過去
前世の性別を言い当てられ、一瞬で体が固まる。コトブキは震える唇を開いた。
「だ……ったらなんですか」
「んー、美少年の中身女ならさー、女心わかるじゃん? 俺ここでもホスト開いてもう一回ナンバーワンになりた――ぶべっ!?」
掴んでいた手が離れたかと思ったらレンがコトブキの視界から外れ、代わりに派手な倒れる音と共にイラナが飛び込んできた。
隅の席だからなのかそこまで大きく騒がず、数人がこちらの様子を見るだけだった。
「あーごっめーん舐め腐ったイラつくイケメンが視界に入ったから思わず殴っちゃった。なに人のチームメンバー引き抜こうとしてるんじゃテメェ」
「……おっまえ出会い頭に顔殴るのやめろっつってんだろ。あー鼻血止まんねーぜってー鼻折れただろ慰謝料よこせや」
「あ゛? そもそも他人のチームから勝手に引き抜くのは犯罪だろうがボケ」
「別にまだ引き抜いてねぇだろバーカ。ほら金よこせ」
「お前んところのポンコツ回復師に頼れや色ボケ野郎引き抜こうとしただけでもアウトだアホ」
普段にこやかで礼儀正しくしっかり者のお姉さんな雰囲気だったイラナが、ヤンキー座りでレンを口汚く罵倒している様にコトブキは怯えた。
一触即発の剣吞な空気に、従業員らしき人物が慣れた手つきで腰に引っかけてあったショートを取り出し、脅すように突きつける。
「冒険者様ー、次暴れたら修繕費プラス10万ゴールド請求しますよー」
「「すんません」」
従業員はその場から離れ、イラナは怒りが燻っているような表情でテーブルに運ばれたビールを口にする。レンは殴られた顔を見られるのが相当嫌らしく顔に手を当てていた。二人のやり取りに黙って見ていたライカにコトブキが喧騒にかき消されない程度に抑えた声で質問する。
「……知り合い?」
「うん。ウチらが冒険者になって初めて入ったチームのリーダーなんだけど、レンがイラナに声かけて一瞬だけチーム一緒に入ったんだ。誘い文句がねー、なんかこうナンパみたいな感じでさ、イラナがレンにベタ惚れしちゃって……。それでチームがハーレムパーティでガチギレて顔面ぶん殴ってチーム抜けたんだ。や、一応ダンジョンに一緒に潜ったんだけど他の女とエッチし始めてキレて殴って抜けたんだっけ?」
「二回殴られたわ。別に4P誘ったぐらいで文句言うなっての」
「殴って正解だったと思いますよ。ボクだったらロングでそのポッキーみてぇな貧弱クソ雑魚足を関節と一緒に砕いてます」
「ダメだよコトブキ、そんなことしたら。ロングは魔法を使うためのものでメイスじゃないんだから」
「そうじゃねぇだろ。てか回復魔法使えるよね? 治療頼めねぇ?」
唐突な回復依頼に一瞬悩んだが、後で本当に慰謝料請求されたらこっちも負けた気になる。コトブキ本人は特に何もしてないが、このホストが得になるような事は避けたい。それに回復魔法の使い方も練習しておきたかった。
アイテムボックスから買ったばかりのロングを取り出し少々嫌々といった表情で承諾する。やはりロング持ちは少ないらしく取り出した瞬間周りの人間は煌びやかな装飾のロングに釘付けになった。
ロングを握り、顔に赤黒いモヤのようなものを平らに均すイメージで魔力を込めると傷口が消えていく。
「おー、すげっ。ロングやばー。しかも高いやつじゃん。あー、効く効く、傷跡無いなった。やっぱうちに来ねぇ? 君が来ると華やかになるんだけどなぁ、モデル系とカワイイ系で丁度いいし」
「嫌です。あなたみたいな男に同級生や先輩泣かされたんですよ。本当ホスト嫌い」
「お嬢様学校行ってた子かぁ、イラナもそうだけど純情な子ほどホストにハマりやすいんだよね。出会う場所が違ってたらイラナもいい姫(※お客さん)になりそうだったんだけどな~」
「会話の内容よくわからないんだけど、なんか馬鹿にされてる気分」
「してないしてない」
懐から煙草を取り出し火をつける。一度煙を吐き出した所でカクテルグラスを手にしたフィーネが三人の元へ戻ってきた。
「あら、あなたうちに来るのかしら」
フィーネはこの男に特に嫌悪感は持っていないらしい。いつもの余裕たっぷりの張り付けた笑顔でレンの隣に立った。
「えー、どうせならそっちとうちで合併しません? なんだかんだ言ってそっちは精鋭揃いなんで合併したら俺も助かりますよ」
「あら、あなただって充分強いじゃない。そうねぇ、考えておくわ」
