ」
その、そう言葉を出そうとしてすぐに詰まらせる。あの数時間どんな気持ちでいたのだろうかと考えると下手に慰める事が出来なかった。間違いなくコトブキよりカイの方がフィーネと過ごした時間が長い。
「……どうして伝えないんですか」
「そりゃあ、ダンジョン攻略する同じチームの人間だ。戦力は勿論、飯の準備もする。前にも言ったがオレ以外まともに飯作る人間がいねぇんだ。いやまぁ探せば下心無しで飯作る人間ぐらいすぐ見つかるだろうが、人数の少ないチームはそれだけじゃ駄目だ。四人仲良しでギリギリ成り立っていたチーム、そこでオレがフィーネに考え無しに気持ちをぶつけたらどうなる?」
「……カイとフィーネが居づらくなりますね。もしかしたらフィーネはあまり引きずらないかもしれませんが、他二人も気にしますね」
恋愛絡みでチーム内の関係がこじれる事はよくある話だ。人数の多いチームであればそこまで痛手にはならないが、少数の場合は影響力が強い。
両想いであれば問題はないが、告白を断った事でそこに意識が向いて戦闘が少々おざなりになり、その小さなミスの積み重ねに居づらくなって離れるケースもある。
ノリの軽い人間同士であれば問題ない話ではあるが、この二人の場合、特にカイは相当引きずるだろう。そしてライカとイラナが気を揉む事も想像に難くない。
マッチを擦る音が響く。煙草を多めに吸い込み、煙を吐き出し数秒ぼんやりと思いに耽る様子を見せた。
「気づかねぇ人間は結構多いけどな、好意を向けられて迷惑な時もある。思いを告げられてフる側だって辛いんだ。『ごめんなさい』を言わせない為に隠すのも愛情だとオレは思う」
「……そうですね。その考えには同意できます」
コトブキはカイが女で良かったと安心した。もし男だったら今頃フィーネと付き合っているのはカイだろう。
とっくに諦めている恋心を抱え続ける事は苦しいはずだ。それなのに焚火に照らされるカイの表情は優しい。コトブキに対して全く嫉妬なども無いのだろう。
「フィーネを幸せにできるんだったら文句は言わねえよ」
「がんばります……」
想い人の幸福という願いを押し付ける。コトブキもそのぐらいの願いぐらいは背負ってやらないでどうする、と意気込む。カイとは頼れる友人として仲良くしていきたいのだ。
別の酒が入ってるスキットからコトブキのカップに少量注ぎ、水で割ってからかう様な表情をしながら手渡す。
「んで? フィーネのどこが好きになったんだ~?」
「え~、この流れでそれ聞くんですか? カイも教えてくれるなら答えますけど~」
流石に想い人が同じなだけあり、好きな特徴には両者ともほぼ同意していた。
気づけばカイの足元に置いてある大きな砂時計が全て落ちきっていた。寝る挨拶をし、カイはフィーネを揺すって起こす。
目を擦り、眠そうにしながら砂時計をひっくり返し、汚れないようシートを敷いた焚火の前に腰を下ろす。普段見せない無防備で少々寝ぼけているらしい様子に可愛い、と心の中で呟いた。おそらくカイも同じ感情を抱えているだろう。
水の入った容器からカップに注ぎ、飲むかどうか聞いてフィーネに手渡す。こくりと幼い少女のように頷いた姿は庇護欲がくすぐられ、思わずにやけそうになる顔を逸らした。
水を飲み終えるとしっかり目が覚めたのか、焚火のそばに置いてあるフライパンの存在に気づく。カイが作った軟骨の炒め物を皿に取り、調味料の入った瓶を振りかける。
胡椒は常識の範囲内だったが、いかにも辛い調味料だと主張する赤い粉はコトブキが不安になる程ふりかけた。真っ赤に染まった軟骨を一口食べるが辛さに悶絶するどころか涼しい顔をしている。もしコトブキが口にしたらすぐに吐き出していただろう。
