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 部屋の隅にコカトリスを吊し上げ、ボダボダと刈り取られた首から血が滴り落ちている。その流れたコカトリスの血は排水溝らしい小さな穴に吸い込まれ部屋の一角だけを汚していた。

 血抜き作業は全てイラナが行い、薬の材料になるらしく少し採取もしていた。その間も素手で行い、毒のある羽根の先に触れても特に痛がる様子はなかった。


「触っても大丈夫なんですか?」

「私は平気。元から毒効きにくいんだよね、このぐらいの毒なら何ともないよ」


 話しながらコカトリスの羽根を毟り、イラナが部屋にあった箒でコトブキに部屋中央に羽根が行かないよう掃除をお願いする。イラナもなるべく羽根が散らないよう足元に落とすが時々風が流れ、ふわりと舞った羽根が別の所へ向かおうとする。

 部屋中央でライカが火を焚き、それを眺めながら三人はぼんやり休憩している。魔法で部屋全体が明るいせいでキャンプのような雰囲気は無いが、それでも火には精神を落ち着かせる効果はあるらしい。

 探索は慣れている三人は特に疲れている訳ではないが、不必要に体力を使わないよう心掛けてるのもあるのだろう。じっと座り時々足を組み替えたりしてのんびりしていると、ふとフィーネが何かに反応した。


「洞窟で見つけた子、ちゃんと街に戻れたみたいよ」

「おー、そりゃよかった」


 少女の手に細工を施した魔術が正規の手順で解けたのを確認できた事を伝える。助けた四人の反応は案外あっさりしたものだが、こちらはダンジョン探索で忙しいからそんなものだろう。

 イラナが血抜きと羽根毟りが終わったことをカイに告げると軽く返事をし、アイテムボックスから大きな厚い布のような物を取り出し広げてその上にコカトリスを置いた。


「肉を捌くの得意なんです?」

「捌くだけじゃなくて料理も得意な方だ。つってもこいつらが苦手過ぎるんだけどな」


 話している間にも手際よく肉を捌き綺麗に切り分けた。ころりと握りこぶしより少々小さい血まみれの石が転がり出て、それを水で洗い流し拾い上げる。


「それは?」

「魔石。ダンジョンの魔物は体内のどこかに必ずあるんだ、さっきのゴブリンもそう。……丁度いいし飯にするか。コトブキ、包丁使えるか?」

「多少は」

「じゃあ野菜切ってくれ」


 アイテムボックスから少ない量の野菜を取り出し、切り方の指示を出した。




 具の少ないスープを作り、傷みやすいからかレバーや砂肝といった臓器を野菜と一緒に炒めた料理を口にする。特に名前は無い料理は味付けが濃く、汁気の多い薄味寄りのスープと交互に食べる事で丁度良い塩加減になる。内臓は苦手なコトブキだったが意外と美味しく食べる事が出来た。

 食べ終わりフィーネがライカに頼み軽くシャワーを浴び、カイはコカトリスの胸肉を数分茹で余熱調理をしていた。コトブキは食器を片付けているイラナを手伝う。


「そういえばダンジョンってどうやって見つかってるか知ってる?」


 食器の汚れを拭きとるイラナがコトブキに話しかける。


「うーん、なんかこう冒険者が歩いて探すとか……?」

「ぶぶー。……ゴブリンって洞窟から出てくるんだよね。だから失踪者が多くなったら怪しい所に一人囮を配置して、何も知らないフリしてゴブリンについていくんだ。もちろんダンジョンに入る前にそのゴブリンは囮を着けてきた人たちが倒すよ」

「へぇ……ゴブリンも怪しいとは思わないんですかね? というかなんかこう、人を殴って引きずり歩くのかと」

「誘いを拒むとそうなるよ。……でさ、なんでダンジョンから出てくると思う?」


 汚れをある程度拭き終わり、今度は水につけて洗い始める。皿洗いする前にカイから、汚れのついたままの食器で食事すると腹を下すことも多いからしっかり洗え、と注意された。

 コトブキは首をひねり考え込む。


「正解は異世界に繋がる穴があるから、だろ」

「もー、コトブキに問題出してるのに。この世界って結構穴が開いてるんだよね。その穴が広がってダンジョンになる。冒険者はその穴を塞ぐ作業もするんだ。コトブキの世界にも穴は開いてる説があるんだ。心当たり無い?」