カクテルグラスに口を付けるフィーネに焦ったコトブキが隣のライカに声をかける。
「え、本当に合併する気じゃないですよね」
「あー、大丈夫大丈夫。フィーネの『善処』『検討』『考える』『また今度』は全部否定だから。多分一時間後には忘れてるよ」
「日本人みたいな断り方なんだ……」
「そもそもまだウチ少数すぎてリーダーいないし、一人でも断れば合併は無理だよ。まぁあと一人増えたらリーダー考えないといけないけど」
加入する時に若干否定派のカイをおだててた事を思い出す。そこでふと疑問が浮かんだ。
「そういえばなんでカイさんは否定派だったんでしょうか」
「コトブキ良い所の子供みたいだったし、あとから親がやって来て揉め事になったりするのが嫌だったんだと思うよ。それにカイって子供あんまり好きじゃないし。大人しいから大丈夫かなって思ったんだけどね」
子供嫌いな気はしてたと感じている横でフィーネとレンは楽しそうにチーム状況やダンジョン、最近見かけた魔物の情報交換をしていた。その様子にコトブキは嫉妬を覚え、二人の会話に割り込む。
「二人って仲が良いんです?」
レンへの不信感を包み隠さず表に出す。そんなコトブキにフィーネは面白そうに小さく笑った。
「仲いいっつーか、元同じチムメン。まぁすぐ追放しちゃったんだけど。姫達との多数決に勝てなかったんだよな~、惜しかったなぁ」
「ふふ、行かないでって泣きついて足に縋り付いていたものね」
「記憶にゴザイマセン」
「もしかして朝言っていた追放されたチームって……」
遠慮がちに質問するとフィーネは首を横に振る。
「アレは追放された回数11回目の時の話よ、こっちは5回目。もちろん女の子からの勘違いで」
「「「嫉妬ヤバくない?」」」
初耳だったらしい三人は同時に言葉にした。コトブキもにこやかに平然に答える様に追放は珍しい事ではないと勘違いしそうになったが、三人の言葉に常識を植え付けられる。
「一か月以上在籍出来てるのはここが初めてなのよね。受付の子からさっき『あ、またですか』なんて言われたわ」
でしょうね。その場にいた四人は同じ感想を心の中で呟いた。
冒険者ギルドを後にすると外は綺麗なピンクと青のパステルカラーに染まっていた。もうじきオレンジ色に染まって、その後は月と星の光りだけになるだろう。表を歩く人間も少なくなったように見える。
まだ人の少ない公衆食堂に向かい、注文した料理が届くまでフィーネに疑問をぶつける。さらに日が傾き店内には強い夕日の光りが差し込む。強すぎる夕日をを避けているせいで、この場にいる者は店内の片側に偏っていた。
「そういえばレンさんに『充分強い』なんて言ってましたけど、あれ本当なんですか?」
「ええ、もちろん。あんなのでも聖剣使いで、おまけに体も頑丈なのよ」
「イラナがぶっ飛ばした時顔そこまで怪我してなかったっしょ? あれ普通の人間がまともに受けたら頭吹っ飛ぶんだよ」
「確かにダイアウルフ殴ってましたね……というかあんなのって、フィーネさんも一応思うところはあるんですか?」
「まあね、あそこまで女の子を転がす男も珍しいわよねぇ」
「ナンバー1ホストとか言ってましたね……。えぇ、なんであんなのを転生させたんだろ」
ため息と愚痴が混じった言葉にカイは反応する。
「いやでもアイツ一応ポーカーとブラックジャックとバカラとダウトを広めたし」
「全部賭け事じゃないですか! 神様は治安悪くする為に呼んだんですか!」
「なんか次はマージャン? 広めるって言ってたぞ。最終的にはパチンコってのを作るのが目標らしい」
楽しみだと言わんばかりの表情に言葉を失う。カイはギャンブルを理由に討伐依頼をすっぽかしていた事があるうえに、勝って機嫌よくしコトブキの加入を認めていた。同じチームにやかましい低俗なギャンブルに齧りつくメンバーがいるのはなかなかに辛い。
せっかく風情あるヨーロッパに似た街なのに治安悪いことするな、次合った時にそう言ってやろうと心に誓った。
「そういえばコトブキって前世は女の子だったの?」
注文した料理が置かれるのと同時に質問される。コトブキは隠すつもりもなく素直に頷くとカイ以外は思い当たることがあったらしく間延びした声を出した。パスタをフォークで突き刺し、肉にかかったソースに塗り付ける。
「まぁ確かにウチの胸に頭ぶつかった時なんか特に照れてる様子もなかったもんね。中身17歳の男の子だったらもうちょい慌てるもん」
