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 相変わらず鬱蒼とした森が続き、進めば進むほど頭上の葉の密度が濃くなり明かり無しでは周囲が見えなくなる。おまけに湿度が高くなり、少し肌のベタつきを感じ始め不快感が生まれる。

 暗い森の中で時々ぼんやり光るコケやキノコ、草花を見つけるとイラナは少し摘んでいった。薬の材料になるらしい薬草は他にもあるらしいが、光らないせいで全く見つからないと呟く。


「本当、真っ暗だね。確かここら辺、音無しの森は魔物がいない代わりに人を襲う植物が多いから気を付けてね。まぁ道を外れなければ大丈夫だけど」

「はい。……それで、どういった植物があります?」

「そうだなー、触手を伸ばして縛り上げて体に種を植え付けたり、人を溶かして栄養にしたり」


 思っていたよりおぞましい生態にコトブキは身震いをした。


「そういった植物も薬の材料になるんだ。人食いカズラの貯めてる液体はアオヒカリゴケと煮詰めて上級傷薬になったりする」


 会話が終わると不自然なまでに静かな空間が生まれる。鳥の囀りが聞こえなくなり、獣の遠吠えも全く聞こえない。まるで途中で仕切りがあり、音を遮断しているようだった。

 例の音無しの森に入り込んだらしい。カイは早速懐から煙草を取り出し歩きながら吸い始めた。砂利の上を歩く足音しか聞こえない空間は妙に気味悪く思える。


「……なんか話しません?」

「うん。……って突然話しようって言われても何も思いつかないよ」

「無音の空間は一時間で気が狂うらしいですよ」

「突然怖い話するな」


 フィーネとカイが少し歩く速度を上げ、二人の間にコトブキを入れる。


「そうだ、みんなの年齢っていくつぐらいなんですか?」


 よく考えたら四人の詳しい事を知らないとコトブキは気づき、質問をする。そういえば言ってなかったね、とライカが呟き、それぞれ年齢を述べる。

 ライカとイラナは16歳、フィーネは18歳、カイは17歳。思ったより年が近い事にコトブキは驚き、特にフィーネは既に二十歳を超えた人生経験豊富なお姉さんの雰囲気があった為驚愕した。冒険者という職業がそうさせるのだろうか。


「なんか……みんなもっと年上かと」

「えー、そう? 成人済みだしこんなものじゃない?」

「え……ちなみに成人ってこっちの世界だと何歳からって決まってます?」


 ライカが振り返り、キョトンとした顔で後ろ歩きをしながら14と答える。14歳を迎えればこちらの世界では酒も煙草も親の許可なしで使用できる、と説明する。

 中学二年生が酒と煙草なんてやってたら教師に呼び出されると考えた。高校であれば厳しい所は一度で退学もあり得るだろう。


「つーわけで、コトブキも酒と煙草やってもいいぜ。何だったら今吸ってみるか?」

「結構です。ボクまだ成長中なんで。未成熟が煙草吸うと成長できなくなるんですよ」

「そうね。成人って言っても国が勝手に決めた年齢だし、体はまだまだ成熟しきってないのよね。元々は19歳だったんだけど、色々あって引き下げたのよ」

「あ、よかった、一応こっちでもまだ子供扱いなんですね。ところでなんで14歳と決めたんでしょうか」


 その質問にイラナとライカは考え込み、カイも首をひねる。フィーネはそんな前二人にため息を吐いた。


「15歳から19歳が最も犯罪率が高かったから。このぐらいになると親に反抗して家を飛び出して小遣い稼ぎの為に犯罪行為に手を出しやすいのよ。おまけに体力が付いて、法律じゃ子供は罪が軽くなるからって実行犯として雇われる事も多かった。80年前はそんな犯罪が多いって習わなかったかしら」