「そんなに辛いもの食べて平気なんです?」
「……たまにライナの胃薬飲んでる」
「あの苦い胃薬を?」
もちろん、と当たり前のように表情変えずに答えた。
「もしかして甘いもの苦手だったりします?」
「そうね、苦手よ。生クリームとかチョコケーキは特に。でも甘い匂いや見た目、ケーキショップの雰囲気は好きよ。コトブキは?」
「ボク甘いもの大好きなんですよ。元気だった頃は友達とカフェに行って新作スイーツチェックしたりしてました。まぁ大体高いので小遣い多めに持たされても頻繁には行けませんでしたが」
思い出話をするコトブキに楽しそうね、と微笑む。スキットルからカップに酒を注ぎ、別の飲み物で割る。どうやら炭酸水のようだ。
酒を一口飲み、ふと思い出したように質問を投げかける。
「そういえばコトブキには兄弟いるのかしら」
「いますよ、兄が一人。頭は良いんですが数式で興奮する変態です」
「それは……ちょっと変わってるわね」
言葉を選んだフィーネは数学の楽しさというものを理解できていない。それもその筈、この世界の学力レベルはコトブキがいた世界と大きく差が開いている。特に数学に関しては大抵日常的に扱う計算さえできていれば良いという考えが強い。といっても物理法則の違う世界のせいで緻密な計算が必要無い事も関係する。
そもそも計算していても神の気まぐれで狂うことが多い世界だ。推進力やら太陽から受けるエネルギーやら質量等、あらゆる法則を捻じ曲げられるのだから数学者や物理学者が必要ない。
「ボクがいた世界は数式使えばあらゆる物全て証明できると言っても過言ではないですからね。……いや過言か。とにかくボクがいた世界では数学やそこから派生したような学問に特化した人がいて、兄さんはそれ目指してました」
「そう。コトブキは何か目指していたものあったかしら」
興味がないのか想像つかないのか軽く受け流す。フィーネからの質問にコトブキはしばらくの間考え込み、焚火を眺める。
「確か、医者だった思います。でも途中からそれどころじゃなくて忘れてました」
「そっか……。そうよね」
「ところでフィーネの兄弟はどんな人ですか?」
「うーん、そうね……。母さんが同じ兄弟しか知らないけど、双子の弟が変わっているわ。父親違いの弟たちは、まぁ普通……?」
首を軽くひねりながら答える。どうやら双子の方は相当変わりものらしく、相対的にそれ以外の兄弟がまともに見えるのだろう。
男兄弟の話を聞いてコトブキはふと気になっていた事を質問する。
「そういえばこの世界にファミリーネームってあるんですか?」
「あるわ。けど片親や孤児育ちは持てない。だから私と名前を変えたカイはファミリーネームは無いのよ。……ファミリーネームの有無は親しい仲になってから聞くのがマナーだから、初対面相手に気軽に聞かないように。ミドルネームもあるけど、ある程度階級の高い人間だけ名乗れるわ。このシステムのおかげで私たち姉弟はファミリーネームは無いけどミドルネームはある、変な名前になってるわ」
フィーネ・アレクサンドラ。それが彼女のフルネームだと教えてくれた。曲がりなりにも王の娘である彼女にピッタリなミドルネームだとコトブキはそう感じた。ついでに双子の弟はセーニョ・アレクサンダーと紹介した。
「わかりました。教えてくれなかったら気づかない内に相手を不快にさせてたかもしれないので助かりました。……って、レンさんはボクのフルネーム聞こうとしてたんですが」
「まぁ転生者は全員ファミリーネーム持ってるもの。……ところで、コトブキはショート使う気はないのかしら。護衛用に一本持って短距離魔法覚えたほうが良いわ」
