戦争
朝食は相変わらずコカトリスの肉を使ったものだったが、セセリとボンジリ、尾の蛇肉をカレーに入れたものだった。カイはカレーの汎用性の高さを褒めつつ、その歴史をコトブキから教わる。
「カレーは元々インドって国で作られた料理です。インドからイギリスに伝わり、日本人がイギリスのカレーを食べたことで日本でも広がりました。カレーは色んな具材と相性が良く、スパイスが入ってるおかげで傷みにくいので、食料が限られた海軍では重宝されている料理の一つですね」
「やっぱ食中毒は怖いもんなー、そりゃ流行るだろうな。てかお前んところの世界、いくつ国あるんだ?」
既に平らげたカイの疑問にコトブキは口の中のものを何度か噛みながら考え込む。異世界の歴史にやはり興味があるのかライカは目を輝かせていた。
「国連加盟国かつ、ボクがいた日本が承認した国が195ヵ国程はありますね。承認してない国が五つぐらい? ……ちょっとここら辺ややこしくなるのでざっと200ぐらいはありますよ。そのうち日本を含めた7か国が先進国と呼ばれて世界経済に大きく影響を与える国ですね」
「え、そっち多くない!? センシンコク? だけでも7つあるのヤバくない!? こっち3つしかないよ!?」
答えた国の数に4人、特にライカは驚きを見せた。コトブキは何故ここまで差が生まれたのか考察する。
「うーん……多分世界がとびきり平和か人間同士に共通の敵がいる場合、土地の奪い合いが発生しなくなると思うんですよね。あっちの世界の人間って常にどこかで人間同士で戦争が起こってるので……。あぁ、あと宗教戦争もありますね」
「そう、そっちはなんだか生きづらそうね。ところでそっちはどんな戦争をするのかしら」
既に食べ終わったフィーネが皿を置き、水を飲む。個別で作るのが面倒だったから今回のカレーはそれぞれ辛さが同じだ。甘い、とフィーネは文句を言いカイが仕方なく青唐辛子を付け足した。反対にライカは辛いと言ってあまり食が進んでいない。
フィーネの問いにコトブキは銃の有無を確認する。どうやら火薬を詰めて扱うマスケット銃が一般的だがここ数年で近代的な銃が増えてきているらしい。別の国にガンスミスが転生した影響だという。
それでも近代的な銃はこの国では見た事は無く、噂程度の存在でしかなかった。
「その銃を扱ったり、戦車や戦艦、戦闘機があります。なんて説明したらいいかな……戦車は大砲付きの鉄……アダマンタイトに近い鉱石でできた乗り物で、戦艦はそれの船のような物、戦闘機は空を飛ぶ物、と考えればいいです。まぁこれらは核兵器に比べたら可愛いものですよ」
いまいち想像できない4人は首をかしげていたが、核兵器の存在に恐る恐るライカが質問する。
コトブキは核兵器の恐ろしさを語る。落とせば街一つ吹っ飛び、放射能の影響で周辺の生き物の細胞を滅茶苦茶にして死ぬ。生態系はもちろん狂い、核の灰が風に流され全く関係ない国に運ばれ、そこでも放射能汚染を受ける。一番恐ろしい事実はこの核を保有している国がいくつもあり、どこに保管されているのかわからないことだ。
下手な怖い話よりも恐ろしかったらしく、4人は思わずコトブキから距離を取った。そんな4人に慌てて補足をする。
「あ、いや。核は落とした国はありませんよ? ただそれよりちょっと威力の低い原子力爆弾は日本が2回落とされて被害を受けてます。それでも2回合わせて死者20万人出ましたが、障害を残した人もいます。なんでこんなのを使おうと思ったんでしょうね」
「……そんなんでよくセンシンコクの一つになれたな。もちろんその落とした国から賠償みたいなもんは受けたんだろ?」
げんなりとした表情のカイの質問に、キョトンとした表情で答える。