「ウチ歴史取ってないから知らなかったよ~。異世界史なら取ってたけど」

「私も……あれ、異世界史だったっけ?」


 おそらくイラナは授業中眠っていたのだろう、その場にいた全員が容易に予想が付いた。カイは無言で短くなった煙草を落とし、踏みつけて消した。


「へぇ、こっちでも少年法みたいなのあるんですね。って、そうなると学校ってどうなってるんですか?」


 その質問にいまいちピンと来なかったのか眉を若干寄せながら四人は顔を見合わせる。質問の意図に気づいたライカが手を打ち、答える。


「そっちは義務教育とかあるらしいから入学とか卒業年齢とかあるんだよね。基本的には好きな時に入って単位取ったら卒業できるんだけど、まぁ一般的には8歳で入学して14歳ぐらいで卒業が多いね。そのあと余裕のある子は学院行って宮廷資格取ったり、軍隊に入りたいなら四年士官学校通うか、一年兵士育成所に通って兵士になったり色々だよ。ちなみに学校は総合科、魔法科、武術科の三タイプに分けられて、総合科が一番多いし学費も安い」

「なるほど、こっちの学生生活って結構短いんですね。……あ、こっちは6歳から、まぁ今は18歳まではほぼ全員学校通ってそこから働き始めたり、そこから更に二年から四年学校通ったりします」

「あら、そっちは人間同士が争ってる割には学習期間が長いわね」

「というかボクがいた日本が平和だっただけなんですよ。他の国は学校にいけない人も多いので。あと国によって結構変わるんですよね。ところで二人はどんな学校行ってました?」


 何気ない質問だったが、三人の表情が固まった。何か地雷を踏んだかと焦り、すぐにカイが元山賊だったことに気づく。よく考えれば先程から無言を貫いていた。慌てて取り繕うとするが、カイは優しいが少し寂しそうな微笑みを向け、コトブキの頭を撫で荒らした。


「……気にすんなって。オレは魔法学校に数か月通ってた。んでそのうち学院行く予定だったんだ。意外だろ?」

「え、はい。てっきり武術学校かと……」

「両親や親戚が宮廷勤めの遠距離魔法使いだったんだぜ~? 親がかなり優秀だったからオレも相当期待されてたんだが、ある日別の国への旅行途中で山賊に襲われて、長い事山賊として育てられたんだ。だから三人に拾われて街に帰った時、てっきり死んだものだと思われてたから親戚は全員驚いてた」


 さらりと簡潔に述べるが、それだけでも壮絶な過去にコトブキは言葉を詰まらせる。

 両親がどうなったのか想像に難くない。相当デリカシーの無い人間でもなければ聞くことはないだろう。


「ま、同情されてたがそれでも山賊だったし、人も殺したしその手伝いもしたんだ。親戚からはしばらく遊んで暮らせる金を貰って縁を切られた」

「…………酷いですね」

「いやぁ? 貴族だって色々あるんだ。そりゃ体裁保つ為に犯罪歴のある元山賊の縁は切りたいだろ。オレだってその立場になれば同じことしてただろうし気持ちはわかる。それに貴族も色々面倒な事あるしな、今は自由できるからそんな悪いもんじゃねぇぜ」


