始まり
気付くと真っ白な空間に漂っていた。右を見ても左を見ても何もないが、目の前に髪の長い女性が立っている。
「しっかり意識はありますか?」
「……え、はい。いや、死んだんじゃ、あ、ここあの世?」
混乱し、いや死んだよねと確認するように自身の体を確認する。骨張っていた手は細いがしっかり肉付き、育ちの良さそうな子供が着ていそうな服に身を包み、頬は痩けておらず健康的な成長期の子供らしい柔らかさがあった。
「あなたは骨肉腫という病のせいで十七歳で亡くなった長瀬寿で合っていますね? おめでとうございます、新しい世界でやり直せますよ」
「はぁ……。え、誰!?」
「新しいあなたの体ですよ」
何もない空間から装飾品の多い鏡が現れ、写し出された自身の姿に驚いた。
鏡には漫画で見たことのあるような無いような美少年が写っていた。ウェーブのかかった金髪に空のような青い瞳。ゴシックホラーであればもう少し生気を無くしてやればホラー要員として十分な見た目だ。
「不幸にもやりたいことを満足に出来なかった、あなたへのサービスですよ。普通転生者には見た目を自由に決めることはさせていません。能力も、何か選ばせてあげます。何にします? 聖剣使いなど格好良くて他世界では人気ですよ?」
鏡を眺めていた寿は視界におそらく神様であろう彼女を納めて目を見て訴える。
「確かに苦痛の多く短い人生だったけど、不幸とは思っていませんよ。両親や兄に愛されたのだから。……まぁやりたいことを沢山やり残してはいますが」
手を叩き素晴らしい、と褒めているのか皮肉なのか良く分からない言葉を吐く。
「これなら強めの能力を渡しても悪用されませんね。今からあなたが向かう世界は、魔法があり、魔物が荒らすこともあり、ダンジョンのある世界です。なので戦闘をしたければそれに沿った能力を与えます」
寿は宙に浮いたまま腕を組み考える。
痛いことはもう経験したくない。かといって前世では経験したことも聞いたことも無いダンジョン探索はやってみたい。ただそもそもこの細腕で武器を握れるかどうかも怪しい。弓も意外と力が必要だと友人が言ってた事を思い出した所で「そこら辺のあなたの常識は考えなくて大丈夫です」と言われた。どうやら思考を読み取っているようだ。
「あなたの考えをある程度まとめましたが、補助や回復に特化した能力ならどうですか? ダンジョン探索などに必須ではないものの、あるととても便利で希少職でもあるので入りたいチームを選ぶことも出来ますよ」
「それでお願いします」
では、と右手を頭に添えられ、何かが流れ込んでくる感覚がした。不快感はなく、すぐに自身のモノに置き換えているようだ。
力を与えられ、手が離れると今度は鏡がどこかの自然豊かな風景を写し出す。遠くに森が見え、人工的な砂利道が伸びている。
「三日ほど魔物避けの加護を与えます。あなたから近づかなければ魔物は攻撃しません。この道通りに進むと村に続く道と大きめの街に続く道があるのでどちらかを目指すと良いかもしれません」
「あ、言葉は通じます?」
「大丈夫ですよ、今私と話してるじゃないですか。私が神様だからではなく、言語がわかるように細工を施しているので」
少し安心したところで、それでは、と見送られ、波打つ鏡のようなものに触れると風が吹く。一瞬で知らない土地に飛ばされ、寿は後ろを振り返る。
細い車輪が通ったらしい跡が残る道が伸びて、遠くの方に森や集落らしきものが見える。前を向き直すと街のようなものが見え、その手前に村が見える。徒歩で移動するには大変そうだが、村までならなんとかなりそうだ。
「ああそうだ。どうしても困ったことがあれば来た道を引き返しなさい。一度だけ協力しますよ」
少し歩いたところで先程聞いたばかりの声がした。振り返ると姿は見えない。
今物凄く困っている気がするが、これから先生死を彷徨うことになる呪いなんてものにかかったりするかもしれない、そういった時の為にも前を向いて歩きだした。