アイテムボックスから予備の杖らしい少し地味なショートを取り出し、コトブキに渡す。渡されたがコトブキは攻撃魔法を扱えると思えない。眉を寄せながらチラリとフィーネへ視線を向けると優しく微笑む。
「大丈夫よ。その杖が使えるなら短距離魔法使えるわ。ロングに魔力を込めた時、何かイメージみたいなの浮かばなかった?」
「……水面に立つ感じです」
「水属性ね。じゃあ適当な茂みに向かって魔力を込めてみなさい」
コトブキは人のいない茂みに杖を向け、杖の先端に魔力を込めるイメージをする。先端の黄色い魔石が強く光り、閉め切らなかった蛇口のようにポタポタ水滴が垂れる。
いつまで経ってもそれ以上の水は出てこない事にコトブキは首を捻る。フィーネはコトブキの真後ろまで近寄り、膝立ちで背後から手を伸ばし握る手を上から重ねる。突然の密着にコトブキはすぐに心拍数が上がった。
「あら、この魔石は水属性と相性悪いのかしら」
「えっと、その……相性って?」
緊張を悟れないよう適当な質問をする。伸ばした手を引っ込めシートの上に座り、フィーネの膝がコトブキの太ももに当たり布の擦れる音が妙に大きく聞こえる。
どうやら杖の先端に付けられた魔石がコトブキの使おうとしていた攻撃魔法にマイナスの効果を与えていた。雷属性特化の魔石のおかげでフィーネの使う雷魔法は消費魔力を抑えつつ威力を上げることはできるが、特化魔石は他属性に悪影響を与えることがあるのだという。
「ライカの杖は属性特化魔石は使ってないみたいだけど、私は雷属性しか使えないからこの魔石を使ってるわ。――……ふふ、緊張してる」
膝を緩く曲げたコトブキの太ももの間にフィーネの開いた左手が置かれる。顔を赤らめ、顔を背けようとするが右手がコトブキの顎下に添えられる。力を入れられてないのに、言葉にしていない要求に自然と答え、顔がフィーネの方へ向いた。
かわいい、と呟いて触れる程度のキスをする。皮膚の薄い唇同士が触れ合うとくすぐったいような気持ちよさを感じていた。体温が上がる感覚に頭の奥が白く痺れる。お互いピッタリ肌を合わせ、初めての唇同士のキスに改めて恋人関係になれたんだと痛感した。
「……好きです」
「うん。私も」
「ダンジョンから帰ったら、どこかデートしに行きません?」
「いいわね。でも多分コトブキからしたらどこもつまらないと思うわ」
「フィーネと一緒ならきっとどこでも楽しいですよ」
異世界のデートはどんなものなのか、そんな話をしながら見張りの時間は過ぎていった。
イラナに起こされ、寝ぼけながら体を起こす。伸びをしながら周りを見るとほとんどは片づけられてあり、カイが既に食事の用意をしている。鍋の中身はキノコ類と一緒に手羽元を甘辛く煮つけたものだった。見張りは一周してカイの番までだったらしく既に煮詰め終わり、持ってきた米を別の焚火で炊いていた。
食事を摂りながら、この森から出た後の予定を立てるために地図を広げる。音無しの森から抜けた先には様々な動物が住み着いているらしい。
真っ黒に塗りつぶされた森の先には斜線で別の森を示している。その森から抜けると草原があり、いくつかバツの印がつけられていた。単色ではなく三つ色が分けられている。なんだろうか、と不思議そうに眺めているとライカが説明する。
「赤いのはヒュドラ、青いのはリンドブルム、黄色いのはユルルングルがいる印だよ~。リンドブルムは穏やかでこっちから手を出さない限り攻撃しないし、倒すと災厄が憑くって噂があるから手を出さないようにね。ユルルングルは機嫌を損ねると大災害に巻き込まれるって言われるから近づかないように」
「じゃあ倒したらダメな生き物なんですね。ヒュドラは?」