 カラリと笑うカイに色んな感情が湧きあがる。しかしどう言葉にすればいいのかわからない。重たい空気になり、無言の時間が続く。


「……フィーネは?」

「ん?」

「学校」


 空気を換える為話題を振ると、フィーネは思い出した時の声をだした。


「私も魔法学校の召喚科だった。ただ宮廷勤めは嫌だったから卒業後すぐに冒険者を目指したわ」

「へ~、そんな学科あるんだ。そういえば召喚士って大体宮廷勤めだよね。なんで嫌なの? 宮廷勤めって大抵の子供の憧れじゃん?」

「だって、父親は王様ですもの。兄弟と顔合わせづらいじゃない」


 ライカの質問にフィーネはさらりと答える。カイが煙草に火をつける手が止まった。


「……え、は、えええ!?」


 ライカの声が無音の森に響かせ、イラナとカイは目を丸くし、どういうこと、とコトブキは左右に首を動かした。


「まぁ母親はただの元メイドだから王族との関係は切られたわ。とはいえ要らない疑い掛けられるのも嫌だから王都を離れたし、王の血筋を引いてるのは内緒にしてるわ」

「え、じゃあなんで今話したし?」

「信用してるのよ。もちろん話さないわね?」


 前二人は困惑しながら頷き、カイも勿論と答えた。


「にしても王様の浮気の子とは。まぁ色々手出してる噂はあったけどよ……」

「なら……その、色々苦労してきたんじゃ」


 フィーネは少し笑う。実際の所は全く苦労していないようだ。


「そうね、母さん色んな男を連れて帰るから。おかげで父親違いの兄弟が5人もいるわ」

「えー、大変だね。じゃあ兄弟の面倒とか見てたの?」

「いいえ? 基本は家政婦と家庭教師が面倒見てるわ。私と弟の教育費だけは王様が出したけど、母さん特級メイドの資格あるし、連れてきた男は皆お金持ちですもの。口止め料を結構貰ってるのよ」


 カイがコトブキの肩を叩き、呆れた顔で手の平を返した。


「貴族様って金で黙らせるから汚ねぇよな」

「さっき貴族の気持ちもわかるとか言ってたじゃないですか……」


 ケラケラとした笑い声が響き、静かになったタイミングでコトブキの腹の虫が鳴った。

 あの部屋を発って結構時間が経つ。周囲に魔物がいない今のうちの食事にしてしまおうとカイが提案をし、四人は賛成した。




 その日の真っ暗な中の昼食はコカトリスのもも肉のステーキだった。普通のチキンステーキと味は変わらないが少し筋が残る気がした。それにプラスしてこの森で採れた野草のスープだ。野草にレモンのような酸味を僅かに感じた。


「そろそろ新しく動物か魔物狩らねぇとな。翼部分しか残ってねぇ」

「確か森を抜けたらウサギがいたはずよ。狩ってみる?」

「んー、ウサギって逃げ回るし可食部少ないからクマとかイノシシ系の動物、魔物の方が良くない? ウサギは探すとマジで見つからないし」


 カイはさっさと食べ終わり、残りの四人は計画を立てつつ時折フォークと食器のぶつかる音を立てながら食事を進める。

 この森は結構広く、今日の分の食糧は足りるが明日二度目からの食事が足りないだろう。このまま進めば4時間程度で抜けるだろうと目途を立て、抜ける前にこの森で睡眠を取ることに決めた。

 音無しの森を抜けると魔物が増える。しかし茂みに入れば食人植物に襲われる事も増えるから道のど真ん中で眠ることになっている。今もこうして道の真ん中で火を囲んで食事をしていた。


「まぁ魔物からの攻撃は大丈夫だけど、ガラの悪い人間が通るかもしれないし見張りつけて寝ようか。で、コトブキは初めてだと思うから説明するけど、二人が見張りして1時間ごとに一人ずつ交代するんだ。順番だけど、とりあえずライカ、カイ、コトブキ、フィーネ、私の順にしようか」

「おう。ライカ途中で寝るんじゃねーぞ」

「うー、気を付けます……」


 四人は同じタイミングで食べ終わり、食器を片付ける。カイとライカが食器を片付けている間にイラナは手持ちの薬草をすりつぶしていた。


「手が空いているわよね? ちょっと手伝って」


 フィーネがコトブキに声をかけ、少し緊張しながら頷く。

 皿を洗っている二人に周囲の食人植物を回収することを告げ、コトブキはフィーネについていく。


「その杖乗せてもらえるかしら」


 少々言葉を詰まらせながら返事をし、宙を浮かんでいたロングを横に倒しフィーネを乗せる。コトブキもその隣に座り、フィーネが指示を出す場所へふわりと飛んでいく。距離の近さに落ち着かなくなる。ダンジョンに向かう時も緊張したが、今回はそれとは似ているようで違う感情が芽生えている事に気づいた。

