ダンジョン
馬車は案外早い速度を出し、大きな道から伸びる、細くあまり使われていないような雑草の伸びる道を走る。日が出て暖かくなり、程よく揺れる杖の上はまだ朝だというのに眠くなる。
コトブキが小さく欠伸をするとフィーネが寄りかかってきた。軽い眠気が吹っ飛び言葉を発しようとするが詰まらせてしまう。
「ついたら起こしてね」
「え、は、はい……」
人の肩に頭を乗せ、眠ってしまう。相変わらず香水と石鹸が混じったいい香りに、密着した暖かい肌に緊張してしまう。遠くの景色を眺めて落ち着こうとするが、気づけば周りは岩肌だらけになっていた。
ふと今なら寝顔見れるのでは? と思いつき、目線を左に移すがあまり見えない。首を動かして覗き込むか迷ったが、そうするとおそらくバレてしまうだろう。コトブキは落ち着くために少しだけ多めに息を吸い、吐き出す。ふと馬車の方を見る。まだ着かないらしい。
暇な時間どうやって過ごそうと考え、仕方なく数学者岡潔が異世界転生して持前の頭脳でブイブイ言わせるストーリーを考えて暇を潰す。途中でふとコトブキは異世界転生させる必要あるのかと冷静になり、現代設定になりただの史実だなと思い直した。
まぁ天才ってよく広告で見かけるチート系主人公みたいなものだよなぁ、ガリレオも追放される話っぽいし、と一人で納得していたら馬車の速度が遅くなり、止まった。
「あの、つきましたよ」
「ん……。ごめんなさいね、コトブキも眠かったでしょうに」
「いえ、大丈夫ですよ」
杖から降り、馬車に繋げていた魔力を切る。ふわりとコトブキの一歩後ろをついてくる杖に、馬車から降りる冒険者が物珍しさで眺めていた。
ダンジョンの入り口はギリシャのパルテノン神殿に似た遺跡のような人工物に、自然の岩が侵食したような見た目で、むき出しの柱がどれも違う角度で傾いていた。入口の両脇には見張りが付いて、少し離れた場所にテントらしいものが見える。守衛はここで寝泊まりしているのだろう。
ぞろぞろと冒険者達はその洞窟のような入口に入っていく。そのうちの十数人は駆け足だった。イラナがコトブキに小さな声で急ぐ理由を教える。
「ここ一昨日新しく見つかったダンジョンなんだ。まだ手つかずで入り口付近にもお宝があるはずだから冒険慣れしてない、まだ弱いチームは急いで回収するんだ」
「なるほど。でも楽したい人もいそうですね」
「まぁそうだね、でも冒険者って大体戦うのが大好きな人が多いから下の階層目指すよ」
「もちろんオレたちも最下層目指すぜ。深い方がデカい魔石はもちろん鉱石もあるしな。それよりコトブキ、お客さんだ」
そう紹介されたのは馬車に乗っていた別のチームの冒険者達だ。かなりの大人数がコトブキを見つめている。おそらく二チームに分かれているようで、垢抜けない見た目の男女混合チームとゴリゴリに体を鍛えた男のチームで別々に固まっていた。
ロクに手入れをしていないらしい不健康な肌の男が媚びるような粘っこい気分の悪くなるような笑みを張り付けている。子供で気の弱いコトブキであれば騙せる、そんな考えが見え透いている。少し離れたライカ達に聞こえないような声で男は注文をする。
「あの、支援魔法使えますよね? 攻撃、防御を上げる支援魔法お願いします。報酬は一人800ゴールドで頼みます」
その注文に別チームの男は呆れたような表情でチラリと目線を向け、真っ直ぐな目で堂々と注文をする。
「同じく頼む。できるだけ長く効果を残せるようにしてほしい。報酬は一人分魔力回復薬上級を一つでどうだ?」
相場が分からずカイに視線を向けると煙草の煙を吐き出し、ヘラヘラ笑う方に文句をつける。離れて遠くを眺めながら煙草を吸っていたが、きちんと聞き耳を立てていたらしい。
「ガキの小遣いかよ。相場知らねぇのか?」
ジロ、と威嚇の籠った目線が冒険者たちに向ける。リーダーらしい人物が眉を寄せ、メンバーらしい7人の男女も気まずそうに目線を泳がせた。
「……では1200ゴールド……」
「んー、まだちと少ないな。……まぁいいか。こっちは手を抜いても良いぜ、魔力がもったいねぇだろ。そっちは気合入れてやれ。支援は報酬デカい方からな」
「おお、ありがたい」