 そう言われてもすぐには思いつかないが、ガーゴイルやコカトリスを思い出す。コトブキも多少はファンタジー作品を見たりもする。そんな作品に出てきた怪物の名前と特徴が所々一致している。

 もしかしたら大昔は本当にこんな魔物が存在していて、大真面目に討伐していたのだろうか。そう考えてコトブキは肯定した。


「……ファンタジー作品に魔物によく似た怪物は出てきます」

「その作品を書いた人が実際の魔物を参考にしたかもね」


 泡を洗い流し、綺麗な布で水気を拭きとる。フィーネもシャワーを浴び終わったらしく、すっきりした表情で化粧を始めた。元から美人の顔だからかそこまで大した時間は掛けず、慣れた手つきで十分程度で仕上げた。


「よし、んじゃ出発しますか」


 ライカが魔力回復薬を一口だけ口にし、荷物をまとめ部屋を出る。変わらず前列はライカとイラナだったが、後列はフィーネとカイの二人になり、二組の間に挟まれるようにコトブキが配置された。後ろにロングが付いてくるおかげで少々二組の間は空いている。

 少し進めば魔物が現れ、それを倒し魔石を回収する。その繰り返しでダンジョンを攻略していく。

 召喚士とカイから教えてもらったが、フィーネも短距離魔法を使えるらしい。持っているショートは植物を象った装飾が彫られた木製で、先端の魔石も複雑な掘り込みがあった。

 短距離魔法を使えるといっても能力を召喚士に割り振っているせいか、雷系の魔法しか使わない。おまけに魔力消費を気にして戦闘を他三人に押し付けていた。

 そんなフィーネに三人は特に文句はなかった。ゴブリン相手に呼んだ召喚獣の他にも強力な召喚獣を扱えるらしく、今はまだ魔力を使うべき時ではないと三人は知っていた。

 進めば進むほど魔物の密度が高くなっている気がして前列の二人に質問した。このままでは消耗が多いんじゃないのか、そんな心配もあった。


「まぁ多分ウチらが先頭なんだろうね。……消耗多いのは確かだけど、その分見返りも多いし、なんかあったら帰ればいいだけだし大丈夫っしょ」

「多分近くにさっき話した穴が開いてる気がするんだけど……。あ、あれかな?」


 変わらない道の向こうに黒い何かが浮かんでいた。情報保護のように上から真っ黒なインクで塗りつぶしたような、人一人分通れるような割れ目にコトブキは不安を覚えた。

 わずかな光も反射しない穴は見ているだけなのに、触れてはいけないと体のどこかで警告を出している。それはその場にいた全員同じだったらしい。


「相変わらず気味悪いな、さっさと閉じてしまおうぜ」


 ライカが人差し指程の針を取り出し空間を縫い付け閉じようとするがフィーネが軽い口調で待ったをかける。コトブキに声をかけ、宝石らしきものをふわりと投げつけた。

 光り輝く宝石は穴に近づくと黄色く発光しながら引き伸ばされ、吸い込まれていく。この現象をコトブキは前世でネットの再現映像で見たことがあった。


「魔力を持つモノが触れるとこうなるのよ。中がどうなってるのかわかってないし、入ったら二度と戻れないから注意してね」

「わかりました。あと、なんか……ブラックホールに星が落ちる時の映像にかなり似てますね」


 呟くコトブキに四人は首を傾げた。ライカが魔力で操作し、大きな針を動かす。魔力らしい糸が空間を引っ張り、上から少しずつ閉じていく。

 ブラックホールというものが何なのか分からないのだろうと考え、わかりやすく数秒で説明しようと頭を働かせる。


「その、宇宙に果てしなく重力の強い天体があるんですよ。光りすら飲み込むから観測が難しくて、存在そのものは昔の天才があると予言してたんですが最近になって観測できた天体です」

「……うちゅう?」


 イラナが単語を呟き、他三人も知らない、と言いたげだった。どうやら天体どころか空の向こう側すら知識が無いらしい。

 この世界ではまだ広く知られていない概念ということはコトブキは察し、今度はコトブキが質問をしてみる。


「えっと、空を進み続けると何があります?」

「上界。フィーネが呼んだ召喚獣が住む世界だ」

「え、じゃあ太陽と月と星はどうして輝いて見えます?」

「えーと、……神様がそういう風に作ったから?」

「昼と夜の区別をするためって言われてる、って学校で習ったでしょ~?」


 斜め上を見上げ記憶をほじくり出したらしいが、それでもかなりふわふわとした答えに、もう少し具体的なつもりらしい答えをライカが付け足した。

 縫い付けが終わり、今度はキラキラ光る粘土のようなものを取り出し、わずかに開いている隙間を粘土で固めていく。不透明な少しだけ赤い粘土だが、(こて)で塗り付けて数秒時間を置くと少しずつ同化していった。まだその場に不快感は残っているが完全に閉じきればただの廊下の一部になるだろう。

