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 がらんどうの部屋を出ると岩肌むき出しの道が伸びていた。つい先ほどまで均一な石畳の道から一変、昔親との旅行で行ったことのあるトルコのカッパドキアに似ているとコトブキは感じていた。石畳に比べれば少々歩きにくいが、洞窟をくり抜いた空間でここまで綺麗に整えられた道はあまりないだろう。


「ダンジョンって他もこんな感じなんでしょうか」


 コトブキの独り言なのか質問なのかわからない言葉にライカは首をひねる。


「あ、いえ、洞窟にしてはやけに整ってるので」

「あー……まぁ確かにダンジョンってどこもこんな感じかな? 下の方に行くとちょっと道悪くなるんだけど」


 歩きながら説明を受けるとどこかから声が聞こえた気がした。全員が黙り、静かに耳を立てると会話のような声が微かに聞こえる。かと思えば、進行方向とは逆の遠くの方で、どこかの冒険者らしい短い悲鳴が聞こえた。


「今のはゴブリンと、どこかの冒険者がやられた声ね。進行方向にゴブリンの群れがいるみたいよ」


 冒険慣れしている三人は日常の一つとして聞き流し、コトブキはフィーネに僅かに焦るような声色交じりで問う。


「え、助けないんですか?」

「遠いし、わざわざ引き返すのも時間と労力と魔力を消費するわ。戻って治療してまた他の悲鳴聞いて向かって、なんて事していたらいつまで経っても最深部にたどり着かないわよ。それに魔物が真似した声の可能性もあるの」


 窘めるというよりこの世界の常識を教えるようにコトブキに説明する。コトブキは声の主が気がかりだったがしょうがない、と諦め前を向いた。

 周りの情報を聞き逃さないようしばらく黙って歩き続け、道の雰囲気が変わった。少しずつ小骨や木材の破片、小石が放置されている数が増え始め、ゲラゲラ笑う耳障りな声も大きくなり、やがて大きな空間に繋がった。

 明かりを消し、近くのものが薄らぼんやり見える程度の暗さの中物陰から様子を伺う。ここまで大きな空間があれば崩落しそうなものだが、特にそういった様子もなく、その空間で耳と鼻がやけに尖った形で伸び、青白い肌をした醜い小人のような集団が焚いた火の回りで食事を終わらせようとしていた。雑に切り分けた肉片を齧り、血抜きが甘くロクに火を通さなかったせいなのか血が飛び散っている。

 その様子に気づかれないよう静かに観察していたコトブキは気分を悪くした。火の近くにどう見ても人間の足があったからだ。共食いと一瞬は考えたが、関節から足先までの長さ太さが小人のものでは無い。歩いて回るせいなのか筋肉が発達した成人男性のものに見える。

 強火で焼いたからだろう、外は焦げ、ぐちゃぐちゃの切り口からはまだ血が滴っている。一人の醜い小人が鋭く研いだ石のかけらで、その足の一部を引きちぎるように切り分け、そのまま口にした。


「……ごめん、ちょっと」

「大丈夫……? 刺激強かったかな。フィーネ頼める?」


 血は頻繁に見ていたし、映像でリアルな内臓も見た事あったが、アレは手術医が丁寧に切り開き傷のつかないもので美しささえ感じていた。こちらはそうではない。悪意の満ちた生き物が人間を殺した死骸の一部だ。それにコトブキが気分を害した。

 イラナとカイが心配そうに視線を向け、ライカがコトブキを慰めるように向けた丸い背中をさすってやった。フィーネはアイテムボックスから鏡と口紅を取り出し悠長に塗り直している。


「任せなさい」


 薬指で少々はみ出した口紅を拭い、二つ折りの鏡を音立てて閉じ、物陰から丸腰のまま集団に近づく。まるで化粧室からパーティ会場に合流するように堂々と接近するフィーネにコトブキが混乱した。

 特に武器等持たないフィーネに誰一人護衛付こうともせず、挙句の果てにはフィーネ本人がアイテムボックスからアンティーク品を思わせる刻印が彫られたハンドベルを取り出し、その場に不釣り合いな煌びやかさを感じさせる音色を響かせた。

