転移者
着いた家はこの世界では普通の二階建ての家だ。少々歪なレンガで組まれた家でつなぎとして隙間を埋めた泥は綺麗に拭えていない。劣化は見られないが少なくとも富裕層がいるような家ではない。しかし小さな庭には花を咲かせた小さめの樹木が二つ、道から家までの飛び石を飾るように花を咲かせた鉢植えがいくつも置いてあった。
毎日欠かさず手入れをしているらしく、玄関横には水滴が残る白く大きめなジョウロが壁に引っかかっている。この家には女性が住んでいるのだろうか、そんな想像をしながらフクロウがリングを掴んでいるデザインのドアノッカーを掴み四度叩く。
はいはい、男の人の声が小さく聞こえた。夫婦だろうか、そんな予想をしていたら眼鏡をした少々小太りの男性と、眼鏡をしたやせ型の男性が出てきた。想像と違い、一瞬戸惑った。
コトブキだけではなく、後ろで待っていた四人も同じだったらしく、二人の顔を見るなり表情を変えたり何度も顔と庭やプランターの花を見比べたりしていた。
「ややっ! これはこれは、美少年と素敵なお姉さん方のハーレムパーティですな。羨ましいですがこれは遠くから眺めるのが一番でござるな!」
「スエ氏、気持ちがわかるが礼儀がなっておりませんぞ。あ、失敬。こちらは藤田八で、私は那須高雄と申します。あ、話は例の店主からあらかじめ聞いてますぞ」
「そ、そうですか。ボクはコトブキと言います。……えっと、二人はどういったご関係で……」
二人の反応に若干引きつつ、名前を紹介すると二人は顔を見合わせる。何か変なことを言ったかと不安になる。
「コトブキ、と言いましたか。ほほうこれはこれは……」
「初夢に寿……正月は是非どこかで集まりたいものですな」
その言葉に何を言っているのだろうと怪訝な顔で二人を見つめるが数秒して閃いた。
「一富士二鷹三茄子ですか! 確かに縁起いいですけどボク享年17年なんであんまり縁起良くないですね」
「まぁ拙者もガーデニングのサークル帰りに二人仲良くトラックに轢かれたので名前負けしておりますな、末広がりで富士なのに」
「はっはっは、まぁ人生そんなものですなぁ。あ、ここで立ち話もなんですし、良かったら中へ。お茶と菓子を用意しましたぞ。あ、そちらのお姉さま方もどうぞ」
誘われるがままに家の中に入るとシンプルだが広いリビングに通された。二人暮らしだが来客が多いらしく椅子の数が多くテーブルも広い。
食器棚に収まっている様々な食器の中から綺麗なカップと皿を準備する。慣れた手つきで八は紅茶を淹れ、高雄は綺麗にクッキーを皿に並べ白く綺麗な刺繍の入ったシミ一つないテーブルクロスの上に置く。
部屋の内装は花が多く、窓際にも二つ鉢植えが置いてあった。シクラメンと胡蝶蘭らしき植物が美しく咲いている。何度見回しても二十代女性がいる部屋にしか見えない。
「そういえば享年十七年と言いましたか、その割には幼く見える気がしますぞ」
「えっと、ボクからしたら二人は前世と同じ見た目でこっちに来たように見えますが、体って生まれ変わるものでは無いのでしょうか」
飲んでいた紅茶らしきものをソーサラーに置く。紅茶は詳しくないがいい香りでほんのりチョコレートに似ている気がした。
イラナとライカは紅茶を飲み出されたクッキーをつまんでいるが、フィーネは紅茶を一口飲んだだけで口紅を付けたカップを置いてそれきりだ。クッキーもつまむことはせず、つまらなそうに黒髪をもてあそんでいる。カイに至っては貧乏ゆすりをはじめ、隣のフィーネから足で小突かれた。
「あー……おそらく若く元気な体であれば作り変える必要は無いからでしょうな。病死や高齢だと転移させても短命なので新しい体を用意して転生させる必要があるのでしょうが、私達のような突発的な死は少々修復して何かしらの能力を足して転移させるだけで済むのですな。……あ、そうそう、私達が普段何して暮らしてるかの話でしたな」
高雄は話を続ける。二人は園芸が趣味でここらの街路樹や花壇などの管理を任されているようで、前世の感覚では報酬の対価にしては多すぎるお金を貰って生活をしている。どうやら転生者、転移者は必ずこの世界に益をもたらす存在として見られているらしい。
おかげで前世では男なのに花を育てる趣味を気味悪がられたが、こちらでは園芸の知識の無い人ばかりだったこともあり二人はかなり歓迎された。何しろこの世界は700年分の歴史しかない。他に農学部だった女性も似た扱いをされている。
毎日楽しそうに暮らしている二人の話を聞き終える頃にはライカとイラナは二杯目の紅茶を口にし、カイは煙草を吸いに外に出ていた。フィーネは飲んでいた紅茶をコーヒーに変えてもらい、半分飲み終えた頃だった。
「割と地味かと感じるでしょうが、悪い生活ではないと拙者は思いますな」
「そうですね、毎日安定してそれなりに他人から愛される毎日ってのはいいかもしれませんね。でもボクはやっぱり旅とか探検してみたい。生前管に繋がれて病室どころかベッドから満足に動けなかった時期も多かったので」
ふぅ、とカップを置き一息つく。目は懐かしむようにどこか遠くを見ていた。