男がアイテムボックスから人数分の薬をカイに渡し、ライカとフィーネがコトブキに報酬の薬をねだる。おそらく薬はこんなに要らないだろうと考え、短く承諾しカイが二人にそれぞれ二本手渡し手元に三本残した。コトブキはロングを手に取り支援魔法を男達に掛ける。
村で使った時と違い、今回杖があるおかげなのかやたら強いイメージが頭に浮かんだ。長く効果を残す、そんな注文に応えることが出来るのか曖昧だが長く効くよう祈った。
男達は満足そうに礼儀正しく礼を述べ、リーダーからダンジョンに入っていった。垢抜けない方は金を払うのが嫌なのかカイが気に入らないのか、懐から出した硬貨を渋々といった表情でカイに少々雑に渡した。
まだまだ魔力は残っているから先程のように気合入れて支援魔法を使うことはできるはずだ。だがそれだと先程の高価らしい薬を渡してくれた男達に失礼になるだろうと考え、緩めに支援を掛けてやる。
体から抜ける魔力が先程より少なく感じた。チームは無言でダンジョンに入っていき、最後のリーダーらしい男が文句代わりに舌打ちをし、こちらを睨んできた。コトブキは怯むがカイは煙を吐き出し鼻で嗤う。
「……流石元盗賊。金巻き上げるのに遠慮無しか」
「人の優しさに付け込もうとしてるやつに言われたくねぇな弱小」
「うざ。大体あいつらの薬だって余りものだろーが」
「だったら何だ、実力が無かったら余らせてねえだろ。うぜえからさっさと行きな」
何も言い返せないのが悔しいのか大きくため息を吐いて消えていった。揉め事には慣れているらしいカイがいつもの表情に戻り、受け取った薬と硬貨をコトブキに渡した。
口喧嘩をしたことが無いコトブキはあんな強い言葉を言える勇気はない。文句ありげな冒険者達に目を付けられ、どう穏便に言い訳すればいいのか考えていたがカイが庇ってくれた事に安堵した。
「かっこよかった」
「え、そうか? そりゃどうも。じゃあオレ達にも支援頼むぜ」
試しに全力で支援魔法使っていいか尋ねると勿論、と帰ってきた。コトブキは力強くロングを握り、魔力を最大まで使う。杖の周りに青い炎が浮かび、自身も一緒に防御力と攻撃力がとてつもなく上がるのを感じた。
「うわすごっ! これならエンシェントドラゴンにも勝てそう」
「おいおい、ここまでやれって言ってねぇぞ」
カイは呆れたような、それでいて少し嬉しそうな表情で言う。
精鋭とは言えやはり人数が少ない事が足を引っ張ってどうしても最下層まで行けなかったが、今回は平気そうだと四人は期待に胸を膨らませダンジョンに入っていった。
ライカが辺りを照らす魔法をかけたおかげで、およそ周囲10メートルは認識できている。中は少しひんやりしているが寒いわけではない。誰かが整備したとしか思えない石畳の通路を歩き、コトブキは周りをキョロキョロ見回す。
前にライカとイラナが、後ろはフィーネとコトブキとカイが並んで歩いている。守るようにコトブキを挟むフィーネとカイは退屈そうに欠伸をした。
「なんか……何もないですね」
「そりゃね、先行が粗方倒しただろうし、まだ浅い階層はそもそも魔物が少ないのよね」
「でもあそこムカデいるよ?」
「いやムカデは魔物じゃないし……あー、でも魔物化してる途中か」
ライカは腰に下げた杖を取り出し、小さな火球をトゲの生えたムカデにぶつける。爆発し、ムカデは半分に分かれた。イラナがアイテムボックスから小瓶を取り出し、摘まみ上げて歩きながらポタポタ滴る青く光る体液を採取する。
虫嫌いのコトブキはよく触れるなと内心引いていた。冒険者だからこういうものを触る事には慣れているのだろうと考えたが、フィーネが少し距離を開けた様子を見るにどうやらそうでもないらしい。
「何してるんですか?」
「解毒剤の材料搾り取ってる。これに薬草とかと一緒に煮詰めると解毒剤になるんだ。コトブキがいるから必要ないと思うけど、それなりにお金になるし、何かあった時の取引用に取っとくんだ。ちな、作るのはイラナだよ」
「こう見えて薬作るの得意なんだ。それにしてもなんで総合科って製薬の授業無かったんだろう、あったらもうちょっと楽に学年上がれたのに~」
「そゆのは専門学校行かないと学べないからねぇ。ま、そのおかげで今こうして一緒に冒険出来てるんだけど」