「は? え、マジで? オレだけ? オレだけ気づかなかったの? ……え、それじゃ女なのにフィーネ好きってことにならね?」
ひそひそ声で質問する。確かに中身は17歳の女子高生だが、転生して趣味嗜好が若干引っ張られたのだろう。――ということはなく、
「女子高だったんで女も恋愛対象になったんですよ。入学したての高1……16歳の時に先輩と姉妹関係になって……あ、学校でそういうのが流行っただけで義理の姉妹とかではないですよ。まぁ姉さん好きになっちゃいましたね。もう姉妹というか恋人でしたよ。で、入院直前に姉さんがいなくなって病室で姉さんがホスト刺して捕まったニュースを見てから私はホスト大嫌いになりましたよ」
「えぇ…かわいそう」
「いやまぁいなくなる前からなんか浮ついてラインの返事も遅くなってたし浮気かと薄々気づいてはいたんですよね、えぇ女ですし同じ女の表情で別の人に恋してるのかわかりますよずっとスマホ手にしてるのに返事が遅かったらもう確定じゃないですかやっぱり女の子だから本気になれなかったんですかねでも私本気だったんですよそもそもお金払わないと愛してるの一言も言えないホストのどこが良かったんですかナヨナヨしたもやし体系のクセして女の子みたいな柔らかさもない人間の出涸らしみたいな体しやがってクソが姉さんたぶらかしやがってそれで姉さんの経歴に傷つけやがっててめぇの体は治るけど姉さんの将来はとんでもない傷付いたんだぞ」
「まてまてまてこわいこわいこわい病むのは体だけにしとけ」
なんて反応してどう慰めればいいのかわからず、出された料理をフォークで弄びつつ四人が迷っているとコトブキは息を思いきり吸い始める。
「男は前髪が長ければ長いほどクズ度が増すんだよ! 眉より短く切れやダラダラ伸ばしやがって!! 私なんかスキンヘッドだったんだぞ副作用で髪抜けたから!! ……あー、すっきりした」
怒りに身を任せ細い腕でテーブルを叩く。その一発で心のモヤが取れたような、出なかったくしゃみがやっと出た時のようなすっきりした表情になった。突然呪詛のような愚痴を吐いたかと思えば怒りに身を任せ、スンといつも通りのコトブキに戻る様は、周りの少ない人間も害のない化け物を見るような目で様子を伺っていた。
「よ、よかったね。……ご飯食べよ」
「ほら、冷める前に食べちゃいなさい。……そんなに見なくてもあの男と深い関係になったりしないわよ」
「でもまぁ前髪が長くなるほどクズ度が上がるのはウチも思う。イラナが惚れた男みんなソレ。てかコトブキはいいの~?」
「ボクは中身は繊細な女の子で絶世の美少年なんで。美少年と男は別の生物ですよ? 汚らわしいあんな大人と一緒にしないでください」
「マジかウケる~」
中身があるようで無い会話を続け、カイだけは完食し残り四人はまだ半分残っている。どうやらカイは食事を楽しんだり途中で会話をするといったことが苦手らしい。
「そうそう、もう聞いてるだろうが明日の昼前にはダンジョン入れるらしい。出発準備出来てるってヤツはーい」
肘をつきビールを飲みながら手を上げる。カイの質問に三人は食べながら手を挙げ、準備終わったのかわからないコトブキの右手をフィーネが掴んで挙げさせた。全員が手を挙げたということで明日からはダンジョン探索を開始することに決まる。
「馬車にすぐ乗れるよう日の出前に出発するわ」
「は、はい。……あ、食料ってどうなります?」
「保存食は持っていくけど基本狩ったりして食べたりするよ。……ちょっと待っててね」
そう言ってイラナが席を立ち、コトブキの頭の上に手をかざす。何かを読み取っているらしい表情に何を知ろうとしているのか少々不安に感じたが、すぐに手が離れる。
「……うん、特にアレルギーはなさそう。あと肉体年齢14歳だって」
「おー、よかったよかった。つーかその見た目で14歳か、もうちょい幼いかと」
「まぁ男子って突然成長したりするからねー。よし、んじゃ今日はさっさと帰って寝ようか」
食堂を出ると外はまだ明るかったが月が出ていた。宿に帰りシャワー券を購入しシャワーを浴びその日はさっさとベッドに入った。
体は疲れているのに期待と緊張でなかなか寝付けず、コトブキは何度も寝がえりを打ち続ける。しょうがないから楽しかった思い出を脳内に映し出し、次第になんだかよくわからない妄想が混じりいつの間にか眠ってしまった。