「ボク、両親からすごく大切に育てられたんですよ。中学生の頃、ちょっと遠くの遊園地に友達と行く時、親は相当心配してくれた。愛されているのは判っているけれど、そのせいで前世はその遊園地までしか自力で旅ができなかったんです。もし、この世界に親がいたら絶対冒険者にならせてくれなかっただろうなとも思うんです。特に母さんはボクの好きなことは否定してこなかったけど、危険なことはとことん遠ざけるタイプだったし。だからこの世界ではたくさん旅やってみたいじゃないですか」
空気が重たくなった所でフィーネを一目見て、二人に顔を向けて大真面目に言う。
「それに綺麗なお姉さんもいるし」
「……確かにそれは大事なことですな!」
「羨ましい、羨ましいですぞコトブキ殿! でも私は近所のいたいけな幼女とも仲良くしてますしおすし! あ、別にやましい気持ちがあるわけではないですぞ!!」
自身でシリアスな空気を作ってしまったが、自力で壊したところでカイが戻ってきた。部屋から出ていても会話を聞いていたらしいカイは怪訝な顔でコトブキを見る。
「どうかしました?」
「いいや、なんでも」
ふい、と顔を逸らした。
別れの挨拶をした後、チーム加入手続きの為にギルドへ向かう。気が変わらなくてよかったとライカやイラナは安心しているがカイは何か考えているような顔だった。
数十分歩いていると街の雰囲気が変わる。人が増え、冒険者らしい人物が増える。少々治安が悪いように感じた。ふと建物の隙間を見てみると数人の人間が声を上げ揉めていた。
「喧嘩かな……。止めなくていいんですか?」
「あー、揉め事はよくあるからな。ここら辺喧嘩なんてそう珍しくねぇよ」
「そそ、冒険者って血の気が多い人も多いし下手に庇うと大怪我するよ。多分あれは報酬が少ないとかかな。アッチとソッチは色恋。今閑散期だからお金の管理とか浮気したとかで揉めやすいんだよねぇ」
「まぁ大体つまらない理由で喧嘩するから、ここに長居しない方が良いわ」
「あと盗みに気を付けてね、マジで手癖悪いヤツばっかだし。特に女子供は狙われるからね」
「あら、そんなに多いかしら。私は盗られたこと無いわ」
「お前は目立つんだよ」
話している途中で目的地に着き、大きな建物の前で立ち止まる。解放されている大きな扉の向こうにはテーブルがいくつも並び、広い空間を人で埋め尽くしている。酒場としても利用できるらしく、日が傾いているこの時間帯でもビールを飲んでいる人物が多い。
男が多く感じるが男女比はそこまで偏っていない。ただ厳つかったり体を鍛えているような男が多く見える。何か揉めているらしく声を荒げる者が出てきたが、ここの従業員らしい短い杖を手にした人物から軽く注意され、渋々という表情で大人しくなった。
建物に入ったところに張り紙がいくつもある。冒険者向け仕事依頼のチラシのようだ。ダンジョン調査、害獣駆除、大きな施設の明かりの魔力補充……。ライカとイラナが受けた村の護衛もここから依頼を受けたのだろう。
掲示物の前で止まっていると受付の前で書き込んでいるライカに呼ばれた。空いているテーブルで待ってて、と指をさしてお願いされた。よく見たらフィーネは誘われたらしく別のテーブルでお酒を嗜み、カイもギャンブルをしているテーブルでトランプを手にして煙草をふかしている。
「ねぇキミ、そのカッコ支援魔法使いでしょ~?」
声を掛けられ振り返ると、この場では珍しい線の細い男が立っていた。背が高く、ファッション雑誌のモデルの方が似合ってそうな一見優しそうな男だが、コトブキは警戒心を高めた。
前世ではこういう男に泣かされた同級生や、その知り合いの話を何度も聞いた。大事に育てられた世間知らずなお嬢様が多い高校で、依存させて大学に進学した後親と連絡つかなくなった先輩の話もチラホラ聞いていた。
「そ、そうですけど……何か用ですか?」
「警戒されてる? 悲しいんですけど。まぁいいや。俺一条恋矢。享年28歳の転生者。レンって呼んで~」
ホスト? ホストなの? 聞いたことあるような無いようなありがちな源氏名に心の距離が一瞬で開く。思わず一歩後ろに下がったので物理的にも距離を開けてしまうが、一歩分距離を開ければ二歩分距離を詰めてくる。
「えーと、コトブキです。…………長瀬寿」
名前だけの紹介にしようと思ったが無言の圧を掛けられ、負けてしまい苗字も答えた。
「わー、君も転生者? 源氏名みたいだけど。てかモロ日本人ぽい名前なんだけどなんでそんな白人の美少年なん? うらやましー」
どう見てもホストなお前には言われたくねーよ、こっちは大事な親から貰った大切な名前なんだよ! 心の中で言い返しつつ、質問に答える。
「――へー、病死だからかぁ。てかあのキ……元園芸サークルの所に行ってきたの? まぁいいや、君うちのチームこない? 男俺女12人のcrownって名前のチームだよ。男は基本入れないけど君は顔が良いし支援魔法使えるっぽいし入れたいなぁ」
「いや、ボクもうチーム入ってるので」
「えー? 一人で待ってるんだしどうせ弱小でしょ? うちは戦力そろってるしさ、こっちおいでよ~」
遠慮無く腕を掴まれ引っ張られる。細い腕のどこに力があるのか、はたまた転移したことで何かしらの力を授かったのか、抵抗してもビクともせずただ引っ張られるだけだった。
「いたっ! やめて! 離して!」
痛くて何されるかわからない恐怖に思わず声をあげる。その声に反応してじわりと広がるような嫌な笑いを張り付けた。
「君さぁ、――前世は女の子だったでしょ?」