「目立った謝罪はすぐには無かったらしいですよ? というより戦犯として連合国側が日本人数人処刑言い渡したりしてましたし。まぁ勝てば官軍負ければ賊軍の世界なんでしょうがないですよ」
「……やっぱり共通の敵がいる世界の方が平和ね」
「ところでこっちの世界に怖い話とか無いんですか?」
「あるにはあるけど……そっちの戦争の話に比べたら可愛いもんだよ……」
話題を変えようとしたが、こちらの世界にはホラーな話題が少ないらしい。あるとしたら盗賊や人攫いに襲われた時の話ぐらいしかない。そうカイが付け足したが、それでも十分恐ろしいと感じた。
まさかカレーの話からここまで話が反れるとは、と呟き最後の一口を口に運ぶライカが食器を片し始めたカイに慌てて自分の食器を渡した。ライカが口のものを飲み込んだところで恐ろしい話を切り上げ身支度を始めた。
入った時と同じくライカの杖の先端が6回廊下に繋がる壁を小突く。魔法陣が揺れ、壁が何もないホログラムのようで特に引っかかるような感覚もない。たまたま少し離れた所に別の冒険者グループがこちらに歩いていた。
先頭の男性はライカ達に手を振り声をかける。どうやら知り合いらしい男は至って普通の男性に見える。街を歩けば必ず見かけるような顔つきと体系だった。
「やぁ。みんなもこのダンジョンに潜ってたんだね」
「まーねー、やっぱり発見したてのダンジョンって色々見つかってイイよね~。あ、そうだ、イラナ」
ライカが声をかけ、イラナはアイテムボックスから調合した薬を取り出す。後列の冒険者達も興味深そうにイラナの薬を眺める。その中の気の弱そうな女性が胃薬を興味深そうに見つめていた。
「こっちは胃薬、こっちは毒攫い。毒攫いの方は結構いい感じにできたよ」
「毒消しは手持ちあるから大丈夫だけど、胃薬は欲しいかな。でも今手持ちがあまりないんだよね。魔石ならあるけど」
「じゃあ今度なんか奢ってよ。お得意さんだしオマケしとく」
「お、いいのかい? それじゃお言葉に甘えて……。ところでその子は新入りかい?」
男がコトブキに目線を移す。軽く自己紹介をしてフィンと名乗った男と握手を交わした。
チームのリーダを名乗ったフィンはコトブキ達が出てきた壁を指さし、中は開いてるか訪ねる。もちろん、とライカが答え魔法陣の解き方をフィンがいるチームのショート持ちに教えてやった。
「ありがとうございます。まだ冒険者見習いなので助かりました!」
「いえいえ。お互い立派な冒険者になろうね~」
チームメンバーが壁の中に入っていき、好青年が手を振ってメンバーの後を追うように消えていった。
騒がしかった廊下が静かになり、足音を立てながら印象の良かったフィンにコトブキは二人に感想を述べる。
「なんか仲良さそうなチームでしたね」
「でしょ~? フィンはチームを気遣ってるしいいリーダーだよ」
嬉しそうにフィンの紹介をするライカだが、カイとフィーネがコトブキに忠告する。
「でも冒険者が全員あんな好青年ばかりじゃねぇからな。知らねぇ冒険者とは無駄に会話しない方が良いぜ」
「知り合いであっても人攫いを隠して親しくなったタイミングで街に売り飛ばす事案も最近出てきたし、特別信用できる人間以外は敵だと思った方が良いわ。ダンジョンは無法地帯だから何が起こるのかわからない事を頭に常に入れておきなさい」
返事をし、それからは静かな廊下に足音を響かせる時間が流れる。時々魔物の血液が飛び散った跡を目撃する。どうやら先行がいるらしい。
寝すぎたかなとライカが呟く。時間の感覚が分からないダンジョン内で、全員がぐっすり眠ると睡眠時間が分からなくなる。しかし寝すぎた時のあの体の倦怠感は特に無い。ごく一般的な睡眠時間を取ったはずだとカイは言う。
