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 四人は黙って作業をしていた。大穴から伸びる一つの部屋に、腹だけ膨れた女性の遺体が5体あった。それぞれ目や髪の色、身長、顔つきはバラバラで共通点は無いが、どれも無表情で諦めきった顔で死んでいた。

 唯一の生存者は錯乱し、四人に酷く怯え、仕方なく軽い洗脳効果のある魔法をフィーネが掛けて落ち着かせてやる。膨れた腹に手を当て、魔力を込めると痛みにうめいたが、すぐに痛覚を魔法で遮断してやる。

 股から真っ赤な血が溢れ、嫌な生臭いと共に血まみれの胎児らしきものが臍の緒を付けて流れた。動かず、呼吸もせず、死産のソレを母体との繋がりを切り離し、ゴブリンの私物が積みあがってる方へ乱雑に投げ捨てた。

 体力を失い、手足は棒のようになっている少女に水を飲ませる。伸びて傷んだ髪の毛を短く切り、ライカが湯を作りイラナとフィーネが体を洗ってやる。カイは少し離れた所で粥らしきものを一食分作ってやった。器に入れ、ライカに手渡す。


「食べれる?」


 塩を一つまみ分程度しか入っていない水分量のやたら多い粥を一匙すくい、少女の口に運ぶ。毛布に包まった少女は無表情のまま黙って口を開く。ライカが風を起こし、フィーネが持っていた櫛を通しながら髪の毛を乾かしてやる。短くしたことで乾かしやすくなり、水気が無くなると同時に洗脳も解けていったらしく、じわじわと少女の自我が戻っていった。

 粥を半分食べた頃に涙をポロポロ流すがそれでも無表情だった。イラナが慰めるために背中をさすり、声をかけてやると堰を切ったように感情を露わにし、口を開いて「あー、あー」と言葉を知らない赤子のように泣き叫んだ。


「……辛かったわね。もう地上に戻れるから」


 手首に細工を施し、アイテムボックスからハンカチを取り出し渡す。それでも少女は涙を手で拭い続けていた。

 ライカが魔法陣を書き、地上に戻るかカイが質問すると少女は何度も頷いた。

 あの子たちは、と遺体の5人へ視線を向ける。


「あの子たちは別の所に転送させるの。捜索依頼が出てたからね」

「そう……ですか」

「お腹の中出すから、安心しなさい」

「……ありがとうございます」


 あのお腹のままでは哀れだと少女は考えていたのだろう。少し安心し安定した表情になり、ライカの魔法陣の上に立つ。


「ウチらはまだ作業あって付いていけないから、ごめんけどちょっとだけ一人で行動してね。……じゃあ地上に飛ばすけど、すぐに全身に鎧着て槍を持った人に駆け寄るんだよ。わからなかったら女性冒険者の多いチームに話しかけて」


 場所を指定するのは難しいらしいが、ダンジョンの入り口周辺に飛ばされるらしい。下手な冒険者に声を掛けたらどうなるのか、少女はすぐに予想でき、顔を更に青くする。

 転送を見送り、四人は遺体の処理を終え街へ転送した。汚れた手を洗い、部屋を出ると入り口付近で事を済ませたコトブキが膝を抱えるように座って待っていた。


「……今のって」


 一部始終を見ていたらしいコトブキが質問する。ある程度予想つくらしく、眉を顰め、目線を斜め下に向けていた。カイは答えるためにその場に残り、三人はまた別の部屋を物色する。ポケットから煙草とマッチを取り出し、一口吸ってから答えた。


「ゴブリンに生まされ続けた子だよ。こいつら、全員男で女はいねぇんだ。だから人攫って男なら食い物、女は衰弱死するまで延々と子供を産ませ続けるんだ。こいつらはそういう生き物なんだよ」


 醜悪、そう呼ぶに等しい生態にコトブキは言葉を詰まらせた。

 四人が少女の面倒を見ていたのに自分は何をしているのだろう、コトブキは自身の無力さに恥じた。


「……すみません、なにも手伝えずに」

「いや、まぁ、あの場にコトブキがいたら発狂しかねないし、平気だ。ああいう時子供でも男がいると怯えるからな。オレも男っぽく見えるらしいから距離取るようにしてる。それに……お前まだ冒険慣れしてねぇしな、新人つってもやること無いからってあんまジロジロ見るもんじゃねぇし」