 気づいた小人達はその表情しかできないのか、変わらずニヤニヤと気味の悪い笑いのまま、舌なめずりの一つでもしそうな、弱い存在をいたぶる醜い人間のようににじり寄ってきた。

 特に焦る様子もなく、ただその場に立っていたフィーネは口を開く。


「――ドレス、レース、甘い顔。『美しさ』の召喚獣よ、私の『貌』を捧げます」


 呟くように祈りを捧げるとフィーネの頭上から白く細長い手が何本もゆっくり降りてくる。貴婦人らしい黒いレースの手袋をはめた手、どこかの使用人のようなスーツ生地に白手袋をした手、しなやかで長い指を持つ手だらけだがふっくらとして幼さが残る子供の手。

 大きさは人のものと対して変わらない、少々大きい気はしたが、腕の長さが異常だった。手首から肘までフィーネの首と胴体を軽く超えている。

 どれも綺麗な手をしているが、コトブキは生まれた違和感に気づく。腕が妙に長い以外にも指が六本あったのだ。


「コトブキ、あまり見ない方が良いぜ。あの召喚獣はゴブリンなんかの醜い魔物には容赦ねぇんだ。一瞬で血の海になる」

「……無理そうなら目逸らしますよ」


 カイが親切心で忠告し、その親切心に対して少々申し訳なく感じた。コトブキはダンジョンに入った時からフィーネがどうやって戦うのか気になっていたからだ。

 ふわりと岩肌から数十センチ浮かんだフィーネを長い手は無遠慮に触れてくる。愛しそうに髪を撫で、頬を撫で、首から顎の形を確認するように触れ、紅が付くのも構わず唇を確かめるように触れ、肌の滑らかさを確かめるようにゆったりと撫で上げる。胴体、太腿も勿論触れたが、下心が存在せず、どちらかというと気に入った人形に触れる子供に近かった。当の本人は表情を変えず、ただ黙って撫でられる。


「――呼んだか麗しき人の子よ。君は相変わらず綺麗ね。お人形さんにしたい」


 口調は違うが全て男女と区別がつかない透明な一人分の声だった。変声期前の少年とも少し低い女性とも聞き取れる。


「はぁ、醜いゴブリンの群れがいるわ。気持ち悪いよ。あんなものを見ていたら目が腐るぞ。醜い。醜い。醜い」


 うっとりとした声だったがゴブリンに気づいたらしい召喚獣はクスクスと嘲笑混じりになる。レースの手袋を嵌めた手がフィーネの目をゆっくりとした動きで塞いだ。

 執事の腕らしい手が指をゴブリンの群れへ指をさし、指先が下へ向ける。同時にガラスが割れたような乾いた音一つ分が響き、上から様々なものが降りてきた。

 かみ合わせの悪い装飾の多い鋏、錆びた針、色褪せたフォーク、ガラス片、鏡のかけら、欠けたフルーツナイフ、割れたティーカップとソーサラー。美しかった物のかけらが降り注ぎ、ゴブリンは美しかった物に切り刻まれる。

 やがて動けるゴブリンはその場にいなくなり、あるのは赤い血を流す屍の山だった。


「一丁前に血だけは鮮やかなのよねぇ。また呼ぶんだぞ。目隠ししとくね」


 名残惜しそうに手がフィーネから離れていく。ふわりと白い薔薇と百合と牡丹の花弁が降り注ぎ、ゴブリンの死体は花弁に隠される。さらりと綺麗な黒髪が揺れ、フィーネはしっかり地に足を付けた。

 岩陰から三人が出て行き、周辺のゴブリンは全て死んでいることを確認する。この時のフィーネの化粧は完全に落ち、ドレスもあの数十秒で美しいワインレッドのシルク生地がまだらに色褪せていた。