「特に不幸があるとかはないけど、それなりに強いよ。まぁヒュドラの近くにはケルベロス、オルトロス、キマイラが徘徊してる事が多いからそっちで手こずる事が多いかな。多分単体ならそこまで強いわけじゃないかも」
「で、今回このヒュドラに挑むか悩んでる所。この近くには確か洞窟があったからそこで一回休息を挟んで挑戦するか、無視してエンシェントドラゴンに挑むための体力を温存するか。多分あと三階層下にいるはずだ」
「ヒュドラは数が多いわけじゃないけど複数いるからね~、エンシェントドラゴンは1ダンジョンにつき一頭だけで、小さいといないこともある。一攫千金を狙うか、それなりの大金を狙うか。ウチはまだ戦闘慣れしてないコトブキもいるし、今回は見送りでもいいと思う」
「でもここで引き返したら他チームに取られるだろうし、今回は少し無理して討伐に挑戦してもいいんじゃないかしら。支援のコトブキもいるし戦力は問題ないわ」
「それな~、多分引き返したら取られるんだよね~。あ、じゃあ多数決しよっか、エンシェントドラゴン倒したい人! はい!」
ライカの問いかけにカイ、イラナ、フィーネが手を挙げる。唯一手を挙げていないコトブキはどのぐらい危険な生き物なのか分からず、賛成でも反対でもない事を伝えた。
コトブキの意見には四人納得した。というより予想はついていた。多数決と言っていたのにずっと全員賛成かどうかで動いてきたクセなのか、イラナがコトブキの支援の有無でどれだけ戦力が上がったか力説する。
その熱量に圧されコトブキは弱弱しく手を挙げた。ここまで必要とされるのは悪い気分ではない。初めてのダンジョンで最難関の魔物を倒すのはハードルが高いが、四人が大丈夫と言っているのなら超えられないわけではないのだろう。
「んじゃ決まりだな。とりあえずこのまま真っ直ぐ森を抜けて下の階層に続く建物見つけるか。その前に草原に近い森で熊狩るぞ」
「りょーかい。あ、てかさ、もうちょっと歩いたら鹿っぽいのいなかったっけ? 熊よりも鹿の方が美味しいと思うんだけど」
「そうだな。場合によっちゃ全身びっしり寄生虫だらけだけど問題ないな?」
「やっぱし熊にしよう」
「少ないが熊にも寄生虫付く事あるけどな」
「逃げ場がない」
「ま、まぁ熊なら寄生虫大きいのでまだ見た時のダメージ少ないですよ。多分……」
カイを除いてまだ食事中だというのに食欲が失せそうなおぞましい寄生虫の話をしながらコカトリスの手羽元を口にする。ふとコトブキがこの肉にも寄生虫が居たりするのだろうかと考え、察したカイが魔物の生態を教えてやる。
「そんなまじまじ見なくても魔物の肉には寄生虫ついてねーよ。魔物は大体血が毒なんだが火を通せば無毒化される。だから生焼けのものがあったら食わずに捨てな。口に入ってたらすぐに吐き出せよ」
「冒険者ってダンジョン攻略中は魔物の肉を好んで食べるんだけど、みんな寄生虫苦手だからね。人の形していたり腐っていたりしていなかったら動物より魔物を優先して狩るんだよ~。ウチも野生の動物の肉はちょっと食べたくない」
「え、なんで寄生虫そんなに嫌いなんですか? 魔物は人襲って食べてそうな気がして、魔物の方が食べづらい気がしますが」
「だって寄生虫って厄介なお荷物みたいじゃない。『寄生虫を多く食べると無能の給料泥棒な荷物持ちになる』なんて言われてるのよ。実際寄生虫に侵されると場合によっては全く動けなくなるし、街に戻って医者に除去したら高額な事もあるのよ。寄生虫は解毒剤効かないから」
それを聞いて安心して口にする。毒ならおそらくコトブキが解毒魔法も使えるし、イラナの解毒剤もある。冒険者が異様に寄生虫を嫌う理由を理解できたところで食べ終わり、食器を片付け始めた。