体液を絞り終えたライカはスカスカのムカデを投げ捨て、小瓶に蓋をして予想金額を口ずさみながらアイテムボックスに仕舞う。どうやら結構いい小遣い稼ぎになるらしい。
「念のために言っておくけど、ダンジョン外では無免許での製薬は重罪。販売も同じ。ここは前に言われた通り無法だからいくら作っても平気なのよ」
「そそ。だからダンジョンで作った薬余らせたら入口付近で売り捌くんだ。でも入り口付近より偶然薬が必要な冒険者に売りつける方が売値が高くなるから、出来るだけ攻略中に売るよ。製薬が得意な人に薬作らせまくって、それで生計立ててるチームもちょっとだけいる」
「ま、それでも製薬のスキルって結構複雑で面倒だし、それだけで食っていくのは難しいんだよな。イラナが少し特別なんだぜ」
「なるほど。結構バランス良いんですねこのチーム」
この世界の薬事情に耳を傾けていると何かが動いた。石臼を動かすような音がしたかと思えば重たい石を叩きつける音が響く。
歩いていた足が止まり、ライカはショートを構えカイは斧を手にし後方を警戒する。フィーネの手には何も握られておらず、ただ眺めているだけだった。戦闘は三人に任せるつもりらしい。
「あれは低級ガーゴイルかな。一応倒しておこうか」
「イラナ頼むねー」
二体の悪魔を象ったような石像がこちらに近づいてくる。ジャンプをし、そのたびに重たい音が響く。
二人が近づくとガーゴイルは動かなくなった。無抵抗の石像にイラナが拳をぶつけると粉々になり、ただの石の塊の山がその場に残った。
「全然強くないですね」
「そりゃね。低級ガーゴイルって明るい場所で視界に入れている間は動かないし、近づいてきてもあの音ですぐわかるんだよねぇ。でも噛まれると呪いが掛かるから気を付けてね」
「多分下の階層にいるガーゴイルは飛んだりするから気を付けてね~。マジ鬱陶しいよ」
イラナが砕かれた石の中をつま先でまさぐり、小さな赤い石のようなものを見つける。よくある魔石だと説明した。ランタンなどの明かりに使われるそうだ。
「まぁ低級でもやっぱ一人でダンジョン潜ってる人にとっては厄介な相手だけどね。一人で潜る人滅多にいないけど」
「そうねぇ。……あら、ここ部屋があるわ」
フィーネがカイの斧を借り、斧の先でコツコツ突く。音はたいして変わらないように聞こえるが、フィーネはイラナに頼み体当たりすると派手な音を立て壁が崩れ空間が現れた。
特に何もない空間だが、大きな魔法陣が床に描かれてあった。人が10人程度余裕もって立っていられる大きさで、うっすらと赤く光っている。ライカが部屋に入り、しゃがみ込み魔法陣を読み解く。
「これは転移の魔法陣だね。多分中間層ら辺に繋がってる。……使い切りではない、戻ってこれる。どーする?」
その質問に三人は使うと答える。コトブキは転移の魔法はたまに失敗すると聞いたから躊躇し、そのことを指摘する。
「お、ちゃんと覚えてたね。ダンジョン内なら魔力高いから大丈夫だよ。まぁちゃんと手順踏まないと失敗するけどね」
「でも人とか生き物には使ったら駄目では?」
「ダンジョンはヘーキ。無法だしね。ま、どこに飛ぶかわからないし警戒は必要だけど」
「ならボクも賛成で。それにしてもよく読めますね……何書いてるのかさっぱりです」
ライカ以外全員魔法陣の上に立ち、ショートを構えながら自慢げに笑う。
「ま、これでも成績優秀でしたから。……地元の低レベルな学校だったけど」
杖の先の魔石を光らせながら、空間に文字を刻み、急いで大きな魔法陣の上に移動する。地に足が付かない、ふわりとした浮遊感に驚き近くにいたフィーネに思わずコトブキが抱き着く。足に衝撃がかかり、気づけば部屋の様子が変わっていた。移転成功らしい。
首を傾け、美しく長い黒髪が上品に揺れ、からかうように囁く。
「ふふ、初めてだから驚いちゃった?」
「え、あ、すすすみません!!」
慌てて顔を赤くし、体をバネのようにフィーネから離れると他三人もからかうようなにやけ顔をする。
「あら~、コトブキってばダイタ~ン」
「何なんですか今朝から! からかってそんなに楽しいんですか!?」
三人はあっさり肯定し、青く光る魔法陣を後に部屋を出た。