「はぁ、このドレスちょっと気に入っていたのに。魔力消費の方が楽だから魔力でお願いしてるのに話聞かないわねあの召喚獣」

「まぁしゃーねぇよ。むしろあんな威力出せるのに代償がドレスと化粧だけなんて安いもんだろ」

「私の財布が痛いわよ」

「男に買ってもらえよ。……ってコトブキ、どうしたそこで固まって」


 カイが大きく声をかけるが、コトブキはその場から動かず固まっていた。


「この惨状なら、初心者だったら固まるでしょ」

「あら、花弁で目隠しされてるのに?」

「ウチらには見えないんだってば~」

「そうね。とりあえず三人は誰かいないか探して、私はコトブキの様子見てくる」


 フィーネがそう告げ、三人は適当な返事をし広間から枝分かれした小さな部屋に向かう。

 近づいてくるフィーネにコトブキは挙動不審になってしまう。あの召喚獣とのやりとりはコトブキには刺激が強かった。見てはいけないものを見てしまったようだった。

 恋とは似ているようで全く違う感覚。頭の奥が痺れ、心拍数が上昇し、口の中の唾液が粘ついて色白の顔が簡単に赤く染まった。

 今までの恋も緊張や期待などはあったが、今回のソレはそんな透明感のある可愛らしい感情ではない。そばに居るだけ、手をつなぐだけで満足していたが、今は触れたい、キスをしたいといった欲求が膨らんでいる。これを性愛だと賢いコトブキは知っている。

 白い美しい手が美しいフィーネに軟体動物を思わせる動きで纏わりつく様に性的な刺激を受けていた。

 ずっと透明な恋しか知らなかったコトブキは、性愛に目覚めたことで自身が汚い何かになった気がして、近づいてきたフィーネから顔を逸らす。薄ら暗くてどんな表情をしているのかわからないが、それでも見られたくないと恥じていた。


「見えてた?」


 三人にはあの手も花弁も見えないのだろう。そう考えたコトブキは誤魔化そうとしたが嘘を吐けない事を悟り素直に頷いた。

 フィーネがコトブキにさらに近寄る。香水の匂いも奪われたらしく、代わりにフィーネの使っているわずかなシャンプーの匂いに混じって本人そのものの体温と湿度が感じられる匂いがする。

 細長い美しい人差し指がコトブキの左胸を軽くつく。小さく情けない声をあげ、指の下の心臓が焦っているのを感じた。


「それで、興奮しちゃって立てなくなった?」

「……ひぅっ!」


 指がゆっくりと下に降り、膨らんだ先をくるくると意地悪く指先が回る。


「そういえばあなた、前世では女の子だったものね。どうすればいいか、わかるかしら」


 ズボンのボタンを外した。コトブキの甘く麻痺した頭が覚醒し、フィーネの手首を掴んで止めた。

 予想外だった反応に首をかしげる。


「こ、こういうのは……お互いちゃんと好きになって、しないと。……嫌でしょ?」

「私は別に気にしないわよ」

「ボクが気にします。……だって、そのうち満足しなくなって、ボクがケダモノになって、性欲丸出しで襲うかもしれないじゃないですか。……嫌ですよ。好きな人を傷つけたくないです」


 その言葉にフィーネは黙る。記憶の奥底で眠っていた、女の子であれば一度は夢見るお伽噺のような憧れの恋を思い出し、コトブキの柔らかい髪の毛を撫でた。


「……それじゃあ時間作るから、呼ぶまで済ませておきなさい」


 アイテムボックスから布切れを取り出し、コトブキに渡す。買い直さなくてもいいと告げ、その場から去った。

 歩きながらフィーネは幼い頃の記憶をこじ開ける。幼い頃であれば絵本を読んで王子様との恋に憧れていたし、真実の愛というものを望んでいた。しかし成長していくごとにその夢は現実の力によって色褪せていった。男は早ければ5歳で教師の胸やら太腿を下心丸出しで見ていたものだ。

 それでも楽しいならそれでいいと男と食事を楽しんだり遊びにも行き、時には恋人になりベッドを共にした。恋人になっても独り善がりな男は多く、満足する時間は少なかった。今思えばそれなりに楽しかった男はそこそこいたが、満足した男はいなかったように思える。


「……ふふっ」


 じわり、と何かが生まれるのを感じた。恋ではないがそれの芽に近い。今はまだ興味がある程度だ。

 フィーネはその感情に気づかず三人の元へ戻った。

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