「あ、階段がある。上にはつながってないね。」
先行が魔物を片付けたおかげか特に何もなく下へ続く階段を発見した。螺旋階段で枯れた植物の根らしきものが張り付く階段を慎重に降りる。
時々段差に転がる枯れた根を踏んずけて転げ落ちそうになるコトブキをカイやイラナが支えた。低いとはいえヒールを履いているフィーネは特に何事もなく降りている事に気づき感心した。
「着いた~、螺旋階段だし狭いし目が回るな~。んで、ここは……」
ライカが伸びをしながら周囲を見渡す。ずっと同じ景色、同じ壁が続いていたが、ここはそんな道とは真逆の風景が広がっていた。
日没、あるいは日の出の空に白い大きな月が頭上に浮かんでいる。周辺は熱帯気候のようで青々とした植物が茂り、時々動物の鳴き声、囀りが響いていた。
近くの石板をライカが眺める。一部地中に埋まっているそれはつい最近設置されたように見える。少し斜めで、彫られた文字は上から白い塗料で見やすくしていた。刻まれた文字はコトブキには読めない文字だ。
「この文字、風景……黄昏界を模した階層だね。ほら、キュロビ文字」
「なんて書いてあるのかしら」
「『割れ目に落ちし者よ、許せ』『我は封印に成功した』? キュロビ文字は字数多いくせに大したこと書いてないんだよね。いや何封印したんだよって」
「ま、強いドラゴンが出てもコトブキの支援魔法があるし平気だろ。というわけで支援魔法掛け直し頼む」
ロングを手に取り魔力を込める。強化が少々薄くなっていたらしく、自身の能力が上がる感覚があった。この世界の知識があるらしいライカに質問をしてみる。
「黄昏界は億単位の歴史がある世界なんだ。多分コトブキがいた世界と同じぐらい? 亜人種が多くて意思疎通できる者同士では仲良くやってるかな。ここに似た世界に白夜界もあるよ、確か神様同士が親しかったはず」
「へぇ……でもなんか、ざっと見回した感じ億単位の歴史があるのに文明レベルがその……ちょっと低い気がします。そういえばその神様の存在って世界を作るのに必要なんですか?」
「んー、世界はコトブキがいた世界みたいに自然発生することもあるけど、基本は神様が作るものだよ。あと文明レベル云々はコトブキがいた世界が異常なだけで基本はどこもこんなものだよ?」
説明しながら道らしい黄色い砂の道を歩く。すぐに空を覆う木に囲まれ、周囲が薄暗くなる。石畳の廊下程ではないが、照明魔法が無ければ数メートル先が見えないぐらいの暗さだった。
明るくなったが遠くから見たら目立つ。光りに魔物が寄ってくるだろうと四人は相当警戒を高めた。
「……中型から大型の魔物が3体、近づいてくる」
フィーネが呟く。全員その場で足を止め、警戒を最大まで高めた。耳を澄ませると大きな足音が確かに聞こえる。コトブキは昔見た恐竜映画を思い出した。
やがてそれは現れた。木を薙ぎ払い、メキメキと大木が一つ丸太にしたそれは人の形をそのまま大きくしたような見た目だった。ゴブリンが小人であればこっちは巨人。手にしているこん棒を地面に叩きつけ、咆哮を上げる巨人は軽く見積もっても4メートルはあった。それが、三体。
それぞれ体色が違う。少し赤みが掛かった肌、森に近い緑、褐色。だが性格はどれも獰猛に見える。もう一度吼え巨人はライカ一行へ駆け寄る。
「よっと。相変わらず結構ノロマだね!」
「私はコトブキの護衛をしておくわ! ほら、少し下がって」
茂みにコトブキを隠し、ショートを手に取る。召喚は呼ぶための魔力消費が莫大なせいか召喚ベルを手にしていない。が、いつでも手に取れるよう腰のベルトに引っかけていた。