 木の上から葉が揺れる音が聞こえ、フィーネが持っているショートを向ける。近くに雷が落ちた時のような音を立て、隠れている殺人植物が力なく垂れ下がってくる。ウツボカズラに似た植物と、柔らかく無色透明な粘液を垂れ流す触手を、持っていたナイフで切り取り回収する。

 大きなウツボカズラに触手を入れるその途中で、手に粘液がまとわりつく。


「これはイラナに渡して魔力回復薬を作らせるわ」


 照明魔法に照らされ、てらてらと光を反射する。なんとなく卑猥に見える光景にコトブキは目を逸らした。


「その、……粘液って触れても大丈夫なんですか?」

「水飴みたいなものよ。ほら」


 フィーネが粘液だらけの指先をコトブキの口元に近づける。花の香りがし、人差し指の第一関節が唇に触れた。触れた唇がむず痒く感じる。粘液の影響ではない、好きな人に触れられるとそう感じるのだ。

 コトブキはフィーネの手首を優しくつかみ、口から遠ざける。予想外だったらしい反応に少し首を傾げた。


「あまり、自身を安売りしないでください。フィーネさんのそういう姿は見たくないです」

「……そう。純粋なのね」


 少し眩しいものを見るような目で言う。そんなコトブキは軽く首を横に振った。


「いや、……まぁそうかもしれませんけど。でも大切にしたいじゃないですか。好きな人も、恋も。……理想を軽く押し付けてるかもしれませんが、大事にしたいんですよ」


 無色透明なコトブキの思いに、染まりきった心の色が薄まるのを感じていた。隣の体温を感じる。温かいコトブキの手を絡める。少し乾きベタベタした液体を纏う手が、さらりと真珠のような指の腹を軽く引っかき、指の間を細く長い指がゆっくり通っていく。


「わ。……あ、の」

「少し黙ってて」


 植物の匂いが強い空間から切り離されたようだった。杖の上だけの、人同士の発する熱と湿度に心拍数が上がる。静謐な空間で時々手を動かすと湿った水音を響かせていた。その音は深い愛で繋がった初夜のモノに似ている。

 粘液まみれの繋がった手がゆっくり下り、小指側が杖の一部に当たる。ずっと斜め下を見ていたコトブキの瞳にフィーネを映し、そこで気づく。いつもの張り付けた微笑みではない、内側から自然と溢れた表情だ。本来の頬の色は化粧で多少隠されているが、それでも恋する少女のように頬が僅かに赤くなっていた。


「まだ出会って数日だけど……私は、コトブキの事を好きになったのかもしれない。だって、ほら」


 僅かにしっとりとした手が、血色の良くなった手を掴み自身の胸に押し当てた。張りのある女性らしい二つの膨らみに驚いた指が一瞬だけ動く。

 その手の下の心臓が必死に脈打っている事が確認できる。その鼓動はコトブキのものととても良く似ていた。お互い、同じ気持ちなのだ。


「ドキドキしてる」

「……うん」

「照れてる」

「そ、そりゃ、まぁ」

「私が、よ」


 一見その様にはあまり見えないが、濡れた赤い目が照明魔法でちかちか光を反射していた。緊張で僅かに動かし続ける目を見られたくないのだろうか、瞬きの回数も増えているように見える。

 昨日この感情が性愛なのか悩んでいる自分が馬鹿らしく思え、するりと何の引っ掛かりもなく感情を言葉にした。


「大好き」


 その言葉にフィーネの口角がまた少しだけ上がる。うん、フィーネの頷きはしっとりとしていて、ころりと転がったガラス玉のような声だった。それが静寂の森で妙にくっきり耳に響いた。その声が張り付いて、耳の奥で優しくくすぐっている錯覚があった。


「そろそろ帰りましょ」


 繋いだ手はそのまま、三人が待つあの道へ杖を動かした。

 音が消える森には聴覚が過敏になる。少し早い鼓動、呼吸がクリアに聞こえる。それが二人分くっついて溶けているようだった。

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