 ああいうのは下手に関わらないのが本人の為だぜ? 苦笑いを向けるカイに、なぜか強い説得力を感じ取った。誰だって傷口を広げられるのは嫌なものだと考え短く頷いた。

 少し様子のおかしいコトブキに今度はカイが質問を投げかける。


「で、お前フィーネとなんかあった?」


 質問に体が僅かに反応する。とぼけようとするが既に反応を見られたせいで誤魔化すことはできない。コトブキの前世の性別に気づかなかったが、案外人の心の変化は読み取れるらしい。


「……その、ボクやっぱり男の子に生まれ変わったんだなって」

「なんだ? エロい目で見たのか?」


 茶化すように煙を吐き出しつつ言うが、真剣な顔で頷くコトブキにカイからにやけ顔が消える。


「恋と性愛の違いってなんでしょうね。一目惚れした時ずっと傍にいて幸せになりたいって漠然と思ってたのに、今はキスしたいとか触りたいとか……え、エッチなことしたいとか……思ったりしてるんです」


 一部声を小さくし、顔を赤くしながら緊張から少し汗が出た気がした。小さな声で抱えてる膝小僧を見つめながら続ける。


「昨日話した姉様との恋愛は最初キラキラしていましたし、それより前も幼馴染の男の子とも付き合ったりしてたんですよ。ずっと楽しくて、でも今思えば友達の延長線みたいな関係だったとも思えてきたんです。本当に好きだったのかわからないし、ボクがフィーネさんを好きなのって単にエッチな事をしたいからなのか分からなくなって……」


 言葉を詰まらせ、膝と額をくっ付けた。何を言えばいいのか、それともこの気持ちの名称なのか「わからない」と力なく呟く。それ以上語らなくなった所でカイは煙草を足元に落とし、ため息交じりに踏みつけ火を消す。


「……まぁそんなんでも男の体だし、性欲強くなるのはしょうがねえよ。でもまぁ、そうやって恋と性をごっちゃにしねぇで悩むのはフィーネにとって嬉しいだろ。そっちはどうだったか知らねぇが、こっちの男はイイ女を沢山抱く事をステータスだと考えてるヤツ多いからな。フィーネだって召喚士として優秀だが、やっぱり男の腕力には勝てねぇから黙ってしょうがなく抱かれることもあるんだとよ」


 もう一本煙草を取り出し、マッチを擦る音を響かせる。


「それに性欲があっても理性でどうにかコントロールするのが人間じゃねぇの? だからそう男の性欲を汚いもの扱いしてやるなよ。つーか女にだって性欲はあるもんだろ、生存本能? の一つだし。コトブキにだって前世では……って、ずっと病気だったからそれどころじゃなかったか?」

「そういえば……そう……ですね」


 顔を上げ、前世の事を思い出しながらカイを見上げた。よく考えれば少し背伸びしたクラスメイトが他校との経験話を聞いていたがいまいちピンと来ず、なんとなく知識として頭に入れていただけだった。

 何かを思いついたカイがその場にしゃがみ、煙草を咥えたまま四つん這いになり、声をかけ胸元の布に指を引っかけ下にずらし谷間を見せつける。

 ライカやイラナ程ではないにしろ、彼女も人並み以上に大きく柔らかそうな胸をしている。体を多少鍛えてるおかげか形も綺麗だ。案外白く綺麗な若い肌に映える、露わになった左胸にあるホクロのハッキリとしたコントラストに目を惹き、男だったら思わず触れたくなるだろう。

 そんなカイに何してるんだ、と言いたげな困惑の表情を浮かべるコトブキにカイは無言無表情のまま立ち上がり煙草を吐き出す。


「やっぱお前中身完全に女だな」

「そうだって言ってるじゃないですか……」

「オレ男から意外とイイ体してんなってベタベタ触られるんだよな。正直キモイ」


 そう言われまじまじとカイを見上げて観察するがコトブキは首をひねる。

 こう見えて締まった体に柔らかい肉を必要な場所に盛った、男が考えたような理想的な体つきをしている。ズボンで隠れているが、それでも形の良い尻のシルエットが浮かび、想像を掻き立てそれだけでも性的に興奮する男はいる。