「よし、オレはその赤いヤツ! ライカは緑! イラナは茶色!」
二人は了解と呟くと大振りのこん棒を避ける。大丈夫かハラハラしながら背の高い草むらから見守るコトブキに、フィーネは落ち着かせる。
「オークは攻撃力高いけど結構遅いし、あんな攻撃当たる程三人の足は遅くないわ。それよりあなた、魔物が近づいてきたらすぐに身を隠せるようになりなさい」
「以後気を付けます……」
ズドン、と鈍く大きい音が響く。驚き茂みの中で縮こまるが、フィーネはショートを手にし直立不動だった。
イラナが攻撃を躱し、高くジャンプしオークの耳を掴んで眉間に思いきり膝を入れた。ぶち、掴んだ耳がちぎれて血が飛び散る。そのせいでバランスを崩し慌てて短髪を掴み一回転して頭の上で体制を整えた。
耳をちぎられ眉間を蹴られたのがよっぽど痛かったらしいオークが、叫びながら首を振り、イラナを捕まえようとするが後頭部を蹴飛ばされ手が宙を掴む。
「わぁ……痛そう」
振り返り怒りに満ちた耳無しのオークを眺め、思わず片耳を撫でながら苦笑いをする。怒りに任せたこん棒を地面に叩きつけると半分に折れ、冷静さを失ったオークは消えたイラナがどこにいるのか気づいていない。
一度左に素早く避け、ジャンプをし短髪を掴むと踵を大きく上げ、首筋に思いきり叩きつける。頑丈にできたオークの骨が折れる感覚が足に伝わり、とどめとばかりに右の拳を側頭部に殴りつけた。
急所を支える骨が二か所も折れたオークはその場に倒れ動かなくなった。手を叩き、振り返ると既にオークを倒したライカが得意げに杖を振っていた。
「いっちば~ん」
「むう……最下位はカイか。大丈夫~?」
二人が手を振りカイに声をかけると困ったようにため息を漏らした。
「流石にただの斧一本じゃあ無理か……しゃーねぇ」
対峙しているオークは傷だらけだが体の大きいオークにとって軽傷程度のダメージだった。カイは未だ無傷とは言え時間が掛かっている。
両手で握っていた斧に魔力を込める。少し錆びた斧が輝き始め、装飾のついた緩やかな曲線の持ち手に代わる。
場の空気が変わったオークが慌ててこん棒を振り上げるが、カイはその場から動かず真っ直ぐ斧を上に掲げ、その場で斜めに振り下ろした。
「おせーよ」
その言葉と共に振り下ろした斧の先から光が飛び出し、オークの体を貫通した。綺麗に真っ二つになったオークは前に倒れ地面を赤く染め上げた。
断面を眺めるカイは眉を寄せる。しまった、というよりやっぱり、と言いたげにため息が漏れた。
「あー、やっぱ魔石も真っ二つに割れちまったな……」
「聖斧使わなかったのってやっぱ魔石割りたくなかったからかぁ。まぁこの大きさなら半分に割れても売れるって」
フィーネとコトブキが近寄り、三人を軽くねぎらう。斧の先で見えてる魔石をほじくり出し、イラナとライカの分の魔石も死体を燃やして取り出した。
魔石は流石巨人というべきかサッカーボールぐらいの大きさがあった。光りの当て方によって青と紫に輝いている。この魔石は壁に埋め込み防御力を上げる用途で扱われることが多いとカイが説明した。
「ただまぁ、この割れたヤツは装飾品に使われる。一部魔石は割れると効果が弱くなるからな。オークの持つ魔石はデカいから割らずに回収するの難しいんだよなー」
「だからオーク退治は短距離魔法向きなんだ~、オークは炎に弱いからね。急所狙う時はイラナみたいに頭部だけを狙うんだ。あと雷に打たれると魔石焦げるよ」
「だからフィーネはすぐに護衛に回ったんですね、てっきり醜いから相手にしたくないだけかと」
「それもあるわ」
魔石を回収し、騒ぎを聞きつけた魔物が寄ってくる前に早急にその場から離れる。暗い森の道はまだしばらく続くようだった。