 この世界の常識は元居た世界とかけ離れている事にコトブキは頭を痛めた。昔の天文学者と比べ、弾圧されないだけマシだが、天動説を信じている者に宇宙を説明するのは骨が折れる。

 そもそも物理法則などの常識が違う世界にいるのだから説明しなくても構わないが、知識欲の強いライカは目を輝かせて話を聞きたがっていた。


「……宇宙の話は話そうとすると相当長くなるんで、今度にします」

「そっかー、ウチ気になるんだけどなぁ……」


 ライカが渋々といった表情になるが他三人はあまり興味は無いらしく、あっさり了承して歩き始める。

 すぐに人の悲鳴が響くが少し反応するだけで特に引き返そうとはしない。分かれ道の多くなったダンジョンで声の発生源を辿り助けに入るのは難しい、コトブキはその事は判っていた。


「もうちょっと歩いてイイ感じの小部屋が見つかったら今日はもう寝ようか」


 ライカの提案に全員賛成し、さっそくフィーネが隠し小部屋を見つける。イラナが壁にタックルをして壊そうとするのをライカが阻止し、魔術の仕掛けを解く。杖を手に取り、6回杖の先端がレンガで組まれた壁を軽く叩くと、上から何かを投げ入れた水面のように柔らかく揺れた。

 ダンジョンの小部屋には魔術で隠された扉がある。その隠された小部屋の内装は他小部屋とは大差無いが、壊していないおかげで廊下側からはただの壁にしか見えず、中に入れば相当無理やりこじ開けない限り侵入されることは無い、そうライカは得意げにコトブキに説明した。


「というわけで今日は見張り無しでぐっすり眠れるよ。ヤッター」


 嬉しそうにそれぞれ寝具を並べ、食事の準備をするカイの分もライカが整える。

 カイは数時間前にあらかじめ作っていた茹でた鶏むね肉を切り分け、皿に盛りつけ細かく刻んだネギと調味料を合わせ上からかけた。

 食べ覚えのある料理にコトブキは目を丸めて見つめて、期待混じりにカイに質問する。


「なんだっけ、よだれ鶏? コトブキは食べた事のあるやつかもな、そっちの料理人が広めたやつ。フィーネの分は辛くしてるから口にすんなよ」


 警告を出し、配膳を終えて食べ始める。少ない気がするコトブキに、寝る前の冒険者の食事は少ないのが常識とライカは教えた。

 口にするとしっとりとした鶏肉に少しピリリとした辛みのあるタレが口に広がり、シャキシャキしたネギが食感よい。少し味付けが違う気もしないが、前世から好きな部類の料理を口にしてる事に喜びを感じていた。

 隣に座るフィーネの皿から、やたら辛い匂いが漂ってくる。どう見てもタレが他のと比べて赤みが強く、食べているフィーネの頬は少し赤くなっていた。

 赤い唇が開き、白い歯がチラリと覗く。口に含み辛く染まった肉を、ねっとりとした温かい舌で味わっている様にふつりと邪まな感情が芽生えた。口の中には何も無いのにコトブキは喉を動かす。

 一口が小さく、ダンジョン内でも上品に食べているフィーネに対し、下品な目で見ている事に気づいたコトブキはすぐに目線を手元の皿に移す。残り一切れしかない鶏肉を口に運ぶ途中で顔を上げるとフィーネを観察するカイに気づいた。


「辛さどう?」

「……ちょうどいいわ」


 結構辛くしたらしいカイは音を上げないフィーネに小さくため息を漏らした。相当な辛党のフィーネは綺麗に食べ終わった皿を足元に置く。


「ウチにはちょっと辛い~」

「マジか~、結構控えたつもりだったんだけどな」


 まだ残っている肉をフォークで突きながらカイが答えた。あまり食が進んでいない様子に茹でた鶏肉は苦手なのだろう、そうコトブキは感じ取ったが辛さ耐性の話をイラナと会話している間にカイは食べ終わっていた。

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