「……よくわかりませんね」

「フィーネの前じゃあ霞むってかぁ~?」

「あいたぁ!?」


 気持ちいいぐらいパシーンと音が響きコトブキの後頭部に痛みと衝撃が走った。情けない悲鳴も大きく響き三人は少し離れた小部屋から戻ってきた。


「何してるの」


 イラナが呆れたようにカイに投げかけた。三人それぞれ何かが入った小さな袋を手にし、二人の前で中身を取り出す。


「べっつにぃー? ちょっと秘密の話してただけだよ。な?」

「え、うん。……それで、これは?」


 話を逸らし、指をさす。ネックレス、バッチ、指輪、耳飾り、腕輪。どれもかつて高価そうなものに見えたが、くすんでいたり汚れが付着している。酷いものは錆びて値のつかないものもあった。


「ゴブリンが攫ったヒトの遺品。持ち主はもういないし……ウチらだって生活があるから売れそうなものを選んで持っていくんだよ」

「そうですか……」


 それでも人のものを盗んでいるようで罪悪感が湧いた。そんなコトブキにフィーネは顔を近づける。まだ褪せたドレスに身を包み、化粧をしていない。彼女本来の姿にドキリとし、コトブキは顔を少し逸らした。


「ここに置いてても錆びるだけよ。価値あるうちに持って帰って綺麗にして売った方が物を大事にしてると思わない?」


 確かに、と納得し選別が終わったところでこの空間から出ることにした。

 しばらく歩くとどこかの通路に繋がる穴を発見し、そこから出ると石畳の廊下が広がっていた。しかし上層とは違い何やら青い炎が廊下を照らしている。


「お、当たりっぽいな。んじゃしばらく歩いて適当な場所見つけたら休憩するか?」

「そうだね。フィーネも着替えたいだろうし。……食べれそうなのが見当たらないのは痛いけど」


 歩きながらそんな会話をし、しばらく無言の時間が過ぎる。相変わらず前はライカイラナの二人が歩き、後ろにフィーネコトブキカイが並んでいる。

 しかし先程の事もあり意識してしまいコトブキとフィーネの間には少し空間が開いていた。避けているのはコトブキの方だった。

 ふと何かの足音が響く。硬いものが軽く当たるような音だ。全員は警戒し、それぞれ武器を構えゆっくり進む。十字路手前で立ち止まり、カイが足元の石を十字路の向こう側へ投げてみた。

 握りこぶし程度の大きさの石が音を立てて壁にぶつかり転がる。足音が少し早くなり姿を現した。異様に成長した雄鶏に蛇の尻尾のようなものを生やしている。驚いたのはその体色だ。全てクリーム色で鶏冠らしい部分も人の肌に似ていた。目も黄色で分かりづらいが僅かに見える本来白目部分が黒い。


「……フィーネは動かないで。ウチがひきつけるからカイは頭を切り落として。コトブキ、静かに呪い除け頼める?」

「やってみます」


 ひそひそと小さな声で会話をする。その間にも魔物はこちらに気づかず、音の下方向へ蛇の頭と共に向いていた。

 ロングを手に取り、青白い光の盾で一人一人守るイメージをする。ライカは礼を述べるとすぐに駆け寄り、魔物にショートを突き出し大きな爆発魔法を使った。しかし直接攻撃はせず大きな音と光で驚かせ数秒だけ行動不能にさせた。

 ライカの後ろから飛び上がったカイが鶏の頭を斧で切り落とし、一回転して石畳に足を付けすぐに体をねじり蛇の頭も切り落とそうとする。蛇は怒りを露わにしたような赤い目でカイを標的にし、頭を動かした瞬間ライカのショートから鋭い光が飛び出して蛇の首に穴が開いた。

 巨体がその場に倒れ、カイはホッとした表情で斧を腰に引っかけた。


「一瞬体固まったからマジで焦った」

「ちゃんと呪い除けは働いてたみたいだね。羽根も飛び散らなかったしうまくいってよかったよ」


 少し離れた所で眺めていた三人が近寄り倒した魔物を眺める。少し嬉しそうなイラナが二人を褒めた。


「すっごい綺麗に仕留めたね~。あ、コトブキ触らないでね、毒が羽根の先にあるから触ると手がただれるよ。血も目に入ると失明するから気を付けて」

「う、わかりました。ちなみにこれは?」

「コカトリス。赤い目で見られると石化して噛まれても毒を受けるよ。でも血抜きして火を通せばすごく美味しい」


 フィーネが何か見つけたらしく少し離れた所でイラナを呼んだ。また小部屋を見つけたらしく大きな音を立て壁が崩れ、今回の休憩場所が決まった。

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